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1-29 妹

 そうして、やっと落ち着いてきた頃。柔らかな日差しの中、私はアルメテスの宮殿の廊下を歩いていた。


 お母様が好んで着ていた柔らかな着心地のドレスを纏い、緑がきれいな庭園と、その上の空を眺める。


 結い上げた髪にはジャスミンの金の髪飾り。その意味を思い出して、少し頬が熱くなる。


 全てのことが片付いて。結局私はドメルティス帝国へ嫁ぐことは無くなり、代わりにエランティーヌ王国へ王太子妃として輿入れすることになった。元々輿入れの準備はなされていたし、政務もお兄様へ引き継いだため、この国で行うことはもうあまり残されていなかった。


 国へ帰るアレクと共に、もうすぐ私はエランティーヌ王国へ向う。婚姻の儀式は半年後。それまでは、エランティーヌ王国で王太子妃教育を受けることになっている。


 束の間の、ゆったりとした時間。ドメルティス帝国へ向かうと思っていた時には、心は荒れ、政務に戻りたくて堪らなかったけれど。今は不思議と、この城にいる時をゆっくりと過ごしたい、そんな気持ちになっていた。


「お姉様」


 その声にはっとして振り返る。


 昼下がりの、柔らかな日差しの中。今日も天女のような美しさのロメリアが、私の方へ上質な絹のドレスを翻し、ゆったりと歩いて来ていた。


「ロメリア……もう、体調はいいの?」


「えぇ、問題ありませんわ」


 ツン、とした表情のロメリアの頬が、以前よりやつれているように見えて。きっとそれは強がりだろうと、胸が痛む。


 エリザベス様――いや、エリザベス様の偽物だった女は、ドメルティス帝国の王弟の隠し子のアリアという者だった。ヘラルデ小国から、本物のエリザベス様が我が国に輿入れする際、その一団はドメルティス帝国によって皆殺しにされ、アリアがエリザベス様に成り代わった。元からそのつもりですべてを仕組んでいたのだろう。振る舞いや知識も含めてすべてを身に着けていたアリアは、完璧にエリザベス様に成り代わった。


 ドメルティス帝国の皇家の血筋をアルメテス帝国へ入れ、正統な第一皇女をドメルティス帝国の王太子の妃とする。そして、ペリスを占拠し帝都を燃やして皇帝を暗殺し――皇帝も皇子も不在となったアルメテス帝国で、第一皇女である私を妃としたザイアス殿下が、すぐさま両国の皇帝として君臨する。それが、ドメルティス帝国の描いた筋書きだった。


 ドメルティス帝国の皇族の血が混じるロメリアは、最初からドメルティス帝国の駒だった。あのままアルメテス帝国が乗っ取られていたら、ロメリアもドメルの民の血筋だとして担ぎ上げられたのだろう。


 だけど、その筋書き通りにはならず、陰謀は阻止され、ロメリアの母であるアリアは皇帝の暗殺に失敗し、死んでしまった。


 ロメリアに残されたのは、亡きドメルティス帝国の皇族の血と、アルメテス帝国の皇帝の血。そして、美しい身体と、後ろ暗い陰謀の傷跡だった。


 そんな中、ロメリアはドメルティス小国へ行くことに決めていた。


「ロメリア……本当に、いいの?このままこの国に残るという選択肢もあるじゃない」


「冗談じゃないわ。皇帝暗殺の犯罪者の娘だと虐げられて生きる未来しか見えないもの。例え小国だとしても、ドメルティス皇族の血筋を持つ者として受け入れられたほうがよっぽどマシよ」


 ツン、と言い放つロメリアは、少し強がっているようだけど。


 ――確かに、そうかもしれない。


 この国でロメリアが生きていくには、あまりにも状況は悪いだろう。


 新しいドメルティス小国で、どんな暮らしが待っているのか分からないけれど。ロメリアなら、したたかに上手く生きていけるだろう。そんな気がした。


「分かったわ……困ったことがあったら言うのよ」


「なにそれ。お姉様はご自分の心配のほうが先よ?大きくなったエランティーヌ王国の王太子妃だなんて、大変に決まっているわ。せいぜい過労死しないように気をつけることね」


 その言葉に、思わず吹き出した。


 分かりづらいけれど。多分、心配してくれているんだろう。そう思って胸が暖かくなる。


 妹は、私とは相容れない価値観を持っていたけれど。妬みや競い合いはあっても、憎まれていたわけではない。それだけは、なんとなく分かった。


「貴女こそ、小国になったとはいえ歴史ある新しい国の妃になるんでしょう?頑張ってね」


「側妃なんて、大してやることはありませんわ」


「そんなことないと思うけど……」


 旧ドメルティス皇家とアルメテス皇家の血。その二つを持つロメリアは、新しいドメルティス小国にとっても、無視できない存在だった。


 ロメリアは、新しい小国の王となるザイアス殿下の弟、エイアス殿下の側妃となることが決まっていた。アルメテス帝国の皇帝の暗殺を企てた女の娘との婚姻は、監視の意味もある婚姻となる。だから、ドメルティス小国がロメリアを正妃にしないのは当然かもしれないけれど。


 ――エイアス殿下と良い関係を築いて欲しい。シンプルに、そう思った。


「そういえば、コンラートはいいの?」


「あぁ……彼なら、あの日以来、私からも尻尾を巻いて逃げ出したわ。元々軟弱な男だったのよ」


「な……逃げ出すって、」


 絶句している私にやれやれとため息を吐いたロメリアは、面倒そうに呟いた。


「多分あの様子だと、次男が時期当主に指名されるでしょうから、婿入りするか、騎士団入りして騎士爵を賜るしか貴族でいる道はないでしょうね。といっても婚約解消の経緯もあるし、婿入りなんて絶望的でしょうが」


「えっ……そうなると騎士だけど、コンラートは剣技はできたかしら?」


「まさか。社交ばかりだったし、よっぽど頑張らないと入団試験すらパスできないでしょうね。いい気味だわ」


「えぇ……」


「あぁ、元婚約者に縋っているらしいけど、物凄い勢いで門前払いされてるみたいだし、お友達の事は心配いらないはずよ」


 流石の情報収集能力だと目をパチクリとする。そんな私を見て、ロメリアはにこやかに笑った。


「ね?下町の情報も大事だけど、貴族の間の情報も大事よ。エランティーヌ王国へ行ったら、少しは着飾って社交をすることも覚えてくださいね、お姉様。――まぁ、その様子なら勝手に着飾られまくるのでしょうけれど」


 ロメリアの視線の先には、ジャスミンの金の髪飾り。からかわれたのが分かって、思わず頬を染める。


 そんな私を見たロメリアは、美しくにこりと目を細めた。


「まぁ、そんな顔もできるのですね。良かったですわ、一応女としての心も持っているようで」


「っ、も、もちろんです」


「正直、まだまだでしょうけれど。――じゃあ、お幸せに」


 ツン、と言い放って、ロメリアは絹の衣を翻して去っていった。その美しい背中を見送って、心の中で呟く。


 ――貴女もね、ロメリア。どうか、幸せに。


 仲の良い姉妹では無かったけれど。きっと、血の繋がりはあった。そう思った。


「何話してたのエレナーレ」


「わぁ!?」


 突如柱の陰からお兄様が現れた。びっくりして飛び上がってしまった。お兄様は大成功という満面の笑みを浮かべて私の近くへやってきた。


「びっくりさせないでくださいお兄様」


「いやぁ、子供の頃のじゃれあいが少ないものだからつい」


「今から取り戻そうとしなくて結構です!」


「つれないなぁ……」


 眉尻を下げたお兄様は、しゅんとした大型犬のようで妙に可愛らしい。何だこの人は、こんな人だったっけと、何故か悔しい気持ちになって睨みつける。


「大体まだお兄様のこれまでのことをまだお伺いしていませんよ?ご病気でペリスで療養していたのでないなら、今までどちらで何をしていたのですか」


「……やべ」


 さっとお兄様が視線を外した。


 怪しい。


 すっと目を細め、お兄様に詰め寄る。


「……おかしいと思っていたんです。どう見てもお兄様は健康体そのもの。というか、騎士のように鍛えられてますよね?」


「あ、あはははは、そ、そう?照れるなぁ〜」


「そして妙にアレクと仲が良かったたころを見ると……もしかして、エランティーヌ王国で身分を隠して暮らしていたのでは」


「…………さすが、アレクも認めたエレナーレ姫だね。何もかも見透かされそうだよ」


「見透かされそうだよ、じゃありません!」


 ぴしゃり、と怒る。お兄様は、ひぃ、と肩をすくめた。


「……心配、したんですからね」


 じわりと、涙が滲む。


 もしかしたら、既にペリスで殺されているかもしれない。恐怖に似たそんな気持ちを思い出して、涙を隠すようにぐっと俯く。


「……ごめんね、エレナーレ」


「いえ……お話、できなかったんだろうって、分かってますから」


「……それでも、ごめん」


 わしゃ、と頭を撫でられる。そう、分かっていて、八つ当たりしてしまった。


 間者がどこに潜んでいるか分からない王宮。暗殺された王妃。その息子の、王位継承者である第一皇子。国のために、その身を隠し、全力で生きながらえねばならなかったのだ。


「これから、父上と一緒に良い国を創るよ。だから、たまには里帰りしてくれよ?」


「……そんな簡単には帰ってこれませんよ」


「そんなことないだろ。エレナーレが望めば、きっと旦那様がなんとかしてくれるさ。なぁ、アレク」


 その言葉に顔を上げると、渋い顔をしたアレクが柱の陰にいるのが見えた。


「俺も一緒に行くからね」


「まぁ……仕方がないな。その時はお義兄様と呼べよ」


「君の不在時にだけこの国に来るよ」


「悪かった、アレク。我が友よ」


 コテコテの返しをするお兄様が面白くて、思わず吹き出す。ケラケラと笑い始めた私に、お兄様は太陽のような笑顔を見せた。


「やっぱりかわいいなぁ、僕の妹」


「やめろレジナルド、気持ちが悪い」


「酷いなアレク、どうせ君も言ってるんだろ?」


「俺が言うのと貴様が言うのとでは違う」


「貴様って、その言い方――っ!?」


 はっとお兄様が振り返った。


「お兄様……?」


「…………いや、」


 難しい顔をしたお兄様は、少し逡巡した後、そっと私の近くへ寄り、小さな声で言った。


「……多分、見られていた」


「え……?」


「殺意はない。でも、何か……欲のようなものを感じる」


 その言葉にぞわりと背筋が凍る。


 まだ、私を見ている人がいる。


 ドメルティス帝国の間者を排除した今、別の目的がある者がいるというのか。


 ゴクリとつばを飲み込んだ。


 お兄様は、厳しい顔をしながら、そっと呟いた。


「……見ていたのは、多分、エレナーレの侍女だ」


「え……?」


 まさか。侍女であれば、マリアしかいなかった。最も信頼していた者の裏切りの可能性に、さっと心が冷えていく。


「気をつけたほうがいい……多分、エレナーレを観察して、何かを企んでいる」


「う、そ……」


 にわかに受け入れられず、口を覆った私の肩に、ぽん、とアレクの手がのった。


「大丈夫だよ、エレナ。マリアはそんな奴じゃない」


「でも……」


「信じられない?」


 にこやかに笑うアレクは、私を元気づけようとしてくれているようだけれど。


 何かがおかしい。


 アレクのマリアを庇うような言動にも、疑惑の気持ちが余計拭えなくなって。


 私は、すくっと立ち上がった。


「マリアを尾行します」


「……え、」


「気をつけろよ、エレナーレ」


 大真面目な顔で頷くお兄様に、毅然とした表情で頷き返す。アレクは、何故か変な方向に視線を向けた。


「……そこまでする必要あるかな」


「このままじゃスッキリしないもの」


 善は急げとさっさと歩き出した私に、アレクは仕方がないなという雰囲気でくっついてきた。


「僕も付き合うよ」


「……なぜ?」


「君になにかあったら嫌だから」


 妙に心配そうなアレクを怪訝に思いながら、足早にその場を去る。


 怪しい。怪しすぎる。


 後ろから、お兄様の朗らかな声が聞こえた。


「アレクシスと仲良くしろよ、エレナーレ!」


 お兄様は何故かニヤついていた。

読んでいただいてありがとうございました!


まさかのマリア……!?

「やっぱり!なんかあるなと思ってた!!」と目をひん剥いた読者様も、

「アレク……?」と疑惑の目を向けたあなたも、

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また遊びに来てください!

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