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門の前に七人が揃うと、恋歌が門の左右に立つ門衛に何枚かの書類を提出した。『今時、紙かよ』と思わなくもないが、電子世界に特化した守護霊による電子情報改竄事件からの反省を受け、物理的な記録を取るようにしているようだ。
非常識な阿呆のせいで善良な人間が割を食う。人間社会とは基本的にコレの連続じゃあないだろうか? 自分のような公正で争いを好まないハトのような人間には良い迷惑だ、仁志はそんなことを考えながら、門を潜る際の注意事項を適当に聞き流す。さっきの座学でも、なんなら学校での事前説明でも聞いた話である。いい加減にくどいが、これも話を聞かない馬鹿が多いからだろう。正に自分が話を聞いていないことを棚に上げ、仁志は憤りを覚える。
そうして無為な時間を過ごすと、いよいよ門を潜る時が来た。今回ばかりは恋歌が先頭に立ち、生徒六人もひとまとまりになって後ろに続く。門を潜るまでは無機質なコンクリートのような床や壁が見えていたはずなのに、門の内へと一歩を踏み込んだ瞬間に景色が移り変わる。視界には生命に満ちた樹木の緑と茶色。空気の臭い? 味? 雰囲気が一変する。無数の小さなざわめきは闖入者である七人を拒むように聞こえた。
突如として受容するパラメータが一変したことで、脳が困惑を訴えているような気がした。仁志の感覚としては場所が急に変わったと言うよりも、移動した時間が消失したように思えた。当然に存在し不変だと思っていた時間と空間の見せた混沌に冷たい汗が流れる。
「手を握ってあげようか?」
そんな緊張を読み取ったのだろう。美玲が人形のような顔に薄い笑みを張り付けてそんな提案を口にする。
こんな未知の場所で片手が塞がる方が危険だし、美玲に片手を握られると言うのはもっと危険だろう。つまり美玲の提案は危険度爆増するだけの何の意味がない。
「結構」
「残念」
吐き捨てるように仁志が提案を拒絶すると、それほど残念でもなさそうに美玲は手を引っ込める。
「さて。指定された魔物の所までは暫く歩くよ。私の後ろをついて絶対に離れないこと。人を積極的に襲うような魔物はいないけど、知らない森の中で迂闊に動けば人間なんて簡単に死んでしまうからね」
初めての門による転移への興奮が冷めると、歌恋は生徒達を見渡して注意事項を口にする。これも耳にタコができる程に聞かされた話だ。危険度の低い異界が集められているとは言え、異界は異界。何故だかわからないが命を脅かす危険に満ちている。先達や情報なしに足を踏み込めば、例え上級者とてすぐに追い返されてしまうことは必至だ。
輝かしいデビューに失敗は避けたい。そもそも、死にたくない。仁志は恋歌の言葉に頷いて同意を示す。
「まあ、今回に限っては、迷ったら只野君の殺気を探しなさい。背筋が凍る気配に向かって歩き続ければ彼がいるでしょ」
緊張した面持ちの生徒たちに向かって恋歌が落ち着かせるように言った。
いや? 俺が迷った場合は? 仁志は激しく疑問に思った。
頭の中に浮かんできた疑問を口にすべきか否か、逡巡をしている内に同級生の一人が手を挙手と共に口を開いた。
「あの、奄美さん質問良いですか?」
吐く息にミントの香りが混じっていそうな爽やか好青年の二階島連だ。
「いいよ。どうしたいんだ?」
「その、えーと、なんて言うかですね」
「はっきりしないね。私はあまり気の長い方じゃあないよ」
「只野君の殺気は大丈夫なんですか? 魔物が襲ってきたりしませんか?」
散々言い渋った連の疑問は、確かに的を射たものであった。道標になるような殺気。鈍感な人間でも気が付くくらいなのだから、魔物も気が付いても不思議はない。縄張りを侵されたと考え、専守防衛のために襲い掛かって来る可能性は十分に考えられるだろう。
あまりにも欠陥過ぎる鏖魔人の特性、だが、誰彼構わずに皆殺しにすることが目的なのだから、敵が勝手に襲い掛かってくるとなれば素晴らしい能力であるとも言える。真実は見方に依るものだ。
勿論、皆殺しなんて望んでいない今回の研修には甚だ不必要であるとも言える。
「ここにはそんな魔物はいないから大丈夫さね」
そして、幸いなことに今回は心配する必要はないらしい。
ただ、危ない魔物が出る場合はどうなるんだろうか? 仁志は激しく疑問に思った。
「さて。時間も勿体ないし、行くよ」
しかし極めて個人的な疑問を口にする前に、質疑応答の時間は打ち切られてしまった。回れ右して歩き始める恋歌の後ろを、小鴨のように六人は列になって付いていく。勿論、学生の先頭は仁志であった。
探索者として鍛えているであろう恋歌は健脚で、節くれだった樹の根っこや、腰まで伸びる草村をぐんぐんと踏み付けて進んでいく。対して、美玲を除く五人の足取りは初心者丸出しだ。時々、立ち止まって学生達を待つ恋歌の姿を見ると、『探索者の仕事は歩くこと』の言葉が嘘でないと実感せざるを得ない。
そんな風に少し歩いては立ち止まってを繰り返していると、少しだけ開けた場所に出た。
「この先が討伐対象の魔物の生息域だよ。只野君みたいに恐ろしく感じるかもしれないけど、無害な魔物だからそれは気のせい。パニックにならないように気を強く持てば平気なはずさ」
恋歌が声を落して告げる。
いよいよ、魔物との対面。仁志の伝説の始まりだ。
――――それはそうと、当たり前のように恐ろしさの例えに仁志を出したのだが、その文言は本当に必要だっただろうか? 本人は場を和ますジョークのつもりかもしれないが、そう言う所から差別が始まるんじゃあないだろうか?
やっぱり、アンケートでは最低評価を付けざるを得ないだろう。魔物よりも目の前の中年女性への憎悪がこらえ切れない仁志であった。




