⑤レヴィンストレッド家の末路と打算?
「むりよむりよ私にはむりぃ!」
今、ゼロの目の前でサーシャの義姉のメテオラがギャーギャーと泣き叫んでいる。
ゼロとサーシャは途方に暮れる。
話は一週間前にもどる。
「なぁサーシャ、君の義姉のメテオラ嬢はどんな方なんだ?」
「大変努力家で勉強家な方です」
サーシャはクリスティル家が皆殺しにあった後、レヴィンストレッド家の養女となっている。
「……それが、家を傾けるほどの魔石大量購入の理由か?」
「多くの本物の魔石を見ていれば、おのずと偽物との見分けもつくようになります。
それに、叔父様が奥様からアカシャ草を取り上げた時から、
お嬢様は家の没落を決めたようですし」
「うん?!」
重要なことをサラッと言ったサーシャとともに、ゼロは馬車から降りた。
先日の社交界で、レヴィンストレッド家の奥方の墓参りの約束を取りつけたが、
レヴィンストレッド商会がダーリーズ商会に吸収合併され、没落してしまった。
そのため今はダーリーズ子爵がレヴィンストレッド家を管理しており、
その妻となったレヴィンストレッド家の娘、メテオラから招待があったのである。
「サーシャ、今日はなんの依頼かわかるか?」
「おそらくはお嬢様が新しい事業を任されたのだと思います。
私達は相談役かと」
「……気乗りしなかったら断っていいんだぞ」
「どうしてです?ゼロ様はメテオラお嬢様について、何か勘違いされてませんか?」
「えーと……立場だって本当は君の方が上なのにお嬢様って呼んでいるだろう?
使用人のような扱いを受けていたのではないかと思って……」
「そうなんですか。
呼び方については、そう呼ばないと叔父様が癇癪を起こすので呼んでいただけなんですが」
サーシャはあまりよく分かっていないようだった。
そうこうするうちにダーリーズ邸に着き、来賓室に通され、メテオラが来る。
「先日の社交界ぶりですね、ダーリーズ夫人。」
「お久しぶりです、ゼロ様」
形ばかりの挨拶をした後、メテオラはさっそくサーシャに話しかける。
「久しぶりね、サーシャ。元気そうじゃない」
「お久しぶりです、お嬢様」
「……お父様がどうなったか、聞かないの」
「あまり興味はありませんが……どうなりましたか」
「山奥で売り物にならなくなった魔石を使って、フレスコ画に励んでるわ。
今さら亡くなったお母様の絵を描いてる。
遅すぎるのよ」
その声には、呆れと憎しみが混じっていた。
ゼロはどうにもサーシャとメテオラの関係性がわからないまま、ただ2人をみていた。
「それより今日呼んだのは、貴方に''魔猿の姿石''をとるのを手伝ってほしいのよ」
「私は構いませんが……ゼロ様は?」
サーシャは遠慮がちにゼロを見た。
思いっきり顔に手伝いたいと書いてあるサーシャの意思を、無下にはできなかった。
「サーシャが危ない目に遭わないならいい」
「あら。随分大事にされているのね」
メテオラの言葉にムッとするが、メテオラは気にせず話を進める。
「姿石に群がる魔石獣の群れは私がやるから、
サーシャはその前にある魔石箱の解除をお願い」
「わかりました」
トントン拍子に話が進み、1週間後に姿石がある場所に集合することになった。
「今更だが、姿石ってなんだ?サーシャ」
「姿石とは、動物などの形にたまたま見える石のことです。
自然の芸術作品ですが、魔石の姿石は珍しい。
魔石自体が力を宿していることもあるので、魔石の姿石のそばには魔石獣がいることが多いんです」
「なるほど。大方ダーリーズ家の一員として認められるための試練といったところか」
「そうでしょうね。お嬢様なら必ず成し遂げられます」
メテオラを信じるサーシャをよそに、
(どうだろうな……ダメだったらすぐサーシャに泣きつく腹積もりな気がするが……)
帰りの馬車の中で、ゼロは内心そう思っていた。
サーシャがなぜそこまでメテオラを評価しているのか、この時のゼロは分かっていなかった。
そして1週間後。
「ふふ、天気がいいわ!私が魔猿の姿石をゲットする絶好の日ね!」
「そうですね、お嬢様。
貴方が持つ魔宝石剣も一段と輝くでしょう」
「当たり前じゃない!」
剣士のような格好をしたメテオラに、動きやすいようズボン姿できたサーシャは、楽しげに姿石がある洞窟の前にいた。
(魔宝石剣?
こんな幼気な女の子が、扱えるようなわけないだろ……)
ゼロはというと、相変わらず内心で毒を吐いていた。
ただでさえ先日の社交界でのメテオラの立ち振る舞いには、目に余るものがあったからだ。
それを感じ取ったサーシャは、メテオラに提案した。
「その前に、メテオラにお願いがあるのですがよろしいですか」
「なによ」
「ゼロ様の怒りを利用したことについて、説明していただきたいのです」
「ぐっ……しょうがないでしょ、そりゃちょっと貴方をコケにするような感じになっちゃったけど、
ああでもしなきゃ、お父様が秘密裏にアカシャ草を売ったって認識してもらえないじゃない」
「お嬢様」
「〜……
先日の社交界で、サーシャを悪く言うような流れを作って申し訳なかったです。
父の悪事をバラしたかったんです」
メテオラはゼロに体を向け、深々と謝った。
そんなことをする人には見えなかったので、これには流石のゼロも驚いた。
「顔を上げてくれ、ダーリーズ夫人!
えーとつまりは、本当にお父上の失脚を目論んで?」
「ええ。ではこの話はおしまい。
さ、早く行きましょう」
スタスタと洞窟の中へと進んでいく。
洞窟の中は薄暗かったが、とある場所でメテオラは足を止める。
その前には、宝箱があった。
「サーシャ、お願い」
「はい、お嬢様」
サーシャは宝箱にそっと近づき、懐から緑色の魔宝石を取り出した。
宝箱の鍵部分近くにある、同じ色をした魔宝石と重ねる。
『ん……いけないいけない、また眠ってしまっていた』
「その声は……スピカおばあ様ですか」
『おやサーシャ。
私に根掘り葉掘り聞かないってことは、クリスティル家の現状を知っているね?』
魔石箱が喋り出し、ゼロやメテオラは驚く。
サーシャとスピカの2人は会話を続ける。
「はい。魔石剣に魂を移したノクトおじ様に聞きました。」
『一瞬だったよ。わけも分からないまま、体を失った。
気づけば皆、無我夢中で手持ちの魔石や魔宝石、魔石箱などに魂を移していたよ』
「私のお母様やおばあ様がどこにいるか、ご存知ありませんか」
『わからないねえ。
私も体をこの魔石箱に移してからは、どうにも意識が続かなくてね。
気づけばこの洞窟にいるってわけ』
「ご希望があれば、場所を移動いたしますが」
『いいよ。流れに身を任せるさね』
「ノクトおじ様も同じことを言っていました」
『そうかい。ではまた会えたら会おう。
私はずっとここにいるから』
「はい。スピカおばあ様」
サーシャはスピカがいる魔石箱を持ち上げ、安全な場所の岩の上に置いた。
「この魔石箱にもおばあ様はいませんでした」
サーシャは少し寂しげに言う。
「サーシャ……」
ゼロはどうしたらいいかわからず、ひとまず彼女の手を握った。
(サーシャは故郷に帰りたいとか、皆殺しの真相が知りたいとか思わないのは、何も分からないからなのか……?)
当事者達でさえ把握していないのだ。
だからこそ、せめて身内である祖母がいる魔石箱を見つけたいのだろうか。
ゼロはそれすらも分からなかった。
分からないことは怖いこと、と昔抱いた感情がチクリと痛む。
「しんみりしてるところ悪いけど、その魔石箱は結界代わりだったみたいだから、ここからが勝負どころよ。
サーシャ達はもう下がっていいわ」
カツン、と音を立て、メテオラは1歩前に出た。
「はい、お嬢様。ゼロ様もこちらへ」
メテオラの後ろに隠れるように、サーシャはゼロの手を引いて、元きた道の方角に移動した。
反対に、魔石箱があった場所の前方からは、
集団行動を得意とする魔石獣クォーツ魔猿がぞろぞろ現れた。
魔猿達の額の水晶が、ギラギラ光る。
「ふん。害獣指定されてるからあんた達は全員駆除してあげる。
私に駆除されること、光栄に思いなさい」
メテオラの宣戦布告に、魔猿達が飛びかかり、
「むりよむりよむりぃい!」
メテオラは数秒で逃げた。
「やっぱりこうなったか!」
すぐさまサーシャを連れゼロは逃げる体勢に入るが、肝心のサーシャはメテオラに叱咤し、走り出す。
「お嬢様!魔宝石剣を上に!」
サーシャの言葉に耳を傾ける気力はあったらしく、メテオラは魔宝石剣を抜き天にかがげる。
色とりどりの魔石たちの光が四方八方へ反射し、魔猿達の目くらましとなる。
サーシャの誘導でメテオラは、なんとか洞窟の窪みへと移動した。
「むりよむりよ私にはむりぃ!」
そして今、ゼロの目の前でサーシャの義姉のメテオラがギャーギャーと泣き叫んでいる。
ゼロとサーシャは途方に暮れる。
サーシャは少し息を吐くと、騒ぐメテオラに声を掛けた。
「お嬢様なら大丈夫ですよ。自信を持ってください。
私がレヴィンストレッド家に来た時から、ずっと鍛錬をしていたではありませんか」
座りこむメテオラに視線をあわせるように座るサーシャに、メテオラは頭を抱えた状態で叫ぶ。
「でも実践はそんなにしてないわ!
あんな大多数いる魔石獣達相手にやり合ったことないわよ!」
(それなのによく姿石をとろうとしたな……)
ここまでくると、ゼロはだんだん呆れてきた。
「私も魔猿の姿石は見たいのでお手伝いしたいんですが……無茶をするとゼロ様が悲しむんです」
「えっ あ、サーシャ!」
まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのと、魔石のために体を張るつもりだったサーシャにゼロは驚いた。
「ですからお嬢様は、まずご自身の力量と、家を傾けるまで集めた魔石達で作った魔宝石剣を信じてください。
この魔宝石剣は私の技術も入ってるので、ちょっとやそっとじゃ壊れません」
サーシャとメテオラが話している間に、魔猿達に見つかった。
ゼロは叫ぶ。
「サーシャ!魔猿達がこっちに来る!」
「お手伝いはしましょう。
赤く惑わせておくれ、ルビーカメリア」
サーシャがそう呟くと、
長い髪の深紅の衣を纏った精霊が、魔猿の群れを炎で囲み動揺させる。
「サーシャは精霊持ちだったのか……!」
ゼロは思わず感心する。
「クリスティル家の熱心な魔石好きに心惹かれる精霊もいるので。
さぁ、お嬢様。今なら魔猿達は隙だらけです。」
「……わかったわよ!」
メテオラはもう一度魔宝石剣を手に取り、そのまま魔猿の群れへ突っ込んだ。
「なっ……」
ゼロは息を飲む。
メテオラが輝き光る魔宝石剣を気にせずに、一心不乱に剣をふるうからだ。
「ま、魔宝石剣は、人を惑わす剣で有名な古の魔石道具じゃないか!
彼女、なんであんな平気そうなんだ?!」
「お嬢様は先代当主から譲り受けた魔宝石剣の原型を、ずっとふるってきましたから。
といっても、あそこまで魔石に目もくれず、毎日扱えるのはすごいことです。
続けていること自体が大変なことなのに、お嬢様はそれをわかっていない」
サーシャの横にはいつの間にか、精霊が戻っており彼女の肩に手を置いていた。
そして、メテオラの周りには次々と魔猿の死体が転がる。
「もうすぐ片付きそうです。
行きましょう、ゼロ様」
サーシャはというと、目を輝かせメテオラが確保した姿石へと歩み始めた。
サーシャのその笑顔を見て、手を引かれていたゼロはつられて笑う。
すると、サーシャは急に驚いた顔をした。
「?どうした」
「いえ、ゼロ様が笑ったのが、なんだか意外で」
「サーシャが笑ってたから、笑っていただけさ。
嫌だったか?」
「そんなことありません。
でもなんだが、ほわほわします」
この日のゼロとサーシャは気づかなかった。
2人で喜びを共有できたことが、嬉しいということを。
後日、メテオラとその夫ダーリーズ子爵の同行の上で、ゼロとサーシャはレヴィンストレッド夫人の墓参りをした。
「ゼロ様、随分長くお祈りしていましたね」
「結婚初日で君に働いた無礼を、夫人にも詫びていたんだ。
サーシャ、その節は本当にすまない」
「もうそれは何回も聞いたので、おなかいっぱいです」
2人は今、夫人が好きだったという、レヴィンストレッド家庭園跡地に来ていた。
「私は幸せ者です。
優しいゼロ様の奥様になれて、毎日十分な食事と睡眠が得られて、
魔宝石の加工、研磨や鑑定の仕事ができて、
様々な魔宝石を見れて……」
顔は無表情だが、声色は本当に嬉しそうだった。
だが同時に思った。
「サーシャは、怖くないのか?」
「え……」
「君の一族は原因不明で皆殺しになった。
君たち一族の本邸や拠点としていた西と東の領土は今は、王家が管理している。
何も分からないまま、生きていくのは怖くないのか」
ゼロは、今この場で言うことではないと思った。
だが、魔猿の群れがある洞窟でクリスティル家の実情を見聞きした時に、思い出したのだ。
「私は怖かった。
いつ呪いの魔石に触れたのか、誰が何のためにそんなことをしたのか……
分からないまま、魔石病になった。
怖くて雑念をはらうため必死に剣の鍛錬をして、よく倒れたりもしたな……」
魔石病のせいで、毎日体のだるさや息苦しさがある中で、分からないことが怖さとなり、恐怖となった。
あの頃は、心配をかけたくて誰にも言えなかったが、サーシャにはその怖さを少しでも軽くしてほしかった。
「ゼロ様……私は、考えないようにしてきました。
事件があった時から、最初は泣いたり怒ったり悲しんだりしていました。
でもある時、それすらもすることが嫌になって。
頭の中を魔石でいっぱいにしたら、考えずにすんだんです」
当のサーシャは悲しくも恐怖もなく、いつものように淡々と説明する。
「本当は、クリスティ家の西の方の生き残りがいることも知っていました。
でも、会って何を話せばいいのか分からないから、考えるのをやめました。
……おばあ様やお母様、お父様を探そうと思ったけれど、必死になれば辛くなるので、あまり考えないようにしました。
ひょんなことからノクトおじい様に会って、みんなの体が何かで失ったことを知っても、考えるのが嫌になって何もしませんでした。」
そこでゼロは、サーシャを思いきり抱きしめた。
「ゼロ様……?」
「君は、今までずっと辛かったんだな。悲しかったんだな。苦しかったんだな。
……いや、これは君の感情を勝手に決めているだけだな。
ひとまずサーシャ、
わからなかったら、考え続けていいんだ。
少しづつでいい、考えることで湧き上がる感情は、時間をかけて受けとめていいんだ」
そのままゼロは涙を流した。
サーシャはどうしたらいいか分からず、ただゼロを抱き締め返した。




