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妖霊異譚  作者: 天戸唯月
第玖幕 月丸
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百鬼夜行 弐

 月丸達は時には道を、時には林の中を、冷えた河を渡り、休みなく駆ける。最初の血の匂いが満ちる里を過ぎて以降、三つの小さな集落があったが、一つは一切の声なく、無事なのかどうかはわからない。しかし、二つ目の集落は、数件の家々から苦しみに満ちた呻き声が聞こえる。恐らく百鬼夜行の瘴気に当てられたのであろう。苦しみ、自身の境遇を怨みつつ、その魂は百鬼夜行の糧となる。こればかりは吉房といえど、救う事が叶わなかった。


 最後に見た集落は明らかであった。家々は壊され、田畑は荒らされ、家畜の牛はその体の大半を喰われた姿で道に打ち捨てられている。よく見れば、人であったろう血に濡れた骨が散乱している。百鬼夜行の通りとなったのであろう。

 月丸はその村を駆ける途中、幼い子の亡骸を見た。まだ無垢な子ですら、百鬼夜行に取り込まれ、怨の糧となる。月丸は怒りとも悲しみとも解らぬ感情が沸き起こるのを感じながら、百鬼夜行を放逐した陰陽師に苛立ちを覚えた。


「吉野の陰陽師共が、しっかりして居ればこの様な哀れな惨状が起きる事はなかったんだ。許せぬ。百鬼夜行を封じたら、陰陽師共を皆殺しにしてやる。いや、二つに分かれた朝廷が全ての諸悪の根源ではないか。自らの欲を埋めるために百鬼夜行まで利用する。見ていろ。全てを消し去ってやる。」


 そのような思考に至った時、月丸の周りに淡い光の膜が拡がる。


 はっとする月丸。振り向くと、息を切らせながらも、吉房が笑う。


「気付いたか?どうやら、百鬼夜行の妖気に取り込まれようとしておった様じゃ。お主の周りに結界を張った。もう、大丈夫であろう?」


 改めて気付く。確かに破壊された集落を、子の亡骸を見た時は怒りや悲しみが沸いたが、それは百鬼夜行へ向けるもの。何故陰陽師を、朝廷を皆殺しにしようと考えたのか。

 この感覚は先にも覚えがあった。百鬼夜行に近付くと、怒りや怨念に取り憑かれる様であった。吉房が放った結界の淡い光は月丸の心を穏やかに戻し、百鬼夜行の妖気から月丸を護るもの。月丸は駆けながら、ふう、と溜息をこぼした。


「恐ろしいな。百鬼夜行。こんなにも怨に取り込まれるものなのか。」


 月丸の呟きに吉房が答える。


「百鬼夜行の怨は、人も、妖怪も、神も、知らねばそのまま取り込まれてしまうわい。お主が百鬼夜行に近付き、殺気だってしまうのも仕方のない事じゃ。こうして、夜行の瘴気を遮る結界を使えねばらなぬ。」


 言葉を終えると、吉房の足が止まった。壮年の吉房は流石に日中に駆け、夜も駆ける体力が残っていなかった。

 

 僅かに休憩した後、再び百鬼夜行の気配の元へと駆け出す。夜通し山の中を駆け抜けた月丸と吉房であったが、吉房も百鬼夜行の妖気を認めた頃、東の空が僅かに明るくなった。それと時を同じく、百鬼夜行の気配は薄ら消えていった。


「一晩では間に合わなんだか。」


 吉房が呟く。

 日が昇り、百鬼夜行の気配は完全に消え去ったが、月丸が先程まで感じていた気配の方角を覚えていたため、日のある内にある程度近付き、日が沈むのを待つことにした。

 日のある間、吉房は体を休ませ、夜に備えた。


 やがて日が沈み始めると、辺りを再び不快な気配が立ち込めた。近いためか、昨晩とは比べ物にならない強い妖気。吉房の結界により守られていなければ、容易に取り込まれるであろう事が想像できた。二人は注意深く、百鬼夜行の気配の元へと進んだ。



 日が沈み、既に数刻。その時は来た。


「居た。」


 異形の姿の者達の大行列。百鬼夜行が並び歩く道を、丁度上から眺める形となっていた。


「此処からどうするんだ?」


 月丸の問いに、吉房は先の見えぬ百鬼夜行の先頭を睨む。


「頭を押さえ、見張るぞ。日が昇ったら、奴らの行先を欺く。」


 吉房の言葉に月丸が頷くと、二人は山上から百鬼夜行の先頭を求め再び駆けた。

 吉房と月丸が見た集落の他にも、取り込まれた者、怨に飲まれた者達がいるのだろう。最初に見た行列からは想像もつかないほどの長さになっていた。


 月丸は自らの内に時々湧き上がる殺気を押さえながらも、吉房に従う。先頭は半刻ほどで目にした。丁度、先頭が足を止めていたため、月丸達はすぐに追いつく事ができた。

 ただ、足を止めていたのが、不幸にもどこぞの武家の兵達が陣を敷いていた。その者達を百鬼夜行が蹂躙していた。


 兵達には百鬼夜行が見えていないらしく、突然隣の者の首が掻き消えてしまったり、気が触れてしまったり、仲間に刃を向けたりと、阿鼻叫喚に包まれている。


「何でこんな所に…?」


 月丸の呟きに、吉房が答える。


「幕府が遣わした一軍か、その逆か。いずれにしても、何と運のないことか。」


 この頃、後醍醐天皇の企てにより、鎌倉幕府のに反旗を翻す武士が増えていた。そのため、今日に程近い山中で陣を敷くのがどちらの勢力かなどは解りかねる。

 ただ解ることは、あの一軍はもう助ける事ができないと言うとこである。


 月丸の目にはそれが見えた。百鬼夜行の鬼に喰われた者、仲間に斬られた者、狂死する者。その身から魂が離れ、その魂は異形となり、百鬼夜行の列に加わった。その異形は、まだ生きる兵に襲い掛かる。

 月丸には何とも気分の悪い光景であった。ただ殺めるだけでなくその命を怨に狂わせたまま取り込み、更に厄災を撒き散らす。


 その不快が苛立ちとなったのか、それとも百鬼夜行の妖気に当てられたのか分からない。月丸は何も言わず、百鬼夜行の行列を指さした。

 隣に立つ吉房は驚き月丸の肩を掴むが遅かった。


 月丸の指さした場所に、真っ黒で巨大な雷が天より幾つも閃光を走らせた。



どおおん


どおおん


どおおん



 あたりの山々に反響し、轟々と音が響く。


「馬鹿もんが。」


 吉房の一言で我に帰る月丸。


「あ…。俺、あの光景を見てたら…つい…。」


 やむ無し、一言零し、吉房は月丸の頭を優しく撫でた。


 だが、目の前の光景は更に不快なものとなる。月丸の雷で跡形もなく消え去った鬼は、先程魂を取り込まれた武士の死骸に流れ込み、それを体とした。焦げ朽ちた鬼は別の鬼に喰われた。喰われた鬼は更に怨みを増し、死骸に取り付く。


 再び動き始めた百鬼夜行は、その怨を更に強いものとした。

そして、雷によって消された夜行達が全て甦る頃には、日が昇ろうとしていた。



 日が昇り、百鬼夜行の気配が解けると、月丸は力無くしゃがみ込んだ。結界に守られ、集中していても、僅かにでも意識を引っ張られた事を反省した。


 しかし、犠牲になった武士達と、月丸の暴走のおかげで、百鬼夜行の先頭を抑える事ができた。

 吉房は休む事なく、百鬼夜行の先頭が在った道の僅か先に術を施し、ふっ、と一息溢す。


「ではこの道を吉野へ戻るぞ。」


 吉房は百鬼夜行が歩んだ道を逆に西へと駆けた。この道を百鬼夜行封じに使わなければならない。そのためには、分かれ道や獣道が在れば、結界を敷き、百鬼夜行の目を欺く必要があった。吉房と月丸は急ぎながらも、地朝な獣道も見逃さず、結界を張り続けた。

 丸一日。西へと使いながら、分かれ道を封じてきた。次は反対側で結界を張り、この道に百鬼夜行を封じる必要があるが、それには百鬼夜行の最後尾が過ぎていなければならない。


 もし、百鬼夜行の途中で道の封印を行なった場合、封印に入らなかった百鬼夜行は別の道を求めて去ってしまう。

 だが、今回の百鬼夜行は吉房も見たことのないほどの列。それらを全て封じるためには、かなりの道の長さが必要であった。


 三度、日が沈んだ。


 念のため、吉房と月丸は道から離れた高台へと逃げていた。

 流石にあのまま道にいれば、百鬼夜行の列の真ん中に立つ可能性もある。それを避けるためであった。


 吉房の懸念したとおり、今だ東へ向かう百鬼夜行の列は続いていた。


「儂等が見た村々以外にも、随分と多くの者を取り込んだ様じゃな…。」


 ふらふらと歩く百鬼夜行の列を見ながら、苦々しく言う吉房。この列が長ければ長い程、犠牲になった者が多いと言うこと。忌々しい夜行であるが、取り込まれた者達を思い、吉房は目を伏せた。

 この晩にやっと、最後尾を確認した。しかし、折り返した百鬼夜行の先頭が既に吉房達が施した結界よりも僅かに西に進んでいた。


 日がまた登り、百鬼夜行の気配が消えると、吉房達は道を西に向かって駆けた。そして昨日、百鬼夜行の先頭が進んでいた場所まで来ると、再び、道を惑わす結界を敷いた。

 それが終わると、分かれ道がないかどうかを、二人で隅々まで調べた。


「これで終わったのか?」


 月丸の言葉に疲労の色の濃い吉房が答える。


「一先ずは、な。じゃが、此奴らが消え去るまで、結界を張り続けねばならん。一年は持つであろうがな。」


 吉房は言い終えると、安堵するかの様に竹筒を口に運び、ごくごくと音を立てて水を飲んだ。



 月丸と吉房は、封印の両端を八日掛けて観察した。過去にない程の強大な百鬼夜行である。流石の吉房も若干の不安があったためだが、結界が破られることはなかった。


 十日後には、呉葉が連れてきた二十名程の野の術者が協力を申し出て、以降はこの者達が結界の維持を行う事となった。

 月丸と吉房、呉葉の三人は近隣の集落を周り、犠牲となった者達を弔った。その者達の魂は百鬼夜行に取り込まれているであろうが、せめて、放たれた時に安堵できる様に。そういう吉房の情けであった。

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