⑥新婚旅行と元婚約者?その1
ゼロは妾の子とはいえ、正妻のイザベラが認知しているため、ストーンウォール家の次男である。
そのため一応サーシャとの結婚式は行っており、新婚旅行もすることになった。
「坊ちゃんが魔石病になった時は、良い御縁がもうないんじゃないかと思ったが、本当によかった」
「元気になって最近社交界に出入りするようになったから、逆に女が寄ってきてるんじゃないですか」
これから新婚旅行に行くゼロとサーシャを馬車の前で見送る使用人達が軽口をたたくと、イザベラが言う。
「あなた達、少しお黙り。
ゼロにはサーシャがいるんだから、寄ってくる女は徹底的に断っているわよね?ゼロ?
一方的に言い寄って手駒にするのもよくないけど、
言い寄られて絆されるのもいけませんからね」
前者はルクスとゼロの父親のことである。
ルクスの妻のリーナは「うんうん」と力強く頷き、ルクスは激しく頷いていた。
「当たり前ですよ。というか、誤解です。
私が最近社交界に出入りしたので、珍しげに話しかけるだけですよ」
ゼロは弁明していると、サーシャはギュッとゼロの片手に手を絡める。
「そうです。
そういう方々には、ストーンウォール商会の商品のお話を私がしています」
「さすがねサーシャ。その意気よ」
「はい」
イザベラと仲良く会話した後、ゼロとサーシャの馬車は出発した。
(ヤキモチは妬いてくれてる……ってことなんだよな?)
馬車の中で、まだゼロの手をギュッとしているサーシャを見てゼロはそんなことを考えた。
そんなゼロをよそに、サーシャは新婚旅行の行く先について確認していた。
「これから行くポットホール領は、温泉があるところなんですよね?」
「ああ。ポットホール領は昔から温泉業を営んでいるんだが、最近は魔石の成分が混ざった源水や露天風呂が最高らしい。
ポットホール温泉といって観光地にもなっている」
「では、珍しい魔石もあるということですか?」
「そうなるな。楽しみだな、サーシャ」
「はい」
サーシャの声はいつもより弾んでいた。
ゼロは平静を装っていたが、内心はウキウキだった。
(やったー!サーシャが喜んでる!!新婚旅行先に選んでよかった……!)
(魔石と温泉が楽しみです)
2人それぞれの理由ではしゃぐ中、馬車は目的地へと走っていた。
「サーシャ、あの川にある大きな穴はなんだ?」
「あれは甌穴です。
自然にできた大きな穴、自然の彫刻ですね。
周りにある魔石も綺麗です」
「そうだな」
ゼロは短く返したが、川に流れる水が太陽の光を反射させ、魔石をさらに輝かせている光景に目を奪われていた。
なにより甌穴が荒々しく、天然物の芸術の素晴らしさに2人で感動した。
「この河原の先に、露天風呂があるそうだ。
ちょうど今日は混浴の日だ。
水着は持ってきているな?」
「はい。入りましょうゼロ様」
そうして2人は男女それぞれの脱衣場へ向かった。
「すごいなサーシャ、温泉の色が緑色だぞ」
「中にいるプランクトンのおかげみたいです」
「そうなのか……」
ゼロは困っていた。
露天風呂で合流した後、サーシャが風呂の周りにある魔石に魅入ってしまったのである。
緑、黒、白、鼠色……
なんてことない色ばかりだが、サーシャにとってはそうではないのだろう。
短パンの水着を履いているとはいえ、上半身裸なゼロには目もくれず魅入っていた。
さすがに自分より魔石を優先されるのは、どこか分かっていたが実際されると悲しいものである。
(これしきでめげてはいけない……頑張れ私!)
ゼロは自分を鼓舞し、魔石を見つめるサーシャに話しかける。
「サーシャ、ワンピース型の水着、よく似合っているぞ」
「ありがとうございます」
「そうだ、ここ最近商会の売り物用の魔石の加工やアクセサリー作りで疲れているだろう。
マッサージでもしようか」
「それならば、ゼロ様がそうでしょう。
最近魔石獣が大量出没で退治に大変でしたよね。
私がマッサージしてあげます。
お背中失礼しますね」
そういうとサーシャは、ゼロの背中にまわり、リンパ管がある場所を優しくほぐし始めた。
「うゎっちぇばぁ」
「え?」
「すまない、気持ちよくて変な声が……」
ゼロが思わず振り返ると、そこにはクスクスと朗らかに笑うサーシャがいた。
「ふふ。ゼロ様でも面白い声を発する時があるんですね」
「ああ……驚いた時も、たまに変な声が出る……」
「そうなんですね。ふふ」
紺色の水着姿のサーシャは、心惹かれるものはあった。
柔らかい手足に控えめなふくらみ、
もちもちとしていそうな肌。
だがそれよりも、優しく笑うサーシャの表情が、ゼロの目を離さなかった。
その時、
「……ゼロ様?
ゼロ様ではありませんか?」
知らない声がゼロの耳に届く。
「……?失礼ですが、どちら様でしょうか」
最近参加した社交界でも会ったことがない女性だった。
目の前の女性が、悲痛そうに叫ぶ。
「ああ、ずっとお会いしたかった……
カーミラといいます。
貴方の元婚約者です」
「うん?!」
「いいえ。違います。
この方が勝手にそういっているだけです」
ゼロの後ろにいたサーシャが、ゼロの片手に腕を絡ませる。
サーシャの体が直接当たり、その温もりや柔らかさにゼロは固まってしまう。
「知り合いなのか?サーシャ」
「いいえ」
「わたくしは幼少の時ゼロ様を見てからずっと、結婚したいと思っていました。
一度はグスタフ様が考えてくださったのに、イザベラ様が聞き入れてくれなかったんです!」
"グスタフ''の名にゼロは凍りつく。
あまり聞きたくない、父の名前だ。
「きっと、そこの魔石狂いに唆されたレヴィンストレッド夫人の提案を呑んでしまったんですわ!
哀れにも、魔石狂いの言いなりになってしまったレヴィンストレッド夫人もかわいそう……
グスタフ様も亡くなる前、我がシュテレー家で嘆いてましたもの」
(今初めて聞くことばかりだが、
サーシャの魔石狂いの噂の発端は、カーミラ様な気がするな……)
ゼロはサーシャの温もりを味わいながら、そんなことを考えていた。
「最近になって社交界に出入りするようになったと聞いて、わたくしはゼロ様に一目でも会いたいと思って参りましたのに!
イザベラ様やリーナ様にことごとく妨害を受けて!!
もうストーンウォール家の女性達は、魔石狂いに毒されてしまったんですわ!
ゼロ様も目を覚ましてください!!
その魔石狂いがいる限り、ストーンウォール家に平穏は訪れません!!!」
大声で必死に叫ぶカーミラに、ゼロはまったく心を動かされなかった。
どころか
(サーシャはたぶんイザベラ様からカーミラ様のことを聞いていたんだな……)
などと考えていた。
「カーミラ様、私の母と義姉が失礼いたしました。
何か勘違いされているようですが、サーシャはとても愛らしい女性ですよ」
「愛らしい?
サーシャ様は先ほど、ゼロ様より魔石を見ていらしてましたけれど!」
当のサーシャは、ゼロの腕に回している手にギュッと力をこめていた。
何も言い返せないサーシャに、ゼロは少し傷ついた。
「ゼロ様!わたくしならもっと貴方を大切にいたしますわ!ですから……」
「失礼、カーミラ様。私はこの後用事かありますので」
そのままゼロはサーシャを連れ、露天風呂から離れた。
途中、何度も自分を呼ぶサーシャの声が聞こえたが、無視して脱衣場で別れた。
「ゼロ様」
着替えて脱衣場から出ると、サーシャが真っ先にゼロへと話しかける。
「サーシャ、疲れただろう。今温泉まんじゅうを買ってくる。
ここで待っていてくれ」
ゼロはサーシャの言葉も聞かず、サーシャを足湯がある近くのベンチに座らせ、そのまま逃げるように去った。
(サーシャは私のことを好いているんじゃないか、と思っていたが……)
ブラブラとあてもなく、昼間の温泉街の屋台の中を歩く。
自惚れていたことに少し恥ずかしい気持ちと、期待して舞い上がってからの落胆。
第三者に指摘されたことも、また辛かった。
(それにしても……あちこちに湯けむりや温泉まんじゅう……これが温泉街か……)
視界には温泉まんじゅうやら揚げまんじゅうやらの暖簾やのぼり旗が入ってくるため、さすがに何か買うべきか、と歩みを止める。
歩みを止めた先に、キラっと光るものをみた。
赤や水色のガラスが見つけてほしそうに、眩い光を放つ。
そこは、ガラス商品を扱った店だった。
吸い込まれるようにゼロは店内に入っていき、ショーウィンドウに入った1つの作品に目をとめる。
その後ろには、人影があることをゼロは知らない。
「ゼロ様……どこまで行ってしまったんでしょうか……」
一方のサーシャは、ゼロの帰りを待って木製のベンチに座っていた。
周囲には、大小の石や岩を使ったモニュメントやベンチがあちこちにあった。
中には魔石が使われているものもある。
こんなに大好きな魔石があるというのに、サーシャは今それらを見る気持ちにはなれなかった。
(どうしてこんなに……寂しいような、ざわざわするような気持ちに……)
無理にでも魔石のことで頭いっぱいにしてしまおうか。
『 わからなかったら、考え続けていいんだ』
そんな時、ゼロの言葉が脳裏に浮かんだ。
(……さっき起きたことは、前からお義母様やお義姉様に教えられていた要注意人物のカーミラ様がゼロ様と喋っていました……
私がゼロ様より魔石に魅入っていたことを指摘されて……)
そこでまたざらざらした黒い気持ちに襲われる。
サーシャはすぐさま考えるのをやめたくなった。
(こんな気持ち……嫌です……
嫌?どうして、私は……)
考えれば考えるほど辛くなり、思わず太腿あたりのドレスの布生地を手でギュッと握り締める。
「……サーシャ?」
「ゼロ様?!」
サーシャは反射的に顔を上げたが、目の前にいたのはゼロではなかった。
「な、なんかごめんね。久しぶりサーシャ。僕だよ、オリオンだよ。
わかる?」
「オリオン兄様……」
銀に近い水色の長い髪を束ねた青年。
その青年は、西のクリスティル家の少年の1人だと、瞬時にわかった。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね。
どうしたの?1人?」
「いえ。旦那様と一緒に来ていたんですが……」
「ああ!君の旦那さん!ゼロ君だよね?
よかったら紹介してくれないかな。
ちょっと話があって」
「は……はい」
「?何かあった?」
生きていたんですね、今までどうしていたんですか、今はどうしているんですか、
聞きたい事がたくさんあったが、ゼロのことを考えると胸が痛んだ。
俯いてしまったサーシャにオリオンは困っていると、後ろから焦った声が飛んできた。
「ラピスロック副室長!まずいです、やつら、ゼロ様をさらっていきました!」
「なんだって?」
オリオンの部下らしき者がした報告に、サーシャは目を見開く。
「どういうことですか、オリオン兄様、ゼロ様をさらうって……」
「あー……ごめん、こうなる前に保護したかったんだけど……」
前のめりに話を聞くサーシャに、オリオンはたじろぐが、意を決してはっきり言った。
「今、元魔石病患者達がさらわれる事件が多発していてね。
僕が働いているところは、違法魔石や特定魔石獣を取り締まる仕事なんだ」
サーシャとオリオンがそんなやり取りをしている同時刻。
さらわれたゼロは、カーミラからとんでもないことを告げられていた。
「ああ……ずっとずっと、この時をお待ちしていましたわ。
ようやく貴方を迎え入れる時が来ました」
ゼロの傍らには、特定魔石獣、ホークー虎がいた。
「我が領地の魔石獣、ホークー虎の主として!!」




