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只野仁志と鏖の魔人ベルゼルガ  作者: 安藤ナツ


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008

 音が空気の振動であることを改めて実感する轟音に、全員が反射的に身をすくませた。

 そんな唐突な爆発から一転、今度は痛いほどの静寂。しかしそれも僅かな時間のことだった。


「菜々緒!」

「待って! 危ないよ連!」


 最初に動き出したのは、爽やか好青年の二階島連。爆発によって地面に打ち捨てられた菜々緒の名前を必死の形相で叫びながら駆け出す彼の背中を追って、ポニーテールを揺らす間島憂。

 仁志はそれを見て「爆発した場所に近寄ると危ないぞ」と控えめに二人を咎め、兼茂は驚きと爆風に腰を抜かし、美玲は関心を示すことなく自分の爪を見つめ、恋歌はただ腕を組んでことの成り行きを見守る構えだ。

 遠目で見ても助からなさそうな菜々緒のために、危険地帯に向かうのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。だが、いつまでも遠くで眺めていては印象も悪いだろう。仁志は溜息を吐いて美玲に声をかけた。


「鬼塚先輩も行きますよ」

「えー。勝手な行動取ったんだから放っておいたら? 関係なくない?」


 同級生に対してあまりにもドライな美玲の返答だが、そのセリフとは裏腹に彼女は仁志の横を付いて救護へと向かう。

 三年の魔物討伐奉仕活動経験者の美玲が躊躇なく進むと言うことは、菜々緒が爆発した付近まで近寄らなければ危険はないのだろう。


「先輩は、どうして爆発したかわかります?」

「うーん。ジライムシでも踏んだんじゃない?」

「なるほど。講習でも名前が挙がってましたね。あんな火力だとは思ってなかったけど」


 ジライムシ――それは体内で生成した二種類のマナ物質を反応させることで爆発を起こす昆虫型魔物の通称だ。

 昆虫が爆発を起こすなんてファンタジーだなー、なんて思うかもしれないが、ミイデラゴミムシを代表に魔力を用いずとも、高温のブレス(息ではないけど)を噴出する昆虫は実在する。もっとも、五〇キロはあろうと言う女子を吹き飛ばすのは流石にファンタジーでしかありえないだろうが。


「なんでも、この森に棲むジライムシはシンリンコモリゴキ(げんよう。お久し)ブリの分泌する体液と糞から爆発に必要な物質を得ているらしいわよ?」

「なるほど。餌を得る代わりに、外敵から身を守る、そういう共生関係を築いているわけか。って言うか、先輩。かまととぶってますよね? 三年も魔物駆除しているわけだし、別に何とも思わないでしょう? デカい昆虫くらい」 

「バレた? そういう態度の方が女の子っぽいでしょ? 仁志君に守ってもらいたいって言う乙女心がでちゃったのかも」

「コンプラ研修受けました? そう言う固定されたジェンダー像は止めてください、炎上しますよ」

「燃えたのは彼女だけどね」

「マジでコンプラ研修受けた方が良いっすよ」


 そんな風に二人がたらたらと歩いていると、現場はクライマックスに差し掛かっていた。


「菜々緒! しっかりしろ! 絶対に助けてやるからな!」

「ナナちゃん! ナナちゃん! 聞こえる!? 大丈夫だよ!」


 必死に二人に呼びかけられる菜々緒の姿は、中々に悲惨だ。爆発によって右足の膝から下は吹き飛び、左足は肉と言うより炭。衣類は吹き飛び、或いは燃え尽き、全身は酷い火傷と水ぶくれで覆われているのが嫌でも目に付く。爆発から遠かったことに加え、咄嗟に腕で守った顔は一番被害が少ないが、個人を判別するのが不可能な程度には損傷している。その凄惨な見た目に加え、燃えた脂肪のせいか周囲の空気は何となく脂っこい気がして、気分は最悪だ。

 死因が何になるかは不明だが、致命傷なのは間違いない。

 しかしそれでも生命力と言うのは力強いものだ。間違いなく助からないと言うのに、菜々緒は「っは、っは、っは、っは」と短い呼吸を繰り返して生にしがみついている。

 それがわかるからだろう、連も憂も泣きながら菜々緒へと声をかける。

 美しい光景だ。

 だが、同じくらい残酷だ。

 決して癒えることのない傷の発する激痛に苛まれている時間を延ばしているだけなのだから。


「奄美さん! 助けてください! 何でもします!」


 痛ましい菜々緒から顔を上げ、連が恋歌へと懇願する。

 だが、現実は無情だ。


「私の能力は回復できないよ。残念ながらね」


 恋歌は少しだけ辛そうに首を横に振る。彼女とて人の親。子供が傷付く姿を見るのは心苦しいのだろう。

 その気持ちは仁志にもわかる。嘘じゃあない。正直を言えば、菜々緒は苦手なタイプの女子だ。友達になろうと思えない。小学二年生の隣の席の人気者だった女子を思い起こすからだ。

 だが、そんな人間であろうとも、酷く傷つき苦しんでいる姿を見るのは忍びない。

 だから、仁志は自身の人道に則って行動することにした。

 淀みない足取りで菜々緒に近付いた仁志は、魔物を殺した時のようにボロボロな彼女の額に足の裏を乗せる。そして傍にいた連と憂がその暴挙に反応するよりも早く、「介錯する」と脆くなった頭蓋を踏み潰した。

 脳髄を失った菜々緒の肉体は反射的に一度ビクンと跳ね上がると、そのまま空気に溶けるようにしてこの場から一切が消え失せた。


「死体消失確認よし!」


 先程まで菜々緒がいた場所を指さし、仁志は指さし呼称で自らの行動の結果を確認する。


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