6.アーク
トラムの窓から外を覗くと、人もまばらになってきた。
どこか薄暗い空き倉庫の立ち並ぶ地区にトラムは入っていた。
チリンチリン。鈴が鳴る。
「そろそろ降りるね」
アベルがエミリアに合図をする。
エミリアは息を浅く吸った。
手を軽く握りしめる。
トラムが人の歩く速度くらいにまで減速した。
トラムから飛び降りるアベルを見て、エミリアも思い切って飛び降りた。
地面に足がつく。少しジンジンする。
トラムがそのまま通り過ぎていく。
「じゃあ行こうか」
アベルがゆっくりと歩き出した。
石畳がところどころ欠けている。
後ろを離れないように、エミリアも少し早足で歩き出す。
しばらくして、アベルが止まった。
「着いた。ここが僕の所属する冒険者ギルドアークだ」
二人の目の前には、年季の入った赤い煉瓦造りの小さめの建物があった。
真新しい大きな木の看板に、デカデカと文字と弓が描かれている。
おそらくアークと書かれている。
それにしても、なんで看板だけ新しいんだろう。
そんなことを思いながらエミリアが看板をまじまじと見ていると、アベルが扉を開けた。
「おーい! ギルドマスター! 戻ったぞ!」
「遅い! 昼飯食べると言ってから、どれくらい経ってると思ってるの!」
アベルが入っていく。
エミリアもおずおずと後ろからついていく。
そこは煉瓦造りの壁に囲まれて、いくつかのテーブル、そして掲示板、受付のカウンターがあった。
銀髪に琥珀色の瞳をした可憐な少女が、アベルのすぐ前に立っていた。
年は同じくらいだろうか。サラサラの髪の毛でほっそりとしていて、まるで人形みたいだとエミリアは思った。
「ちょっと事情があったんだ」
「今週の依頼のノルマは達成できそうなの?」
「それは問題ない」
その時、少女が何かに気がついた顔をした。
「あら、お客さんですか?」
「いや、違う。実は——」
少女の質問をアベルが代わりに答え、事情を説明する。
それを聞いた少女は顎に手を当てた。
「……なるほど。だから時間がかかったのね」
「ああ、そうなんだ。頼む、助けてやってくれよ」
アベルが少女に頼み込むのを、エミリアは少し後ろでぼーっと聞いていた。
その時、少女がエミリアの方を見た。
「エミリアさん」
「は、はい」
突然話しかけられて、思わず噛んでしまうエミリア。
少女が苦笑する。
「怖がらなくて大丈夫よ。私の名前はイネス・ローデン。このアークギルドのギルドマスターをしているわ。一応貴族だけど、単なるギルド爵だから、特に改まらなくていいわ」
「ギルド爵っていうのは、ギルドマスターとしての職位に紐づいた爵位のことだよ」
アベルが補足をしてくれる。
イネスが貴族と聞いてエミリアは姿勢を正した。
「わ、私はエミリアと申します。魔物の解体師として生きてきました。よろしくお願いします」
「よろしくね」
イネスがにっこりと笑った。
そして少し難しそうな顔をする。
「さて、どこから話しましょうか。そうね、まずは現状を見てもらうところからかしら」
辺りをくるりと一周するように指を回す。
エミリアもイネスが指す方を見る。
部屋の中は閑散としていた。
椅子や机は綺麗に掃除されているが、誰も座っていない。
部屋を見渡すと、離れたところに一人の男性が立っていることに、エミリアは気がついた。
「見てわかるように、ここにはほとんど人がいないわ。あそこにいるのは私の護衛であるゴーギャンで、常にいるのは彼とアベルくらいね」
ゴーギャンがエミリアに軽く礼をする。
エミリアも慌ててお辞儀をした。
「ここはギルドなのに人がいない。これがどういうことかわかるかしら」
「ええっと。廃れている……ということでしょうか?」
イネスが苦笑する。
「そうね。アベルがある程度依頼をこなしてくれているから何も収入がないってわけではないけど、依頼人も冒険者も来ないせいでギルドマスターの私が受付をするくらいには、お金に困っているわ」
エミリアは息を呑んだ。
「だから率直に言うわ。普段からアベルとゴーギャンがいるから安全な場所を提供することはできる。けど、あなたを養う余裕はないわ。あなたはこのギルドに何をもたらしてくれるのかしら?」
俯いて、床を見る。
自分に何ができるだろうか?
そう問いかけると、幼い時から父の背中を見て包丁を握ってきた日々が脳裏に甦る。
エミリアは顔を上げた。
「……魔物の解体ができます」
「なるほど、それはありがたいわね。今、私たちのギルドは訳あって解体ギルドに仕事を受けてもらえていないの。そのせいでお金がカツカツという事情があるわ」
イネスが腕を組んだ。
「ただ本当に解体ができるのかしら?」
疑いの混じった目でイネスが見てきた。
息を吸う。手を閉じて開く。
「……実際に魔物さえいれば、やってみることができます」
次の瞬間、イネスが申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんなさいね。本格的に解体が必要な魔物の死体がないの」
アベルが思いついたように言った。
「さっきも話したけれど、彼女はあのクラークで働いていたんだ。きっと最近のクラークの料理が評判なのは、彼女のおかげさ。だから料理をしてもらうってのはどう?」
「いえ、元のレシピが素晴らしかったんです」
エミリアがおずおずと答えると、アベルが微笑んだ。
「やっぱりレシピは変わっていない。料理が変わったのは彼女のおかげさ」
イネスが考え込む。
「美味しいご飯が食べられるなら、話は変わってくるわね」
「……お嬢様。私も美味しいご飯が食べられるなら歓迎します」
ゴーギャンが呟いたのが、エミリアに聞こえた。
イネスが頷く。
「よし。じゃあ、とりあえずホーンラビットの塊肉があるから、それを処理してご飯を作ってみてもらえるかしら?」




