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1-30 マリアの秘密

 暗さが増してきた、夕暮れの城の外れ。


 さっと人目を確認したマリアは、洗濯場の裏手の方へと足を向けた。


 それを、アレクと共に物陰から見つめる。


 陽の影となり、くっきりと闇が目立つ物陰。そこには、寂れたテーブル席があった。マリアが向かったその場所には、ニヤついた笑みを湛えた女と、ギラついた目をした女が二人。どちらも、この暗がりの場所で、マリアのことを待っていたようだった。


「待っていたわよ。遅かったじゃない」


 にやけた女がそう言うと、マリアは疲れたようにため息を吐いた。


「対象を観察していたら、こんな時間に。バレそうになって危なかったわ」


「なっ……大丈夫だったでしょうね!?」


「もちろん。協力者もいたし、多分ごまかせたわ」


 そうマリアが言うと、ニヤついた女はホッとしたように胸をなで下ろした。


「そう……なら良かったわ。それで、ちゃんと情報収集はできたんでしょうね?」


「もちろんよ」


 にやりと笑ったマリアは、今まで見たことのない欲の絡んだ笑みを見せていた。それを、呆然として眺める。


 一体、私達を見てどんな情報収集をしていたのだろう。それに、協力者って……ひたひたと、冷たいものが足元に迫ってくるようだった。


 そんな、夕暮れの暗がり。二人の会話を遮るように、ギラついた目の女が身を乗りだした。


「――で、例のブツは?」


「……ここに」


「ふふ、随分と分厚いわねぇ……」


 マリアの差し出した紙の束を受け取ったギラついた目の女は、更に目をギラつかせてランプを翳し、その紙をめくった。


「この場所で確認するの?」


「少しだけ」


 そう言った女は舐めるように紙を眺めた。そして、ぺらりともう一枚紙をめくると、悶えるように口を覆った。


「っ、まさか、こんな事が」


「……私も驚いたわ」


「これ、あなたが受け取ったの?」


「えぇ……光栄なことに」


 マリアはにこりと笑みを深めた。


「『あれ』を見たとき、すぐに意図がわかったわ。その裏にあるのは、ただの綺麗なものだけじゃないってね……」


「でしょうね……」


「聞いたの?」


 その言葉に、マリアは少し言い淀んでから、二人に少し顔を寄せて小さな声で呟いた。


「聞いたわ……というか、向こうから言ってきたの」


「うそ!?」


「な、なんて……?」


 そして三人はより顔を近づけた。マリアは目配せをしてから、そっと口を開いた。


「彼は、たくさんの赤薔薇に一本の黒薔薇を混ぜたものを差し出してこう言ったわ。――『エレナを愛してる。今すぐ胸の中に閉じ込めて俺だけのものにしたいが、それは叶わない。必ず幸せにするから、絶対にドメルティス帝国へなんかやらないから、君の主の幸せのために協力してほしい。……俺には、エレナだけなんだ』」


「キャーーー!!!」


「かっこいい!!!」


「くっ……黒薔薇だなんて!!!やっぱり独占欲!?独占欲よね!?」


 待って、何の話をしているのと口を覆う。ニヤつきを更に深めたマリアは、満足そうに頷いた。


「そうよ。渡してきた本人は独占欲ダダ漏れだったわ。沢山の赤薔薇に交じる、一輪の黒薔薇。それをあの殿下が贈ったのよ?」


「ほんのり交じる狂気のような深い愛がたまらないわね……。それをあの清らかそうな美しい王子が贈るだなんて……!」


 何ということだ。隠れている植え込みの影で、ゆっくりとアレクの方を見る。


 アレクは、がっくりと片手で顔を覆ってうなだれていた。


「それで?ロメリア様は?」


 続きを問う声にハッとして視線を戻す。興奮したような三人は、顔を寄せ合って鼻息荒く話し始めた。


「ロメリア様は、エレナ様を突き飛ばして、赤薔薇を踏みつけたわ」


「まぁ!素晴らしいヘイトの集めっぷり!」


「参考になるわ……!!美女で性格悪いなんて大好物よ!」


「いい仕事するわ!」


「えっその薔薇どうしたの?」


 すると、マリアは笑みを深めて頷いた。


「薔薇風呂にしてエレナ様を朝からどっぷり殿下の愛に漬けてやりましたわ」


「「グッジョブ!!!」」


 そして三人はマリアが渡した紙を囲んでひたすら話を続けていく。


 これは、一体何。植え込みの陰で、理解し切れぬまま、その様子を唖然として見つめた。


「素晴らしいわ。とにかくこの素材があれば、間違いなく最高の作品になるはずよ」


「マリア、もう執筆は進めているの?」


「もちろんよ……もう十万字は超えたわ」


 マリアがにやりと悪い顔で笑うと、ギラついた目の女は顔を輝かせた。


「素晴らしいわ!これなら小説も絵姿もきっと飛ぶように売れるわよ。絵姿の方は進んでいるの?」 


「もちろんよ。見てこれ、最高の出来じゃない?」


 そう言いながら、ニヤついた女が一枚の紙を取り出した。金髪のイケメンに群青の髪の女が横抱きにされ、キラキラの背景を背負って見つめ合っている。


「美しいわ……素敵な絵姿……これ、一番いいシーンじゃない」


「先日の愛の帝都放火事件解決のシーンよね?」


「グッとくるわ……」


「あとは売り出し手配ね。……例の件は問題無しでいいのよね?」


「えぇ、もちろんよ」


 そう言うと、マリアはにこりと更に深い笑みを見せた。


「きっちり許可は取っているわ――アレクシス殿下にね」


 ……アレクシス殿下に許可?


 隣りにいるアレクに、再び静かに視線を向ける。


 復活したのか、顔を上げていたアレクは、私からすっと視線を外した。


「ちょっと」


「……何?」


「どういうこと」


 ヒソヒソ声でアレクに詰め寄るが、アレクはそっぽを向いたまま答えない。そうしている間に、マリアは更に話を続けた。


「しっかりと協力関係を築けているからね。間近でお二人を素材として観察させて頂く代わりに、花や装飾品は殿下の意図を匂わせてエレナ様にお渡ししたし、デートのタイミングも自然に合わせて、できるだけ可愛くして送り出したし」


「なにそれ!楽しそう!」


「そりゃあもう、我が主にゾッコンのイケメンがあんなに必死なんだもの。作品のための素材観察もあるけど、本気で協力したくもなるでしょう?」


「それ、善意は認めるけど、絶対裏でヨダレ垂らしてたわよね、マリア」


「ばれましたか」


 なんと、そんな裏があったとは。アレク、そんなに必死だったのかと、少し顔を熱くしながらアレクの方を見る。


 アレクは、片手で頭を抱えながら、再びガックリとうつむいていた。


「アレク?」


「……やっぱり、無理矢理でも見に来るの止めさせればよかった」


「え?」


「…………かっこ悪いだろ」


 ちら、と私を見たアレクの顔は、ほんのり赤くなっていた。


「――で、エレナーレ様は?ちゃんとアレクシス殿下に惚れ込んだのかしら」


「そうよ!すごく気になるわ。実際はどうなの?」


 その言葉に、やばいと視線を戻す。が、すでに時遅し。マリアはにこやかに頷いた。


「やっぱり前から好きだったみたいよ?」


「やっぱり!!!」


「えぇ、だって、アレクシス殿下に会うと毎回頬を染めて帰ってきて、婚約の証のネックレスを握り締めながら、『返しそびれちゃった……』って涙目になってるのよ?もう、可愛くて可愛くて……」


「健気!!!」


「そして勇気が欲しい時や――殿下を想う時に、服の上からネックレスに触れて、祈るようにしていたわ」


「いやぁぁぁぁ!」


「なにそれ!!???」


「かわいい!!!」


「強気女子の弱気にデレる姿、たまりませんなぁ」


「間近で見れるマリア、最高ね」


「うふふふふ……我が主の可愛さは世界一よ」


 マリアは自慢げに胸を張ったが。


 待て待て、何話しをしているんだと、羞恥で顔を真っ赤にしながらワナワナとする。


 そしてハッと気づいてアレクの方を見たら。


 アレクは少し照れたような、でも甘さのある視線で、私をじっと見ていた。


「忘れて」


「一生覚えてる」


「本当に忘れて」


「嫌だ」


 アレクは私に甘く、いたずらっぽく微笑んだ。


「――祈っててくれたの?」


 べし、とアレクを叩く。


 もうダメだ。何という辱め。止めに入ろうと思った時――話は、私がエランティーヌ王国へ行くという話題に変わっていた。


「で……本当に行くの?マリア」


「えぇ、もちろんよ。私はエレナ様がどこへ行ってもついていくわ」


 マリアはそう即答した。その声に、ピタリと私の動きが止まる。


「ほんと……マリアはエレナーレ様が大好きよね」


「当たり前じゃない!あんなに凛としていて美しく、元気で可愛らしくて――そして誇り高く民を愛する方はいないわ。あの方がいれば、きっと国は良くなる。私はそんなエレナ様に、ずっと使えたいの」


 その言葉に、胸がじわりと温まった。


 マリアの想いが嬉しくて。思わず涙が滲む。


「素敵ね」


「そんなあなたが侍女で、エレナーレ様も幸せ者ね」


「何言ってるの、エレナ様が素敵な方なだけよ」


「ふふ、でも最高の素材だとも思ってるんでしょう?」


「まぁ……それはもちろん」


 顔を見合わせて三人が笑う。なんだか、止めに入れなくなって、前のめりになった身体を引き戻した。


「……マリアは、エレナについていきたいって、俺にも言ってきたよ」


 隣りにいたアレクが小さな声でそう言った。 


「いい侍女だね」


「うん……」


 なんだか胸がギュッとなって、アレクの手をきゅっと握った。


 少しして、アレクがきゅっと私の手を握り返す。


「……嫌いになってない?」


「え?」


「ものすごく、格好悪いところ、見せた」


 アレクは私の隣でほんのり頬を染めて恥ずかしそうに顔を歪めていた。


 かわいいな。なんだかそんな気持ちになってきて、思わずクスリと笑う。


「こんな事で嫌いになんてならないわよ」


「……ほんとかよ」


「当たり前じゃない。私、アレクが完璧人間だから好きなわけじゃないのよ?」


 その言葉に、アレクはピタリと動きを止めて、私の方を見た。


 まさか、そんなに意外だったのだろうか。全くそんなことはないのにと、アレクを微笑ましく思う。


「私のアレクは、下町に入り浸る困った王子で、こうと思ったら突き進むし、割と強引だし、諦めは悪いし――それなのに、友達思いで、努力家で、責任感が強い、いつも一生懸命な人よ」


 完璧な、絵に書いたような王子様。確かに、皆から見たらそうなのだろう。だけど。


 アレク自身は、完璧人間でもなければ、真っ白な心の持ち主でもない。――人間臭い、不完全で時々少年のように拗ねる、そして国と民を愛し責任を全うしようと努力する、そんな人なのだ。


「そんなアレクだから、好きなのよ」


 そう言って、アレクに微笑むと。アレクは目を丸くして、そしてハッとして視線を外した。


「……っ、ほんと、エレナは……不意打ち、するから」


「え?ごめんね……?」


「…………許さない」


 まさかの拒否にそんな馬鹿なと思った時。ぐいっと頭を抱き寄せられた。少し悔しそうなアレクの碧眼が、熱を持って、すぐ近くで私を見つめている。


「一生かけて、責任取れよ」


 その囁くようなアレクの甘くて低い声に、思わず息をのんで。そっと近づくアレクに溶かされるように、瞳を閉じた。


 ちゅ、と優しく触れた唇が離れて、赤くなった顔で、ぼんやりとアレクの顔を見る。


 アレクは、間近でそんな私を見て、少しだけ少年のような表情で、嬉しそうに、はにかむように微笑んだ。


「エレナ――、」


 パキン、と枝の折れる音がした。ハッとしてそちらに顔を向ける。


 隠れていた植え込みの向こう。立ち上がってこちらを食い入るように見つめる三人と目があった。


「ぎゃあ!!!」


「あわわわわすみません!我々のことは気にせずどうぞ続きを」


「目に焼き付けますので!!」


「だだだだめに決まってるでしょう!?」


 私は三人に向かって、真っ赤な顔で、必死で叫んだ。

読んでいただいてありがとうございました!


ギャグ回でした。

「アレクそんな必死だったのね!うふふ」とニヤついてくれた読者様も、

「なるほど。マリアはこっち側の人間……」と仲間を発見したあなたも、

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また遊びに来てください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「忘れて」「一生覚えてる」「本当に忘れて」「嫌だ」 ここの会話、大好きです!!! 侍女さんの主自慢が、気分良かったです。 [気になる点] 鉄の皇女とか言って貶めていた方々、コンラートのよう…
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