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二度目の悪役令嬢は自ら破滅の道を選ぶ  作者: ウミノリリオ


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「……なんですか、狩猟祭って」

 

 中庭を離れ、リアやアルベルトの姿が見えなくなった頃。人気の少ない回廊へ差しかかったところで、ゼノがそう尋ねた。


「何って、魔術の課外授業よ。来月、実践として西の森で演習があると言っていたでしょう」

「それは存じてますけど。何か、わけありげだったので」

「ああ……」


 更なる疑問に、ルクレツィアは歩みを止めないまま淡々と説明する。

 

()()の狩猟祭で、少し面倒なことが起きたのよ」


 狩猟祭——それはこの学園で、魔術の授業の一環として行われる実践演習だ。実際に魔物の生息する森へ赴き、戦闘を経験する。

 もっとも、この学園に通うのは貴族の子女ばかりだ。簡単に命の危険に晒すわけにはいかないため、舞台となる場所は国が管理する区域であり、出現する魔物も弱い個体に限られている。

 安全で、かつ遠方への遠征のため宿泊も伴うそれは、形式上は授業だが、その実、生徒たちにとっては半ばイベントのようなものだった。——本来なら。


「……でも前回は、違った」


 前回——ルクレツィアの体験した一回目の人生において、狩猟祭でとあるトラブルが起きた。

 その森にいるはずのない強力な魔物——火竜が現れたのだ。


 学園側は完全に油断していた。当然だろう、管理された森に、そんな存在が紛れ込むなど本来ならあり得ないのだから。

 護衛についていた騎士団は応戦したが、突発的な事態に対処しきれず、逃げ遅れた生徒が続出した。

 そしてその中には、アルベルトもいた。


 逃げ遅れた生徒を、アルベルトを守るため、リアは結界を張った。

 だが、彼女はまだ未熟だった。

 未熟だった彼女は、火竜という強敵を前に、その能力を暴走させた。

 

 暴走した結界は、外部の脅威だけでなく、内外すべてを敵と認識して衝撃波のように弾き返した。

 彼女が守ろうとした生徒たちまで、助けようとした騎士団までその結界に弾かれ吹き飛ばされる。守るどころか、周囲を傷つけ始めたのだ。

 パニックに陥ったリアは、その結界を解除することすらできず、火竜と共に森へと取り残された。その光景は、今も鮮明に思い出せる。


「わたくしは言ったわ。あの女ごと火竜を仕留めるべきだと」


 全てを弾き返す結界によって、火竜にすら近寄れない。このままでは、彼女の魔法で全滅する。

 そう思っての合理的な判断だった。だが——


 アルベルトは聞かなかった。

 ルクレツィアの判断に「人の命を見捨てる気か!?」と憤り、「リアならできる。結界の力で絶対に自分たちを守ってくれる」と、護衛の声も振り払い、暴走する魔力の渦へとひとり飛び込んだ。

 全身を傷つけられながらも、その中心でうずくまるリアの元へと向かう。


 ——そこで何が起こったのか。何を話したのか、ルクレツィアは知らない。

 ただ……

 ボロボロになりながらも自分の元に辿り着いたアルベルトに、リアの魔力の色が変わった。

 能力が完全に開花したのだ。結界は安定し、火竜を閉じ込める。その隙を突き、アルベルトの剣が竜を討った。


「……なかなか、ドラマチックな話ですね」

「ええ。実際、女生徒の中では流行りの恋物語みたいと評判になったそうよ。わたくしには理解できないけれど」

「……」


 回想するルクレツィアに、ゼノが茶々を入れる。だが、物語はこれで終わりではなかった。

 討ち取った火竜、その戦果を、アルベルトがリアに贈ったのだ。


 狩猟祭では、男性が討ち取った獲物を婚約者や想いを寄せる女性に贈るという暗黙の風習があった。公的なものではないが、長らく続いたその伝統は生徒間では広く知られ、それがきっかけで結ばれた者たちもいる。憧れる女生徒も少なくなかった。

 それをアルベルトは、婚約者であるルクレツィアではなく、リアに対して行った。

 それが意味するものは明白だった。「リアの力があっての戦果だ、他意はない」とアルベルトは言ったが、それを信じる者はいない。


 これがきっかけで、アルベルトとルクレツィアの間に完全な亀裂が入った。

 元からほとんど形だけの関係だったとはいえ——自分の進言を無視しリアの元へ向かったこと、婚約者である自分の顔に泥を塗り彼女を優先したこと。

 その全てが許せず、ルクレツィアは憤った。

 ルクレツィアがリアに対して苛烈ないじめを行うようになったのも、これがきっかけの出来事だった。


「……なんでそんな重要なこと、黙ってたんですか」

 

 語り終えたルクレツィアに対し、ゼノは不機嫌を滲ませた声で言った。

 そんなゼノにルクレツィアは首を傾げて、


「そんなに重要かしら?」

「重要でしょう! そうじゃなくても、火竜との遭遇なんて危なっかしい話、もっと早く教えておいてくださいよ」


 あっさりと答えるルクレツィアに、ゼノは呆れながら言う。自分の行く末に関わる話だというのに、どうしてこんなにも飄々としていられるのか、と。

 「何かあったらどうするんですか」そう付け加えると、「だから、そうならないためにあの娘に忠告したのでしょう」と返され、ゼノはやっと先ほどのリアとの会話に納得した。 


「なるほど、理解しました。……それでは、その狩猟祭さえ乗り切れれば、最悪の結末に至る道筋はほぼ断たれるでしょうね」

 

 と、気を取り直すようにゼノが続ける。

 その言葉に、ルクレツィアは僅かに目を瞬かせた。


「え?」

「その狩猟祭での出来事がきっかけで、殿下やリア嬢との関係が壊れたのでしょう? それなら、それさえなくなれば大きな分岐は超えたようなものではないですか」

「…………言われてみれば、そう、なのかしら……」

「……なんですかその反応。まさか、まだ何か俺に言ってないことがあります?」


 歯切れの悪いルクレツィアに、ゼノはまた眉を顰める。そんな彼に、ルクレツィアは軽く首を振った。


「いえ。あとは全て、あなたに話した通りよ」

「そうですか。それじゃあ、来月は正念場ですねえ」


 そう言ってゼノは、また誰もいない回廊を歩き出した。

 その背を見つめながら、ルクレツィアは、胸の奥に生まれた違和感に首を傾げる。


 ゼノの言う通り、狩猟祭は大きな分岐のひとつだろう。これを超えられれば、おそらくこうやって、ゼノと秘密の作戦会議をすることもなくなる。

 なのに、それが——


(……『寂しい』、なんて)


 浮かんだ単語に、自分で戸惑う。

 なぜ? 理解ができなかった。


 ただ、胸の奥がわずかに空くような、その感覚だけがずっと残っていた。

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