10. 肉屋ギルド
エミリアがワイルドボアを捌いた翌週。
王都の肉屋ギルドが入っている、赤い肉の看板が目印の、赤い煉瓦に白い線が幾つも入った建物の一番小さな会議室にて。
丸メガネをかけた真面目そうな男性が扉を開け、会議室に入ってきた。
その後ろから緊張した顔のイネスと、黒い箱を持った無表情のゴーギャンが部屋に入る。
扉を男性が閉めた。
イネスは部屋を見渡す。
あまり上等ではない椅子が、机を挟んで二つ置かれていた。
「さあどうぞ。かけてください」
「トムさん、ありがとうございます」
イネスは男性に言われるがままに片方の椅子に座る。お尻が痛い。
ゴーギャンは立ったまま待機している。
トムが真剣な表情で語りだした。
「時間もないので単刀直入に聞きます。アークギルドさん、何のご用でしょうか?」
「肉屋ギルドに見てもらいたい精肉があって、今回はきました」
トムがため息をつく。
「先代からの付き合いなので会ってきましたが、もう付き合いきれませんね。あなたたち、解体ギルドとの付き合いが現在ないですよね。その状態では、精肉を肉屋ギルドに安定供給できないでしょう。それとも付き合いができたのですか?」
「いえ、付き合いはありません」
イネスは言葉を切った。
「しかし、腕の良いフリーの解体師が入ってきたのです」
「フリーの解体屋ですか? まともな人間ならギルドに所属していますよ。話になりませんね。申し訳ないですが、もうお帰りください」
トムが立ち上がった。
「少しお待ちください! 本当に肉屋ギルドに見て欲しい肉があるんです!」
イネスも慌てて立ち上がる。
トムが大きなため息をついた。
「……アークギルドの先代ギルドマスターとの長い付き合いだったので、今まで色々と時間を作って会ってきました」
「はい」
トムがジロリとイネスを見つめる。
「いいですか。これで本当に最後です。大したものじゃなければ、アークギルドとの付き合いは終わらせてください」
そうしてトムはどすりと椅子に座った。
イネスは思わず息を飲み込んだ。
握った拳に力を込める。
浅く息を吐く。
「わかりました。大丈夫です」
「では見せてください」
トムが机の上で両手を組んでいる。
「ゴーギャン、冷蔵庫からあれを取り出して」
「はい、お嬢様」
ゴーギャンが冷蔵庫を机の上に置く。
「持ち運び式の簡易冷蔵庫ですか」
「はい、この中に見て欲しい商品があります。ゴーギャン、開けて」
ゴーギャンが黙って扉を開ける。
そして、中から皿を取り出し、机に置いた。
がたり。
トムがいつの間にか立ち上がっていた。
「こ、これは何の肉ですか!?」
トムの目が大きく開いている。
「この美しい肉の色。ほどよく乗った脂。まるで王族用の高級肉のようだ」
机の上の皿に息が吹きかかるくらい顔を近づけ肉を確認するトム。次の瞬間、トムが眉に皺を寄せていた。
「すみません、少々触っても?」
「はい、どうぞ」
「……弾力と色味とが独特だ。このような肉は見たことがない」
肉に触れたトムが顔を上げた。
「こんなものをどこで手に入れたのですか?」
「ワイルドボアです」
トムが笑った。
「嘘はやめてください。魔物から、このような肉が取れるはずがない」
「いえ、本当です」
「はは、冗談がお上手だ」
再び肉をまじまじと見るトム。
「このような美しい肉。初めて見ました。焼いて試食してみても?」
「はい、大丈夫です」
「では、一旦失礼します」
皿を持って出て行くトムの背中を見送って、イネスはゴーギャンと顔を合わせた。お互い笑みを浮かべていた。
そして数分後。
イネスに廊下をドタドタと走る音が聞こえた。
「イネスさん!!」
扉がばたりと開いた。
「あの肉はどうやったら手に入りますか!?」
「気に入っていただけたのでしょうか?」
トムが興奮気味に拳を握りしめ、語り始める。
「あの上質な脂。初期の血抜きは普通なはずなのに、暴力的なまでの肉の旨み。あんな肉、食べられると知ったら王都の高級レストランや王侯貴族が黙っていませんよ!」
「少し落ち着いてください」
イネスは手でトムを落ち着かせようとする。
「……すみません。取り乱しました」
トムが椅子のところに大股で歩いていって、座った。
前のめりになって、イネスに向かって聞いてくる。
「それで、あれは取引してもらえるので?」
「それは条件次第です。ちなみに、あれと別の部位を今後は用意することも可能です」
「なんと!」
トムがさらに前のめりになる。
「……落ち着いてください。契約するのであれば、そちらも納品しますよ」
椅子の背もたれにもたれかかり、天を仰ぐトム。
しばらくそうしてから、トムがイネスの方を向いた。
「今日契約しましょう。基本はせりにかける方式ですが、最低保証金として固定額を払います」
「いくらほどで?」
「そうですね。サイズと部位の質にもよりますが、今日と同じ質でワイルドボア一頭分の肉であれば、そうですね」
トムがペンを羊皮紙に走らせる。
「こちらでどうでしょうか?」
羊皮紙が差し出される。
「え?」
イネスは思わず手が震えてしまった。
その羊皮紙の内容が目の端に入ったゴーギャンは、目を大きく開く。
「すみません、少ないですよね。ただ、規約的にこれ以上は難しく……」
申し訳なさそうな顔で、トムが頭を下げる。
イネスはゴーギャンの方を向く。
ゴーギャンが頷く。
「……今までの関係もありますし、今回はこちらで契約しましょう」
「ありがとうございます!」
トムが満面の笑みになる。
しかし、すぐに真剣な表情になった。
「ちなみに、どれくらいの量を生産できますか?」
「一週間に生産できるのは、最大でワイルドボア一頭分。基本はそう考えてください」
トムが考え込む。
「……この肉質なら、どれほどお金を積んでも食べたい人間は沢山いるでしょう。供給量を増やすことは?」
「難しいですね」
「そうですか」
ガックリとトムが俯く。
「ちなみに、本当に何の肉なのでしょうか? 登録に必要なので、教えていただく必要があります」
「ワイルドボアですよ」
イネスが苦笑しながら答える。
「信じられないのも無理はありません。けれど、本当なのです。特殊な技術で食べられるようにしたものです」
トムがイネスの顔をじっと見る。
「……本当なのですね。これが知られたら、乱獲が起こりますよ」
「ここだけの話ですよ」
イネスが顔を前に出し、トムに耳打ちをする。
「別の魔物からも肉が取れる可能性があります」
トムの目が大きく開いた。
次の瞬間、イネスとトムはがっちりと握手をした。
「それなら大丈夫そうですね」
「はい」
イネスはにっこりと笑った。
「今後とも、長いお付き合いをお願いします」
「ええ、お願いします」
トムが握手を解いて、立ち上がった。
「では、すぐに仕事に取り掛かります」
そうしてトムは一礼して、部屋から出ていった。
バタン。扉が閉まる。
イネスはしばらく閉じた扉を見た。
そして、両手でガッツポーズをした。




