011
「後腐れなく殺した方が君のためだと思うけど」
「いや、人殺しは駄目だろ」
仁志は美玲の甘い誘惑を鉄の意志で却下する。
何故なら、普通に殺人教唆だからだ。
「って言うか、奄美講師が見ているし」
そして何よりも、講師の歌恋の目の前で証拠隠滅のためだけに殺人するのは不味い。
案の定、視線を向けると歌恋は胸の前で手を交差させて『ばってん』を作っている。監視役として止めに入るか、或いはマイナス評価を上に上げることだろう。それは面白くない。
「文明人らしく、説明すればいいだろ?」
「お手並み拝見だ」
そんな言葉を交わしながら、完全にビビり散らかしている兼茂の元へと二人は歩み寄る。まるで死刑執行人の入場を見守る死刑囚のように、兼茂の顔は土気色で今にも死んでしまいそうだ。
「星野君。異界を出たら三人に一緒に事情を説明に行こう」
腹から血を流しながらやって来た兼茂の死神が、アルカイックスマイルでそう言った。
「不幸な事故で三人は死亡退場してしまったからね、俺達の口から何が起きたか教えてあげた方が親切だろう? ああ。でも、一部は伏せた方が良いかも。特に連に錯乱して俺を刺してしまったことを告げるのは酷だ。あいつは人が良さそうだから。俺を刺したことを気に病むかもしれない。そうだな、魔物に驚き、三人は少々軽薄な行動を取ってしまった、それくらいを伝えれば十分だと思うが、どうかな?」
穏やかにニコニコと腹から血を滲ませる仁志の文明人らしい提案に、兼茂と美玲は『これって脅迫だよね?』とまったく同じ感想を抱いた。もっとも、両者のリアクションは真逆だ。殺人鬼と秘密を共有することになった兼茂は絶望を覚え、肉体的に出なく精神的社会的な殺害に躊躇ない姿に胸の高鳴りを覚えていた。
「仁志君、一生推せる」
「その謎に高い好感度、恐いから止めてくれない?」
一番この状況を怖がっているのは、殺人鬼サークルに入会させられた兼茂だろう。彼は「終わった」と小さく口にしながら、同時に一筋の光明を見つけ出す。
「た、只野君は、お腹の傷、大丈夫?」
兼茂の見出した唯一の光。それが仁志の腹の傷だ。
「大丈夫に見える? 貫通しているんだぞ?」
「その割には痛そうに見えないよね。男の子だから我慢してるの?」
殺人鬼ペアは軽く言っているが、常識的に考えれば腹部を貫通する刺傷は致命傷だ。大量の血液の流出に加え、何らかの内蔵も傷付いているだろう。おまけにこの大自然。マナ破傷風菌に感染すればまず助からない。
このまま時間を稼げば、仁志は間もなく死亡するだろう。そうなれば仁志の記憶もリセットされる。このダンジョンの記憶を失えば、兼茂を脅迫して殺人鬼サークルに入会させたことも忘れることになる。
残る美玲が問題だが、彼女は兼茂肯定派だ。殺してもらって、自分もこの記憶を失った方が残りの人生は豊かに過ごせるだろう。
早く死ね、殺人野郎! 兼茂は卑屈な笑みを浮かべながら、内心で仁志を呪う言葉を吐き捨てる。
「まあ、治って来ているからな」
だが、呪詛も虚しく仁志はとんでもないことを言い出した。
「え? そうなの?」
「でも、不安だからちょっと追加して来る」
あれ程の傷が簡単に治るとは俄かには信じ難いが、一人で歩けるようになった仁志は心配そうな美玲を余所にフラフラと歩き始める。そして死骸を貪り終わったベルゼルガの横に着くと、父親の薄い羽根や外殻を懸命に舐めてグルーミングする子供達を次々と踏み潰し始めた。
ポテンシャル【鏖魔人の饗宴】は殺した獲物を捕食することで永遠に戦い続ける狂戦士の力の一端。ベルゼルガは嬉々として子供達の死骸を貪り、その得た魔力は仁志の体力や生命力として還元される。まだ熟練していないために効率は悪いが、刺傷一つ治す程度は問題ではないようだ。
流石は狂戦士。狂気染みた回復手段によって、兼茂の希望は潰えるのだった。
「おーい。星野君も来なよ」
「一番大きい奴を残しておいてあげたよー」
そんな兼重の絶望を知る由もない二人は、彼の為に残しておいた最後の巨大害虫の傍で手を振って笑う。大きな魔物が残っているのが嬉しいのか、兼重は涙まで流しながらこちらに近寄ってくる。その口からは「殺さないで」と、仁志や美玲が魔物を殺してしまうか心配までしていて少しおかしい。
少し不幸な事故があって三人が死亡してしまったが、残された兼重が楽しそうなことは僅かでも慰めだろう。
「先輩、これでわかっただろう?」
「ん? 何の話?」
「俺が模範的で規範的で極めて人道的で平和主義なハトのような人間だってことがさ」
「え? あ、ああ。うん、そうなんじゃあない? 仁志君がそう思うならさ」




