困ったことになったなぁ
どうも、雪木です。
今回も未熟ながら書いてみましたので、楽しんでみてもらえると嬉しいです。
では、どうぞ。
家に帰った僕だったが、相変わらず頭の中は富樫さんのことでいっぱいだ。
【富樫さんの太刀筋は大体分かった。けど、ただ勝つんじゃなぁ…うーん、どうするべきか】
「こらー勇希奈!いつまで入ってるの!のぼせても知らないよ」
扉の向こうで母が叫んだ。
浴室リモコンの時刻を見てみると、入浴してからとうに三十分は過ぎていた。
慌ててお風呂から上がった僕は、ササッと着替えてリビングへと向かう。
道中、冷凍庫からアイスを一本取り出して口に咥えてリビングのソファへと腰掛けた。
「はーい、お姉ちゃん動かないでね」
あらかじめソファで動画を見ていた舞依華は、タブレットを一旦置いてヘアブラシを手にとって僕の髪を解いていく。
「いつもありがとね」
「別にぃ。好きでやってることだし」
舞依華が星城女子中等部に入学した頃からだったろうか。
その頃から彼女は、お風呂上がりの僕の髪を手入れするのが日課になっていた。
おかげで僕の髪はキューティクルが抜群に整えられ、ツヤッツヤでサラサラのクセのない状態を維持できているのだ。
【まあ、そこまで求めてはいないけどね】
「お姉ちゃんは剣道やってるから、ただでさえ髪が傷みやすいから入念にお手入れしていかないとね」
「お気遣いどーも」
「モデルの勉強にもなるし、やりがいがあるってもんよ!」
いつも舞依華にやってもらってるから、モデル業で忙しい身である彼女に対して罪悪感も感じでいたのだが、この様子なら問題あるまい。
【それにしても、舞依華のブラッシングは良いなぁ。無理に解くんじゃなくて、何ていうのかな】
言語化が難しいところであるが、とにかく気持ちがいいのだ。
「それはそうと、高等部はどうなのよ」
「まだ入って間もないからなぁ。でも、楽しいことは楽しい…かな?」
「…なに?早速なんかあったわけ?」
さすが鋭い。
舞依華に今日の出来事を話してみた僕だったが、どうにもあることが引っかかっている。
「お姉ちゃん…?」
「うーん、富樫…どこかで聞いたことがあるんだよねぇ…どこだったかなぁ」
富樫という名前にどこか聞き覚えがある気がするのだが、果たしてそれをどこで聞いたのかという肝心な事が思い出せない。
「どうしたの、二人とも。怖い顔しちゃってさ」
偶然通りかかった桜士郎が声をかけてきた。
「ねぇ、オーシ。剣道で富樫ってなんか聞き覚えない?」
「うーん、富樫かぁ…。富樫…うん?ちょっと待ってて」
桜士郎は何か思い当たったようで、自分の部屋へと駆けて行ったと思えば、剣道の雑誌を片手に戻ってきた。
そして数ページ捲って僕に見せたのは─。
「高校剣道の絶対王者…富樫狼亜…?」
紙面にデカデカと載せられた写真には、あの富樫さんと目元がそっくりな男の子がいた。
「高校二年生だし、多分お兄さんとかじゃない?」
「確かに…あっ!思い出した!」
写真をじっくり見てやっと思い出した。
中等部の頃に全国大会に行った時に、よく表彰台で見かけた人だ。
「段々と思い出してきた。確か中等部の頃の全国大会に行った時に、何度か見かけたよ。けど」
「けど?」
「全く喋んないの。しかも表情もほとんど変わんないしさ」
遠目に見た感じではあるけれど、その異様な雰囲気からか、明らかに周りと浮いてる気はしていた。
実際に手合わせはしてないけど、試合は見たことがある。
「ふーん。で、強いの?」
「強いね。少なくとも中等部の頃は、同世代とは頭二つくらいは抜けてたんじゃないかな」
「もしだけど、ユキ姉が男だったらどっちが強い?」
「うーん、どうだろうなぁ」
中々難しい質問である。
実際男であるならばと仮定して頭の中でイメージしようとするけど、見た試合が少なすぎて中々イメージがし辛い。
真剣に考え込む僕は、その熱量を増していき徐々に眉間にシワを寄せていく。
「もう!オーシったら変な事言うんじゃないの!男だったらどっちが強い?そんなのお姉ちゃんに決まってるじゃない。なんなら女の子のままでもお姉ちゃんの方が強いんじゃないかしら?」
言い過ぎではあるが、悪い気はしない。
「ちょっと!お姉ちゃん…」
嬉しい事を言ってくれた妹を僕はぐしゃぐしゃと撫でてあげた。
彼女も中学三年生の思春期真っ只中である為、若干嫌がってはいるものの満更ではない様子。
それでも公衆の面前でやるとさすがに怒られるけども。
「ほら、アンタら。課題はやったの?」
姉弟でじゃれ合っている姿を見かねた母が、尋ねてきた。
「俺は終わってる。あとは塾のやつを寝る前にやるだけ」
「私もモデルの休憩中に」
「私は学校で終わらせちゃった」
納得の満額回答に母も思わず頷く。
【ま、僕らが課題忘れたことないんだけどね】
何事にも疎かにしない。
それが我が家の家訓でもあるからである。
自分の部屋に戻った僕は、明日の富樫さんとの試合に向けて精神統一を図るために瞑想をしていると─。
ブー、ブーっとスマホの着信音が鳴る。
「あ、十百那からだ」
Limuで十百那からメッセージが送られてきた。
『明日、頑張って。声には出せないけど、応援してるから』
そのメッセージに僕はふと、足のミサンガを握りしめる。
いくつかやり取りした後、部屋の灯りを落として眠りについたのだった。
─翌日。
武道館にいる僕は、静かに防具を身に着けていく。
【鼓動も落ち着いてる。呼吸の乱れもなない】
いい緊張感で試合に臨めそうである。
面を付ける前に、反対側で同じく防具を付けていく富樫さんに目線をむける。
その視線に気がついた彼女と目が合うが、相変わらずの鋭い視線である。
それでも臆することなく僕は面を付けた。
「うむ、二人とも準備は整ったようじゃな」
「すみません、急にお時間もらってしまって」
「気にせんでええわい。わしも実力が見たかったところだしのぉ」
泉監督の心意気には本当に感謝しかない。
【それにしても、これだけの先輩たちに囲まれるってのも新鮮だなぁ】
まぁ、中等部での活躍はこちらでも耳に入っているようだったから、僕を知らない先輩らからしたら、注目が集まるのもある意味必然か。
ふぅっと深く息を一つ吐いてみると、視線は気にならなくなり、感覚も研ぎ澄まされていく。
段々と集中力が高まっていくなか、群衆の一歩後ろで見守っている十百那と目が合い、彼女はコクリと一回頷く。
【分かってる。大丈夫】
それに呼応するように僕も小さく頷いて、再び目線を前に戻す。
主審が紅白旗で枠内に入るよう指示し、僕らは中に足を踏み入れ、構えて蹲踞する。
【へぇ、近くに来るとまた一段とすごいな】
まさに臨戦態勢といったところで、同じく蹲踞する彼女からは、並々ならぬ闘志や殺気がひしひしと伝わってくる。
そして──。
「始め!!」の号令が主審からかかる。
「面!!」
「っ!」
昨日とはうって変わり、最初からエンジン全開で攻めにかかる富樫さん。
けれども太刀筋はさすがといっていいほど、的確に有効打を突いてくる。
【やっぱり早いね。けど負けないよ】
早いと言っても、昨日一度見ているから予測の範囲内で対処可能である。
「ほぉ。昨日見ていたとは言え、実戦とは違うだろうにの」
「全くです。もう少し苦戦してくれると可愛げもあるんですけどね」
早くも富樫さんの太刀筋を見切り始めた僕は、一旦鍔迫り合いの形に持ち込み、そのまま勢いよく突っぱねる。
「チッ!…!!?」
ふっ飛ばされた隙を見逃すまいと、一気に間合いを詰める。
一瞬にして間合いを詰められた富樫さんは、普通なら無理な体勢から、立て直して僕の一撃を防ぎきって見せる。
だが、即座に次の手を次々と繰り出していき、あっという間に形勢は逆転。
「あの子…ヤバくない?」
「普通あの猛攻で形勢変えれるもんなの?」
「中学女子剣道最強の肩書は伊達じゃないわね」
僕の試合ぶりに、見ていた先輩らも感嘆の眼差しと共にざわつきが広がっていく。
「むぅ…」
「どうしたの?鼎」
「いやな、私の目には鞘師は余裕を持って対処しているように見えるんだ」
「なるほどの。何か訳がありそうではあったが、果たして…」
最初こそは類い稀なスピードに面を食らったけど、次第に目が慣れてきたらどうということはない。
僕の攻撃をなんとか受けきっている富樫さんだったが、その視線がわずかに横に逸れる。
「…くっ!」
再び視線を戻した彼女は、防戦一方の状態から無理やり前に出ようとする。
制限時間が迫る中での咄嗟の判断。
だったが──。
「胴!!」
焦りにより面を打ってきた隙を突いた僕は、一気に踏み込んで相手の懐に潜り込んで胴を打つ。
振り向きざまの攻撃に注意しつつ体勢を整えようとしたが──。
【あれ?打ってこない…】
「おい!聞いてるのか?おい!」
「…え?」
「え?じゃない。一本だ」
主審の先輩に肩を叩かれてようやく気が付いた。
副審の先輩二人が、僕の勝ちを告げる白旗が上がっていた。
試合を見ていた先輩たちも、感心したのか盛大な拍手を送ってくれるが。
「はぁ…はぁ…なんで。なんでだ…!」
面を取って俯きながら、そうつぶやく彼女は一人肩を震わせていた。
そんな彼女に僕も面を取って歩み寄る。
「ねぇ、富樫さん」
「なんだよ…」
「富樫狼亜さんって、お兄さん?」
「…お前も…兄貴と比べんのかよ…」
やはりそうか。
あれだけ強い兄がいるんだから、比べられないわけがない。
しかも歳が一個だけ違うのがまた厄介なところである。
「違うよ。私が言いたいのは、君とお兄さんは違うじゃないってこと」
「うるせぇ…うるせぇ!うるせぇ!うるせぇ!!お前に…なにが…」
顔を上げた富樫さんの目元は、ほんのり赤みを帯びていた。
僕は彼女の手を取って目を合わせる。
「大丈夫。君は強くなれるよ。だから、私らとがんばろ」
「……そんなに言うならさ…その…」
僕と合わせていた目線をゆっくりと下に落としていき、さっきまでの威勢はどこへやら。
小さく縮こまってしまった彼女に思わず首をかしげる。
「だったら…お前と練習したら…強くなれるか?」
難しい問題だ。
いくら強いとはいえ、僕はまだ高校生になったばかりだし教えられるかどうか。
そんな不安もあったが、僕が出した答えは──。
「分かった。一緒に強くなろう」
不安こそあったけど、迷いはなかった。
握った手はその想いに呼応して力を強めていく。
「ふっふっふっ。いいもんじゃのぅ、青春は」
微笑みながら泉監督が歩み寄ってきた。
「監督…よろしいのでしょうか?」
「まぁ、ええじゃろ。同世代に強いやつがおれば良い刺激になるだろうに」
「それはそうですが」
「それにじゃよ?どうやらこの富樫にはそれ以外にも教えにゃならん事があるようじゃし、見るからにしっかり者の鞘師が面倒を見てくれるなら安心じゃわい」
なんか、監督の言いぶりだと体の良い教育係を任されたみたいだ。
【ま、自分が言い出したんだから、とやかくは言わないけどさ】
そんなこんなで富樫さんの教育係に任ぜられた僕は、早速昨日のことを部員のみんなに謝らせた。
中には納得のいっていない先輩方もいたが、大方は受け入れてくれたようで、そっと胸をなでおろす。
波乱続きの部活もようやく落ち着き、帰路に就く僕だったが──。
「どうしたのさ、さっきからむくれちゃって」
「…むくれてなんかないし」
嘘をつけ、学校を出た辺りから分かりやすくむくれてるくせに。
理由は明白である。
「そんなに嫌?富樫さんの教育係を引き受けたの」
「だって…」
そっぽを向いたままの彼女は、これまた分かりやすく口ごもる。
周りに人気のないのを確認して、僕は思いっきり彼女の手を引いた。
「ちょっ…!なにを…」
そのままの勢いを利用して彼女を抱きしめた。
「大丈夫だよ、あの日誓ったじゃん」
「…うん」
彼女は僕の肩に顔を埋め、抱きしめ返したその手は背中に皺を作った。
【ん?十百那?】
それで終わりではなかった。
埋めた顔がなにやらもぞもぞと動いたと思ったら──。
「っ!ちょっと!十百那!」
首筋にほんのり鋭い痛みが走り、思わず十百那を引き離してしまう。
【え?なに今の…噛まれた…なんで?】
動揺する僕に彼女は再び近づいて耳元で囁く。
「勇希奈は…僕のものだからね」
そうして彼女は湿り気を帯びた言葉の残響が残ったまま、再び帰路に就いたのだった。
家に帰り、制服を脱いで鏡をまじまじと見る僕。
「痕…ついてる」
首元には赤く残った十百那の証が目に映る。
その首元に手を置き、なにも考えずにただぼーっと立ち尽くす。
【これじゃ、制服着ても見えちゃうな】
僕はカバンの中から絆創膏を一枚取り出して貼ってみる。
けれど、余計に目立つ気がしてすぐに剝がしてしまった。
あの痛みを再び思い出しながら、時間だけが過ぎていくのだった。
いかがだったでしょうか?
これからも精進していきたいと思いますので、応援してもらえればうれしいです。
ではまた次回で。




