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25/33

夏休み ➉

どうも、雪木です。

今回も書いてみましたので、楽しんでいただければ嬉しいです。

  翌朝目が覚め、僕は枕元にあったスマホを手に取った。

 【通知は…なし…か】

 Limuを開いてみても、通知は0件であった。

 目を擦りながら、十百那のトークルームを開いてみる。

 だが履歴は、昨日の夜に僕から送った21:47の[ごめん]で止まったままだった。

 【既読は…してるか…】

 とりあえずブロックはされていないようで、ほっと一つ、息が漏れた。

 僕はしばらくその画面をじっと見つめて、そっと閉じる。

  「おーい、勇希奈!朝ごはんできてるわよー!」

 【そっか、今日も部活…か】

 ゆっくり身体を起こすと、疲れてもいないし、かといってダルいわけでもない。

 しかし、なぜだかいつもより身体が重い気がした。

 念のために額に手を当ててみるが、どうやら平熱のようだ。

 リビングへと向かい、朝食を食べても、喉の通りがいつもより悪い。

 それでも部活ではエネルギーが必要不可欠であるため、半ば無理やりにでも胃に詰め込む。

 食べ終わり、歯を磨いていると─。

  「お姉ちゃん、どうかした?」

 隣で一緒に歯を磨く、舞依華が覗き込むようにして尋ねる。

  「こら、歯磨き中でしょ」

  「やっぱし、なんかあったでしょ」

  「なんもない。あんまりからかうと、勉強見ないよ?」

  「ごめんて」

 妹の追求を逃れた僕は、手早く着替えを済ませて家を出た。

 武道館に着くと、もう既に何人かは着替えてアップを始めている。

 その中には─。

  「「あ…」」

 十百那と目が合った。

 けれども、互いに口数は少なかった。

 その後は部員のみんなに気取られないように、普段通りを演じる。

 しかし、一つだけ普段通りとはいかなかった。

 【なんだよ、十百那のやつ。目逸らしちゃってさ】

 朝のあの時以来、僕らの視線が合うことはなかった。

 これに関しては、彼女ばかりが悪いわけではない。

 彼女も視線をこちらに向けようとはするのだが、そうすれば今度は逆に僕が視線を泳がせてしまうのだ。

 【もう…なんで僕も逸らしちゃうのかな…】

 目を逸らしてしまうと同時に、僕の胸にもチクリと細い針が刺さったような痛みが走る。

 そして、練習が始まる。

  「鞘師!来なさい」

 しばらく練習をしていると、祖父から呼び出された。

 別にいつも通りこなしているはずなのに、どこかおかしかっただろうか。

 そうして祖父の前に座る。

  「鞘師、今日のはなんだ。全然集中できていないじゃないか」

  「…すみません」

  「理由は聞かんが、頼むぞ」

 僕は集中していたつもりだったが、祖父には逆に思われていたようだ。

 ふと、十百那の方に視線を向けると、彼女は同時に視線を逸らした。

 そのまま僕は彼女の練習を後ろから見ていると、すぐに違和感に気がつく。

 【いつもより、キレがない…】

 祖父もそれを見抜いたようで、僕と同様に呼び出して話をしている。

 そんな彼女に対し練習に戻る僕は、面の上からゴンゴンと頭を叩いて、気を引き締める。

 練習が進んでいく中、今では恒例となった一対一の稽古の時間がやってくるが、こんな時に限って対戦相手が十百那しかいない。

 というのも、実力からすれば当然なのかもしれないが、もう少しタイミングがあるのではないだろうか。

 うだうだしてても仕方がないので、『いつも通り』を心がけ、周りに悟られないようにしなければ。

  「お願いします!」

  「…します」

 【素っ気ないなぁ…】

 改めて目の前に立つと、いつもの彼女とはまるで違った。

 なんとか取り繕ってはいるものの、目の奥には生気がなくて、目元には僅かに擦ったような痕も面の隙間から見えた。

 そんな中稽古が始まる。

 「やぁ"ぁ"!!」

 僕は試合並の声を出し、本気で彼女に向かっていく。

 鍔迫り合いになった十百那は、目を見開いていたけど、一瞬で立て直して歯を食いしばり応戦する。

  「ね、ねぇ。あの二人ヤバくない?」

  「これ稽古なのに…」

  「ウチらも負けてらんないよ!」

 両者試合のような雰囲気に周りもざわつき始め、その熱は次第に好影響として波及していく。

 そんな事もつゆ知らずに僕らは、全力でぶつかり合う。

 最初こそ迷いのある太刀筋も、僕と竹刀を交える度に徐々に普段の鋭さを取り戻していく。

 【くっ!このままだと負ける…っ!】

 嫌だ、それだけは。

 彼女に対する感情とはまた別で、同じ相手に二度も負けるのは、僕の魂が許さない。

 ピピー!ピピーー!

 実力が拮抗する中、三分間の稽古の終わりを告げるタイマーが鳴る。

  「はぁ…はぁ…」

  「ゼェ…ゼェ…」

 互いに全力でぶつかり合ったので、息も絶え絶えである。

 それなのに、なぜか僕の胸に刺さっていた鋭い痛みもなく、少しだけモヤも取れた気さえする。

  「ありがとうございました!」

  「…ございました」

 相変わらず素っ気ないが、面の隙間からわずかに伺うことができる表情は、口角がほんの少し上がっているようにも見えた。

 そうして部活が終わり、帰り支度を始める頃僕はスマホを取り出して、一通のメッセージを送った。

 そんな僕は何食わぬ顔で武道館を、他のみんなよりも一足先に後にする。

 

  「…ちゃんと来たね」

  「まあ、呼び出されたから」

 いつも密かに会っていたお寺に、彼女と待ち合わせたのだ。

 待っている間の僕は内心不安でたまらず、自転車を押してくる彼女の姿が見えたら、ふっと肩の力が抜けてしまった。

  「で、用ってなに?」

  「ごめん!!」

  「…それは…何に対して?」

  「色々あるけど、私の未熟で十百那を傷つけたことに対して。ほんとにごめん!」

 他にも謝ることは沢山ある。

 しかし、これだけは絶対に最初に謝らなければと思っていたのだ。

  「君は…君はいつだってそうだ!!」

 うつむいた彼女が突然声を張り上げた。

  「そうやって何でもかんでも自分だけで背負ってさ!」

  「…だったら、どうすればいいんだよ!」

  「僕にも謝らせてよ!!」

 彼女の思いもよらぬ申し出に、僕は思わず息を呑んだ。

  「なんで十百那が謝るのさ!悪いのは私でしょ!」

  「いやいや、僕にだって沢山非はあるよ!だから謝らせてよ!!」

 一歩も引かぬ両者。

 あれ以来こうして顔を合わせることがなかった僕ら。

 しかし、不思議なことに言い合いになっているはずなのに、なんだろうか、この気持ちは。

  「「ぷっ…あはは!」」

 僕らはとうとう噴き出してしまった。

  「もうなんなんだよ、勇希奈ぁ」

  「そっちこそだよ」

  「なんか、色々考えてたのが吹っ飛んじゃった」

  「それもこっちのセリフ!」

 そうしてまた、僕らは盛大に笑った。

 その瞬間、僕たち二人の心を隔てていた壁のようなものがなくなり、わずかな一歩だけど互いに歩み寄れた気がしたんだ。

 一通り笑ったところで、再び向かい合って僕から口を開く。

  「あれからさぁ、色々。本当に色々考えたよ。十百那とどうするべきかって」

 彼女はただじっと僕を真っ直ぐ見つめている。

 その瞳は迷いがないように見えて、わずかに揺れている。

 拳をギュッと握りしめ、言葉にする勇気を振り絞る。

  「十百那、一旦時間を貰えるかな?」

  「…時間?」

 僕は立ち上がって彼女の前に立つ。

  「考えたんだけど、私って、まだ人を恋愛的な意味で『好き』を理解するには早いみたいなんだ」

  「でも、それは…」

  「うん。十百那は付き合っていく内に知ればいいって言ってくれたよね。でも、それだとやっぱし十百那が苦しいんだって、分かったんだ。だからさ」

 【言え!言うんだよ!勇気を持てって!!】

 勇気を振り絞ったつもりだった。

 けど、喉の辺りで支えてしまう。

 その言葉を口にしようとすると、僕の心に住む弱気が邪魔をしてしまうようだ。

 そんな時だった──。

  「大丈夫。ちゃんと聞くよ」

 彼女がそっと僕の手を取って握ってきた。

 十百那の体温が手を伝い、僕の心をほぐしていく気がする。

 『また、彼女に甘えてしまった』

 同時にその事実が僕の心に楔として突き刺さるが、その痛みさえも抱いて前に進まなければならない。

  「一旦、距離を置こ。十百那」

 僕の言葉に十百那は、うつむいてしまう。

 次第に握られた手の力も弱々しくなっていく彼女に僕は──。

  「十百那!」

 咄嗟だった。

 気がついた時には、既に十百那は僕の胸の中に抱かれていた。

 互いに言葉はない。

 しかし、背中に回された十百那の手は、僕の服にシワを作っていく。

 【十百那…】

 奥歯をギリッと鳴らし、彼女の背に手を回して同じように抱きしめた。

 本当は僕にそんな資格はないのかもしれないけれど、今くらいは、どうか許してほしい。

 この込み上げてくる想いも、頬の内側を噛み、ソレを心の奥に押し込む。

  「…分かった。いつまでにする?」

 その声は若干震えていた。

  「そうだなぁ…」

  「じゃあ、思いきって高等部までとかどうだ?」

  「そんなに長くて大丈夫?」

  「別に会えなくなるわけじゃないし、なんなら部活でしょっちゅう会うだろ。僕も、少しばかり急ぎすぎたのかもしれん。それがかえって勇希奈の負担になっていたのなら…尚更だ…」

 十百那は僅かに言葉に詰まり、手も握り返す。

  「待ってるから!だから、必ず…!」

  「うん…!逃げずに向き合うよ…」

 だが、視線が依然として下を向いたままだ。

 そうして別れ際、僕らは小指を交差して約束を交わす。

  「じゃあ、二年後。答えを聞かせてくれよ」

  「うん、必ず」

 こうして僕たちは帰路についた。

 たった一人の帰り道。

 いつもと変わらぬ風景。

 なのに─。

 【あれ…なんでだろうな…】

 河川敷から眺める夕日が、いつもより眩しく、滲んで見えた。


 家に帰り、いつも通りに振る舞い、いつも通りの日常を送る。

 そしてお風呂に入る僕は、ふと足に結ばれたミサンガを見つめていた。

 【十百那…】

 彼女の名前が刻まれたプレートを、僕はギュッと握りしめたのだった。


  「うーん、ダメだぁ…」

 いつものように自習の為に机に向かう僕だったが、シャーペンの走り具合が悪い。

 スマホで集中する方法を検索し、いくつか試してみるが、どれもいまいちな結果で効果は薄かった。

 これはダメだと机から離れて、ベッドに横になり、天井をボーッと眺める。

 すると、コンコンと誰かが僕の部屋のドアをノックした。

  「勇希奈、入ってもいいか?」

 【父さん?珍しいな】 

 訪ねてきたのは、父だった。

 普段忙しい父が一体何の用だろうと、ドアを開けてみる。

  「すまん、勉強の邪魔しちゃったか?」

  「いや、別にいいよ。それよりも珍しいね、どうしたのさ」

  「いやね、コレでもどうかなって」

 父が手にしていたのは、薄い木の板と一つの箱だった。

  「それは…将棋…じゃないよね?」

  「チェスだよ。やったことないだろ」

 父は堅物そうに見えて、実はかなりのボードゲーム好きなのだ。

 将棋は勿論、囲碁などにも精通しており、好きが高じてなんと色んな大会にも出場しているほどでもある。

 サラリとルールを教えてもらうと、中々面白そうと感じる辺りは、父の遺伝子を感じる。

 ゲームを進めて行けば行くほど、将棋とはまた違った面白さに、僕はあっという間に夢中になっていく。

 【ええっと、こうなっちゃうとチェックメイトされるから、ここはこうかな?】

  「ふふっ。やっぱり飲み込みが早いね」

 ふふっと笑っているが、目が完全に勝負師になっている父の目は笑っていない。

 覚えたての僕は、当然の如くあっという間にチェックメイトされてしまった。

  「くそぅ、もう一回!」

 だが、このまま引き下がる僕ではない。

 軽く捻られたのが悔しくて仕方がなく、意地でも勝ってやろうと、再戦を申し出る。

  「いいだろう。今日はとことん付き合ってやるぞ」

 そんな僕に父もどこか嬉しそうに快諾した。

 【うーん。さて、この戦況はどうしたもんか…】

  「なあ、勇希奈」

  「…何?急に」

  「入学して半年経ったけど、学校はどうだ?」

  「どうって、別に…」

 唐突に父が話しかけてきた。

  「別にじゃ、分からんだろ。楽しいのかとかあるだろう」

  「まあ、楽しい…よ」

 思えば最近あんまり話せていないなと思った僕は、いざ面と向かうと話したいことがでてこない。

 【あれ?父さんと話すのってこんなに…】

  「なら、いいんだがな。そういえば、友たちとはどうなんだ」

 次第に緊張がほぐれた僕の口は、軽やかに言葉を発する。

 それを彼は変わらぬ仏頂面で聞いている。

 【あんまり表情が変わんないから分かりにくいけど、嬉しそうだな】

 そんな姿に僕も嬉しくなってきて、最初は重かった口も、どんどん軽やかになっていった。

  「よかった。やっと表情が明るくなったな」

 いつも通りを演じていたつもりだったけど、どうやら彼には見抜かれていたようだ。

 【流石だな。父さん】

  「で?今日は何があったんだ?」

 核心を突く父を前に、十百那との関係性は上手く濁して話した。

 それを彼は真っ直ぐ向き合い受け止める。

  「そうか。辛かったな」

 聞き終わった父は、いつになく優しい口調でそう言った。

  「人の心っていうのは難しいもんだよな。父さんも弁護士だから、そこはよく分かるつもりだ。約束したなら、徹底的に自分自身と向き合いなさい。大丈夫、時間はあるから」

  「うん…」

  「それで、答えは出せそうなのか?」

 父の問いに、僕は──。

  「出せそうなのかじゃダメなんだ。約束しちゃったからには、絶対答えを見つけるんだ」

 真っ直ぐ父に向き合い、そう答えた。

 そうして僕は、彼女との約束を胸に刻み[好き]とは何かを探していくのだった。

いかがだったでしょうか。

唐突ですが、この話にて第一部を完としたいと思います。

第二部は高等部から書かせていただきます。

まだまだ未熟ですが、引き続き応援していただければ嬉しいです。

では、また次の話で。

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