②魔石病と薬事療法?
「ゼロ様。
お薬の時間です」
「サーシャ、昨日も言ったがそれくらい自分でできる」
「ですが、1回でも飲み忘れてしまえば再発します。
治療後3ヶ月の薬事療法が大切です」
「そうだが……」
ゼロがサーシャの手術を受けてから、彼女はずっとこの調子だった。
部屋に入ってきたサーシャが持つトレーの上には、
薬と水差しとコップがある。
ゼロはもう何を言っても仕方ないと思い、コップに水を入れ薬を口に含む。
「体から魔石はもう出てこなくなりましたか」
ゼロは苦くはない薬を水で流し込み、答えた。
「ああ。おかげで寝返りが打てるようになったよ。」
結婚してからすぐ、サーシャに体内の魔石を摘出手術を受けたことをゼロは思い出す。
痛み止めを打たれたので痛みはなかったが、
大量の小粒の魔石を次々と取り出すサーシャの動きは、まさに職人技だった。
「ゼロ様の症状が比較的軽めだったのは、アカシャ草のおかげだと思います。
心当たりはありますか?
毎日粉末状にして飲んでいたとか……」
「心当たりはないが……
そういえば、イザベラ様に毎日養生酒を飲むようには言われていたな……」
「養生酒はアカシャ草を多く含むものもあります。
納得しました。」
「……サーシャ、養生酒について聞いていいか?」
サーシャが持つトレーにコップを置くと、ゼロは座るように言った。
「魔石病の治療お疲れ様、ゼロ」
「ありがとうございます、ルクス様」
「こんな時くらい、昔みたいにお兄ちゃんって呼んでいいんだぞ」
「はは……」
ゼロは遠慮がちに返事をした。
今、サーシャはイザベラとルクスの妻のリーナともに、ストーンウォール邸で来週の社交界のドレスの調整をしていた。
それ以外の小物も揃えるためたくさん業者を呼んでいたので、イザベラ達は相当張り切っているのだろう。
当日のお楽しみということで、ゼロはルクスに街の小料理屋に連れられていた。
「胸の痛みや息苦しさはもうないか?」
「おかげさまで。毎回ご心配をおかけしました」
「よかった。安心したよ」
そういうとルクスは注文したスナックを食べた。
「サーシャの母方の叔母も魔石病だったらしい。
だがレヴィンストレッド家が過去秘密裏にアカシャ草を売っていたのを見る限り、途中で取り上げられたんだろうな」
「え」
レヴィンストレッド家は、サーシャがストーンウォール家に来る前にいたところだ。
ゼロは少し考えこんだ。
「……アカシャ草は、育てるのが大変な上に量産も難しいと聞いてます」
「そうだな。」
魔石病は呪いの魔石に触れた者がかかる病。
手術は一定層の医者も出来るが、その治療と薬になるアカシャ草は貴重なもの。
栽培できるのはクリスティル家のみと言われるほどで、実際彼ら彼女たちのみが販売していた。
魔石病患者だったゼロは、それをよく知っていた。
だからこそ、そんな病気にかかってしまったことが申し訳なかった。
「サーシャから聞きました。
アカシャ草が多く含む養生酒も、とても高額だと。
……ルクス様には、''西の''クリスティル家のご友人がいましたよね。
どうして教えてくれなかったんですか」
「教えたら、お前は飲んでいたか?
自分にそこまで金をかけるなと、拒否していただろう。
母様もそれがわかっていたから、教えなかったんだ。」
「当たり前です。私は……妾の子、なんですよ」
ゼロは声を震わせた。
魔石病にかかった10歳の時、この病気にかかったことで子孫を残せないことに、非常に安堵したことをよく覚えている。
「あのなあゼロ、今も昔もお前は俺の大事な弟で、母様にとっても大切な息子なんだぞ」
(イザベラ様が私を大切にしてくれるのは、私の母様と同じ藍の髪だからだ)
ルクスの言葉に反射的にそう考えてしまう自分が嫌だった。
「サーシャがストーンウォール家に来たのも、母様が……?」
「それもあったんだが、さっき言ったレヴィンストレッド家の奥様が、亡くなる前に母様と約束をしていたらしい」
「約束?」
「後はサーシャに聞け。さ、お前も食べろ食べろ。快気祝いだ」
ルクスはゼロの背中を優しく叩いた。
「ありがとうございます、ルクス様」
ルクスの屈託ない笑顔と優しさに泣きそうになりながらも、その想いを素直に受け取れない自分が、ゼロは歯がゆかった。
「ただいま、サーシャ。来週の社交界に必要なものは揃ったか?」
「はい。お義母様やお義姉様がたくさん買ってくれました。」
「それはよかった」
ゼロは帰宅後、ストーンウォール邸にある居間でサーシャとお気に入りのソファに腰掛け、話をしていた。
「……サーシャ、 ルクス様から君の叔母様のことを聞いた。
君は本当に、私のことを心配してくれていたんだな。
それなのに、邪険にするようなことを言って、すまなかった。」
「いえ。
この家の方々は、誰もアカシャ草を取り上げない、素敵な方々ですね」
「え……」
「私達クリスティル家が必死にアカシャ草を作っても、大抵の方は高額転売をするんです。
対策を講じても、イタチごっこ。
叔父様だって、聞いてくださらなかった」
「サーシャ……」
「ゼロ様は、とても愛されていらっしゃるのですね。
とても良いことだと思います」
淡々と話しているが、サーシャの言葉の端々には悔しさや悲しみが滲み出ていた。
(サーシャはずっと、誰かのためを思ってアカシャ草を作り続けていたんだ)
良かれと思って作った物は、意図しない形で裏切られ、本来必要であるべき者に届けられず失っていく。
その残酷な事実に、ゼロは胸を痛めた。
「サーシャ、ありがとう」
「?ゼロ様」
「アカシャ草を作ってくれて、ありがとう」
「ーーー……」
サーシャは何かを思い出したかのように、黙った。
ゼロはそれを見て心配する。
「どうしたサーシャ?」
「奥様も……亡くなる前に、そう言ったんです。
もう少しで、治りそうだったのに。叔父様にアカシャ草を取り上げ、られて。
それなのに、奥様は誰も恨まずに、私にお礼を言ったんです。
私は、アカシャ草を作る材料が調達できなくなってしまって、薬も作り続けてあげられなかったのに」
サーシャの泣きそうな声に、ゼロは思わず言った。
「サーシャのせいじゃないだろう」
「でも私、奥様に貰ってばかりで、返せなかったんです。
奥様は、私が16になったらストーンウォール家で働けるよう、本も道具も、紹介状も、全部用意してくれて。
それ以外にも、いっぱい、いっぱい。
それなの、に」
その先は言葉にならず、サーシャは子どものように、わんわん泣いた。
ずっとずっと我慢してきたのだろう。
(ああ、私はなんて贅沢な考えをしていたんだ)
ゼロは泣くサーシャを抱きしめながら、
イザベラもルクスも、いつかいなくなってしまうかもしれないことを考えず、卑屈になっていた自分を恥じた。
サーシャは、2度も大切な家族を失ったのだ。
サーシャはひとしきり泣いた後、「みっともないところをお見せしました」と謝った。
ゼロも「突然抱きしめてしまってすまない」と謝った。
お互いに謝った後に、ゼロはサーシャに提案する。
「今度、サーシャの叔母様の墓参りに行かないか?
サーシャとの縁を繋いでくれた方に、お礼を言いたい」
「はい。来週の社交界で、叔父様にお願いしましょう」
そうして2人は赤のベルベットソファで、夕食まで話しこんだ。




