⑦新婚旅行と元婚約者?その2
「少し昔話をしましょう。
私達ピエドラ家の領地に、ある日小さなホークー虎が迷いこんだんです」
手足を縄で縛られたゼロに、カーミラは一方的に話す。
「ホークー虎を保護し飼育していると、虎の排泄物は美しい蛍魔石となりたくさん出てきました。
宝石商に蛍魔石を売ると高額で買取って。ピエドラ家は喜びましたが、ホークー虎が住む場所で次第に体調不良で倒れる人が増えていき、ピエドラ家の家族や領民が減っていきました。
ホークー虎がいるせいだと気づきましたが、あの美しい蛍魔石のためです。
ホークー虎の世話係を、魔石病患者に指名し働いてもらいました」
ガラス店でとある展示物の紹介を読んでいる間に、今まで感じたことの無い痛みを覚えた。
そんな時に背後から襲われ、ゼロは捕らえれてしまった。
「するとどうでしょう。魔石病患者はホークー虎に気に入られ契約し、ホークー虎のそばにいても体調不良者が出なくなりました。
その日から魔石病患者が死ねば次の魔石病患者とホークー虎を契約させる、そんなことをずっと続けていきました」
今、ゼロはピエドラ領内にいる。
さっきから語り続けるカーミラの後ろには、武装した者たちがいる。
「難点だったのは、魔石病患者の寿命が短いことです。
次の魔石病患者を探すのにも、時間とコストがかかります。
そんな時、魔石病が完治した人間は、魔石獣に好かれやすいという噂を耳にしました。」
武装した者の1人に、明らかに人間ではないな、と思う者がいた。
魔石病を患っていたせいかは分からないが、体が「あれは、まずいぞ」と告げていた。
「そこで!!!!貴方様ですわゼロ様!
保険としてたくさんの元魔石病患者も確保していますが……杞憂だったようですね。
現に魔石獣ホークー虎も懐いている!
契約し、その後は私と子を作りましょう!
魔石病患者の血を気に入り、ホークー虎はずっと我がピエドラ家と契約を結び続けてくれるでしょう!」
大袈裟に手を前にして語るカーミラに、ゼロは言った。
「そうなんですか……?
……ホークー虎でしたっけ?この子、ずっと泣いていますが」
ゼロの傍らにいるホークー虎は、小型犬くらいのサイズの小さな白い体で、「がぅ、がぅ」と鳴きながら、ずっと青い瞳から涙を流していた。
首元にある魔石が、おそらく力を奪っている、もしくは従わせているんだろう。
「この子、泣き虫なんですの」
「……そうですか。それで、あちらの方は?どう見ても人間ではないようですが」
「ああ。彼女は魔石人です」
老成した女性が、ニコッと笑った。
店内で感じた痛みは警告だったのだろう。
彼女の瞳は、魔石だったのだ。
「昔は人間とも敵対していたようですが、過去の罪を互いに許し、力を合わせるべきです。私達のように!」
カーミラはまた自分の世界に入り、大袈裟に胸に手を置く。
ゼロはウンザリし、魔石人に警戒しながら、さてどう逃げ出そうか、と思っていると、
ホークー虎がトテトテきて、ゼロの傍にピタリとくっついてきた。
「そっかあ、カーミラ様か。ピエドラ家に連れ去られたのは厄介だ。
……ごめんね、カーミラ様達のこと、見張ってたのに。
僕らの落ち度だ」
「オリオン兄様は彼女のことを知っているんですか?」
「うん。ピエドラ家は特定魔石獣保有の疑いと、魔石人を匿っている疑いがあるんだよね。
僕ら魔石取締官の中でも悪いやつがいてさ、長いとこピエドラ家の非業を黙認してたっぽくて。
ちょうどそいつらが失脚したから、操作の手が伸びてきてるってわけ。」
「魔石人……!」
昔祖母から聞き、自身も戦ったことがある古の化け物の名を小さく叫んだ。
サーシャは今、オリオンが乗ってきた馬車に揺られていた。
「いいんですが、副室長。夫人に全部話しちゃって」
「うん、大丈夫。この子は東のクリスティル家の子だから。
魔石人とも戦える。」
唇を噛み締め、怒りに燃えるサーシャに、一応は釘を刺す。
「といってもね、サーシャ。
あくまでそれは非常時の時だけで、僕らが片付けるから。
お、着いた。
じゃ、サーシャはここで待ってて。
チュリク君はサーシャのそばにいてあげて。」
ヒラリと馬車から降りたオリオンは、そのまま部下と共にピエドラ家へ向かった。
「これはこれは魔石取締官様。先ほど連絡がありましたが、何の用です?」
「魔石獣ホークー虎の飼育は禁止されています。
魔石人を匿うことも」
「なんの事でしょう。我々は何も……え?」
オリオンと話をしていたピエドラ伯爵は、目の前の光景を疑った。
目の前に大きな手足胴体がある、巨大な石像が動いていたからである。
顔のような部分には二つ、両目のように光る魔石・ガーネットが揺らめいていた。
「ゴーレム?!」
伯爵が驚いた時にはもう遅く、ピエドラ邸の屋根を掴んでいた。
「ここにはゼロ様はいないですね。
ガーネット、お願い。
あの奥にある円形の建物に行って」
サーシャは石像の顔の隣に立って、指示を出す。
ガーネットと呼ばれた石像は、屋根をゆっくり戻すと、そのまま一直線で走っていた。
「ま、待て!あそこには娘が!」
「それは大変だ。娘さんを保護してきますね〜」
「ま、まて!だ、誰かアイツを止めろ〜」
ピエドラ家の執事やメイドがやってきたが、オリオンは慣れた手つきで、懐から横笛である魔石がついたフルートを鳴らす。
そのまま彼らは惚けた眼差しとなる。
「しまった!''魔笛''オリオンか!」
低く唸るピエドラ伯爵は、そのままオリオンの部下に捕えられる。
「すいません、副室長!
あの人馬車の中でいきなりゴーレム出して……!
ていうか、夫人は完全に魔石人と戦うつもりですよね?!」
「大変な役回りさせて悪かったね、チュリク君。
ゼロ君やサーシャに何かあったら、ルクスに顔向けできないよ」
オリオンは部下と共に、サーシャの足取りを負う。
「半分はピエドラ邸を家宅捜索、もう半分は僕に着いてきて!」
「ちょっと!外が騒がしいわよ!」
「大変ですカーミラ様!魔石取締官が来ました!それとゴーレムも」
「??」
円形の建物内では、次々起こることに頭を抱えるカーミラに、魔石人は提案した。
「カーミラ様、魔石取締官は私が始末しに行っても?」
「ええ、お願い!」
その様子を見ていたゼロは、今のうちにと逃げ出そうとすると、カーミラにガっと身体を掴まれる。
「さぁゼロ様、ホークー虎と契約を!
」
「なっーーー……」
ホークー虎の首に着けられた魔石が光る。
瞬間、思わずホークー虎の瞳を見てしまった。
すると、頭の中に映像が流れこんでくる。
「子どものホークー虎か。迷子になったんだろう。こいつは金になる。領地で飼うぞ」
「君と触れ合えてよかった。君の幸せを願ってる」
「自分と契約したから、辛い目に遭うんだって顔しないの。
病気で死ぬしかなかった私に、貴方は光をくれた」
「次の契約者に告ぐ。ホークー虎の首元にリボンで結ってある魔石、壊すのだ」
「魔石取締官か、クリスティル家なら壊せる」
「お願い、私の、私達の、ホークー虎を助けてあげてー」
「痛っ」
胸元に痛みを感じ、意識が現実に引き伸ばされる。
「ホークー虎との契約終わりましたわ。では私と夫婦になるためにーーー……えっえ?!」
「すまない!」
ゼロは思いっきりカーミラを突き飛ばし、ホークー虎を抱え、走った。
「まて貴様うがっ」
「やめろぬあっ」
「捕まえにゅげ」
追っ手を蹴り飛ばし突き飛ばしひたすら走り続けると、扉があることに気づく。
「そういえば、保険でさらってきたって……」
ハッとしたゼロは、ホークー虎を抱えて叫ぶ。
「人はいるか?!」
「なんだ、助けが来たのか?開けてくれ!!出られないんだ」
「下がってくれ!扉をぶち抜く!」
ゼロは宣言通り、扉を足で蹴り破る。
中からたくさんの人が出てきて、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「えーと、どこへ逃げればいいんだ?」
キョロキョロしていると、急な地鳴りがする。
どころかズンズン、と重い足音がする。
脇に抱えたホークー虎は震えている。
えっ、と驚くと、頭上から凄まじい音がしていて、空が見えた。
正確には、大きな石像の両手が建物の屋根をつかみ、開けていた。
「赤く輝いておくれ、ルビーカメリア」
「サーシャ?!」
聞き覚えのある声に反応すると、深紅の衣をまとった精霊がゼロの元へ光を照らした。
もう真っ暗な夜になった今は、この灯りが貴重だった。
ゼロとサーシャは互いの姿を確かめる。
「ゼロ様!ご無事だったのですね。このゴーレムの手のひらに乗ってください」
「う、うん?」
言われるがままゼロは石像の大きな手のひらに乗ると、サーシャがいる石像の頭の横辺りに降ろされた。
精霊は消え、ゼロがホッとしていると、甲高い声が聞こえる。
「させないわよ魔石狂いー!!!」
声の主はカーミラだった。
彼女の傍らには、たくさんの魔石獣がいた。
ピエドラ家は、ホークー虎以外にも魔石獣を飼育していたらしい。
「ゼロ様を返しなさい!あなたの元ではゼロ様は幸せになれない!」
「それを決めるのはゼロ様です」
馬やサイ、ヒョウの姿をした魔石獣が飛びかかるが、石像はビクともせず小バエを仕留めるかのように、大きな手でバシバシと潰していく。
「お、覚えてなさい魔石狂い!」
カーミラは観念したかのように逃げていく。
サーシャの髪は、そんな夜空の下を赤く揺らめいていた。
その美しさに見とれていると、ゾッとする声が響く。
「ふーん、面白いな。これが東のクリスティル家の戦い方か。」
「おっと」
小さき呟くサーシャが防御態勢に出ているにも関わらず、ゼロは反射的にホークー虎を抱えたまま、彼女に覆いかぶさった。
「がぅぅっ」
ホークー虎の悲痛な鳴き声が響く。
魔石人の放つ一撃が、ゼロの背中を襲うかのように見えた、その時。
「ちょっとちょっと、魔石人。お前の相手は僕だってば」
横笛を戦闘用の棒に変えたオリオンが受けとめる。
「まったく、またラピスロックの犬か。いい加減飽きたんたんだかな」
「こっちも飽きたね。おまえ達、魔石人とやり合うのは」
そして背後にいたサーシャが、魔石人へ向かって、石像の渾身のパンチをお見舞いする。
その隙にオリオンが戦闘用の棒を横笛のフルートに変え、奏でる音波を魔石人に浴びせる。
魔石人は片手を失ったが、オリオンになんの気なしに言う。
「ふん。今日はこの辺でひくとする。
お前もルクスを悲しませたくないだろう」
そのまま魔石人は消えた。
オリオンは黙ったままだった。
呆然とするゼロを、サーシャは慌てて確認する。
「大丈夫ですか?!ゼロ様、怪我は?」
「ああ、大丈夫だ」
「どうしてですか!私は、避けることができました!それなのにどうして!」
「すまない、邪魔してしまったようだな……
君を守りたいと、体が動いてしまった」
ものすごく青ざめた顔のサーシャに驚きながら、ゼロは答える。
「そんな、そんな……私は、あなたよりも魔石を優先する人間ですよ」
「うーん、たしかに昼間のは傷ついたな」
「っ」
「だが私は笑っている君が、好きなんだ」
サーシャに笑っていてほしくて、ゼロは自然と笑みがこぼれた。
体が、心の中がポカポカするな、などと思う。
今にも泣き出しそうだったサーシャは、一瞬驚いた。
そしてそのままゼロと唇を重ねた。
「えっあびゃばぁ?!サ、サーシャ?」
「あっ?!ごめんなさい、ゼロ様、私、なんだか体が勝手に動いて」
「いや、大丈夫だ……」
「ねぇねぇ君達。僕のこと忘れてない?」
「がぅ」
石像の上で、そんなやり取りを3人と1匹は交わした。
次の日の朝。
「ホークー虎に懐かれてしまいましたね」
「がうっがうっ」
「なんだかんだ、この子は可愛いな。歴代の主が可愛がるのもわかる」
ゼロの手のひらに、ホークー虎はテシッテシッとタッチしじゃれる。
サーシャが首周りについていた魔石を壊したことで、ピエドラ家からホークー虎は自由の身になった。
とはいえ、特定魔石獣には変わらない。
あの夜の後、ゼロ達は強制的にラピスロック家に連行された。
ラピスロック家の現当主に尋問と説教をされ、昨日の夜はゼロもサーシャもクタクタになった。
今は中庭のテラス席で、2人と1匹茶を嗜んでいた。
後ろにはラピスロック家の使用人が控えている。
そんなのんびりタイムに、オリオンがやって来た。
「おはよう、ゼロくん、サーシャ。
ホークー虎の手続き、終わったよ。
あーあと、ピエドラ家も捕まえたよ。
元魔石獣患者達も無事保護できた」
オリオンはそのまま、ゼロの隣の椅子に座った。
特定魔石獣は、正式な手続きと魔石取締官が認めた者であれば、主となれる。
「ありがとうございます、オリオン様」
ゼロが礼を言うと、オリオンは机の上にいるホークー虎の前に魔石をかざす。
「がうっ?」
「すまない、しばらく魔石の中にいてくれ。
定期的に外へ出すようにするから」
ゼロが謝ると、ホークー虎は「がうっ」と鳴きニコッと笑い、オリオンがかざした青い魔石の中に入っていく。
「ブローチ型の魔石にしたから、君がこの魔石に念じれば、
ホークー虎はいつでも出てこれるよ。
時間をかけて、いい名前、考えてあげてね」
「はい。それにしても、私もルクス様と同じ特定魔石獣持ちになるとは……」
ゼロはオリオンから、青い魔石を受け取る。
「君のホークー虎は、今は子どもの姿だけど、時間が経てば成体になるから。
ああそうだ、今からルクスも来るよ」
「え?!」
ゼロが驚いていると、
「ゼロ!サーシャ!大丈夫だったか!!」
ものすごい勢いでルクスが入ってきた。
「ルクス様……」
「ゼロ、サーシャ、怪我はないか?!」
(そういえば、オリオン様はルクス様と旧知の中だったな)
過剰に心配するルクスをよそに、ゼロはそんなことを考えていた。
幼き日に、魔石病症状で咳き込みながら、窓から2人が遊んでいる様子を見ていた記憶が蘇る。
「私もサーシャも大丈夫です」
「ああ、よかった〜……」
「オリオン兄様は、お義兄様とお知り合いだったんですね」
「そうだよ。クリスティル家がなくなった後、僕はラピスロック家の養子になってね。
偶然ルクスと出会って、今に至るってとこかな」
「2人とも無事でよかった。
魔石がらみで何かあったら、俺かオリオンにすぐに言うんだぞ」
「もー、あんまりお前と仲良くしてると、レイヤ様に僕が怒られるんだよ?」
「そんなの今に始まったことじゃないだろ」
「まったく、お前ってやつは」
「あ、あの……心配し過ぎですルクス様」
ラピスロック家から出た後、心配性のルクスの指示で、ゼロとサーシャはストーンウォール家本邸にしばらく泊まるように言われた。
イザベラやリーナ、使用人達にも心配され、一息ついたのは夜になっていた。
「ゼロ様、ホークー虎の名前は決まりましたか」
「ああ、ヴァンにしようと思う」
本邸にある2人の寝室で、ゼロとサーシャは会話していた。
「……本当に、ゼロ様が無事でよかったです。
ゼロ様がどこかに行ってしまうと、私はとてもザワザワするんです」
「ザワザワする?」
「はい。ずっと考えているんですが、どうしてそうなったのか分からなくて……」
「もしかしてサーシャは、寂しかったんじゃないか?
私もすまない、あの時半ば強引に君をひとりぼっちにした」
「謝らないでください。ゼロ様を傷つけたのは、本当なんですから……」
サーシャは俯く。
その様子を見たゼロは、手のひらを握りしめ、意を決して言う。
「サーシャ、近い内にまたポットホール領の温泉に行こう。
あそこは、君の一族が携わった場所なんだろう?」
「……どうして、それを」
「温泉街のガラス店で、クリスティル家が作ったアクセサリー作品を展示しているスペースがあった。
ポットホール領の温泉街は、東のクリスティル家が営む温泉街をモデルにしたという石碑もあった。」
ゼロの言葉に、サーシャは息を呑む。
「クリスティル家がたくさん協力してくれたことも書いてあったよ。
特に露天風呂の魔石は、東のクリスティル家の露天風呂の魔石と同じものが使ってあるとも。
気づいてあげれなくて、すまなかった。
君にとってあの魔石達は、思い出の魔石だったんだな」
ゼロが優しく言うと、サーシャは瞳を潤ませた。
「いいえ、いいえ、ゼロ様。
悪いのは私なんです。
ゼロ様を、大切に想っているのに、魔石を優先して……」
首を振るサーシャの肩に、ゼロは優しく手を置いた。
「サーシャ、それはもういいんだ。
昨日話しただろう。
傷ついたけど、君が魅入る理由に気づいたんだ。
よかったら、君の家の温泉街のこと、話してくれないか。」
「……私が住んでいた場所は、ポットホール領のように山が近くて、温泉街があったんです。
お父様が魔石で作ったアクセサリーをお店で売って、おばあ様も魔石箱の売買なんかしていて……
魔石獣が出たら、ゼロ様みたいにお母様が退治して……」
「そうか……大事な思い出を話してくれてありがとう。
また行こう。絶対」
ゼロとサーシャはその後、約束通りポットホール領に再度訪れた。
「サーシャ、あそこに世界に一つしかない魔石があるみたいだぞ!」
「はい。ゼロ様……」
珍しい魔石達が、サーシャの目にたくさん映った。
だが当のサーシャは、魔石には目もくれず、ずっとゼロを見つめていた。
(初めてです……魔石以外を、こんなにも見つめてしまうなんて)
しみじみゼロを見つめていると、視線が合った。
サーシャは思わず微笑んでしまった。
するとゼロも笑った。
サーシャもゼロも、笑ってくれてよかった、と互いに思っていた。




