雪原-配給輸送
吹雪に覆われた鉄路は、戻れぬ闇の彼方へと続いていた。
シグルの鋼の瞳が、その果てを睨む。
だが、その先に何が待っているのか――彼自身にも分からない。
重い車輪が雪を押しのけるたび、鈍く軋む音が闇夜を裂いた。
「……俺は今日も、死を運ぶのが仕事だ」
吐き出した言葉は白く濁り、吹雪の中へ溶けていく。
しかし、それ以上に彼を苛むのは、後ろに連なる無蓋車の存在だった。
「俺たちは……何のために走るのだろうな」
ぽつりと漏れた声は、風に掻き消されそうなほど小さい。
「誰のために、命を燃やすのか」
吹き付ける雪がストールへ絡みつき、視界を白く染め上げる。
それでも、シグルは足を止めない。凍てつく夜風が頬を叩こうとも。
『――おやおや、これはお涙頂戴の再現Vってやつか?』
ノワールの声が、冷たい風に混じって響く。
軽薄で、芝居じみた声音。
『鉄屑同士で感傷ごっこかぁ? 誰も見ちゃいねぇってのに。……泣きたいなら、肩くらい貸してやろか?』
嘲るような笑い声が、吹雪の雪原へ溶けていく。
その声は、背後からシグルの背を撃ち続けていた。
「……黙れ」
低く漏れた声は、凍てついた谷底のように冷たく、重い。
だが、ノワールは怯まない。むしろ面白がるように声を弾ませた。
『だ~めだめ。そんなんじゃ全然足りねぇよ』
雪混じりの笑い声。
『もっとこう、感情を爆発させなきゃ! どうせ廃車回送なんて、くだらねぇ仕事なんだろ?』
一拍置いて、愉快そうに嗤う。
『そんなもんを延々やってるお前も、相当哀れだけどな! ギャハハッ!』
その瞬間。
シグルの足取りが、ほんの僅かに鈍った。
視界を埋め尽くす吹雪のせいか。
あるいは、胸の奥へ突き刺さった言葉のせいか。
「……くだらねぇ仕事だろうと、それが俺の役目だ」
吐き出された声は、鉛のように重かった。
それは他人へ向けた反論ではない。
自らを立たせ続けるための呪だった。
『おおっ、それっぽいセリフ! やるじゃん、お前!』
ノワールの笑い声が、吹雪の中へ甲高く響いた。
『でもさぁ、お前、本当は思ってんだろ?』
雪を踏む音に合わせるように、声が追いすがる。
『なんで俺ばっか、こんな仕事を――ってさ。……いやいや、言わせんなって。心の闇ってのは、胸ん中で醸してこそ粋ってもんだろ?』
軽薄な嘲笑。
だが、その声音には奇妙な共鳴があった。
それがシグルの胸に何を残したのか。
あるいは、ノワール自身が何を重ねていたのか。
誰にも分からない。
「……俺の仕事は、泣くことじゃねぇ」
シグルは前を向いたまま言う。
「どれだけ寒かろうが、どれだけ惨かろうが……ただ、運ぶだけだ」
ノワールはそれを聞き逃さなかった。
肩を竦め、呆れたように口笛を吹く。
『……ま、そりゃそうか』
笑い混じりの声が、少しだけ静かになる。
『死神サマにしてみりゃ、誰かを救うなんて柄じゃねぇもんな』
そして。
『――なぁ、シグル』
その瞬間だけ。
ノワールの声色が、僅かに低く沈んだ。
シグルの腰から伸びた連結器。
その先で揺れる無蓋車には、冷たい鉄屑となった機関者たちの亡骸が、雪を被ったまま積み上げられている。
折れた腕。ヒビ割れた頬。
もう二度と、鉄路を駆けることのない躯。
その中に――ただ一つだけ。
シグルの瞳が、無意識に追い続けてしまう存在があった。
「……エリカ。お前は、もう歌わないのか」
シグルの低い声は、吹雪の中へ静かに溶けていった。
返事はない。
あるのは、無蓋車の鉄板を震わせる鈍い振動音だけ。
ガタン、――ガタン。
その音が、妙に胸へ刺さる。
「……俺は忘れちゃいねぇよ、エリカ」
吹雪を見据えたまま、シグルは呟く。
「お前の歌も……お前が俺に見せてくれた光もな」
低く、それでも確かな声音。
その瞬間。
雪原の奥で、微かな反響が揺れた。
「……歌が終わったなら」
吐き出した白い息が、風に千切れる。
「俺が、その余韻を運ぶだけだ」
背後へ長く伸びる無蓋車。
雪を被った亡骸の列。
その光景は、まるで彼自身の孤独を形にしたかのように、どこまでも果てなく続いている。
――そして。
遠くから、微かに歌声が聞こえた気がした。
シグルは一瞬だけ振り仰ぐ。
だが、そこにあるのは。
凍てつく鉄路と、吹き荒れる雪だけ。
世界が白く染まっていく中。
その背中だけが、静かに闇へ溶けていった。




