③社交界と汚名返上?
今日はサーシャの社交界デビューの日だ。
馬車から降りてきたサーシャにゼロは聞く。
「サーシャ、カチコチだが大丈夫か」
「大丈夫です」
「いや、手と足が一緒に出てるが……」
緊張しているサーシャを見て、ゼロは腕を差し出す。
「さぁ、行こう」
「……はい」
サーシャはそのままゼロの腕に手を回し、ギュッと自分へと近づけた。
2人は腕を組んだ状態で、そのまま社交界の会場へと入っていった。
「この会場は、クリスティル家本邸に少し似ています。
……ここは建築家フローラー・パーラー様が作った場所ではありませんか?」
「ああ、今日の主催のヒルべクハ公爵は、フローラー卿の大ファンなんだ。
彼が昔作った建物を極力手を入れずに改築し、タウンハウスにしたと聞いたことがある」
サーシャはそれを聞き、改めて会場を目に焼きつけるかのように、顔を上下に横に動かしていた。
(たしか、クリスティル家本邸はクリスティル家の西と東が集まっての大会議のみ使われる建物で、一族が皆殺しにされた場所でもある。
事件後は王家が管理しているんだよな……
サーシャは、事件についてどう思っているんだろうか)
事件当日サーシャは風邪を引いてしまい、レヴィンストレッド家に預けられたため難を逃れたと、先日淡々と話してくれた。
「玄関口にステンドグラスのバラ窓があるのは、同じなんですね。
華が咲いたようで綺麗です」
「そうなのか。フローラー卿のオリジナルロゴもやはりあるのか?」
「ここは窓や階段、ソファにもありますね。あそこに魔石もあります」
「え、どこだ?」
「あそこです」
サーシャが指差し耳打ちする。
その時、距離の近さにゼロは思わず胸が高鳴るのを感じた。
その時だった。
「あの子が魔石狂い?」
「まぁ、ゼロ様をあんなにたらしこんで。一体どんな手を使ったのかしら」
「魔石狂いの散財せいでレヴィンストレッド家は財政難なんだろ?ストーンウォール家も可哀想だ……」
会場にいる心無い声達が聞こえた。
ゼロはムッとしたが、肝心のサーシャは気にしていないようだった。
「ゼロ様、どうかなさいましたか」
「なんでもない。さぁ行こう。今日は君のデビュタントだ」
ゼロは胸を張って、薄い褐色のドレスに包まれたサーシャをエスコートした。
社交界が始まると、ゼロとサーシャはイザベラヤルクス、リーナとともに各名家の当主やご子息への挨拶回りをしていった。
だがサーシャの''魔石狂い''皆反応が悪かった。
「サーシャ、気落ちしちゃだめよ。気にしたら負け!」
義妹を元気づけるためにリーナはサーシャを鼓舞した。
対してサーシャは予想外の反応だった。
「私、今とても興奮しています。
皆様美しい魔宝石をつけていらっしゃいますね」
「え……?ま、まぁサーシャが元気なら良かったわ」
ゼロは安堵したが、端で営業をしているレヴィンストレッド家の当主がどうしても目に付いた。
「我が商会の人工魔石で作った魔宝石のペンダントや指輪、いかがでしょうか…!
お安くいたしますよ」
「あんたも大変だねぇ、魔石狂いの金遣いの粗さで商会が傾いているんだろ」
ゼロはその言葉に眉をひそめたが、ルクスが肩に手を置く。
レヴィンストレッド家と不仲な、ダーリーズ子爵が横切ったからだ。
「粗悪品で有名な、パークラック社の人工魔石機を大量に買って資金難になってるんだろ。
お宅のように騙されてひぃひぃ言ってる家をごまんと見たよ。
なぁ、ストーンウォール夫人?」
「さぁどうでしょう。ですが、レヴィンストレッド男爵にはお礼が言いたかったんですの。
サーシャのおかげで、うちのゼロの魔石病も完治しましたわ。」
ざわっと周囲がどよめく。
今日社交界に招待されている家の中にも、立場や不仲など様々な事情がある。
イザベラはそれを利用し、こちらからお礼を言う体でレヴィンストレッド家に釘を刺すことにしたのだ。
「さすがはクリスティル公爵家の血筋の者。
あなた様の奥様が結んでくれた素晴らしき縁です。
誠にありがとうございました。」
「と、とんでもない、ストーンウォール夫人!
よろしければ……ストーンウォール商会と我が商会のお取引も視野に入れて、今度茶会をしませんか?」
「その前に奥様のお墓参りをさせていただいても?ゼロとサーシャも同行してもよろしいですわよね?」
チラ、とイザベラはゼロとサーシャに目配せし、ゼロもサーシャも激しく首を上下に動かした。
「は、はい。」
約束は取り付けた。
イザベラはもう用はないと言わんばかりに、その場を離れようとする。
レヴィンストレッド男爵は慌てて引き止める。
「そうだストーンウォール夫人、我が商会のブローチはいかがですか。
こちら、青の魔宝石はあなた様に良く似合う……」
「ごめんなさいね、ブローチはサーシャが加工してくれたこの藍の魔宝石で事足りていますわ。
それでは失礼します」
そうして優雅にその場を後にした。
周りにいた人間達は、一斉にイザベラへと詰め寄る。
「ごきげんようストーンウォール夫人、あの……その胸元に輝く藍の魔宝石は、本当にゼロ様の奥方が加工した物で?」
「ええ。サーシャが加工した物です」
「まさかリーナ様のブローチも?」
「ええ、そうですわ」
「私にも是非作っていただきたいのですが……」
「私の妻にも作ってくれないか。ストーンウォール商会に注文依頼すればいいかい?」
「魔石病も治したと言いましたよね、ではアカシャ草の栽培も?」
「そちらは今、王家と宝石商オリオンがアカシャ草プロジェクトで量産計画中です。
近い内サーシャも加わる予定です」
イザベラに矢継ぎ早に聞く者達への返答に、ルクスやリーナも加わる。
「皆様、騙されてはいけません!」
サーシャの''魔石狂い''の汚名が少しづつ返上されると思った矢先に、レヴィンストレッド家の長女のメテオラが口を挟んだ。
「サーシャは魔石狂い!
過去、多くの魔石を買うために、私の母からアカシャ草を取り上げ売ったお金で魔石を買ったのですよ?!」
「メテオラ様、」
サーシャが言いかけた言葉を遮り、ゼロは静かに低く言った。
「サーシャは、ストーンウォール家はアカシャ草を取り上げない、素敵な方々だと言ったんだぞ。」
ゼロは、余りの怒りに肩を震わせる。
(そこまでして……そこまでしてサーシャの評判を落としたいのか……?!)
怒るゼロに、トン、と張本人のサーシャの手がゼロの片手を包んだ。
その表情は、少し釈然としないようだった。
ゼロはハッと我に返る。
しばらく辺りが静まり返る。
すると、メテオラがわざとらしく口を開く。
「それでは……私の母からアカシャ草を取り上げたのは、お父様だと言うのですか?
そんなわけないですよね?お父様」
娘の問いに、父であるレヴィンストレッド男爵は視線を逸らすだけだった。
「わ、私は少し体調が優れないのでこれで。
ほらメテオラ、家に帰ろう」
「お父様!」
その日は、なんとも締まらない終わり方の社交界だった。
「サーシャ、大丈夫だったか」
「私は大丈夫です。ゼロ様の怒りがメテオラ様の復讐に利用されているのが不服なだけです。
ですが、私のために怒ってくださりありがとうございました」
「サーシャ……」
帰りの馬車の中でも、まだサーシャはゼロの片手に自分の片手をそえていた。
サーシャなりに気を使っているようである。
「メテオラ嬢の復讐ってなんだ?」
「いずれ分かります」
「君はメテオラ嬢と仲が良かったのか?魔石狂いの噂の発端は、メテオラ嬢だと思っていたのだが」
「メテオラ様とは協力関係でした。魔石を大量購入したのはメテオラ様です」
そうなのか……とゼロは変に納得していると、サーシャはおかしな事を口走った。
「今日は、お父様を見つけました。お元気そうで良かったです」
「……え。どこに、いたんだ。
君のお父様は、亡くなられたんじゃないのか」
「ええ。肉体は滅び魔石となっていました。
今日の会場のヒルべクハ公爵邸の玄関口に宝石があったでしょう。
あの魔宝石の中にお父様がいました。
ゼロ様を見て驚きながらも嬉しそうに笑っていましたよ」
「私には、見えなかったが……」
「魔宝石の中を見るには特別な訓練か必要なのです。
よろしければ、今度教えましょうか?」
「あ、ああ……」
ゼロはサーシャの言っている事が1つも分からなかった。
レヴィンストレッドの奥方の話をして泣いた時とは違い、自分の家族に対してはやけに淡白だとは思っていた。
(クリスティル家は……形を変え、存在しているというのか……?)
ゼロはサーシャにもっと様々なことを聞きたかったが、これ以上踏みこむことを躊躇いやめた。
ゼロの気持ちも知らず、サーシャはぼやいた。
「おばあ様は魔石箱にいると思ったのですが、いませんでした。
お母様も、早く見つけてあげたいです」
サーシャはゼロの手を離さないまま、そのままでいた。
ゼロは物思いにふけるサーシャに、何も言えなかった。
2人は馬車の中、無言で揺られていた。
後日、メテオラがダーリーズ子爵へ嫁入りするという報せを受けた。




