苺パフェ
「……ノワールか」
「そう、ノワール。あの暴走列車、アイツが関わってると思うわ」
アカリは逃げ足の早いシグルをどうにか捕獲し、近くのカフェにて取り調べを開始した。
シグルはいつものように、面倒くさそうに肩をすくめる。
「……なんか隠し事でもあるの。私達は一連托生なんだから、困り事があるなら迷わず相談しなさいよ」
暴走列車の事件以来、ノワールという名を耳にした途端にこの反応である。
「……マスコミの報道なんて偏見だらけで酷いものよ、もっと早く対処してれば未然に防げた筈だーだとか、鉄道事故の大部分が運行過多? そこは関係ないわよ! それに――」
更に詰め寄るようにフォークに刺したイチゴをシグルの口元に押し込む。
「……ねぇ、アンタ。あのノワールって男の事知ってるんじゃないかしら? あの男の趣味とか好きなものとか嫌いな食べ物とか、応援してる野球チームとかアイドルグループとかなんでも良いから話しなさい。命令よ、拒否権はないから」
その言葉にシグルは一瞬だけ目を合わせたが、すぐに視線を逸らした。
「そう、なら、もう二度とパンケーキとイチゴパフェ奢ってあげないから」
アカリはスプーンを手に取り、アイスをゆっくりと口へと運び、その甘美に酔いしれる。
「……あの時、一瞬だけ顔が見えたの。顔の半分が黒い影みたいで、凄く不気味だった。でも、あのモップみたいな手入れのしてない……」
「――誰の頭が、モップだゴルァッ!!」
シグルがようやく反応を示した。
「アンタに似てた。髪型も、目の色も、顔半分も」
シグルは一瞬顔を歪めたが、やがて深いため息をつき、観念したように話し始めた。
「……アイツは、俺の一部だ。俺自身が気づかないうちに、潜んでいた。でも、なぜ今になって現れたのか、理由は分からん」
「つまり――ノワールはシグルから分離して、外に出て行ったもの?」
アカリがその核心を突く。シグルは無言で頷く。
「――ノワールは、俺の中でずっと眠っていた。だが、今になって力が増した」
「どうにかできないの? 今だって、あちこちの駅や施設が襲われてるのよ!? 自分の分身がこんなことしてるなんて!」
アカリはシグルの肩を掴んで揺する。
「出来るならとっくにやってるさ。でも、あいつはもう俺の中にいない。どこに現れるかも分からんし、分離してからは手が届かないんだ」
アカリはその言葉を受けて、手を放す。
「でも、なんで今になって暴走するような分身が現れたの? 分身を生み出したなら、もっと早く現れてもおかしくない……」
アカリはふと手を口に当て、言葉を飲み込んだ。
「もっと早く、か。確かにそうだがな。エリカが――昔の仲間が、ついに居なくなったからかな」
シグルはブラックコーヒーに口をつける。
「エリカは、俺にとって唯一無二の存在だった。どんなに世間が俺を罵倒しても、あの女だけは違った。“僕”を理解し、認めてくれた最後の仲間だった。……あいつ、いつの間にか、アイドルなんざに転身しやがって驚いたよ。でも、正直なところ――俺には、あれがどうしても受け入れられなかった。それでも……あの娘が死んだとき、俺を繋ぎ止めていたものまで、一緒に消えた」
シグルは再びカップに口をつけた。
だが、液体は一滴も喉を通らず、そのまま静かにコースターへと戻された。
「お前、俺が今、霜取りや廃車回送ばっかしてる理由、分かるか?」
アカリは少し戸惑ったが、彼の真剣な眼差しを見て、すぐに考え込んだ。
「……そういえば、お爺ちゃんが若い頃、シグルが牽引する寝台特急に乗ったことがあるって言ってたわ」
「そうか、まだ俺の事を覚えてる奴がいたんだな」
「もしかして、寝台特急が廃止されたのが原因でノワールが生まれた……?」
「いいや、俺はそれより前に旅客を降りる事になった。誰かを運ぶ資格なんかないと判断されてな。……それからは、霜取りと廃車回送ばかりだ。誰も乗っていない。誰も悲しまない。ただ、無言の鉄を運ぶだけ」
「そんな……」
アカリは言葉を失った。
「それがきっかけかどうかは分からん。ただ――奴は、あの時の俺に似てる」
シグルは静かにうなずいた。
「……俺にだって仲間の一人や二人いたさ。正義感で溢れた馬鹿がな。世間は騒いだ、機関者が“ついに”ってな。上層部は世間の声に屈した。俺は責任を取らされて廃車になる予定だったんだよ。だけど……」
そこで言葉が途切れる。
「あの馬鹿は俺の代わりに死んだんだ」
空気が一段、冷えた。
「……結局、俺の廃車案は取り下げられた。上も分かってたんだ。俺を切ったら火に油だってな。だがそれで終わりじゃない。現役には戻れなかったし、はっきり言われたよ。『お前はもう、人を運ぶ器じゃない』ってな」
シグルは自嘲気味に鼻で笑った。
「笑えるだろ。壊れた機関者の方が都合がいい。黙って線路に縛りつけておけば済むってことだ」
一拍置いて、視線を落とす。
「今じゃ、その連中もいない。組織のトップも入れ替わっちまった」
コーヒーに目を落としたまま、続ける。
「……アイツはこの組織の裏を知らなかった。俺は言われたよ。上の顔を立てて、靴を舐めろってな。そうしなきゃ生き残れないぞって」
シグルはそう言って、わずかに肩を竦めた。
「俺は従った。でもアイツは違った。上層部に抗ったんだ。……そして消された」
ようやく顔を上げる。
「後始末は俺がやった。それだけは譲れなかった。もう、俺の居場所なんてどこにも残ってなかったからな」
乾いた笑いだけが、静かに落ちた。
「だから廃車回送に回った。せめて、散っていった奴の弔いだけは、俺がするべきだからな」
だが、それでもなお、彼の中にノワールという分身が生まれた理由が分からない。
アカリが口を開くより先に、シグルが言葉を落とした。
「アイツは、俺の中から出てきた。……俺の中にあったものが、勝手に形になっただけ」
一度、視線が落ちる。
「止められなかった。だから、俺の責任だ」
シグルは言い切った。だが、その瞳の奥にはわずかな揺らぎが残っていた。
アカリはすぐには言葉を返せなかった。
胸の奥で、感情だけが行き場を失って渦を巻く。
シグルがここまで率直に感情を吐露することは、今まで一度もなかった。
それなのに、今の言葉はあまりにも痛々しく響く。
「……何よ、それ」
アカリは拳を握りしめたまま、かすれる声で呟いた。
「ばっっっかじゃないの!?」
思わずテーブルを叩く。皿が跳ね、金属音が店内に響いた。
「確かにノワールはアンタの中から生まれた、それは事実よ。でもだからって全部一人で背負う理由にはならないでしょ。チームで動いてるの、分かるでしょ? 何のために私達がいるのか考えなさいよ!」
アカリはシグルの胸元を掴み、真正面から視線をぶつけた。
その瞳には怒りと同時に、かすかな揺らぎが混じっていた。
しばらく、シグルは黙ったままその目を見返す。
やがて、彼の表情に困惑が滲んだ。
「待て待て待て! 何で泣くんだ!? 別にお前を泣かすつもりはなくてだな……」
シグルは慌てふためき、周囲の客に助けを求める視線を送った。
「……ぐすっ、だから言いなさいよ。私に言いにくいならセイジだっているんだから。男同士の方が話しやすいでしょ」
アカリは涙を拭いながら、シグルの服を掴む手にさらに力を込めた。
シグルは困り果てた様子で「わかった」と短く答えた。
その一言が引き金のように、アカリの感情が再び溢れる。
「……ほんっとに腹立つ! いつもそう。大事なことは何も言わないし、誰にも頼らない! 私がこんなに必死になってるのに、アンタは逃げるばっかりじゃない!」
アカリはテーブルに身を乗り出し、シグルに詰め寄った。
涙で潤んだ目の奥に、怒りだけが真っ直ぐ残っている。
シグルは目を伏せ、短く息を吐いたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「分かったよ。俺の負けだ。――お前の言う通り頼る。ただし、これは俺だけの問題じゃない。お前にも協力してもらうことになるからな」
その言葉に、アカリの目が見開かれる。
怒りがほどけ、ゆっくりと安堵へと変わっていく。
「そう来なくっちゃ」
小さく息を吐くように、呟いた。
すぐに視線を細める。
「って、ちょっと待って。私を盾にして自分は後ろに隠れるとかやめなさいよね?」
アカリの問いに、シグルは軽く肩を竦めた。
「バカ言え。それじゃ意味がないだろ。頼るってのは、そういうことじゃない。……一緒にやるってことだ」
一瞬だけ言葉を切る。
「俺たちはチームなんだろ」
シグルの頬がわずかに熱を帯びていた。
そんな彼の不器用な素直さに、アカリは小さく笑う。
「当たり前じゃない。任せてよ」
アカリは満足げに微笑み、シグルの肩を軽く叩いた。
その顔に、さっきまでの怒りの色はもうない。
代わりに、確かな信頼だけが残っていた。
もはや元ネタに掠りもしないエピソード生やしつつあるな!(元ネタに沿いすぎるとそれはそれで文句でるだろうが)
あくまでモチーフですから!モチーフですから!()




