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シルシボシ

「表彰だぁ?」


 シグル宛に届いたのは、先日の暴走列車事件を止めた功績に対する感謝状と、フウカゲツ鉄道本部で行われる表彰式の案内だった。


 彼はそれを手に取ると、一瞥しただけで、くしゃ、と鼻で笑った。

 その目には侮蔑と嘲りの色が宿る。


「……『このたびの迅速な対応は、機関者の模範として高く評価されました。今後とも、より一層の精進を期待します。』……だあ? バカも休み休み言えってんだ!」


 そこからは怒りが噴き出すように止まらなかった。


「俺のやってることの、どこが“模範”なんだよ。誰か見て真似しろって?じゃあ次の葬式列車もテメェが歩いて引けよ、なあ?」


 怒鳴りながら案内状を破り捨て、勢いよく床に叩きつける。その拍子に近くの書類まで宙を舞った。


「いいじゃないですか、シグルさん! 折角なんですから――」


 後輩の機関者が空気を読まずに口を挟んだ瞬間――。


「黙れクソガキ!! 外じゃ今、この瞬間にも施設が攻撃されてんだよ! 暴動も火の手も全部現場任せ! それをよぉ、ぬくぬくした本部が“感謝”だと? 笑わせんじゃねぇよ!!」


 シグルの怒りのボルテージが最高潮を迎える。


「せめて、現場に聞いてこいや!机じゃ霜は溶けねぇんだよ!」


 シグルはそのまま破り捨てた案内状をさらに足で踏みつけ、グシャッと音を立てる。


「こっちはなぁ、暴走列車止めた直後に“ご苦労さん”の茶番だ。ふざけんなッ!」


「えっ……で、でも機関者が表彰されるなんて滅多にないし、その……明るい話題ってことで……」


 しどろもどろになる後輩に、シグルは氷のような目を向けた。


「お前、俺の何を知ってんだ。俺がどれだけ“感謝”と“栄光”とやらで裏切られてきたか、言ってみろよ」


「ふ、ふえぇぇぇ……ぴえん……」


「誰が誰の栄光だ、クソッたれが。勝手に祭り上げて、勝手に切り捨てる。俺はそんなもんに二度と付き合わねぇんだよ」


 その時、部屋にぴろろーんという間の抜けた電子音が響く。シグルのスマホだった。


『シグルー! 表彰式もう少――』


「電話かけてくんじゃねぇッ!!」


 怒鳴りながら、スマホを机に叩きつける。ガタン、という音と同時に周囲が一瞬で静まり返った。

 機関者たちはただ目を伏せ、誰もシグルに逆らえなかった。

 その空気を切り裂くように、吐き捨てる。


「たく……どいつもこいつも、現場も知らねぇで……」


 シグルはソファに無造作に腰を下ろし、新聞を引き寄せる。

 紙面の一面には、暴走列車事件の続報がデカデカと載っていた。


「もう、終わった話だ。くだらねぇ……」


 紙面をばさりと裏返し、シグルは煙たげに吐息を漏らした。

 

 次に目に飛び込んできたのは、今や鉄道社会の「顔」と化したエリカの引退記事だ。

 

『歌姫エリカ、芸能界から引退を決意』

 

 その見出しに、シグルの眉が深く寄せられた。

 そこには、華やかな衣装を纏ったエリカが、笑顔でステージに立つ姿が映っている。

 

「アイドルだと? たく、チャラつきやがって! くだらん」

 

 シグルは新聞を机に叩き付けた。

 

「機関者は走るのが仕事だろ。歌って踊って媚び売って……んなもん、機関者の恥晒しだろうが」

 

 機関者は、走るための存在だ。

 少なくとも、シグルはそう信じていた。

 

 ――エリカ。かつて「Spica Express」と呼ばれた寝台特急を牽引していた機関者。


 藍色の車体は人々を魅了し、その雄姿を一目見ようと、沿線には大勢のファンが集まった。


 だが今、エリカはステージの上で、作り笑いを浮かべながら手を振っている。


「なぜ機関者が、こんな役割を押し付けられなきゃならねぇんだ」


 シグルは新聞を丸め、ゴミ箱へ叩きつけた。

 乾いた音だけが、冷え切った部屋に響く。


「くだらねぇ、機関者は走るのが仕事だろう」


 暗い夜を駆け、人々を目的地へ送り届ける。

 本来、エリカはそのために生まれたはずだった。


 だが、時代の波は無情だった。

 

 人々は、長い時間をかけて夜を旅することよりも、「安さ」と「速さ」を選ぶようになっていった。

 

 次々に寝台特急は廃止され、夜を駆けた藍色の車体は姿を消していく。

 

 その中で、エリカのような機関者もまた、役目を失った。

 

 人間たちは「新たな価値」だと言いながら、彼女を舞台へ上げたのだ。

 だがシグルには、それが走る価値を失った機関者へ与えられた、見世物小屋の延命措置にしか思えなかった。


「くだらねえ……そんなものに価値があるわけないだろ」

 

 シグルは吐き捨てるように呟いた。

 

「……結局、俺たちは人間に使い潰されるだけの存在ってわけか」


 シグルは深くソファへ身を沈め、乱暴に頭を掻いた。

 

「それでも、あれが幸せに見えるかよ」

 

 そう呟いたシグルの胸には、割り切れない感情が渦巻いていた。

 

「俺はアイツに嫉妬してなんかしてねぇ」

 

 シグルは自嘲気味に呟き、舌打ちを一つ落とした。

 そう言い聞かせるほどに、感情がもつれるのを感じる。

 

「答え、ねぇ……」

 

 シグルは眉間にシワを寄せた。

 だが、心の奥で燻る疑念が拭い去れない。

 

「……くだらねえ」

 

 短く吐き捨てたその声は、まるで自分自身に向けたもののようだった。


 シグルは散らかった机の上から別の新聞を手に取り、広げてみせる。

 だが、視線はその紙面を追っているはずなのに、目に映る文字の意味が頭に入ってくることはなかった。


 意識の隅に残ったのは、藍色の車体と作り笑いのまま手を振るエリカの姿だった。

 

 2


「なあ、シグル。なんで表彰式出なかったんだよ。お偉いさんカンカンだったらしいぞ」


 本部内の長い廊下で、セイジがシグルを呼び止めた。

 

「くだらん。俺は仕事をしたまでであって、評価なんざいらねえよ」

 

 シグルは振り返りもせず、歩きながら淡々と答える。

 セイジは思わず頭を抱えた。

 

「……おい、そういう問題じゃないだろう! 上を怒らせるのはまずいって! あれは、お前の実績をちゃんと評価しての表彰だったんだぞ!」

 

 だがシグルは、まるで聞く耳を持たないように肩をすくめるだけだった。

 

「なら、お前が受け取ればよかっただろうが。この班のリーダーはお前なんだからな」

 

 その一言に、セイジはポカンと口を開ける。

 

「ぴえん」

 

 思わず漏れた声に、シグルは足を止め、顔だけ振り返って薄く笑った。

 

「……おい、ぴえんってなんだ、お前。何十年前のネタ引きずってんだ」

 

「ぴえんはぴえんだろぉぉぉお!? シグルのせいで俺がどんだけフォローに回らなきゃいけないか分かってんのかよぉぉぉお!?」

 

 セイジがぷりぷりと怒る姿を見て、シグルはわざとらしくため息をついた。

 

「……俺は単なるバイトだ。表彰されても、『機関者』は昇進なんざしねえよ。どのみち人間より上には立てねえんだ。だから表彰とか時間の無駄だ」

 

 その言葉は、どこか冷めた響きを持っていた。

 

「……単なるバイトって、お前さぁ……」

 

 セイジは悔しそうに言葉を噛みしめたが、それ以上言い返すことができなかった。

 

「普段俺は配給輸送をやってる。まあ、廃車回送や霜取りがメインだがな。それもバイトみたいなもんで、定期的に入る仕事じゃねえ」

 

 そう言って、シグルはふと遠くを見つめた。

 

「……じゃあ、なんでロコモティ部にいるんだ? お前の性格じゃ、この組織でやってけそうには見えないんだが」

 

 その問いに、シグルは少し間を置いてから答える。


「とある人物を探してる。俺の存在なんざ、そいつへの贖罪にあるようなもんだ。ここに所属してんのは、探すのに都合がいいからに過ぎん」

 

 セイジは何も言い返せなかった。

 

「だから、ぴえんとか言ってないで、もっとやるべきことやれよ」

 

 シグルはそれだけ言い残し、廊下の奥へ歩き去っていく。

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