7. カブとホーンラビットの肉団子
「ここが台所になるわ」
ギルドの建物の奥にある扉をイネスが開ける。
扉の先の部屋では、剥き出しの煉瓦でできた調理台の上に、鍋がいくつかかけられていた。
その下には薄汚れたまな板や包丁たちが置いてある。
括られたカブが床には転がっていて、シンクはあまり使われていないようで乾いている。
そんな狭い部屋だった。
「そこが冷蔵庫」
イネスが指差す方を見ると、小さな黒色の箱があった。
イネスが中を開ける。
すると、枝肉が入っていた。
「じゃあ、早速で悪いけど料理してくれる? ゴーギャンは部屋の入り口で見張ってて。アベルは来客者がいた時のために、ホールにいてくれるかしら?」
ゴーギャンが頷いて、部屋の外に出る。
アベルも「わかった」と返事をして元のホールに戻っていった。
「一番左の壺に塩があるから使っていいわよ。ただし、貴重だからあまり量は使わないでね。他の壺は空よ」
シンクの上の窓台に壺がいくつか載っていた。
一番左に置いてある赤い壺を覗く。
砕かれたピンク色の粒状の塩が入っていた。
「さて、じゃあお手並み見させてもらうわ」
「分かりました。ちなみに水は使えますか?」
「ああ、水魔法ならゴーギャンが使えるから、呼んでくるけど?」
エミリアは首を振った。
「いえ、飲み水が欲しくて」
イネスが少し眉を寄せた。
「……そこの木樽に入ってるわ。飲む?」
「いえ、ちょっと料理に使おうと思って」
イネスがさらに眉を寄せたのが見えた。
エミリアはにっこりと笑い、シャツの腕の部分を捲った。
水を柄杓で桶にくんで、シンク横に持ってくる。
まな板に水をかけてゴシゴシと洗う。
うん。綺麗になった。
桶にカブを入れて、泥を洗い流す。
葉の根元までしっかりと洗う。
終わった水は、汚水桶に入れ、新しい水を桶に補充する。
それをシンクまで持ってくると、鍋に水を入れた。
「すみません、火をつけてくださいますか?」
「わかったわ」
イネスが詠唱を行い、かまどにくべてあった薪に火をつける。
鍋をその上に置いた。
そしてエミリアは鞄を開け、包丁を取り出した。
「うわあ」
包丁の輝きを見たイネスが思わず息を呑む。
エミリアはそんなイネスの様子に気がつかないまま、カブに包丁をスッと入れる。
さくっ。半分に簡単に切れる。
半分はくし切りに。もう半分は細かく刻む。
次はホーンラビットの枝肉の処理だ。
冷蔵庫からホーンラビットの枝肉を取り出す。
すぐに包丁を入れ、前足を外す。
「早い!」
イネスが何か言っているが、集中しているエミリアには聞こえない。
次は後ろ足だ。
横からくりっと包丁を入れると、撫でるように引いて解体する。
勝負はここからだ。
エミリアは息を吸った。世界から音が消える。
背中の肉に縦に素早く切り込みを入れる。
魔力が抜けたのがわかった。
腹、胸、腰に順に包丁を入れていく。
魔力がどんどんと抜ける。
色が輝き出した。魔力処理はうまく行った。
次だ。
エミリアは肉を骨からこそぎ落とすと、細かくみじん切りにし始めた。
「えっ! ちょっと何やってるの!」
イネスが思わず止めようとする。
「すみません、これがいいんです。信じてください」
包丁の手を止め、まっすぐとイネスを見る。
イネスは何か言いたそうに口を開いている。
「……不味かったら、ホーンラビットとカブの代金を払ってもらうからね」
エミリアはにっこりと笑った。
包丁を再び動かし始める。
あっという間にミンチの山ができた。
イネスが顔を顰めている。
塩を壺からスプーンで取り出し、ミンチの山に振りかける。
「何をしているの」
「見ていてください」
エミリアは、先ほど細かく切ったカブとミンチを混ぜ、両手で練り始めた。
粘り気が出てきたので、丸くこねていく。
いつの間にか、鍋の水が沸騰していた。
ぽちゃん。肉団子を入れていく。
全ての肉団子を入れると、先ほど切ったカブの半分と、カブの葉も入れる。
すぐに肉団子の色が変わり始める。
「火を弱めますね」
少し薪を調整して火を弱め、ゆっくりと鍋をかき混ぜる。
肉の脂が溶け出して、鍋の水面が煌めく。
「いい匂いだわ」
イネスがスンスンと鍋から漂う匂いを嗅ぐ。
そうしてしばらく煮た後。
「できました。器をとってもらえますか?」
「はい。これを使って」
イネスがエミリアに四つの器を手渡す。
エミリアは四つの器に、肉団子と汁をレードルでよそっていく。
「さあ、どうぞ! ホーンラビットの肉団子とカブの塩スープです!」
「アベルー! ゴーギャン! できたわよ!」
ゴーギャンとアベルがすぐにきた。
器を受け取る三人。
「食べてください」
エミリアが勧めるが、ゴーギャンとイネスは顔を見合わせている。
一方、アベルは瞳をキラキラとさせていた。
「エミリア! じゃあ食べるね」
アベルが肉団子をスプーンに乗せた。
息を吹きかけて、一気に口に入れた。
そうして噛み締めるように、口を動かす。
ごくり。飲み込む音がして、アベルの目が大きく開いた。
「うまい! こりゃ天才だ!」
その言葉を聞いて、イネスとゴーギャンもスープから肉団子を取り出して、食べ始める。
「美味しい! こんな料理食べたことないわ! すごい!」
「うまい! なんでこんなに優しいんだ! ホーンラビットとカブだぞ!?」
二人の声を聞いて、エミリアも肉団子を口に運ぶ。
口の中で肉汁が溢れる。
カブの甘みと、ホーンラビットの肉らしさが共に引き立てあって、優しい旨みを作り出している。
エミリアは満足そうに何度も肉団子を噛み締めた。
ごくりと飲み込む。
「団子にしたから汁に旨みが出たんです」
エミリアが三人に解説すると、「なるほど」と三人はしきりに頷いていた。
カブの葉と切ったカブも、口に入れてみる。
旨い。
塩と肉の脂で、旨みが乗っている。
最後にスープを少し口に含む。
肉の脂をベースに、塩味とカブの優しさでマイルドなスープになっていた。
「ごちそうさまでした」
エミリアは手を合わせた。
その時だった。
「エミリアさん」
イネスが器を持ちながら、エミリアの方に頭を下げた。
「先ほどは疑ってごめんなさい。ぜひ、明日からウチで働いてください! お願いします!」
エミリアは目を丸くした。
そして拳をこっそりと握りしめた。
「はい、よろしくお願いします!」




