夏休み前
どうも、雪木です。
頑張って書いてみましたので、どうか楽しんでもらえたら嬉しいです。
「夏休みだぞ!勇希奈!!」
林間学校から帰って数日が経ち、僕らは秘密の交際を続けていた。
この日も終業式で早めに学校が終わり、少し離れた人通りがあまりないお寺でだべっている。
付き合った後も彼女は平然を保ってはいるが、夏休みを前にやや浮かれているご様子だ。
「夏休みといえば!お祭りに海やプール、後は…後は…」
「楽しみなのは分かるけど、課題もあるし、部活だって合宿があったりするでしょ?」
「あるけど、なんとかなるでしょ!私もなんとかするしさ」
彼女の声はまるで子犬のように弾んでいた。
こうして二人きりの時はいつもテンションは高い彼女だが、今日は更に高いように見える。
【そんなに僕と過ごす夏休みが楽しみなのか。まぁ、付き合っているのなら当たり前なのかな】
確かに課題もそれなりにはあるが、ちゃんと計画的にやれば無理な量ではないし、なんなら本気を出せば二週間ほどで終わらせる。
「じゃあ、私もなんとか時間は作るよ。課題も思ったほどないし」
「…その…課題…なんだけど…」
「?課題がどうかしたの?」
顔を赤らめた彼女が必死に絞り出したのは、夏休み中は僕と一緒に課題や自主勉強をやりたいとの申し出だった。
どうやら、陽川さんらと一緒にやっていた勉強会が余程羨ましかったようで、いつか二人きりでやってみたかったらしい。
「いいけど、どうすんのさ。この辺の図書館でも知ってる人は絶対いるよ?」
夏休み期間中は学校の図書館が朝九時から夕方五時まで開放されているみたいだが、部長曰く、かなりの争奪戦になるから滅多に席は取れないのだとか。
だから部長たちは、部活が終わったあとなんてとてもじゃないが予約が取れないので、近所の図書館か誰かの家に集まってやると聞くが。
「そうなんだよねぇ。どうしよ」
そう言うと彼女は、ごろんと寝転がり僕の膝の上に頭を乗せてきた。
「もう。こんなところで寝転ぶと制服汚れるよ」
「いいの。適当に誤魔化すから」
【全く…西川さんときたら…】
いくら人通りがないからって、そんなんで大丈夫なのだろうか。
仮にも王子様キャラだというのに、こんな姿同じ一年の子が見たらどう思うだろう。
しかし、こんな姿を見られるのは僕だけという特別感もあったりして、不思議と悪い気はしなかった。
「しょうがないなぁ。それじゃあ、一緒にできる所を探してみる?」
「うん。そうしよ」
スマホを取り出して検索してみるが、あまり良さそうなところはなかった。
仕方ないので帰ってからもう一度調べてみるからと、今日は一先ず解散した。
家に帰ると、僕がもうすぐ帰ってくるであろうと見越したのか、キッチンの方から良い匂いが漂っている。
「おかえりー、意外と早かったわね」
「まぁ、部活も無かったからね。あー、お腹減ったぁ」
「暑いから冷製パスタ作ったんだけど、いい?」
さっさと着替えを済ませてキッチンへと戻り、率先して母の手伝いをする。
もう少ししたら舞依華らも帰ってくるだろうと、四枚の皿を出し、二つにはラップをして僕らだけ先に食べる事にした。
「そういえばさぁ、今のうちに聞きたいことあるんだけど」
「十百那ちゃんのこと?」
流石は母だと思ったが、よく考えてみれば二人きりで相談することなどそれしかないのだから、分かるのは当たり前か。
それでも察しが良いのはありがたい。
事情を説明すると、母の知り合いが経営している個室カフェが隣町にあるという。
「でも、そんなところにしょっちゅう行ってたらお小遣いが…」
「そうだよねぇ。ん?あ、ちょいごめん」
家のインターホンが鳴り、母が小走りで玄関に向かった。
会話を聞くに何か荷物が届いたようで、受け取った母の手には小さめの段ボールがあった。
「なんか頼んだの?」
「違うわよ。お父さん…おじいちゃんからお土産よ」
「今度はどこに行ってきたの?」
「ちょっと待ってよ……石川だって」
この母方の祖父だが、この世界に来て初めて尊敬した人物の一人である。
母方の祖父とは言うものの、父の方の祖父母はもう他界しており、自分にとっておじいちゃんと呼べる存在はこの人しかいない。
祖父は十年前に祖母を亡くしてからは一人暮らしで、身の回りの整理がひと段落したら、バイクで日本各地を巡っているらしい。
荷物には一緒に手紙が添えられており、もう少し帰れそうにないと書かれていた。
この手紙を見た母は、ピンっとあることを閃くとすぐさまスマホを取り出して誰かに電話を掛けた。
「あ、もしもし父さん?あー、うん。元気でやってるよ。ちょっと相談なんだけどさ、父さんしばらく帰らないって手紙に書いてあったじゃん?ちょっと家使わせてくれない?そう!うん、分かった。ありがとう」
そう言うと母は電話を切った。
電話でのやり取りからおおよそのことは理解できる。
【まぁ、おじいちゃんの家ならそう遠くないし、いいかも。相談してみるか】
「電話で聞いてた通りだけど、どう?ちょっと古いけど…」
「ちょっと確認してみるよ」
早速僕はLimuを開き、彼女に確認のメッセージを送った。
すると瞬時に既読が付くが、いつもの通り遅い返信を待っていると、彼女からOKと共にハートマーク添えられていた。
【なんだよ、そのハートマークは。家族に見られたらまずいんでしょ】
「なになに?そんなニヤついついちゃってぇ」
「そ、そんな顔してないって!!」
茶化してくる母に対し、思わず顔を覆ってしまう。
そんな僕を尻目に祖父から送られてきた荷物には、まだ何か入っている事に母が気づいた。
よく見ると手紙には続きがあり、趣味の一環であるカメラで撮った写真も少しだけだが同封するが、いらないなら捨てても構わないとあった。
祖父の撮った写真を手に取ってみると、一眼レフで撮られた色とりどりの美しい風景が映っていて、とてもじゃないが捨てられるものではない。
その中には、祖父自身が映っているものもあった。
手紙には、たまたま同じ写真が趣味の人に撮ってもらったら、思いのほか出来がいいので死んだ時の遺影にでもしてくれとのことだ。
母は大笑いして「こんなおっきなバイク乗り回してる爺さんが、そんな簡単に死ぬわけないじゃない」と言い放つ。
仮にも自分父だろうと思ったが、まぁ、母も母なので仕方がない。
「ただいまー」
母と喋っているとあっという間に舞依華らが帰ってくる時間になっていた。
キッチンに向かってくる妹らにスマホの画面を見られぬよう素早くポケットにしまい、何食わぬ顔で迎える。
「おかえり。遅かったね」
「先生たちの話が長すぎるのよ。そんなに言わなくたって、分かってるって」
「舞依姉も、ユキ姉みたいにマイルドなら彼氏もできやすかったのに」
弟の発言がきっかけで、いつものお馴染みの姉弟喧嘩が始まった。
確かに舞依華は世間でいえば美少女と呼ばれるに相応しい顔立ちであるにもかかわらず、その気の強さから彼氏は一人もできていない。
【とは言っても、まだ小学生だよ?この世界の小学生は凄いもんだ】
向こうの世界でも大人びている子供はいたが、ここまで進んでいるのには驚いたものである。
いつもの光景ではあるが、母の心労も考えるとそろそろ仲裁に入る頃合いか。
「はいはい、二人ともそこまで!やめないと、夏休みの勉強に付き合うのやめるよ!」
そう言うと二人は潔く喧嘩をやめた。
この喧嘩を諫めるのも大概は僕の役目だ。
父が仕事で忙しく、母も栄養管理士の仕事が不定期で多忙を極める二人の助けになれてるのであれば容易い仕事である。
そんな仕事ぶりを見た母からは、仲直りの証もとい僕の感謝の証としてちょっとお高めのアイスを貰った。
濃厚なバニラの味が一仕事を終えた体に染み渡ったのだった。
──翌日。
夏休み一日目から、我が剣道部は夏の大会に向けて励んでいた。
午前の練習が終わり、面を外すと──。
「あっ…」
向かい側にいた西川さんと目が合った。
すると彼女の口角に綻びが見え隠れし始める。
【あ、こら!ニヤニヤしちゃダメだって!我慢だよ、我慢!】
嬉しいのは理解できるが、そこをなんとか堪えてもらいたいものだ。
「うん?どうした、鞘師?なんかあったか?」
一人だけ挙動不審な僕を不思議そうな顔で部長が声をかけてきた。
「あ、いや…別になんでも…」
「しっかりしろよ?西川を見てみろ。気合いの入った顔をしてるぞ」
そう言われて再び彼女の方に目をやると、さっきの表情とは打って変わり、いつもの凛々しい姿の彼女姿がそこにはあった。
あまりの変わり身の早さに、僕は目を丸くしてしまった。
その後、今日も例のお寺で待ち合わせると彼女は苦笑いで謝ってきた。
「ごめんて、勇希奈ぁ。許して!この通り!」
「仕方ないなぁ。じゃあ、ドーゲンダッツのリッチ抹茶で手を打とうじゃないか」
西川さんはそっと財布の中身を確認した後、OKサインを出した。
「西川さんの家って割と裕福なほうじゃなかった?」
「そうだけど、子供の頃からお金を持ちすぎるのは教育上よろしくないってさ」
【流石は元武家だけあって、しっかりしてるなぁ】
だが、我が家でも事情はそんなに変わらない。
お年玉だって、将来のためにとそのほとんどを僕が引き出せない口座に振り込んで貯めている。
確かに今使えないのはもどかしいものがあるけど、将来のためと言われれば仕方ないか。
「そんな事よりも、勉強会本当におじいちゃんの家で良かったの?」
僕の問いに彼女は、晴れ渡るような笑顔で答えて見せた。
「良いのかだって?寧ろ嬉しいよ。だって、お爺様のお家に上がらせてもらえるなんて、それこそ一足先の同棲じゃないか」
一歩先よりももっと先に行ってしまっている感が否めない。
「そのお爺様のお家はどんなところなの?」
「うーんとね、昔ながらの古風な感じだよ。だけど、全然ボロくはないから安心して」
初めて行ったのは確か十年前だったかな。
祖母が亡くなって葬式に参列した時だったが、その荘厳な造りの家には驚かされた。
「場所もここからそんなに遠くないけど、しょっちゅう行くのは流石に無理があるから、一週間に一度ね」
残念そうにする西川さんだったが、仕方がないのだ。
いくら近いとは言っても、電車で二駅ほど乗らないといけないので毎日なんて行ってたら僕のお小遣いも厳しいものがある。
僕の懐事情を考慮してくれた彼女は、それ以上は言わなかった。
「で、何曜日にする?」
「そうだなぁ。やっぱり部活がない土日のどっちかじゃないか?」
「日曜日だと次の日が部活だから、どっちかでいえば土曜日かな。集合は轟谷駅ね」
「お爺様の家の近くの駅だな。楽しみにしているぞ」
最初こそは残念そうだった彼女も、次第に表情が明るくなっていき、いつもの僕と一緒にいる時の姿に戻っていた。
ウキウキ気分の彼女に水を差してはいけないから、あえて黙っているけど、夏休みの僕はまぁまぁなハードスケジュールなのだ。
【うーんと…整理すると、平日は大体部活で潰れる。家に帰ったら舞依華らの勉強を教えないとでしょ?隙間隙間に陽川さんらと遊ぶ予定も…まずいな】
新しくできた友だちとの初めての夏休みとあって、自分としたことが予定を詰め込み過ぎてしまった感が否めない。
しかし、今更断るというのはいささか申し訳がない。
【元はと言えば僕のスケジュール管理が悪いんだ。よぉし、やってやるぞ!】
これも元勇者だった頃の名残りだろうかと思うと、複雑な気持ちになる。
「なぁ、勇希奈。少し話題が逸れるけどさ」
「今度はどうしたの?」
「剣道部の事なんだよ。実はさ──」
どうやらこの間部長に内緒で呼ばれ、この夏で三年生が引退するわけだが剣道部には二年生がいない。
その為、今の部長らがいなくなったら一年生の中から部長を選ばないといけないのだが、その白羽の矢が西川さんに立ったらしいのだ。
「どうする…別にやるのは構わないけど、正直私と勇希奈がいたとしてもなぁ」
いくら僕らが強いとは言っても、所詮は一年だ。
自分自身ももっと強くならないといけないし、団体戦もあるんだから他のみんなにも強くなってもらわないといけない。
そんな状況になったとしたら、やはりあの存在が必要だろう。
「やっぱりほしいよねぇ。コーチ」
「そうだなぁ」
だが当てがない。
剣道を教えてくれた父も、普段は仕事に追われる身で僕でも滅多に相手にしてもらえないし。
「よし!こうなったら!」
なにかを閃いた西川さんが突然立ち上がった。
「夏休み中にみんなで一緒にコーチ探しをしようじゃないの!」
良い考えではあるかもしれない。僕のスケジュールを無視すれば。
頭の中でこれ以上はダメだという理性と、もっと強くなりたいという欲望がせめぎ合う中で出した答えは──。
「分かったよ。また明日みんなにも話してみようか」
強くなりたい欲求に抗えなかった元勇者の姿がそこにはあったのだった。
読んでくださり、ありがとうございました。
もし良かったら、こんな未熟な自分ではありますが、応援していただければ励みになりますのでよろしくお願いいたします。




