夏休み その①
どうも、雪木です。
遅くなってしまいすみません。
どうか、楽しんでいただければ幸いです。
まさに足を踏み入れようとし、武道館の扉を開けた瞬間だった。
目の前に広がる光景に、先生はものすごいスピードで自ら開けたドアを閉めた。
ゆっくり振り返る先生は笑っていたが、ここまで先生を見てきた僕なら分かる。
【絶対怒ってるって。目の奥笑ってないし、青筋バキバキだし】
それもそのはずだ。
いくら今日祖父が来るとは言ってないとはいえ、あれほど普段から女子校だけど、ちゃんとロッカールームで着替えるよう言っていたのにもかかわらず守れていないのだから。
しかも、まだ部長も来ていないようだったから
先生はそのまま上辺のみの笑顔で「ちょぉっと待っててくださいね」と言って、素早く中で入っていった。
急に二人っきりになり、意図せずに目線が泳いでしまう。
「ふっ。中々楽しそうな学校じゃないか」
「びっくりしたでしょ」
「うーん。ま、婆さんに初めて会った時には及ばんかな」
一体どんな出会いをしたというのか。
直接あった事はなく母や父の話を聞く限りだと、まあまあ破天荒な性格で色んな武勇伝を聞いたが、それはまたの機会で。
中からドタバタ音が聞こえなくなると、先ほどよりもくたびれた先生が扉を開けて祖父を迎えた。
「え?あの人が鞘師さんのお爺様?」
「やだ、かっこいい…。これがイケオジ」
「背高ッ!ほんとにお爺さんっていう年齢なの?」
祖父を見た瞬間、部員が一気にざわつき始めた。
その一つ一つに耳を傾ける僕は、口角を上げまいとして必死だった。
そんなざわつき立つ部員の中で、約一名違った目線を送っている者がいる。
「おはようございます!…って先生、その方は?」
珍しく遅れてきた部長が、見慣れない老人を見て不思議そうな顔を浮かべていた。
先生が事情を説明する中、心臓の鼓動が早くなり、握っている拳の力も強くなっていく。
その時だった──。
「…え?」
僕の少し前に立ち、皆から見えないようにしたうえで西川さんが握りしめられた僕の拳にそっと手を添えてきたのだ。
驚きはしたが、彼女の手が添えられた時から何故だか僕の鼓動は静かになっていった。
事情を説明し終えると、部長の反応は少々意外なものだった。
「うそ…夢じゃないよな?増岡、ちょっと頬をつねってみてくれないか?」
そう言われて増岡先輩は、部長の頬を遠慮なくつねった。
つねられたあとは真っ赤になっており涙目になっていたが、それは痛みからではなく──。
「やった…。ついに中等部にもコーチが…。こんなに嬉しいことはない」
なんだろう、もっと抵抗とかするもんかと思ってたけど、すんなり受け入れくれて何だか。
「拍子抜けしちゃった?」
横からいつものような優しい表情を浮かべて現れる増岡先輩に、僕と西川さんは咄嗟に離れた。
【み、見られてない…よね?反対側だったし。いやいや、今はそうじゃなくて!】
「まぁ、なんというか…その」
うまく言葉にできない僕に、先輩はその場から少しだけ離れたところに移動して語り出した。
「実はね、鼎ちゃんは部を背負う重圧もあるけれど、それよりもあなたたち後輩の事を心配してたの」
なるほど、そういうことか。
今は部長が後輩の指導者も請け負っているが、抜けた場合は恐らく僕らにお鉢が回ってくる。
自分のようにできるとは限らないから、尚更心配だったのだろう。
とにかくこれで部長の肩の荷が降りれば、僕も嬉しい。
皆んな受け入れてくれたところで、着替える前に祖父が挨拶をと前に出る。
「はじめまして。改めて自己紹介をさせてください。私はそこにいる鞘師勇希奈の祖父、秋川甚一といいます。昔もそこそこ指導者として剣道を教えてきましたが、女の子に教えるのははじめてなので、至らぬところもあると思います。まずは見学をさせてもらってからですが、よろしくお願いします」
姿勢正しく深々と頭を下げる祖父に対して、僕らも今出せる聖一杯の挨拶して返した。
早速着替えて練習を始めると、優しかった祖父の表情が一変し、特に目つきなんかは老齢とは思えない程に鋭い。
一通り練習が終わり、練習風景を見ていた祖父が再びみんなに向かって口を開く。
「今日は突然にも関わらず、練習を見学させていただきありがとうございました。いくつか君たちに質問があるのですが、よろしいでしょうか」
「「「「「「はい」」」」」」」
「ふふ。やはり元気があって良いですね。まず一つ目ですが、練習内容と下級生の指導は主に誰が?」
祖父の問いに部長が答える。
練習内容は主に部長と副部長と増岡先輩の三人で決め、指導については、自分らも練習しないといけないこともあって下級生同士で教え合っている状況だと伝えた。
「なるほど、練習内容については特に言うべきことはありません。ですが、問題は下級生たちですね」
「すみません。私も時間が取れれば良かったのですが」
「謝る必要などありませんよ。寧ろ、よくここまで君たちだけでやってきましたね。大変だったでしょうに」
祖父の言葉に、部長の膝に置いていた拳がギュッと握られた。
僕は後ろに座っていたので、表情はうかがい知れないが、肩を震わせているのだけは分かった。
その後もいくつか質問した祖父は、納得した感じで改めてコーチを引き受けてくれたのだった。
そうして帰り──。
「勇希奈、帰りも乗ってくか?」
「いや、私はちょっと用事があるから先帰ってて」
「そうか」と言い、バイクのエンジンをかけて跨る祖父は、突然おもむろに振り向いて微笑んだ。
そして一言だけ「良い友だちを持ってよかったな」とだけ残して、去って行った。
【え?それって…】
あの西川さんが添えてきたところを、どうやら祖父は気付いていたようだ。
しかし、幸いなことにただの友だちとしての出来事だと思ってくれていたみたいで、肩をなで下ろした僕だった。
祖父を見送った僕は、スマホを取り出してLimuで一通のメッセージを送信し、とある場所へと向かう。
そこに着き、しばらくすると──。
「や、お待たせ」
「早かったじゃん」
「帰りの途中だったから。まさかいつものお寺に君から呼び出すなんて、どうしたの?」
「いや、まぁ…ちょっと」
あの時のお礼を言いたい。
だが、喉元で言葉が詰まってしまい口ごもってしまう。
【もう!お礼言うだけじゃん!何恥じらってんのさ、元はといえば勇者だろ!こうなったら】
この時の僕はきっと、暑さでどうかしてたと思うんだ。
「西川さん!!」
そう言うと僕は、両手を大きく広げた。
突然の出来事に西川さんの目も点になっている。
「き、きき今日は…!お礼も兼ねて特別っ!正面からのハグしても…いいんじゃないかな!!」
付き合ったのだからハグくらいはするだろうと思うが、付き合い始めてから意外にも西川が年齢的にもまだ早いんじゃないかと言ってきたのだ。
向こうの世界では挨拶の意味でのハグなど当たり前だったし、特に抵抗はなかった。
そう思っていたのだが──。
【じゃあ後ろから一方的ならってなったけど、慣れてるはずなのに、なんで…?】
後ろから初めてハグをされた時、彼女の体温が伝わるのと同時になぜだか僕の方も胸が高鳴り、身体も熱くなっていくような気がした。
それは彼女も同じだった。
振り向こうとしたら「ごめん…ちょっとこっちを見るのはやめてくれないか」と言ってきた。
けど僕は、チラッと見えてしまったのだ。
顔を後ろに向けているが、耳が真っ赤だったのは今でも覚えている。
それ以来、僕らは何か特別なことがない限りはハグは封印しようとなったのである。
そんな僕の提案に、彼女いつもの余裕は消え去り顔を赤く染める。
その場でもじもじしてしまう彼女と、手を広げた僕とで何とも言えない空気となってしまう。
「ちょっ、ちょっと!!なにもじもじしてんのさ!」
「だっ!だってぇ…」
「いつもの学校でのキャラのつもりでいけばいいじゃん!」
「無理っ!てかそんなに言うなら、勇希奈のほうからしてくれればいいじゃないか!」
この不毛な争いはしばらく続いた。
だが、お互いに言い疲れても尚、彼女は踏ん切りがつかないでいる。
僕の方もさっさとお礼を言ってしまえば、それで済む話なのだが、行動に移してしまった以上今更後には引けない。
【全く…これじゃあらちが明かない。仕方ない、こうなったら!】
意を決した僕は、両手を広げたまま西川さんにじりじりと近づいていく。
それをみた彼女もなぜか一緒になって、後ろに下がっていく。
「こら、逃げるな!西川さんの言う通りに私からするから!」
「待ってよ!まだ心の準備がさぁ!」
「いつまで準備してんのさ!いいからじっとしててよ」
それでも彼女は僕が一歩前に出る度に、自分も一歩後退するのをやめなかった。
次第に円を描くようにも動く。
幸いにも周りに人がいないからいいものを、もし見られていたら怪奇の目で見られることは想像するに容易い。
【いい歳して女子中学生二人が何やってんだか…】
すると彼女は気が付かぬ間に、背後のお寺の柱に逃げ道を奪われていた。
チャンスと見た僕は、すかさず逃がさぬように彼女のもたれかかっている柱に、両手を付けた。
流石に観念したのか、彼女は顔は真っ赤のまま小さくコクリと頷いた。
そしてゆっくりと西川さんの背に手を伸ばす。
彼女と身体が密着する。
手を繋ぐだけでは感じられない、彼女の鼓動が明確に伝わってくる。
【西川さん…めっちゃドキドキしてんじゃん。ってこれって僕も…】
意識した瞬間、一気に身体中の体温が沸騰するような感覚に襲われた。
恥ずかしくなってしまった僕は、すぐに彼女から離れてしまった。
とうとう僕も俯いてしまって、お互いに視線が迷子になり、内心とても気まずい。
そんな中で、西川さんが震える声を振り絞る。
「あっ…っと。ちょっといい?」
「…なに?」
「…つ、付き合ってるんならさ。その…私も…名前で呼んでほしい…な」
言われてみれば確かに西川さんは、僕のことはいつも勇希奈と名前で呼んでくれている。
【なんだか申し訳なかったな。よし、それくらいなら】
「と、十百那…でいいの?」
【なんで一回止まったんだよ僕!このヘタレ!!】
自分自身の不甲斐なさにツッコミを入れているのに対し、彼女は両手を口に当てて目を輝かせている。
「どうしたの?そんなに嬉しいかったの?」
「だって!好きな人から名前で呼ばれるんだよ?嬉しいに決まっているじゃないか」
【ふーん。そういうもんなのかねぇ】
しばらくして落ち着いた後に僕は重大なことに気が付いた。
「十百那ごめん。おじいちゃんの家で勉強するって言ったけど、帰って来ちゃったから…」
「私は別にいいよ。また探せばいいじゃないか」
それはそうだが、あれだけ嬉しがっていた十百那をなんだかがっかりさせてしまったんじゃないか。
そう思うと、なんだか申し訳ない気持ちで心がグルグルと渦巻いていくようだ。
そんな時だった──。
僕のスマホに電話がかかってきた。
「もしもし、母さん?どうしたの?」
相手は母であった。
「アンタおじいちゃんの家で勉強する予定だったじゃない?でも帰って来ちゃった困ってるでしょ?」
「一応また探す予定だけど」
「おじいちゃんがね、土曜日だけなら近所にでも出かけてるから好きに使いなさいって。だから別に探す必要はないわよ」
新たに探さなくていいのは助かるが、それはそれで──。
「アンタ今、おじいちゃんを追い出すようで申し訳ないとか思ってない?」
母は超能力者かなんかなのだろうか。
こうも僕の内心を読んでくるのだから、前世はきっと著名な呪術師かなんかだろう。
「黙ってるってことは図星ね。いい?アンタはまだ子供なの。子供のうちはわがまま言っていいんだから、素直にお言葉に甘えておきなさい。それじゃそういうことで」
母は電話を切った。
十百那に電話での事を伝えると、彼女の目に光が戻った気がした。
【分かりやすいなぁ。ほんと】
色々あった日だったが、もうそろそろ帰る時間だと僕らは立ち上がった。
すると、またスマホが鳴るが僕のではない。
西川さんはスマホを取り出すと、ちょっと待っててと言い、ちょっと離れた場所で誰かと話している。
様子からするに、なんだか言い合いになっているが大丈夫だろうか。
通話が終わると、彼女の様子がなんだかおかしい。
まるで、僕に対して申し訳なさそうにしているというか──。
「ごめん、勇希奈。急で悪いんだけどお願いがあるんだ」
「…どんな?」
「今度家でちょっとした催し物があるんだ。それに君を連れて行かなくちゃならなくなって」
「それでなんで私なのさ」
訳を聞くと、十百那は母に仲のいい友だちは出来たのか聞かれて際に、僕の事を話したらしい。
それで僕が気になった十百那のお母さんは、是非ともその催しに連れてきてほしいと言ってきたとのことだった。
断ろうとしたが、上手く言いくるめられてしまったらしい。
何気に友だちの家に行くのは、ここに入ってからはまだないからいい機会かもしれない。
そう思った僕は、その誘いを受け入れた。
「ところで、今度っていつ?」
「あ…」
「あ?」
「明日…」
本当に急だな。
まあ、行くと言ってしまったし行くんだけど、どうなることやら。
いかがだったでしょうか?
遅れてしまった理由につきましては、何を言っても言い訳になってしまうので割愛させていただきます。
また更新は絶対させていただきますので、まだまだ未熟ではありますが応援お願いします




