8. 再出発とお願い
その後エミリアは、女将さんに別れを告げに一度宿屋クラークに戻ることにした。
「戻りました!」
クラークの扉を開けるなり、女将さんが駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「そういうわけで、受け入れてもらえました……! 今後は向こうでお世話になろうと思います」
それを聞いた女将さんが、洗い物で荒れた手で目元を拭った。
「ええっ。どうしたんですか」
「いや、嬉しいと共に寂しくなるなと思ってね」
「……私もです」
エミリアも思わず涙ぐむ。
女将さんの言葉が次々と蘇る。
「ちょっと試しにうちで働いてみるかい?」
「美味しい」
「まだ仕事は見つからないのかい」
思い切って宿を提供することを提案してくれた時の表情。
料理を初めて食べてもらった時の、女将さんの見開いた目。
いつも自分のことを心配してくれた女将さんの顔。
胸が熱を帯びた。
女将さんが両手を広げる。
エミリアはおずおずと近寄り、女将さんと抱きしめ合った。
温かい。
「頑張っておいで」
「……ありがとうございます」
二人はしばらくそうしていた。
♦︎
翌日の早朝。
エミリアは、イネスとゴーギャンと共に、アークギルドの建物のホール部分にいた。
アベルはエミリアを送り届けるとすぐに、依頼があると言って出て行ったので三人だけだった。
「それでは、アークギルドに改めてようこそ」
「はい、よろしくお願いします」
イネスの言葉に、エミリアがお辞儀をする。
イネスが白い歯を見せて笑った。
「じゃあ、早速だけど何をやってもらうかを整理したから、改めて話すわね」
「はい」
「今日から料理を三食お願いします。そして魔物の解体も、徐々にお願いできたらと思います」
エミリアは頷く。
「ホーンラビットの枝肉を解体できるのはわかったけれど、皮付きのまま解体できるのか、他の魔物を解体できるのかは確かめていないから、一種類ずつ解体してもらって、売り物になるか見てからにさせていただけるかしら?」
「もちろんです」
イネスが満足そうに頷く。
「じゃあこっちに来て」
手招きされるままついていくと、階段があった。
イネスが階段を登っていくので、後ろを追う。
ゴーギャンも後ろからついてきた。
「ここが寝室になるわ。あなたのは真ん中の部屋ね」
イネスが少し古びたドアについたドアノブを回す。
扉の先には、少し狭いが一人で暮らすには十分なサイズの部屋があった。
エミリアは部屋の中に入った。
簡易なベッドにシーツが敷かれている。
家具は他にない。
ベッドの横にはエミリアの荷物が置かれていた。
クラークの昼食時の喧騒をなぜか思い出して、部屋の静寂を少し苦く感じた。
「申し訳ないけど、家具が必要になったら言って。どうするかはその時に一緒に考えましょう」
「ありがとうございます。特に必要としていないので、今のところは大丈夫です」
「女の子なのに……」
イネスが気の毒そうな顔でエミリアを見るが、エミリアは平気だった。
包丁を研いだりするのに机があれば便利だが、床でも全く問題ない。
むしろ広々と道具を広げられそうで満足だった。
「基本的には自由にしていいわ。だんだん慣れてきたら、また別のことを手伝ってもらうかもしれないけど、まずは魔物の解体に専念してちょうだい」
エミリアは目を丸くした。
「魔物の解体に専念できるなんて、素晴らしいですね」
イネスが苦笑する。
「そんなこと言うのあなただけよ」
しかしすぐに申し訳なさそうな顔で聞いてくる。
「給金だけど、当面は解体した魔物が売れた分を月に一回払う形でいいかしら? また、宿代はそこから天引きする形にさせてもらえるかしら? 申し訳ないのだけれど、今かなりお金に困っていて……」
「もちろん大丈夫です!」
イネスがほっとした顔をした。
「あと、何かあったかしらね」
考え込む。そしてポンと手を叩く。
「そうだ。解体した肉のままだと、肉屋ギルドに買ってもらえないか、買い叩かれる可能性があるから、どうにか付加価値をつけることをお願いできるかしら?」
「……付加価値ですか?」
「そうよ。何かしら、ギルド内で加工してから高値で売れるのが理想ね。何かアイディアがあったら嬉しいわ」
「……わかりました。素材にもよりますが、少し考えてみます」
エミリアは頷いた。
「じゃあ、これからよろしくね」
イネスが右手を差し出した。
エミリアも手を出して、握り返した。
このギルドのために何ができるだろうか。
エミリアの頭の中は、早速そんなことでいっぱいだった。




