いざ、夏休み
どうも、雪木です。
今回も頑張って書いてみましたので、楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。
そうして夏休みというには、中々休まらなそうな毎日が幕を開けた。
夏休み初日から、我が剣道部は夏の大会に向けて絶賛追い込み中である。
武道館の中も気合いの入った威勢のいい掛け声が響き渡り、竹刀が防具を叩く音も、前より気迫に満ちている。
「よぉし!一旦休憩だ!今日も暑いから、水分はしっかり取れよ!!」
夏の剣道の暑さは想像を絶するものだ。
何せ、道着は長袖長ズボンのようなもので通気性はほぼ皆無。それだけでも暑いというのに、その上から分厚い防具を身に着けるのだ。
この日も近年の夏らしく、天気予報の晴れマークも真っ赤に照っていた。
そうなれば、僕らの恰好はまさしく全身サウナ状態と言えるだろう。
【この世界…いや、日本暑すぎ…。授業で言ってた美しい四季とやらは迷子になってないで戻ってきて】
昔はこれほどまで暑くはなかったらしいが、温暖化の影響というやつのせいなのだとか。
「あー!もう!!暑すぎでしょ!!」
「暑すぎてセミまで鳴いてないってどういう事よ」
「うっ!ご、ごめん。ちょっと私…」
あまりの暑さに、武道館の外にある水道に駆け込み頭から水をぶっかける者や、リバースする者までいる。
新入部員の子らもしんどそうではあるが、一人も音を上げる子はおらず部長も感心している。
だが、先輩らはそれ以上だ。
「先輩たち凄いね」
「先輩たちにとっては、中等部で最後の夏だからな」
十分に休憩をとり、練習が再開される。
「よぉし!今日はここまでだ!各自、防具を取ったら集合!」
部長の号令に合わせて防具を取り、武道館の真ん中に集合し正座する。
全員が揃ったところで、部長が前に出る。
「みんな、今日もお疲れさん。さて、夏の大会に向けてラストスパートに入ったわけだが、早速来週には団体戦のレギュラーメンバーを決めるための模擬戦をやる。三年生だから、一年生だからといって贔屓するつもりは一切ない。一つでも多く勝つためには、たとえ三年だろうがレギュラーメンバーから外すつもりでいるからな」
部長からの言葉に、他の部員も背筋が伸びる。
その後部長は僕ら一年に向けて「決して遠慮するな。全力でこい」と発破をかけた。
【うーん…難しいよなぁ】
ぶっちゃけると、僕と西川さんの実力ならば部長と副部長以外ならば勝ててしまうだろうと見ている。
だが、それはその先輩らの最後の夏を。いや、ここまで苦難を共にしてきた仲間との中等部で一緒に戦える最後の機会を、僕らが奪ってしまうことになるのだ。
手を抜けばそれは失礼にあたるのは、分かっている。分かっているが──。
部長の話が終わり、一同は解散する。
更衣室で一年のみんなと着替えていると、先に顧問の先生と職員室へ行った部長と副部長以外の先輩らが、真剣な表情で僕らに語りかけてきた。
「なぁ、一年ども。来週の模擬戦だけどな。ぜってぇ手ぇ抜くんじゃないぞ」
「それで負けたとしても、私ら納得だからさ」
その言葉を聞いた新入部員の中で、西川さんが口を開く。
「先輩らは、本当にそれでいいんですか?」
彼女の問いに先輩たちは、互いに目を合わせて頷いた。
「私らはね、三年間ずっと頑張ってきた鼎に部長として優勝してほしいの」
「だから、もし私らがあなたたちの誰かに負けたとしたら、約束してほしい。鼎を…どうか全国へ連れてってあげて」
先輩らはそう言うと、一斉に深々と頭を下げた。
その姿を見た僕らの中にはもう、迷いなんて言葉はなかった。
「顔をお上げください、先輩」
顔を上げた先輩たちに対し、僕たちも深く頭を下げて口を開く。
「先輩方のお心遣いに感謝します。そして僕らも敬意をもって全力で行きます。どうか、胸を貸してください」
後輩の言葉を受け取った先輩らは、そっと手を差し出した。
顔を上げると、目元にはうっすらとだが熱いものがこみ上げているのが見て取れた。
「任せとけって!先輩の底力見せてやんよ」
「とくと拝見させていただきます」
そう言って僕らは固く握手を交わしたのだった。
そんなこんなで着替えが終わったのだが、部長らがまだ戻ってこない。
幸いにも鍵は手元にあるので、閉めれはするが荷物が置きっぱなしである。
どうするか話し合っていると、僕の隣で微かに袖を引っ張る感触があった。
【はぁ、全くもう、この人は。わかったよ】
すると僕は、話し合いの中で手を挙げて西川さんと職員室に用があるからと言い、ついでに部長たちの荷物を持っていくと提案した。
その提案に僕らがいいのならと、すんなりとみんなの承諾を得て彼女と荷物を持って職員室へと走っていく。
「もう!あんなとこで袖引っ張んないでよ。ほんとにバレても知らないよ?」
「ごめん、ごめん。でも、少しでも一緒にいたいんだよ」
こういう事を真っすぐに言ってくるから困るんだ。
職員室までもう少しのところで、微かだが話し声が聞こえた僕らは、一旦立ち止まって声のする方へ耳を傾ける。
話を聞く限りだと、どうやら顧問の先生と部長たちのようだが──。
「とにかく、私は剣道のことは一切分からん。けどな、世阿弥原が全部背負うことはないんだ」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、中等部ではそれを決めるコーチや監督がいません。だから、誰かがやらないといけなんです」
「…剣道が分からんくても、私は大人だ。最終的には委ねてもいいんだ」
「そうだよ、鼎。あなただけが背負うことないんだよ。私らもいるんだから」
それでも部長は頑なに「うん」とは言わなかった。
しかし、とんでもない場面で来てしまったものだ。これでは入るタイミングがないではないか。
ずっと立ちっぱなしというのも疲れるので、僕らはその場でちょこんと座って引き続き話を聞く。
「私は…!私は部長なんだよ。この名門星城女子の!私がやるしかないじゃないか」
あのいつも冷静沈着な部長の荒らげられた声に、びくりとしてしまう。
【まぁ、確かに名門ではあるけどね。高等部は】
うちの学校はもちろん高等部からでも編入でき、剣道部も他の中学で力を付けた子も多いらしい。
あとは、高等部から増える部活動別の推薦枠の影響も大きいのだとか。
「世阿弥原…ちょっと来い。頭冷やしにいくぞ」
そう言って先生が部長の手を引いてこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
【ま、まずい。隠れるべきか?】
別に隠れるようなことはしていないが、このまま鉢合わせになるとかなり気まずい。
とりあえず階段下の空間に急いで身を隠した。のだが──。
「ゆ、勇希奈。この体勢はちょっと…」
「仕方ないでしょ!咄嗟だったんだから」
慌てて隠れたせいで、西川さんを僕が押し倒すような体勢になっている。
徐々に顔が赤くなっていく彼女に対し、細い腕で自分の体重を支えている僕は小刻みにプルプル震えていた。
足音が遠のいていくのを確認したら、たまらず僕は西川さんの隣に倒れ込んだ。
「はぁ、きつかったぁ」
「ちぇ、てっきり僕の上に飛び込んでくれるとばかり」
「学校ではそんなことはしません」
「あら?あなたたち…」
部長らが行ったことに気が緩んでしまい、まだ職員室前にいた増岡先輩に気付かれてしまった。
事情を話すと、荷物を持ってきてくれたことに対する感謝と同時に謝罪の言葉を述べた。
「ごめんね、変なところ見せちゃったよね」
「いえ、そんなことは…」
何か口に出そうとするが、僕らの口からは何も言葉がでない。
そんな後輩に気を遣った増岡先輩は、荷物は渡しておくからと先に帰るよう促した。
正直、このままいてもできることはない。
そう感じた僕らは、部長たちの荷物と武道館の鍵を置いてその場を後にした。
「ねぇ、ちょっといい?」
帰りの駐輪場へ向かう最中、僕は西川さんに切り出す。
「急で悪いんだけど、例のコーチの件さ」
「もっと早めたいんだろ?勇希奈の顔見てたら分かるよ」
そんなに顔に出ていただろうか。
しかし、部長の背負っているものをなんとかしたいのは事実だ。
静かに頷くと彼女はスマホを取り出して、Limuの新入部員のグループに今から集まれるかを尋ねた。
幸いにもみんなまだ帰っていないようで、第一体育館裏に集合することになった。
体育館裏にみんなが揃い、僕から切り出す。
「あのさみんな。実は相談したいことがあって──」
みんなに例の件について話した。
全部話し終わった頃には、やっぱりと言うべきか複雑な表情を浮かべていた。
「話は分かった。けど、ほんとに私らだけでいいの?」
鮫島さんが疑問を呈せば、それにつられてみんなからも様々な意見が飛び交う。
「そもそもアテはあるんか?私らだけで見つけられるもんなんか?」
「だから鞘師さんたちは、あっしらを頼ってくれたんじゃねぇのか?みんなでやれば何とかなるっしょ」
「み、見つかるかなぁ」
こんな状況にも関わらず、今度は西川さんが手を二回叩いて場を鎮める。
「実はこの話があった時から、僕の方で独自に良さそうな人物をリストアップしてみたんだ。ちょっと見てくれ」
【え?そんなのやっててくれてたの?ありがたすぎる】
仕事のできる彼女に感心していると、気付かれない程度に小さく僕にウインクをかましてきた。
またこいつはとも思ったが、今回ばかりは大目に見ようではないか。
渡されたリストを覗いてみれば、指導経験に富んだ人たちの中で一人の人物に目が留まる。
「ん?どうかしたか?」
「い、いやね。この秋川甚一って人なんだけどさ。実は私のおじいちゃんなんだよね」
その瞬間周りのみんなの目が丸くなる。
母の旧姓は秋川で、父と結婚して苗字が変わったのだ。
「しかし、君のお爺様って経歴すごいな。剣道も八段で、名門の指導経験もあるじゃないか」
「もう離れて年数経つし、引き受けてもらえるかどうか…」
「そこは孫の力でなんとかなるっしょ!」
そこまで孫の力は万能ではない。
他にも候補には目をつけておき、まずは僕の祖父次第でという話になって今日は解散した。
今日は西川さんと寄り道はせずに、真っすぐに家に帰り、リビングにいる母の元へと向かう。
「ねぇ母さん。今おじいちゃんと電話出来たりする?」
「いいけど、何の用なわけ?」
母へ祖父に剣道部の指導者にという話があるのを伝えると、母の口角が少しだけ上がった。
そしてスマホを取り出して、祖父に電話をかけてくれた。
祖父は案外すぐに電話に出て、母と少し喋ったあとに僕にスマホを渡した。
【うわぁ、話すの久しぶりだから緊張するなぁ】
「も、もしもし。おじいちゃん?」
「うん、どうした。勇希奈」
低く重厚感のある声だ。
電話越しであるにもかかわらず、僕の背筋はピンと伸びていた。
緊張しながらも要件を伝えると、少し間を置いて語り出した。
「こんな爺を頼ってもらえて嬉しいが、俺も歳だから身振り手振りは厳しいぞ」
「そこは先生たちと相談かな」
「そうか。じゃあ近くにいるし明日一度帰ってみるか。先生方とも話さんといかんしな」
「顧問の先生にはこの後話しておくよ」
そう言って祖父との通話を終えた後、すぐさま自分のスマホで顧問の先生へ電話をかけた。
先生からは勝手にそういうことはしないでと軽く注意を受けたが、同時に感謝もされた。
「私の方も探そうとは思ったんだけど、忙しくてねぇ。明日帰ってきてすぐで大丈夫なの?」
「本人は大丈夫って言ってました」
「一応お歳だから会うのは明後日にしようか。時間は部活が終わってからでもいい?」
「分かりました。では明後日よろしくお願いします」
こうして祖父と先生の面会が決まった。
隣で話を聞いていた母も、もし決まればまた祖父の剣道を教える姿が見れるかもと喜んでいた。
この事を西川さんらにもLimuで報告したら、祖父で決まるといいねと歓迎してくれているようだ。
そうして明後日の朝。
家の前に一台のバイクが止まった。
ヘルメットを取ると、そこには昔と変わらない祖父の姿があった。
「大きくなったな、勇希奈。それに舞依華に桜士郎も」
気難しそうな顔から性格も同じかと思われる祖父だが、全然そんなことはなく、口を開けば誰にでも優しい物静かなお爺さんである。
「勇希奈はこれから部活か?なんなら送ってくぞ」
祖父のお言葉に甘えさてもらい、今日はバイクで学校に行くことになった。
実を言うとバイクに乗るのは初めてであり、内心ワクワクしている。
ヘルメットを被って祖父の後ろの座席に跨る。
祖父からちゃんと背中につかまるように言われ、彼の老齢とは思えないほど引き締まった身体にしがみついた。
バイクが走り出すと、僕の心は躍った。
【すごい、車とは全然違う。風を切るってこんなに気持ちいいんだ】
同じ二輪のはずの自転車とはまた違う感動に浸っていれば、あっという間に学校に着いてしまった。
約束の時間ではないからと、祖父はそのまま走り出そうとした時だった。
「おや?鞘師、おはよう。もしかしてそのお方は」
偶然にも部活の為に出勤してきた、顧問の先生と鉢合わせた。
祖父と先生はお互いに挨拶を交わした後、先生はある提案をする。
「良かったら、練習見ていきませんか?」
「いやぁ、突然お邪魔したら申し訳ないでしょう」
「私から説明しますので。ささ、どうぞ」
先生からの提案に断るのも気が引けたのだろう。
祖父はバイクのエンジンを切って、来客用の駐車場へと停めて僕らと武道館へと向かった。
【さて、どう出るか】
期待と不安が入り交じる中、僕らは武道館へ足を踏み入れるのだった。
読んでくださりありがとうございます。
今週は少し忙しいですが、なんとか更新しますのでお待ちいただければとおもいます。
未熟ではありますが、変わらず応援してもらえれば励みになりますので、よろしくお願いいたします。




