010
連の死亡は悲しい事故だった。仁志は視線で美玲にそう訴え、彼女はしばらくして優しく頷いた。起きちゃったことは仕方がない、切り替えていこう。
「いやぁああああああ! 連! 連!」
勿論、そんなことで人が死んだと言う結果を流せるわけがない。菜々緒の死亡で呆然としていた憂が、立て続けに連が死んでしまったショックで意識を取り戻すと、涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠しもせずに、先程まで彼がいた場所にドタバタと駆け寄る。
「いや、その、殺す気はなかったんだよ」
流石の仁志も多少は悪いことをした自覚があるらしい。辛そうに涙する憂に言い訳するように声をかける。
「でもさ、俺、刺されているからね?」
勿論、それでも正当防衛であることを声高に主張はしておく。あくまで被害者は仁志であり、加害者が連である前提を忘れないで欲しい。連の死亡と同時に槍が消え、血が滲む傷口を庇いながら、仁志は一連の出来事の正しい認識を憂へと求める。
被害者の健気な主張は非常に効果的で、仁志が憂へと一歩歩み寄ろうとした瞬間、彼女は弾かれるように立ち上がるや「いや! 人殺し! 来ないで!」と絶叫した。まるで殺人鬼を見たような反応だ。彼女はその場で立ち上がると、弾かれたように仁志から背を向けて駆け出す。
その行動は先程の菜々緒とまったく同様で、恐怖で錯乱した結果、彼女がどうして死んでしまったかを忘れてしまったようだ。
「あ。そっちは危な――あーあ」
五メートルも走らぬ内に、憂はジライムシを踏み爆発の餌食となった。
先程は何とも思わなかったが、魔法的に対象以外が炎上しない爆発となっているようだ。そして、同じように爆発した身体がこちら側へ向けて吹き飛んでいるのを見るに、この広場の栄養として焼死体を利用しているのかもしれない。
そう言う意味では、菜々緒を殺したことは森にとって正しくなかったと言えるかもしれない。人間の死体が土に還らなければ、ジライムシは爆発損となってしまうからだ。ダンジョンの生態系を真剣に考える必要はないかもしれないが、それでも自然の一員として気にせずにはいられない。
自然と人間の関係に想いを馳せながら、仁志は美玲に支えられながら焼きダルマとなった憂へと近寄る。菜々緒よりも小柄なため、被害はより酷いがまだ生きているようだ。もしかしたら、生きた餌として他の虫の餌床や苗床にする意味もあるのかもしれない。
「一応聞くけど、介錯は必要?」
短く荒い呼吸を繰り返す憂に、仁志は前回の反省を考慮して介錯の認可を求める。どうせ死ぬから関係ないが、それでも気持ち良く死んでいく演出として悪くないだろう。
もっとも、憂はそれどころではない。特に返事はなく、彼女は辛そうに呼吸を繰り返している。
そんな姿を憐れに思った仁志は、さっさと介錯するべきだろうと判断を下す。
「あ。先輩が介錯します? 先輩の方が慣れていますよね」
もし苦痛が少なくなるなら、美玲がやった方が慈悲だろうと仁志は提案するが、彼女は「面倒だしパス」と首を横に振る。なんて非社会的な拒否理由なのだろうか? 呆れながらも、仁志は先程の同じように憂の介錯を行う。鏖魔人の加護のおかげか、先程よりもすんなりと頭蓋を潰すことに成功した。
「死体消失確認良し! って言うか、腹痛ぅ。これ、腸とか飛び出してない?」
「男の子でしょ? 我慢しなさい」
「性別関係ある? だとしたら、男子は生き辛過ぎるよ」
たった三分の間に起きた息も吐かせぬ展開もひと段落したようで、仁志は痛む腹部に悩まされながら回れ右をする。これ以上はトラブルも起きようがないだろうと安堵する視線の先に、すっかりと存在感を失っていた兼茂の姿があった。未だに腰を抜かしたままの彼の瞳には、確かな恐怖が宿って見える。
まあ、仕方のないことだ。目の前で同級生が火だるまになって吹き飛び、同級生が同級生を刺し、また同級生が火だるまになって吹っ飛んだのだ。異界では常識が通用しないと言うが、ここまで死が近しい場所だとは考えてもいなかっただろう。
だが、それは講習の内容を理解せず、講師の言葉を無視した結果が招いた悲劇だ。悪戯に異界を恐れる必要はない。そう伝えるべく口を開こうとする仁志であったが、
「っひ! ころ、殺さないでくれ!」
ショック状態の兼茂は何を勘違いしているのか命乞いを口にするではないか。まるで殺人鬼に出くわしたようなリアクションである。
「あの子も殺しとく?」
いや、まるでではない。隣に立つ美玲が前科一般のサイコ乙女なのを仁志は思い出す。
「何故に? 殺すな殺すな」
「だって、君が三人も殺す所を見ているんだよ? 学校に戻った後、言いふらされたら困るでしょ?」
「あのさ、俺を殺人鬼みたいに言わないでくれる? 必要な処置を施しただけだから」
「男の子には完全に殺意ある一撃じゃなかった?」
「正当防衛って言っているだろ?」
あまりにも失礼な美玲の言葉に苛立たし気に仁志は答える。
が、しかし台詞には一理あるかもしれないと考え直す。
確かに仁志は必要から三人を殺害した。しかしそれは法律上問題のない人道的でクリーンな殺人である。
だが、人間の記憶とは適当だ。記憶を思い出すのと、創り出すことに大した差はないと言う。初めての異界の興奮状態や、非常識な事態での錯乱状態を考えれば、兼茂が事実とは違った証言を真実のようにする可能性は低くない。
最初は小さな差異でも、それを語る内に徐々に大きな乖離になっていく。他人に話をすることで、創作の記憶を真実だと思い込み、更にそれを強めていくだろう。その現実から遠く離れてしまった妄想の事実では、仁志が危機として人を殺すとんでもない大罪人として語られるかもしれない。
それが正しく公平でハトのような平和主義の仁志に相応しい評価でないとしても、人間はより面白い物語を好む。本当の仁志ではなく、兼茂の刺激的な仁志を本物だと思い込みたがるだろう。
だとすれば、ここで兼茂を殺して何も語れない状態にするのは『あり』かもしれない。




