林間学校 そして
どうも、雪木です。
今回も頑張って書いてみました。
楽しく読んでもらえたら幸いです。
「……わ」
返事を返そうとした口が止まった。
【本当にこれでいいのかな…?まだ〚恋〛っていうのがどんなのかもわかってないのに…】
様々な想いが交錯する中で、もう一度しっかり彼女の顔に目を向ける。
変わらず顔は赤いし、手だってじんわりと汗が滲む。
だけど、しっかり僕の方を見て返事を待っている。
その姿を見て、僕は一旦あれこれと考えるのをやめて口を開く。
「い…いいよ…」
「…え?ほんと…に?」
彼女はしばらく顔を真っ赤に染めたままフリーズしてしまった。
あまりに動かないので、息まで止まっていないだろうかと顔を近づけてみると、今までの彼女のイメージできないような実に可愛らしい声で驚かれた。
「い、いいのか?僕だぞ?女の子だぞ?」
問題ない。だって、中身男だし。
こんな慌てふためく姿は見たことがなく、意外な一面が見られたところで今度は僕から切り出す。
「付き合うのは別にいいよ。だけど、ごめん。私はまだ、〚恋〛っていうのがまだよく分かってないんだ。だから…」
そう言うと彼女は、静かに距離を詰めてそっと僕の肩に頭を乗せてきた。
「それでも構わない。そんなのは付き合ってから分かっていけばいいのだから」
彼女に優しい言葉に対し、僕の心中には一つの影がさしかかっていた。
だが、それを決して悟られてはいけないと、必死に表情を作るのだった。
「な、なぁ。少しお願いを聞いてはもらえないだろうか」
なにかと尋ねてみれば、肩に乗せられた彼女の頭が再び赤く染まる。
「二人きりの時だけ…こうして甘えさせてほしい…。それと口調も…」
「いいけど、どんな感じに?」
すると彼女は更に身体を密着させ、繋いでいた手も指と指の間をギュッと握る。
【ち、近くない!?恋人同士の距離感ってこんなものなの?】
密着したことで、彼女のシャンプーの良い匂いから体温まで全てを感じ取れる。
「ふふ、手汗かいてる。緊張してたりする?」
「な、なんか随分女の子っぽい口調じゃない?」
「これが本当の私、西川十百那なの。いつものキャラはほとんどは作り物」
どうしてと理由を聞くと、西川さんの家は武家の流れを汲んでおり、かなり厳しいお家柄なのだとか。
その関係で例え女の子に生まれようが、男の子と同じように育てられたので、服装や言葉遣いも男の子に近くなっていったが、心の中は違ったらしい。
「私だって女の子だ。たまには可愛い服も着てみたいし、一人称だって本当は僕より私がいい」
握られた手の力が、ほんの僅かに強くなる。
次第に小刻みに震えていくその手を、僕は何も言わず握り返した。
「やっぱり…優しいな、勇希奈は…」
「…どうして。どうして私を?いつから?」
僕の問いに西川さんは、そのままポツリポツリと語り出した。
「最初は…ただ単に綺麗で面白そうな子がいるなぁってだけ思ってたんだ。それで──」
その後も彼女の口からは僕を好きになっていった経緯が語られていく。
話を聞くかぎりだと、どうやら入学式で初めて会った時から気にはなっていたようだが、好意というほどのものではなかったみたいだ。
転機になったのは、やはりあの駐輪場の件だったという。
「あの助けてくれた時の顔が今でも忘れられない。あの時握られた手の感触も。もう、心臓なんてバクバクしちゃってさ」
「そんなに?」
「決定的になったのは新人戦かな。そうだ、実は部長と話してる時、勇希奈がこっそり覗いてたの気付いてたよ」
まさか気付かれていたとはと、思わず目を丸くする。
その顔を見た彼女は思わず吹き出してしまい、年相応の無邪気な姿を見せた。
「笑いすぎだよ」
「ごめんごめん。でも、あの時さ。内心不安だったんだ」
「不安?なんのさ」
「全力を出せないんじゃないかって。でも、君は違った。事情を知っても尚全力で向かってきてくれたのは…嬉しかったなぁ」
彼女の心の底から嬉しそうな表情に、僕もつられて口角が上がっていく。
【西川さんって、こんな笑い方するんだ】
今日だけで彼女の知らない顔をいくつ見ただろうか。
こうして話していると、時間を忘れそうになる。しかし、こっそり抜け出してきたのだから、あまり長くいてはみんなが心配してしまう。
僕らは後ろ髪を引かれながらも、その場を後にした。
部屋に戻ると、何人かはどこへ行っていたのかなどを聞かれはしたものの、陽川さんらがフォローしてくれたおかげで深く追求されることはなかった。
就寝時間となり部屋の灯りが消えるが、自分だけ今日も寝付きが悪い。
ちゃんと疲れもあるし、ご飯だってちゃんと食べた。眠気だって微かだが感じる。
【誰か…起きては……いないか】
周りを見渡しても、みんなは疲れてぐっすり夢の中だ。
【ああ、もう!なんで寝ようとすると、西川さんの顔が浮かぶのさ】
告白された顔が頭から離れない。
それだけじゃない。あの握られた手の温もり、肩に乗せられた頭の重さ全てが未だに感触として残っている。どれも仲のいい子とはしたことがあるにもかかわらずなのに。
──翌朝。
いよいよ林間学校は終わり、学園へと帰る日になった。
各々帰り支度を済ませて宿舎前に整列し、管理人さんにお礼を言ってバスに乗り込む。
バスが出発して窓から名残惜しくて海を眺めていると、ポケットの中にしまっていたスマホのバイブが鳴った。
[おはよう。昨日は寝れた?私は中々寝れなかったよ。君と付き合えると考えただけで、目が冴えちゃってさ]
どうやら寝付けなかったのは彼女も同じらしい。
ふと窓に映った自分の顔が妙に恥ずかしくなった僕は、隣に悟られないように少しだけ身体を窓側に向けてやり取りを続ける。
[実は私もなんだ]と返すが、既読は付くのに中々返信が来ない。
これは彼女が現代の若い女の子とは思えないほどに、スマホの扱いに疎いがためである。
【まぁ、人間誰にも得意不得意はあるから仕方ないけどね】
そう思う僕の中には、この世界に来て初めてスマホを触った頃の自分を彼女と重ねていた。
【あの頃はびっくりしたなぁ。こんな板みたいなものから魔法もなしに通話とかできるんだもん】
その後もレスポンスの悪いやり取りは続く中、別の友だちから通知が届いた。
[おはー。アンタの大親友万理華だぜー。昨日はどうだった?]
[おはー。色々あったけど付き合うことになったよ。みんなにはとりあえず内緒だけど]
[それはおめでと。今はそれがいいかもね。アンタら目立つし]
他にも理由はあるが、一番は彼女の強い要望によるところが大きい。
家族のことではく、ただ単にみんなの前だとまだ恥ずかしいからだとか。
【表向きとはいえ、あんな性格しといて今更恥ずかしいのか】
普段の王子様キャラとのギャップに、吹き出しそうになる口をそっと手で押さえた。
その後も二人と交互にやり取りをしながら、バスは学園へと向かっていく。
数時間後、僕らは二日ぶりに学園へと帰ってきた。
たった二日離れていただけであるというのに、まるでもっと長くいなかったような気がしてしまう。
振り返ると、学園の駐車場には迎えにきた保護者の車でいっぱいだった。
手短にその場でホームルームを各クラスで済ませて、今日は解散となった。
【流石に疲れたなぁ。さ、家のベッドでゆっくりと…。あっ】
駐車場に向かう途中、偶然なのかお迎えの車に乗り込もうとする西川さんと目が合った。
すると彼女は周囲に気付かれない程度に小さく手を振ってくる。
僕も周りをキョロキョロ見渡して返すと、わずかに口角が上がって見えて車の中へと消えていった。
《おやおや、そんなににやけて。バレてしまいますよ?》
いつの間にかバッグのファスナーを少しだけ開けて顔だけ出すマシロが、僕を揶揄ってきた。
《う、うるさい!勝手についてきたくせに…》
《悪くはない旅でしたね。先生の方々からもそれなりに可愛がってくれましたし》
こっちは危うく怒られるかもしれなかったというのに、全くこの猫ときたら。
《でも、あれだけ撫でまわされても、あまり落ち着きませんねぇ。やはり、我が家が一番です》
《いやいや、あなたの家ではありませんからね!?》
そんな睨み合いをしていると、駐車場の方から笑顔で手を振る母を見つけた。
車に乗り、いつもの助手席へと座る。
「お疲れさま。どうよ、二日ぶりの我が家の車は?」
「もう、サイコー。椅子倒すよ?」
「ああちょっと!ダッシュボードに足乗せない。スカートなんだから見えるわよ?」
「大丈夫でーす。体操ズボン履いてるから」
バスの席も確かに快適ではあったが、やはり乗り慣れた車の座席が一番だと帰ってきて改めて実感する。
しばらく車を走らせながら母と他愛のない会話をしていると、いつもと帰る道が違う事に気が付いた。
「あれこっち行くってことは…」
「ごめん、ちょっとミュージカル寄ってっていい?ちょうど醤油きらしちゃってさ」
「別にいいよ。課題もないし」
ミュージカルとは家から車で十分くらいのところにあるスーパーで、この辺りだと品ぞろえも豊富だし、値段は安いが物はいいので我が家もよく利用する、所謂お得意様というやつだ。
いつもは年長者の僕が荷物持ちとして駆り出されるが、対価として一つだけ好きなアイスを買っていいという密約を交わしており、そう思えば非常に美味しい仕事である。
今日はどのアイスにしようかで思案していると、母から林間学校について聞かれた。
僕は初めて海を見た時の感動や、ビーチサッカーの熱戦などを赤裸々に話した。
しかし、西川さんとのことについては未だに言えずじまいにいた。
【どうしよう…。母さんには言った方がいいのかな?でもなぁ…】
踏ん切りがつかぬまま、ミュージカルに着いてしまった。
買い物中にも彼女のことを言おうか言うまいかの押し問答で、楽しみであったアイス選びもいつものような高揚感はない。
車へと戻るが、母はすぐにエンジンをかけない。
「どうしたの?」と尋ねるが、母はハンドルに手を掛けたまま真っすぐ外を見つめて口を開く。
「…別にアンタに何かあったとしても、言いたくないならそれでいい。けど、私はアンタの母親だからね」
僕は後悔したと同時に、恥ずかしくもなった。
【僕は何を…。まったくこの世界に来て間違いだらけだ】
「ねぇ、母さん」
「ん?どうした?」
「私さ、西川さんと付き合うことになったよ」
意を決して母に告げた。
母は最初こそは驚いた顔をしていたけど、次第にニヤケ面に変わっていく。
「で?どっちからなの?」
「……向こうから」
「告白の言葉は?どんなシチュエーションだったの?」
「いやいや、めっちゃ食いつくじゃん!!」
母は基本的にお喋りな方だが、この食いつき様は見たことがない。
さっきまでのシリアスな雰囲気はなんだったのかと言いたくなるほど、母の目は煌めいている。
「だってぇ、舞依華はあんまり浮ついた話ないし、桜士郎は彼女ちゃん三人目だけど全然家に連れてこないしぃ」
【待て待て待て!今さらっと聞き捨てならないワードが出た気がするんだが!?】
普段物静かな桜士郎は、学校でのことをあまり話そうとはしない。
そのことについて話した時もあったのだが、本人曰く「別に喋るほどでもなくない?」とはぐらかされてしまい、結局彼の学校生活は謎に包まれている。
だが、母にだけはちょくちょく話してはいるらしい。
「桜士郎からはね、絶対に言うなって言われてるから内緒だけど、あの子すごいモテるのよ」
「確かに彼女がいてもおかしくないルックスだけどさ」
「おまけに運動神経抜群で、成績も優秀ときたらその辺の女子はイチコロよ」
じゃあ転生前の自分がそのまま来たらどうなっていたのだろうと、変に邪推してしまう。
【だって、今思い返してみても悪い方じゃなかったと思うし…いやいや、やめよ】
これ以上は不毛であると考えた僕だった。
「ちなみに、この間モデルのスカウトもあったのよ。それもかなり大手」
「詐欺とかじゃなくて?」
「父さんにも確認してもらったけど、大丈夫みたい。ほらこれ」
そう言うと母は名刺入れから、一枚の名刺を取り出して見せた。
だけど、そういうのに疎い僕は見てもいまいちピンと来なかったので、スマホで検索してみることにした。
大手と言うだけあって、すぐにヒットしたので所属するタレントを見てみるが、いつもテレビで見ている人の名前がズラリと並ぶ様は圧巻だ。
母によると、かなり熱心に口説かれたらしいが、本人は興味がないと頑なに首を縦に振らなかったという。
その後も母とは色んなことを話した。
とりあえず西川さんと付き合った話は、伏せておいてくれるそうだ。
母はお喋りだが、口だけは固いのでひとまずは安心だろう。
そうして、程よい疲れを感じつつも僕らは帰路に就くのだった。
読んでいただいてありがとうございました。
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