進め!星城女子高等部剣道部
どうも、雪木です。
今回も書いてみました。
どうか、楽しんでもらえると嬉しいです。
高等部での新たな生活が始まった後日。
僕は高鳴る鼓動を胸に秘めながら、とある場所へと向かっていた。
「どうした?顔、固いぞ」
隣を歩く十百那が僕の目の前に回り込んで語りかける。
一見普段の姿であるが、揺れ動く瞳を見れば何を考えているのかくらいは、今の僕には分かる。
「大丈夫、安心して。これはそういうんじゃないから」
「ならいいんだが…」
もちろん緊張もあるんだが、それはまた違う意味での緊張なのだ。
そうして遂に高等部の武道館へと到着したのだが──。
「いやぁ、これはまた」
「中等部のでもそこそこの大きさはあったとは思うがなぁ」
彼女の言う通り、中等部でも学校の設備としてはかなりの規模の武道館だった。
しかし、写真では見たことはあるけれど、いざ実物を見てみると一段と大きく荘厳な造りで圧倒される。
「やぁ!!」
「面!!」
外で立っているだけでも中の威勢の良い声が聞こえてくる。
その声に竹刀袋の紐を持つ手をギュッと握りしめた。
【いよいよだ。よし!】
「行こう」
「そうだな。楽しみだ」
靴を脱いだ僕らは、武道館の扉をゆっくり開けた。
中では外で聞こえた声とは比べ物にならないくらいの、威勢のいいかけ声が飛び交っている。
「すごいなぁ」
「うん、人数も中等部よりも多いのも圧巻だね」
ざっと見ただけでも六十人ほどはいるだろうかという集団が、練習している様は圧巻の一言である。
「ひさしぶりね、二人とも」
「増岡先輩!」
そこにいたのは、高校三年生になってすっかり大人びた増岡先輩だった。
「活躍は聞いてるわよ。でも、私らだって負けてないから」
「確か、高等部の団体は今絶好調ですもんね」
「ええ、だからみんなの気合いの乗り方も良い感じなの」
強豪校とあって、さすがにみんな動きが違うけど、僕の目には一人だけレベルが違って見えた。
視線を下に落としてネーム垂を見た僕は、自然と頬が上がっていた、
すると練習の終わりを告げるブザーが武道館内に響き渡ると、先輩らは一斉に竹刀を振る手を止める。
そして両端に寄って面を外していく中、その目に留まった先輩がこちらに気付いて近寄ってきた。
「久しぶりだな、鞘師、西川」
近寄ってきたのは僕よりもわずかに背が高くなり、長かった髪もバッサリ整えて、こちらもすっかり大人びた世阿弥原先輩だ。
「先輩も、全国大会連覇おめでとうございます」
「うん、ありがとう。お前らも中々頑張っているようで何よりだ」
久しぶりの対面に会話が弾んでいると──。
「どうも、初めまして。話は聞いているよ」
光り輝くスキンヘッドが特徴的な、いかにも好々爺といった風貌の男性が話しかけてきた。
その男性を見た瞬間、僕らの背筋がピンッと伸びた。
それもそのはずで、この人物は──。
「は、初めまして。泉監督!」
「ははは。そんなかしこまらんでいい。楽にしなさいな」
「いえ!そんな!泉監督ほどの方に恐れ多いですよ」
こんなにも物腰柔らかな人物であるが、その実績は全国を見ても指折りで、世阿弥原先輩らが高等部に入る前でも何度も全国でしのぎを削ってきた名将なのだ。
「君らが入ってくるとなって、皆やる気十分だわい」
改めて周りを見渡してみると、先輩らの視線が僕らに突き刺さる。
中には中等部の頃にお世話になった懐かしい顔もちらほら見かけるが、それはほとんどが三年生である。
【中等部の頃は二年生の先輩がいなかったから、なんか新鮮だなぁ】
「そうだ。新入生といえば、もう一人話題の奴が入ってくるんですよね?」
「ん?ああ、いたな確か。まだ来ておらんようじゃが…」
そんな時だった──。
武道館の扉をドンッと勢いよく開ける音が響く。
みんなが一斉に目を向ける先にいたのは、まるで日本刀のように鋭い目つきが特徴的な女の子が立っていた。
その子は何も言葉を発さずにずかずかと歩き始めたかと思えば、世阿弥原先輩の前で足を止めた。
「アンタが…世阿弥原鼎?」
その子の言動に周りの先輩らの殺気が膨れ上がる。
だが、世阿弥原先輩はそっと制止を促して穏やかな口調で口を開く。
「そうだが?」
そう答えると、女の子は背負っていた竹刀を取り出して先輩に向けて高らかに宣言する。
「私は、富樫狼美!私は私より弱いやつに興味はない!ただ、強いやつに出会いたいからここへ来た!アンタがその器か確かめさせてもらいたい」
堂々の宣戦布告である。
周囲がざわつく中、世阿弥原先輩は──。
「あははは!面白いことを言うなぁ!」と同じく高らかに笑ってみせた。
「私が相手をしてやっても構わんが、その前にだ。まずは、この二人のどちらかに勝ってからだな」
そう言って先輩は僕らの肩に手を乗せた。
【無茶ぶり…。まぁ、やるのはいいんだけど、富樫さんかぁ】
自分も中学生の部で幾度も全国大会に出場はしている身であるが、その中に『富樫狼美』の名は聞いたことも無かった。
対戦相手に指名された僕らを、まるで品定めをするかのようにじぃっと見る。
「こいつら、強いのか?」
「ああ、強いぞ」
「ふーん。大して強そうには見えないけどな」
なんとも生意気なやつである。
【よし、ここは僕が】と名乗りを上げようとしたのだが──。
「部長、泉監督。お願いです。僕にやらせてください」
開口一番に十百那が対戦相手として名乗りを上げた。
【あれ、十百那。もしかして…】
眉間に皺が寄っている。
こういう時の彼女は、大抵なにかに対して怒っているときによく見られる。
互いに防具を付け始めるが、二人から伝わってくる気迫はとても新入生のものとは思えないほどにひしひしと肌を刺してくる。
最後に面を着けて相対する二人。
面で見えないはずなのに、彼女らの間からは見えない火花が飛び交っているのが僕には分かる。
ただならぬ緊張感のなかで試合開始のブザーが鳴ると同時に主審の「始め!」がかかる。
「ほぉ、意外じゃな」
「ええ、二人とも。特にあの富樫さんは真っ先に仕掛けるものかと」
「見定めてるのさ。ふっ、まるでその名の通りじゃないか」
恐ろしいほど静かに始まった試合。
基本に忠実で真っすぐ美しい姿勢での構えの十百那。
それに対し富樫さんは、なんと上段の構えで来た。
「上段か。高校生に上がりたてでは珍しいな」
「でもあの構えは」
「最大の攻めの構えであるのと同時に、最も隙の多い諸刃の剣の構えじゃな」
けれど、富樫さんの上段は彼女自身が放つ気迫によって、まったくと言っていいほどに隙が無い。
相対する十百那も負けてはいない。
相手の喉元にすっと伸びた竹刀からのプレッシャーによって、富樫さんも迂闊には動けないでいる。
どちらが先に動くかという緊張感の中、その静寂は突如として破られる。
「やぁぁ!!」
最初に仕掛けたのは十百那の方だった。
彼女のスピードに初見ならば誰もが驚くものだが、富樫さんは軽くいなしてみせた。
「ほう、大口をたたくだけのことはあるようじゃの」
「相手も動くみたいですよ」
十百那の面を引いて躱した富樫さんは、上段に構えた竹刀を振り下ろして小手を狙う。
振り下ろされた竹刀は、今まで見てきた誰よりも荒々しく野性的。
だけど、今まで見てきた同い年のどの選手よりも早く鋭い。
【すごい】
思わずそう思ってしまった。
けれど十百那も冷静に捌いていく。
「中々決まりませんね」
「うーむ。今年の新入生も期待が持てそうで何より何より」
しばらく富樫さんの猛攻が続き、それを十百那がひたすらに捌く状況に次第に変化が訪れる。
「押されてきましたね」
「どうやら、そのようだな」
次第に目が慣れた十百那は、彼女からの攻めを防ぎながら着実に前へと出始めてきている。
それに焦りを見せた富樫さんは、勝負を早く決めたい心理からか、動きに雑さが見え隠れするようになってきた。
当然十百那がそれを見逃す訳もなく──。
「小手あり!」
十百那の小手が決まった。
この試合は一本先取制であるため、これで終わりであるが──。
「はぁ…はぁ…クソッ!おい!もう一回だ!」
素直に諦めきれない富樫さんが、もうひと試合と言ってきた。
「こらこら。お前も息が上がってるじゃないか」と世阿弥原先輩が制止するも、中々言う事を聞こうとはしない。
そんな彼女に突如十百那が詰め寄り、壁際に押し込んで「おい、いい加減にしろよ」と凄む。
今まで見てきたこともなかった表情に、内部進学で一緒にやってきた子らも硬くなっていた。
「いいか?お前は負けたんだ。負けたんなら、潔くしたらどうだ」
十百那の圧に富樫さんは、詰め寄ったその手を振りほどき、防具を脱いで武道館を出て行ってしまった。
その後を誰も追おうとはしなかった。
ただ一人を除いては。
「お、おい。鞘師」
僕の足は走り出していた。
なんでかは分からないけど、とにかく今は富樫さんを追いかけなくては。
そう感じたんだ。
しばらく走り回ってみたけれど、彼女の姿はどこにもない。
【どこにいるんだろう。遠くには行ってないはずだけど…】
走り回ったせいで少し疲れてしまった僕は、ちょうど桜の木の下にあったベンチに腰掛けた。
すると──。
「うっ…ぐすっ…」
どこからかすすり泣くような声が、僕の耳に届いた。
【どこから…】と周りを見渡してみたら、その声は桜の木の陰で縮こまっていた富樫さんだった。
「どうしたの?悔しいの?」
「アンタ…は?」
「鞘師勇希奈だよ。隣いいかな?」
僕は富樫さんの隣に腰掛けた。
相変わらず俯いたままの彼女に対して、僕はためらわずに口を開く。
「なんで富樫さんは、そんなに強くあろうとするの?」
僕の問いかけに富樫さんは、そのまま弱々しく語り出す。
「強く…ないと…誰も見てくれない」
「そっか…」
胸の奥がズキンと痛む感触が僕を襲う。
その痛みの正体はすぐに分かった。
【ああ、そうか。この子は前の僕と──】
そう思ってしまった僕は、空を見上げて再び口を開く。
「ねぇ、富樫さん?」
「…なに?」
「強くあろうとするって、苦しいよね」
「ッ!お前にッ!!お前なんかに何が分かんだ!」
勢いよく立ち上がった彼女は、僕を睨みつけている。
「君、友達や大事な人っている?」
「強くなるのに、そんなんいらん!」
彼女は力強く言い放つが、固く握りしめられた拳の震えは、本心を隠せてはいなかった。
「さっきっから分かったような口ぶりしやがって!勝てなきゃ誰もアタシを見てなんかくれない!それがすべてだろ!!」
富樫さんの言葉の一つ一つが、過去の僕をフラッシュバックさせる。
【こんな時、昔の僕だったらどんな…】
「もういいだろ。じゃあな」
悩んでいる僕にしびれを切らした富樫さんが去ろうとしている。
まだ結論は出ていない。
しかし、このままではいけないと思った僕は咄嗟に「待って!」と口から出た。
「明日は…私とやろう!」
「…アンタは、強いのか?」
「強いよ…!」
「そうか。別に今からでもいいけどな」
それでは体力的に不利がありすぎるからと説得し、明日今度は僕との試合が決定した。
富樫さんはその後何も言わずに、去って行った。
【あれで良かったのかな…】
複雑な胸中を抱えたまま武道館に戻ろうとするが──。
「盗み聞きとはよくないなぁ」
「ふっ。バレてたか」
物陰から伸びる影を見たら、それが十百那だとすぐに分かった。
どうやら僕の後を追いかけてきたみたいだけど、入るタイミングがなかったというところだろう。
「良かったのかな、あれで」
「分からん。けれど、明日また戦えば何か分かるんじゃないか?」
僕は静かに首を縦に振った。
一抹の不安はまだあるが、口下手な僕にはこれしかない。
とりあえず明日の事は明日考えるとしてだ。
「それよりさ、十百那。怒ってくれてありがとう」
「なっ!なんだよ急に…」
「だって、富樫さんが剣道部のみんなを侮辱した時、真っ先に怒ってたじゃん」
ストレートな言葉に思わず赤面する十百那。
一瞬で余裕な態度が崩れた彼女は「だったら、一つお願いがある」と言ってきた。
「が、頑張ったんだから…その…」
もじもじしている彼女は、中々そのお願いとやらを言い出せないでいる。
【なにかご褒美がほしいってことか?うーん…そうだなぁ】
十百那に視線を向けると、もじもじしているせいで縮こまっている姿が目に映る。
その姿に僕は自ずと手が伸びていき──。
「よく頑張ったね。カッコよかったよ」
優しく頭を撫でた。
目大きく見開く彼女だったが、若干恥ずかしそうにしながらも満更ではない様子である。
喜んでくれて何よりと言いたいけど、十百那はまだ何か言いたげだった。
「どうしたの?まだ何か言いたそうだけど」
口を開けようとする十百那だったが、その度に顔を赤らめてしまい上手く言えない中で言葉を振り絞る。
「…僕ら、もう…高校生になったわけだしさ…その…そろそろ…いいんじゃないかな」
「何が?」
「き、ききき…き…す…とかさ」
「バカ。まだ早いよ」
そう言って軽くあしらってみせた。
彼女は「ちぇっ」と残念そうな顔を見せながらも、渋々と先に武道館へと戻って行く。
後に続いて僕も歩を進めるが、胸の鼓動だけがやけにうるさかったのは今後忘れる事はないだろう。
いかがだったでしょうか?
仕事が忙しかったりして中々更新ペースが上がらないのが悩みの種ですが、それでも更新は怠りません。
まだまだ未熟者ですが、引き続き応援してもらえればうれしいです。
それではまた次回にて。




