第4話 妨害
女将さんとの約束の一ヶ月が過ぎようとしていた、とある午後。
エミリアはまだ、宿屋クラークで働いていた。
女将さんがテーブルを片付けながら、エミリアに話しかける。
「エミリアちゃん、もう一ヶ月になるけど、まだ仕事は見つからないのかい」
「はい、申し訳ないことに……」
エミリアはテーブルの上を拭きながら、ポツポツと答える。
エミリアはフレイム以外のギルドも訪ねてみたが、どこも紹介状がないとダメの一点張りだった。
「そしたら後で、今後どうするか話し合おうか。じゃあちょっと裏に洗濯に行ってくるね」
「はい、わかりました」
女将さんが出て行った。
エミリアは店の片付けを続ける。
「お客さん、もう店じまいですよ」
エミリアは机を片付けるため、そこにいた青年に声をかけた。
青年が顔を上げる。サラサラとした金髪に青い目、長いまつ毛はとても魅力的で、エミリアは思わず見惚れてしまう。
「……お嬢さん、どうかしましたか?」
「すみません。ぼうっとしていました。お客様、申し訳ないのですが、そろそろ店じまいなので退店いただけますか?」
青年が申し訳なさそうな顔をした。
「すみません、今出ますね」
「急かすようですみません。ゆっくりで大丈夫ですので、お願いします」
エミリアは、にっこりと笑った。青年もにっこりと笑う。
その瞬間だった。
ドンっ。宿の扉が乱暴に開けられる音がした。
振り返ると、剣を帯びているガラの悪い男が二人いた。
「お客様……? すみません、もう昼の営業は終了していて」
「お前がエミリアかい?」
「はい?」
下卑た目の荒くれ者のような男が、エミリアのことを舐めるように見る。
「なんだ、やっぱりそうなのか。へへ、お嬢ちゃん。黙って従えば痛い目には遭わせないからよう。こっちにおいで」
「ど、どなたですか? お知り合いでは無いと思うのですが」
男たちの妙な気配から、エミリアは意識しないまま一歩後ろに下がる。
「ああ、俺たちはジェントルマンさ(笑)」
全身を見る。
ボロボロの皮のついた防具に使い古したように見える剣。
どうみても紳士には見えない。
「お前のようなクズが、のうのうと働いていることに腹を立てた方がいらっしゃってなあ。それで俺たちが可愛がってやるように言われたのさ」
——クズ。
体が強張る。手がうまく動かない。
ダリオのことがエミリアの脳裏に浮かんだ。
「おい、余計なこと言うな。黙ってさっさとやっちまうぞ」
「それもそうだな」
男たちがいやらしく笑った。
エミリアはさらに一歩後ろに下がった。
机に触れた。逃げられない。そう思った瞬間だった。
「知り合いかと思って黙って聞いていたが、これ以上は見てられないな」
声のする方を見たら、先ほどの青年が立ち上がっていた。
青年はエミリアを庇うように立つ。
「なんだあ? お前、痛い目見たくなかったら、大人しくしとけ」
青年は細身の体で身長はそれなりに高いものの、目の前のチンピラたちのように筋肉隆々というわけではなかった。
「あの、ご迷惑をおかけするわけにいきません。お心だけで結構です」
泣きそうになるのを我慢しながら、エミリアは青年に声をかける。
青年は軽く笑った。
「大丈夫ですよ。この手の屑には慣れています」
「え?」
「なんだと!」
二人のうち一人が青年に掴み掛かろうと、突進してきた。
エミリアの息が無意識に止まる。
「遅い」
次の瞬間、青年が横蹴りを繰り出し、チンピラの一人は吹っ飛んでいった。
がしゃん。
片付けのため置かれていた椅子と机の山にぶつかり埋もれるチンピラ。
エミリアは呆気に取られ、思わず口を開けていた。
もう一人の少し背が低いチンピラを見ると、チンピラの口も開いていた。
しかし、慌てて我に戻るチンピラ。
「てめえ! 何しやがる!」
「何かしてきたのはお前らだろ?」
「もう容赦しねえ。覚悟しろ」
金属が擦れる音がしてチンピラが剣を抜く。
中段に構えたチンピラが舌なめずりをした。
剣の鈍い鉛色にエミリアの目線が吸い寄せられる。
全然良い刃物ではない。けれど、人を殺せる。
エミリアは体を守るように腕をぎゅっと縮こませた。
青年は避ける様子を見せない。
「危ないっ」
刃が触れようとしたその瞬間、青年は背を仰け反らせ紙一重で避けた。
「うおっ」
剣が空振り、勢い余って体勢が崩れる。
その瞬間、顎に思いっきり青年の拳が叩き込まれた。
背中から床にどすんという音を立てて倒れるチンピラ。
「ふう」
青年が準備体操が終わったかのように、軽く伸びをする。
「何の騒ぎだい!」
エミリアが息も忘れて固まっていると、女将さんがちょうどやってきた。
ガラの悪い男たちが床に倒れていて、机が荒れているのを見て、目を丸くしている。
青年の方を見て、眉を顰めた。
「お客様! 喧嘩は困るよ!」
「すみません!」
青年が頭を勢いよく下げた。
「お、お前、覚えてろよ! そして女。これで終わると思うな!」
その隙に、男たちがヨロヨロと立ち上がって、そのまま開いている扉から逃げるように出ていった。
「これは、どういうことだい?」
部屋の惨状をもう一度見て、女将さんが呟く。
「すみません、私が悪いんです……」
エミリアは今見た出来事を、ぽつりぽつりと話し始めた。
女将さんは頷きながら聞いてくれた。
「そうかい……事情は分かった。辛かったろう」
「いえ……」
そんな言葉と裏腹に、エミリアの頬を涙が伝った。
思わず顔を手で覆う。
その瞬間、体がぎゅっと包まれたのを感じた。
気がつくと女将さんが、自分のことを抱きしめていた。
背中を優しく撫でられ、エミリアは涙が止まらなくなった。
そうしてしばらく泣いた後。
「一回ではなく、これからこいつらは何回もこの店に来ると思います。このままじゃ迷惑をきっとかけてしまう……」
そんなエミリアの声を聞いた女将さんは、口を開いた。
けど、何も言わず、そのまま閉じた。
苦々しく申し訳なさそうな顔をしている。
エミリアも黙ってしまった。
拳を開こうとする。うまく開かない。涙がこぼれないように我慢するのに必死だった。
「じゃあ、うちに来ますか?」
その時、横で聞いていた青年が突然聞いてきた。
「え……?」
エミリアは目を丸くした。
青年がにっこりと笑った。
「うちのギルドマスターに言えば、ギルドに泊まることができるはずです。ギルドなので、下手な輩が喧嘩を売ってくるのは難しくなりますし、何より冒険者たちに守ってもらえると思います」
エミリアはぽかんとした。
「えっと、あなたはどなたでしょうか? また、どうしてそんなことをしてくださるのですか?」
青年は微笑んだ。
「ここの宿屋とご飯には昔からお世話になっているので。何か恩返しできるなら、したいのです」
女将さんの方を見ると、女将さんがエミリアの方に頷く。
「確かに、昔から来てくださっている方だね」
エミリアは青年の方を見た。
「すぐに決めるのは難しいと思うので、どうでしょう? 一回僕たちのギルドに来てみて、それから考えるというのは?」
エミリアは何か言おうと口を開いた。しかしすぐに閉じた。
「エミリア、大丈夫。この方は冒険者として有名だよ」
女将さんがこそっと耳打ちしてきた。
エミリアは青年の方をもう一度見た。
笑顔を浮かべているその顔はとてもかっこいい……ではなかった、信用できそうだった。
「……まずは、どんなところなのか見させていただいても良いでしょうか?」
「もちろん大丈夫ですよ。僕の名前はアベルです。冒険者をやっています」
そう言って、アベルは右手を差し出した。
エミリアはおずおずと握り返した。
剣だこで硬い手のひらだった。
けどそれ以上にエミリアを驚かせたのは、火山のマグマのように沸々と魔力が内側で渦巻いていたことだった。
エミリアは思わず手を離してしまう。
アベルは一瞬目を大きく開いた。
しかしすぐに、安心させるようにエミリアに向かって笑った。
「じゃあ早速ですが、僕のギルドに行きましょうか」




