夏休み ➉
どうも、雪木です。
今回も書いてみましたので、楽しんでいただければ嬉しいです。
翌朝目が覚め、僕は枕元にあったスマホを手に取った。
【通知は…なし…か】
Limuを開いてみても、通知は0件であった。
目を擦りながら、十百那のトークルームを開いてみる。
だが履歴は、昨日の夜に僕から送った21:47の[ごめん]で止まったままだった。
【既読は…してるか…】
とりあえずブロックはされていないようで、ほっと一つ、息が漏れた。
僕はしばらくその画面をじっと見つめて、そっと閉じる。
「おーい、勇希奈!朝ごはんできてるわよー!」
【そっか、今日も部活…か】
ゆっくり身体を起こすと、疲れてもいないし、かといってダルいわけでもない。
しかし、なぜだかいつもより身体が重い気がした。
念のために額に手を当ててみるが、どうやら平熱のようだ。
リビングへと向かい、朝食を食べても、喉の通りがいつもより悪い。
それでも部活ではエネルギーが必要不可欠であるため、半ば無理やりにでも胃に詰め込む。
食べ終わり、歯を磨いていると─。
「お姉ちゃん、どうかした?」
隣で一緒に歯を磨く、舞依華が覗き込むようにして尋ねる。
「こら、歯磨き中でしょ」
「やっぱし、なんかあったでしょ」
「なんもない。あんまりからかうと、勉強見ないよ?」
「ごめんて」
妹の追求を逃れた僕は、手早く着替えを済ませて家を出た。
武道館に着くと、もう既に何人かは着替えてアップを始めている。
その中には─。
「「あ…」」
十百那と目が合った。
けれども、互いに口数は少なかった。
その後は部員のみんなに気取られないように、普段通りを演じる。
しかし、一つだけ普段通りとはいかなかった。
【なんだよ、十百那のやつ。目逸らしちゃってさ】
朝のあの時以来、僕らの視線が合うことはなかった。
これに関しては、彼女ばかりが悪いわけではない。
彼女も視線をこちらに向けようとはするのだが、そうすれば今度は逆に僕が視線を泳がせてしまうのだ。
【もう…なんで僕も逸らしちゃうのかな…】
目を逸らしてしまうと同時に、僕の胸にもチクリと細い針が刺さったような痛みが走る。
そして、練習が始まる。
「鞘師!来なさい」
しばらく練習をしていると、祖父から呼び出された。
別にいつも通りこなしているはずなのに、どこかおかしかっただろうか。
そうして祖父の前に座る。
「鞘師、今日のはなんだ。全然集中できていないじゃないか」
「…すみません」
「理由は聞かんが、頼むぞ」
僕は集中していたつもりだったが、祖父には逆に思われていたようだ。
ふと、十百那の方に視線を向けると、彼女は同時に視線を逸らした。
そのまま僕は彼女の練習を後ろから見ていると、すぐに違和感に気がつく。
【いつもより、キレがない…】
祖父もそれを見抜いたようで、僕と同様に呼び出して話をしている。
そんな彼女に対し練習に戻る僕は、面の上からゴンゴンと頭を叩いて、気を引き締める。
練習が進んでいく中、今では恒例となった一対一の稽古の時間がやってくるが、こんな時に限って対戦相手が十百那しかいない。
というのも、実力からすれば当然なのかもしれないが、もう少しタイミングがあるのではないだろうか。
うだうだしてても仕方がないので、『いつも通り』を心がけ、周りに悟られないようにしなければ。
「お願いします!」
「…します」
【素っ気ないなぁ…】
改めて目の前に立つと、いつもの彼女とはまるで違った。
なんとか取り繕ってはいるものの、目の奥には生気がなくて、目元には僅かに擦ったような痕も面の隙間から見えた。
そんな中稽古が始まる。
「やぁ"ぁ"!!」
僕は試合並の声を出し、本気で彼女に向かっていく。
鍔迫り合いになった十百那は、目を見開いていたけど、一瞬で立て直して歯を食いしばり応戦する。
「ね、ねぇ。あの二人ヤバくない?」
「これ稽古なのに…」
「ウチらも負けてらんないよ!」
両者試合のような雰囲気に周りもざわつき始め、その熱は次第に好影響として波及していく。
そんな事もつゆ知らずに僕らは、全力でぶつかり合う。
最初こそ迷いのある太刀筋も、僕と竹刀を交える度に徐々に普段の鋭さを取り戻していく。
【くっ!このままだと負ける…っ!】
嫌だ、それだけは。
彼女に対する感情とはまた別で、同じ相手に二度も負けるのは、僕の魂が許さない。
ピピー!ピピーー!
実力が拮抗する中、三分間の稽古の終わりを告げるタイマーが鳴る。
「はぁ…はぁ…」
「ゼェ…ゼェ…」
互いに全力でぶつかり合ったので、息も絶え絶えである。
それなのに、なぜか僕の胸に刺さっていた鋭い痛みもなく、少しだけモヤも取れた気さえする。
「ありがとうございました!」
「…ございました」
相変わらず素っ気ないが、面の隙間からわずかに伺うことができる表情は、口角がほんの少し上がっているようにも見えた。
そうして部活が終わり、帰り支度を始める頃僕はスマホを取り出して、一通のメッセージを送った。
そんな僕は何食わぬ顔で武道館を、他のみんなよりも一足先に後にする。
「…ちゃんと来たね」
「まあ、呼び出されたから」
いつも密かに会っていたお寺に、彼女と待ち合わせたのだ。
待っている間の僕は内心不安でたまらず、自転車を押してくる彼女の姿が見えたら、ふっと肩の力が抜けてしまった。
「で、用ってなに?」
「ごめん!!」
「…それは…何に対して?」
「色々あるけど、私の未熟で十百那を傷つけたことに対して。ほんとにごめん!」
他にも謝ることは沢山ある。
しかし、これだけは絶対に最初に謝らなければと思っていたのだ。
「君は…君はいつだってそうだ!!」
うつむいた彼女が突然声を張り上げた。
「そうやって何でもかんでも自分だけで背負ってさ!」
「…だったら、どうすればいいんだよ!」
「僕にも謝らせてよ!!」
彼女の思いもよらぬ申し出に、僕は思わず息を呑んだ。
「なんで十百那が謝るのさ!悪いのは私でしょ!」
「いやいや、僕にだって沢山非はあるよ!だから謝らせてよ!!」
一歩も引かぬ両者。
あれ以来こうして顔を合わせることがなかった僕ら。
しかし、不思議なことに言い合いになっているはずなのに、なんだろうか、この気持ちは。
「「ぷっ…あはは!」」
僕らはとうとう噴き出してしまった。
「もうなんなんだよ、勇希奈ぁ」
「そっちこそだよ」
「なんか、色々考えてたのが吹っ飛んじゃった」
「それもこっちのセリフ!」
そうしてまた、僕らは盛大に笑った。
その瞬間、僕たち二人の心を隔てていた壁のようなものがなくなり、わずかな一歩だけど互いに歩み寄れた気がしたんだ。
一通り笑ったところで、再び向かい合って僕から口を開く。
「あれからさぁ、色々。本当に色々考えたよ。十百那とどうするべきかって」
彼女はただじっと僕を真っ直ぐ見つめている。
その瞳は迷いがないように見えて、わずかに揺れている。
拳をギュッと握りしめ、言葉にする勇気を振り絞る。
「十百那、一旦時間を貰えるかな?」
「…時間?」
僕は立ち上がって彼女の前に立つ。
「考えたんだけど、私って、まだ人を恋愛的な意味で『好き』を理解するには早いみたいなんだ」
「でも、それは…」
「うん。十百那は付き合っていく内に知ればいいって言ってくれたよね。でも、それだとやっぱし十百那が苦しいんだって、分かったんだ。だからさ」
【言え!言うんだよ!勇気を持てって!!】
勇気を振り絞ったつもりだった。
けど、喉の辺りで支えてしまう。
その言葉を口にしようとすると、僕の心に住む弱気が邪魔をしてしまうようだ。
そんな時だった──。
「大丈夫。ちゃんと聞くよ」
彼女がそっと僕の手を取って握ってきた。
十百那の体温が手を伝い、僕の心をほぐしていく気がする。
『また、彼女に甘えてしまった』
同時にその事実が僕の心に楔として突き刺さるが、その痛みさえも抱いて前に進まなければならない。
「一旦、距離を置こ。十百那」
僕の言葉に十百那は、うつむいてしまう。
次第に握られた手の力も弱々しくなっていく彼女に僕は──。
「十百那!」
咄嗟だった。
気がついた時には、既に十百那は僕の胸の中に抱かれていた。
互いに言葉はない。
しかし、背中に回された十百那の手は、僕の服にシワを作っていく。
【十百那…】
奥歯をギリッと鳴らし、彼女の背に手を回して同じように抱きしめた。
本当は僕にそんな資格はないのかもしれないけれど、今くらいは、どうか許してほしい。
この込み上げてくる想いも、頬の内側を噛み、ソレを心の奥に押し込む。
「…分かった。いつまでにする?」
その声は若干震えていた。
「そうだなぁ…」
「じゃあ、思いきって高等部までとかどうだ?」
「そんなに長くて大丈夫?」
「別に会えなくなるわけじゃないし、なんなら部活でしょっちゅう会うだろ。僕も、少しばかり急ぎすぎたのかもしれん。それがかえって勇希奈の負担になっていたのなら…尚更だ…」
十百那は僅かに言葉に詰まり、手も握り返す。
「待ってるから!だから、必ず…!」
「うん…!逃げずに向き合うよ…」
だが、視線が依然として下を向いたままだ。
そうして別れ際、僕らは小指を交差して約束を交わす。
「じゃあ、二年後。答えを聞かせてくれよ」
「うん、必ず」
こうして僕たちは帰路についた。
たった一人の帰り道。
いつもと変わらぬ風景。
なのに─。
【あれ…なんでだろうな…】
河川敷から眺める夕日が、いつもより眩しく、滲んで見えた。
家に帰り、いつも通りに振る舞い、いつも通りの日常を送る。
そしてお風呂に入る僕は、ふと足に結ばれたミサンガを見つめていた。
【十百那…】
彼女の名前が刻まれたプレートを、僕はギュッと握りしめたのだった。
「うーん、ダメだぁ…」
いつものように自習の為に机に向かう僕だったが、シャーペンの走り具合が悪い。
スマホで集中する方法を検索し、いくつか試してみるが、どれもいまいちな結果で効果は薄かった。
これはダメだと机から離れて、ベッドに横になり、天井をボーッと眺める。
すると、コンコンと誰かが僕の部屋のドアをノックした。
「勇希奈、入ってもいいか?」
【父さん?珍しいな】
訪ねてきたのは、父だった。
普段忙しい父が一体何の用だろうと、ドアを開けてみる。
「すまん、勉強の邪魔しちゃったか?」
「いや、別にいいよ。それよりも珍しいね、どうしたのさ」
「いやね、コレでもどうかなって」
父が手にしていたのは、薄い木の板と一つの箱だった。
「それは…将棋…じゃないよね?」
「チェスだよ。やったことないだろ」
父は堅物そうに見えて、実はかなりのボードゲーム好きなのだ。
将棋は勿論、囲碁などにも精通しており、好きが高じてなんと色んな大会にも出場しているほどでもある。
サラリとルールを教えてもらうと、中々面白そうと感じる辺りは、父の遺伝子を感じる。
ゲームを進めて行けば行くほど、将棋とはまた違った面白さに、僕はあっという間に夢中になっていく。
【ええっと、こうなっちゃうとチェックメイトされるから、ここはこうかな?】
「ふふっ。やっぱり飲み込みが早いね」
ふふっと笑っているが、目が完全に勝負師になっている父の目は笑っていない。
覚えたての僕は、当然の如くあっという間にチェックメイトされてしまった。
「くそぅ、もう一回!」
だが、このまま引き下がる僕ではない。
軽く捻られたのが悔しくて仕方がなく、意地でも勝ってやろうと、再戦を申し出る。
「いいだろう。今日はとことん付き合ってやるぞ」
そんな僕に父もどこか嬉しそうに快諾した。
【うーん。さて、この戦況はどうしたもんか…】
「なあ、勇希奈」
「…何?急に」
「入学して半年経ったけど、学校はどうだ?」
「どうって、別に…」
唐突に父が話しかけてきた。
「別にじゃ、分からんだろ。楽しいのかとかあるだろう」
「まあ、楽しい…よ」
思えば最近あんまり話せていないなと思った僕は、いざ面と向かうと話したいことがでてこない。
【あれ?父さんと話すのってこんなに…】
「なら、いいんだがな。そういえば、友たちとはどうなんだ」
次第に緊張がほぐれた僕の口は、軽やかに言葉を発する。
それを彼は変わらぬ仏頂面で聞いている。
【あんまり表情が変わんないから分かりにくいけど、嬉しそうだな】
そんな姿に僕も嬉しくなってきて、最初は重かった口も、どんどん軽やかになっていった。
「よかった。やっと表情が明るくなったな」
いつも通りを演じていたつもりだったけど、どうやら彼には見抜かれていたようだ。
【流石だな。父さん】
「で?今日は何があったんだ?」
核心を突く父を前に、十百那との関係性は上手く濁して話した。
それを彼は真っ直ぐ向き合い受け止める。
「そうか。辛かったな」
聞き終わった父は、いつになく優しい口調でそう言った。
「人の心っていうのは難しいもんだよな。父さんも弁護士だから、そこはよく分かるつもりだ。約束したなら、徹底的に自分自身と向き合いなさい。大丈夫、時間はあるから」
「うん…」
「それで、答えは出せそうなのか?」
父の問いに、僕は──。
「出せそうなのかじゃダメなんだ。約束しちゃったからには、絶対答えを見つけるんだ」
真っ直ぐ父に向き合い、そう答えた。
そうして僕は、彼女との約束を胸に刻み[好き]とは何かを探していくのだった。
いかがだったでしょうか。
唐突ですが、この話にて第一部を完としたいと思います。
第二部は高等部から書かせていただきます。
まだまだ未熟ですが、引き続き応援していただければ嬉しいです。
では、また次の話で。




