夏休み ⑨
どうも、雪木です。
今回も書いてみましたので、どうか楽しんでいただければ幸いです。
夏休みも中盤に差し掛かり、まだまだ厳しい日差しが降り注ぐ頃。
とある八畳間の和室では、ひたすらにシャーペンを走らせる音のみが響き渡る。
ピピッ!ピピッ!
「ふぅ」
「一旦休憩だね、お茶持ってくるよ」
時計の針が十時ピッタリになったところで、スマホのアラームが鳴った。
そう、僕と十百那は、約束していた勉強会をする為に祖父の家に来ていた。
「いやぁ、何度か来てるけど、やはりお祖父様のご自宅は集中できていいね」
「まあ、田舎だから周りに何もないだけだけどね」
「そんな事ないさ。緑豊かなところではあるけど」
果たして、それはお世辞で言っているのだろうか。
田舎なおかげで静かだから、勉強に集中できるのは良いことではあるが、僕の内心は違った。
【なんでだろう。先週はよかったのに…】
「けど、今日はどうしたんだ?いつもは隣同士でやってたのに、今日は向かい合ってなんて」
「たまにはそういう時もあるよ」
「さては、この私の隣に座るとドキドキしちゃうとか?」
「バカな事言わないの、十百那」
「ちぇっ」
全く、十百那はなんでこういう時は、勘が鋭いのか。
図星を突かれた僕は、顔に出さないように必死に平静を保って表情を作った。
そんな時、ふと十百那が立ち上がって僕の隣に座った。
そして、こっちを見るなり、すぅっと手を伸ばしてきたのだ。
「ち、ちょっと、何を!?」
「何をって、肩に糸くずみたいのが付いてたから取ってあげようと…」
「そ、そっか。気が付かなかったよ、ありがとう」
僕のリアクションに、不思議そうな顔を浮かべる十百那。
変に思われただろうか、顔に出てたんじゃとの不安が、頭によぎる僕。
「目にゴミが入っちゃったみたいだから、顔洗ってくる」
そう言い訳をし、心を落ち着かせる為に一旦部屋を出た。
髪を纏めて顔を洗ってタオルで拭く。
そして、鏡に映る自分に視線を送る。
【何やってんだろ。しっかりしろよ、僕!】
もう一度顔を洗い、なんとか落ち着きを取り戻し、再び部屋へと戻る。
気を取り直して、勉強を再開しようとするが、彼女のシャーペンは止まったままだ。
「なんか、分からないところでもあった?」
「あはは、そういうわけじゃないんだけど」
顔が引きつっている。
そう感じた僕は、いつになく食い下がる。
「じゃあ、何?」
「どうしたのさ、そんなムッとしちゃって」
「してないから。ちゃんと答えて」
明らかに話題を逸らした彼女に、なぜだか僕の心は穏やかではいられなくなってしまった。
だが、それでも彼女は答えようとはせず、はぐらかすばかり。
その態度に僕は──。
「何さ、隠し事ばかりしてさ!」
付き合い出してから、彼女はどことなく誤魔化すことや、笑顔もぎこちないことがあった。
今だってそうだ。
それが一滴の雫となり、どんどん器に溜まっていき、ついにほんの少し溢れてしまった。
すぐさま冷静に戻り、釈明しようとする僕だったが。
「勇希奈だって…いや、ごめん」
「…ごめんて何に?」
「…今日はここまでにしよ…」
そう言うと彼女は、勉強用具を片付け始める。
あまりに突拍子な事だったので、頭の整理がつかない。
「待って、十百那」
咄嗟だった。
彼女の手を掴んで、片付けるのを止める。
しかし、彼女はこちらを振り向くことはなく、僕の手を振りほどいて家を出ていってしまった。
【どうして…なんで…】
我慢できたはずだ。
でも、現に感情が抑えられなかった。
僕しかいなくなった祖父の家で、僕はただ静かに唇を噛むのだった。
「鍵が開いてると思ったら。まだいたのか、勇希奈」
あれからどれくらい経っただろうか。
自習用のノートは、新たな文字が刻まれることはなく、文字を書く手は止まったまま。
祖父が帰ってきて、僕に声をかけた時には、もうすっかり陽は傾いていた。
「その様子だと、昼飯も食べとらんようだな」
「…ごめん。今はそんな気分じゃ…」
祖父は一言「そうか」とだけ残して、部屋を去る。
しばらくぼんやりと、山の彼方に沈んでいく夕陽を眺めていたら、僕の足元にお皿に乗ったたい焼きがそっと置かれた。
隣に座る祖父の口からは言葉はなく、自分が買ってきたたい焼きを、ただ無言で頬張っている。
『ぐきゅー』
そんな姿を見たからなのか、僕のお腹の虫が鳴った。
ちらっと足元のたい焼きに視線を向けてみた僕は、生唾を一回飲み込み手を伸ばす。
手に取ったたい焼きを一口かじる。
中身は僕の好きなクリームで、いつもと変わらない味であるはずなのに、今日はなぜだか少し甘さが沁みた。
たい焼きを食べ終えると祖父は、部屋の押し入れから将棋盤を取り出した。
「母さんから聞いてるぞ。差せるんだってな」
「…父さんほどじゃないけど」
「じゃあ、少し付き合え。母さんには言ってある」
そうして祖父と将棋をすることになった。
対局が始まり、三十分が経った。
外は完全に日が沈み、静寂な室内にパチッ、パチッと乾いた木を叩く音だけが響く。
【うーん、ここはどういう手でいくべきか…】
流石に実力差があるので、ハンデを貰ったのだが戦況はかなり劣勢だった。
「ふっ。ようやくマシな顔になったな」
次の一手に悩んでいる中、祖父が話しかけてきた。
言われてみれば、将棋に集中していたおかげで気分が少し紛れたような。
実際、まだモヤるところはあるが、ここからは僕自身で答えを出さないといけない。
「ありがとう、おじいちゃん。これでどうかな?」
「うむ。良い手だが、まだまだ甘いな。王手だ」
「ええっ!ウソ!?待った!」
「待ったはなしだ。再戦ならば受けて立とう」
ぐぬぬと悔しさを滲ませる僕は、このまま負けっぱなしは嫌だと再戦を申し込むのだった。
次の日、僕はいつもより遅く目が覚めた。
【あぁ、ちょっと寝すぎたかな】
部屋を出る前に、スマホの通知を確認する。
【母さんは仕事で…父さんは舞依華らとマシロの毛のカットね】
ということは、今家には僕一人か。
母からのメッセージにだけ続きがあり、poypoyで僕のアカウントにお金を入れておくから、それで朝とお昼を食べてとあった。
確認してみると、三千円が母より入金されていた。
【へぇ、結構入れてくれたな。検索検索っと】
僕はその予算で行ける所を探す。
【うーん、まだ時間的にモーニングで行けるから朝食は安く抑えられそうだから、その分を…うん?】
Limuに一通の通知がきた。
タップして内容を確認してみると──。
『やほー。今暇?暇ならどっか行かない?』
万理華から遊びの誘いがきた。
ちょうど一人では味気ないと思っていたところでもあったので、彼女の行ってみたかったという喫茶店で待ち合わせを約束した。
喫茶店に着いてみれば、写真で見るよりもオシャレでなんだか入りづらい。
【うぅ…中の人もみんなオシャレな人ばっかじゃん】
「アンタさ、何してんのよ…」
店前でうだうだしている僕を呆れた顔で立っている万理華がいた。
「ま、どうせお店と中のお客さんがオシャレな人だらけだから入りづらかったんでしょ」
まったく情けない話だが、図星である。
彼女の後ろに連れられて中に入ると、難しそうな顔でパソコンに向かう人や、一人で本を読みながらコーヒーを啜る人など様々だ。
案内された席に座り、メニューを開いて当初の予定通りにモーニングを注文し、半切りのトーストを頬張る。
「ねぇ、なんかあった?」
あらかた食べ終わり、コーヒーを啜っている僕に彼女は問いかけた。
「うん?なんもないけど」
「嘘ね。アンタがなんかあった時の癖が出てたから」
そんな癖があったのかと、驚きを隠せない。
僕は頭を少し掻いて苦笑いを浮かべた。
「そっか、そんな癖がね…」
「で、なにがあったのよ」
彼女に昨日あったことを話した。
話し終えると彼女は、腕を組んで複雑そうな表情を浮かべている。
時折「うーん…ああ、でもなぁ」とブツブツ呟きながらも言葉をひねり出す。
「事情は理解したけど、なんて言っていいのかねぇ」
「…」
「まずアンタの気持ちはどうなのよ」
僕の気持ち。
彼女、西川十百那に対する僕の気持ちか。
確かに[好き]ではあるのかもしれない。
けれど、この[好き]は果たしてどちらなのか。
「分からない。でも、嫌いじゃないのはほんと」
「そっか」
万理華は、冷えたアイスティーをストローで一回かき回して視線を下げた。
「…一旦さ、距離を置いてもいいんじゃないかな」
「別れるってこと?」
「そうは言ってないよ。ただ、このままだと多分きっとお互いにとって、良くない方向に行っちゃうと思う。だから、ここで距離をとってちゃんと考える時間をとった方がいいと思うの」
彼女と距離を置く。
そう言われた時、僕の心はなぜかちくっとした感覚に襲われた。
【なんだ、今の感じは…】
初めての感覚に、そっと胸に手を当てる。
「…今は距離を置いた方がいいと思うんだよ。お互いにさ」
「どういう…こと?」
「多分、今はさ。心が疲れてるんだよ」
万理華曰く、今はお互いに負荷がかかってしまっているから、一旦そうした方が良いんじゃないかとのことだ。
「ま、あくまで提案だし、今決めなくてもいいと思うよ」
「…うん。ちょっと時間がほしいかも」
「ちょうど来週でしょ?北海道。うまい空気でも吸ってよく考えなさいな」
静かに頷いて、残った冷めたコーヒーを飲みほしたのだった。
店を出た僕らは、次はどこへ行こうかと話し合っていると──。
「あれぇ?勇希奈じゃん!」
「無人島以来ですね」
陽川さんと八嶋さんだ。
聞けば、二人とも暇なのでカラオケにでも行くところだったらしい。
「あれ?そちらさんは?」
「おバカ。生徒会の尾野さんではありませんか」
「そうだった、そうだった」と平謝りする陽川さんは、よかったら僕らも一緒に来ないかと、カラオケに誘ってきた。
【カラオケ…行ったことないなぁ】
歌うこと自体は嫌いではない。
しかし、流行りはおろかこの世界の音楽など、教科書の歌ぐらいしか知らない。
けれども、せっかく誘ってくれたし、なにより興味がある。
「いいよ。私らも暇だしさ」
僕の代わりに万理華が返事をした。
そうして行くことになったのだが、肝心の歌はどうするのか。
すると背後から万理華がイヤホンを渡してきた。
Limuでは『これで何か気に入った曲でも探して即興で覚えなさい』ときた。
無茶ぶりかもしれないが、行くと言ったからにはやらねばなるまい。
道中必死に動画を漁り、急遽音楽アプリをダウンロードして楽曲を漁った。
ついにカラオケに到着した頃には、一応何曲かは覚えられた。
「んじゃ、トップバッター誰いく?」
「それでは私からで」
意外にも先陣を切ったのは八嶋さんだった。
【何歌うのかな?今時らしくK-POPとかかな】
そう思っていると、流れてきたイントロはそれとは真逆で、これぞ日本という三味線の音がべべんっと聞こえてくる。
「こ、これって」
「驚いただろ。寧の十八番は演歌なのさ」
歌い出した彼女は、それはそれは見事なこぶしで演歌を歌うではないか。
その間に今度は陽川さんが歌の予約を入れた。
「ふぅ。こんなものでしょうか」
歌い終わった後、画面に映る採点はなんと九十五点であった。
「うしっ!次は私だな!」
そして陽川さんはと言うと、八嶋さんとうって変わって激しいエレキギターの音が鳴り響く。
すると彼女は、歌うと同時に激しく頭を上下に振り始めた。
なまじ初めて見る光景に僕は目を丸くする。
「もしかして、勇希奈。ヘビメタ知らない?」
「え?なにそれ」
万理華の説明でようやく分かったが、これはヘビーメタルバンドというものらしく、この楽曲を聴いたり歌ったりする時は必ずと言っていいほどこれをやるのだとか。
なぜやるのかまでは知らなかったが。
【それにしても、みんな上手いなぁ】
「そういえば、万理華は何歌うの?」
「うーん。最近の曲よりかはちょい昔の曲の方が好みなんだよね。八十年代から九十年代くらいの」
そうして彼女が選曲したのは──。
「うん?この曲って」
「はい。よくcmとかで耳にするような曲ですね」
「良い曲だね。フルで聴いたことがなかったけど」
しかも他二人に負けず劣らずで上手いではないか。
まさかみんながここまで歌が上手いとは思ってもおらず、心の中は穏やかではなくなってきていた。
【マジかぁ、よりにもよってなんでみんな上手いかなぁ!歌いにくすぎるでしょうが!】
万理華が歌い終わると、「今度は私!」と間髪入れずに陽川さんが歌う。
「どうしました?曲、入れないんですか?」
「あはは。ごめんごめん、みんなの歌が上手いからつい。今入れるね」
【ええい!こうなったらヤケだ!!】
さっき覚えたての曲を予約した僕だったが、正直歌えるのかは分からない。
陽川さんが歌い終わり、僕の番がやってきた。
もうどうにでもなれと、今までのうっぷんだったりを全てその歌に乗せて歌う。
「へぇ、結構上手いんじゃない?」
「それもありますが、なんだか迫力もすごいような」
全身全霊を込めて歌い終わる。
【あれ?なんだか気持ちいい?】
全力で歌ったおかげなのか、少しだけすっきりした気分となった。
その感覚が何だか妙にクセになってしまった僕は、いくつか覚えた曲を次々に予約し、熱唱するのだった。
次の日の声帯の事も考えないで。
いかがだったでしょうか?
まだ小説を書き始めて間もない未熟者ではありますが、応援してもらえれば嬉しいです。
引き続きよろしくお願いいたします。




