夏休み ⑤
どうも、雪木です。
若干駆け足気味ではありますが、書いてみましたので楽しんで読んでもらえればうれしいです。
では、どうぞ。
そうして夏の大会本番当日を迎えた。
会場に着くと、既に肌を刺すような緊張感が漂っている。
新人戦とは違って、今回は年上の強者もかなりいるので気を引き締めてかからねばなるまい。
そう思うと自然に肩に力が入る。
その時だった。
「ゆーきな!」
「…」
背後からぬっと伸びてきた手が僕の両肩を掴んだ。
声からして全く驚かなかった僕は、冷静に振り向いて軽くコツンとチョップをお見舞いしてやった。
「もう、なんだよ。全然驚かないじゃんか」
「だって、いつも聞いてる声だし、どうやって驚けばいいのさ」
「それはそうだけど。ん?ちょっと待って。なんかニヤついてない?」
「うるさいなぁ。気のせいだから、さっさと行くよ!」
ちょっと振り向いてみてと言う彼女対し、僕はスタスタと先に行ってしまって顔は決して見せない。
【ああ、もう!見せれる訳ないじゃん】
彼女のやろうとしたかった事は分かる。
だから、その気遣いが僕には嬉しくて、つい表情に綻びが出てしまったのだ。
ああ言った手前である為に、恥ずかしくて顔など見せられない。
集合場所に向かう足取りも、自然と早くなってしまう僕であった。
無事に部員のみんなと合流を果たして、早速会場の中に足を運ぶ中、なんだか周囲の僕らを見る目が異様に刺さる感じがして落ち着かない。
見渡すと、何やらひそひそ話をしているが、表情を見れば何となく察しはつく。
【向こうの子は、僻みとかそんな感じかな。ま、気にしないのが一番か】
こういうのには慣れている。
むしろ向こうの世界では当たり前だったし、例え虚勢だったとしても堂々としてればいいのだ。
不相応なのは重々承知だが、選ばれた以上は全力を尽くすのみ。
そんな時、ふと部長が僕と十百那の肩に手を乗せてきて語りかけた。
「大丈夫、お前らなら。そのまま行こう」
平気なはずだった。
なのに、部長からかけられた言葉にいつしか固く握りしめられた僕の拳は、徐々に解けていった。
「おう、鞘師!今日は頑張れよ!!」
「声は出せないけど、一本決まったら全力で拍手するからね!」
剣道では声を出しての応援は原則として禁止されているので、例え一本が決まったとしても送られるのは拍手のみである。
他のスポーツに比べたら寂しいようにも思えるだろうが、僕はこれこそが剣道の趣深いところでもあると思っているし、ぶっちゃけ集中してしまったら拍手もそんなに聞こえない。
しかし、応援してもらっていい気がしない人はいないだろう。
実際、僕だってそうだし。
荷物を観客席に置き、僕らは渡されたトーナメントを改めて確認する。
「初戦は…そんなに聞いたことない学校ですね」
「油断するなよ。足元を掬われるかもしれないからな」
祖父の言葉に団体戦のメンバーは気を引き締め直す。
幸いにも僕らのブロックには目立った強豪校がおらず、順調に今ある実力を出せば決勝ブロックには行けるだろうと祖父は見立てていた。
その読み通り、いざ試合が始まってみれば意外にも僕らで二勝はしてしまい、大概は次の中堅戦で勝負がついてしまった。
予選ブロックの最後の辺りでは中堅の先輩が負けることもあるが、最後の最後まで部長の出番はなく決勝ブロックまで進んでしまう。
一旦昼休憩を挟んだ後、決勝ブロックの組み合わせが発表された。
「ええっと、僕らの対戦相手は…」
「そこそこ名のある学校だな。今までのようにはいかんぞ、勇希奈…!」
「分かってる!」
「ねぇ、鞘師さん、西川さん」
補欠で応援してくれていた、新入部員の子らだった。
なんだろうと思っていると、一同は互いに視線を合わせて深く頷いた後に真ん中に立っていた光岡さんが、何かを取り出して僕らに渡してきた。
「これは?」
「実はね、こっそり鞘師さんたちには内緒で作ってたんだ。お手製のお守り」
彼女ら曰く、同じ一年なのに自分らは見てるだけなのがどうにも嫌だったらしく、そんな自分たちにも何か出来る事をと探した結果なのだとか。
そのお守りは、お守りと言うには正直不格好な物だったが、僕にとっては何物にも代えがたいほどに嬉しかった。
「ありがとう。頑張ってくるよ」
「引き続き応援よろしく!」
そう言って僕らは、再び戦地へと赴く。
だが、会場内に出る一歩手前で隣で歩いていた十百那が立ち止まった。
「なぁ、勇希奈。僕たちはたくさんの想いを背負ってるんだな」
「なに?今更怖じ気付いちゃった?」
「そういう訳じゃないって。ただ…」
「…ちょっと来て」
僕は十百那の腕を掴んで、走り出した。
人気のないところまで来たところで突然振り向いた僕は、十百那に向かって大きく両腕を開いた。
あまりに突然の事に彼女は目を丸くしているが、僕自身でもどうかしてると思う。
「は、ハグを許可するよ!こ、ここ、これで充電?できるっぽいしさ」
初めてのハグ以来、僕は母が見ている恋愛ドラマを見漁って恋愛というものを少しだけ勉強したのだ。
【ど、ドラマによるとハグでやる気を充電してるっぽいのが幾つかあったし、問題ないよね。よね!?】
明らかにドラマの見過ぎである。
そんな中、彼女はゆっくりと近づいてきて、そっと僕を抱きしめた。
ほんのり道着から香る柔軟剤の匂い、その中に混ざる少し酸っぱい匂いが僕の鼻に届く。
「ごめん、汗臭いでしょ?」
「お互い様でしょ」
彼女の道着を掴む手が徐々に力を帯び始める。
いつもだったら早々に終わりにするが、今日この一時だけは何も言わずに身体を預けたのだった。
そうして、いよいよ決勝ブロックの幕が上がる。
僕の対戦相手は、三年生の先輩であり実力も相当なものだと増岡先輩から聞いている。
【確か、得意なのは引き技だったよな。鍔迫り合いになったら要注意だな】
試合前の挨拶を終え、先鋒である僕は枠から出たところで一人、対戦相手と相対する。
向こうは負けたら終わりの為もあるが、相手選手から距離があるというのに、強者としての矜持がまるで刺すように伝わってくる。
それに負けじと僕は背筋を伸ばして胸を張った。
主審が旗を交差し、前に出るように求める。
一連の礼儀作法をして蹲踞すると、瞬く間に主審の「始め!」がかかったと同時に、勇ましい掛け声が響く。
すると同時に鋭く前に出た。
面を狙う相手に対し、僕はすかさず空いた小手を狙ったが、そこは流石は強豪校の上級生だ。
表情一つ崩さずに、まるで読んでいたかのように完璧に防ぎってみせたのだ。
そのまま鍔迫り合いに持っていこうとする相手。
だが、そうはさせまいとすぐに距離をとって再び攻勢に出ようとする僕だったが──。
「あの選手結構くっ付いてくんなぁ」
「勇希奈ちゃん、やりづらそう」
「そらぁ、やりづらいだろ。おかげで鞘師の良い所が全然出せてねぇし」
なんとかして距離をとって体勢を立て直したいところだが、相手はそれを許してはくれない。
恐らくだが、この相手選手の実力は僕と同等か若干僕の方が上だろう。
一本を取るのが難しいと判断した結果、一本を死守して後ろに回したいというのが本音と見える戦い方だった。
【くそっ!守りが固すぎる。残りは…?】
チラッとタイマーを見ると、残り時間は一分三十秒ほど。
何とか勝って流れをこちらに持って行きたかった僕は、距離を取るのをやめて自ら前に出ていく。
「鞘師が初めて前に出た!」
「決めに行くつもり?でも、どうやってあの守りを?」
鍔迫り合いになったら危険なのはわかっている。なら──。
負けるリスクよりも、勝つチャンスに賭けた僕は自ら鍔迫り合いに持ち込む。
相手は待ってましたと言わんばかりに、すぐさま振りほどいて鋭い剣筋で面を狙ってきた。
だが、これを待っていた。
面を狙って胴ががら空きになったところを、全身全霊の突進で突っ込み相手の懐に潜り込む。
そうして竹刀の乾いた打突音が木霊し、主審の旗が上がる。その色は──。
「赤!一本!!」
僕の方だった。
タイマーに目をやると、残り時間はあと三十秒。
蹲踞して試合が再開されると同時に相手選手は、さっきまでの守りから一転して攻勢に打って出た。
だが、こうなれば僕だって負けない。
互いにせめぎ合う中で、タイマー音が鳴った。
蹲踞して再び対戦相手と向き合うと、面の奥から覗く目元からは熱いものが溢れ出していて、思わず竹刀を握る手に力が入る。
コートの去り際に、次の試合に向けて既に十百那が立っていた。
【うん、ちゃんと気合い入ってる。これなら大丈夫】
背筋を伸ばし、目は真っすぐ対戦相手に向けられている。
試合結果としては、十百那の二本勝ちで難なく星城は二勝目を手にして、周囲はこれで決まったかのような雰囲気だ。
けど、強豪校とだけあって現実は甘くはなかった。
中堅、副将の先輩らが続けて黒星を喫してしまい、相星となったのだ。
【うーん…ここで落としたのは…でも次は!】
そう、次は主将戦、つまり部長の出番だ。
部長ならなんとかしてくれるという期待感が満ちてくる中でも、当の本人もそれに応えるかのように闘志と集中力が増してく。
しかし、相手も部長と同じく個人では全国区クラスの猛者である。
いざ試合が始まってみれば最初こそは攻めあぐねた部長だったが、相手の癖を早々に見抜いたら、そこからは部長のペースで試合が進んでいく。
結果的に部長の一本勝ちでなんとか勝利を拾った僕らだったが、手放しでは喜べなかった。
何せ、次の相手こそ、星城が何年にも渡って優勝を阻んできた学校だからだ。
【僕の対戦相手は…え?一年?】
なんと、同い年だった。
でも、ここである疑問が浮かんだ。
【同じ一年でそこまで強い子いたかなぁ…新人戦でも正直そこまで…】
強豪校のレギュラーを務めるほどとなれば、新人戦でも必ず話題にはなるはずだ。
しかし、今回の対戦相手の名は聞いたことがない。
【きっとケガか何かだったのかな…うん?部長?】
部長は何やら遠くで祖父と話しているが、どこか表情が曇っている。
すると部長は、祖父と共に会場を出て行ってしまう。
その時の部長の姿に強い違和感を覚えた僕は、その後を追った。
「部長!」
「…鞘師か。どうかしたのか?」
「…その足、どうしたんですか?」
会場を出た時から、彼女は明らかに右足を引きずっているように見えたからだ。
その問いに彼女は、最早言い逃れ出来ないと悟ったのか、袴の右足側を捲って見せる。
そこには僕が感じていた悪い予感が的中し、大きく腫れあがり一部が紫色に変色した踝があった。
「いつから…ですか?」
「…さっきの試合でな…」
確かに先ほどの試合を思い返してみると、相手の選手との鍔迫り合いを振りほどいた際に、部長はバランスを崩して転倒していた。
途中から部長が精細を欠いていたのも、その時からだった。
【これは…これでは…!】
「この状態で、とてもじゃないが俺は試合に出すことを許可できん。世阿弥原はまだ将来のある選手だ。ここで潰れていい選手じゃない」
「でも…でも!!」
「恨むならいくらでも恨んでくれて構わん。だから、止まってくれ。頼む」
祖父の言葉に彼女は、膝から崩れ落ちた。
そっと震える肩に手を置く祖父にしがみつき、彼の胸を何度も弱く叩く姿に僕は何も言えなかった。
その後、部長の足の負傷の公表と共に団体戦棄権が部員全員に伝えられた瞬間、部員らは何が起こったのか理解できずに呆然としていた。
こうして先輩らの最後の夏は終わった。
状況が理解できた先輩らの目元からは、溢れ出した感情が一気に頬を伝い、床に落ちる。
そんな中でただ一人部長だけが下を向き、何度も「すまない…すまない」と床に向かって零していた。
重苦しい空気の中、一同は明日の個人戦に向けて解散するが、祖父は部長を病院に連れていく為に自分の車に乗せる。
彼女の事が気がかりだった僕と増岡先輩は、祖父に頼み込んで一緒に病院に向かう。
「なぁ、世阿弥原。悔しいか?」
道中無言だった車内で、祖父の問いかけに彼女は小さく頷く。
「なら良い」
「何が…!!何が良いんですか!?負けたんですよ?私のせいで!!」
俯いたまま感情をぶつける部長に祖父の表情は変わらない。
「悔しさを持てるなら、それはまだ強くなれる証だからだ。悔しさがあるのなら、人はそれを燃料に変えて前に進める。少なくともお前はそういう人間だろう」
そのまま部長は唇を強く噛んだ。
握られた拳からは、潰れた肉刺の血が滲む。
「大丈夫だよ、鼎。また高等部でみんなと一緒にやろうよ。ね?」
「…うん」
静かに寄り添う増岡先輩に、いつもの部長らしさはなかった。
部長も増岡先輩にもたれかかると、今まで堰き止めていた感情が零れだし、嗚咽が段々と大きくなっていく。
車が信号待ちの間に聞こえてきたカラスの鳴き声が今日は人一倍悲しく感じ、僕の心はギシッと軋み、奥底に深く刻まれるのだった。
いかがだったでしょうか?
とりあえず、次からは無人島に行く予定ではあります。
多くの方に見ていただいて本当にありがたい限りで、至極恐悦の極みです。
実を言うと、今回の話は書いててそんなに自信がないので、どうか大目に見てください…。
まだまだ未熟な自分の作品を読んでいたたけている。そう感じるだけで、書く手は止められません。
まだまだ書いていきますので、応援よろしくお願いします。
では、また次のお話でお会いしましょう。




