表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の悪役令嬢は自ら破滅の道を選ぶ  作者: ウミノリリオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/14

6

「リア・アリアって言います。アリアっていうのは、最近王様にいただいたばかりでまだ慣れていないので、よかったらリアって呼んでください!」


 新緑が眩しく輝く、初夏のことだった。

 水色の髪に透き通るような青の瞳。屈託のない笑顔を浮かべるその少女——リア・アリアが、『守護の巫女』として覚醒し、ルクレツィアたちの通う学園へと編入してきた。

 希少な結界魔法師は、この国では国宝。元は平民という出自から当初は距離を置く者も少なくなかったが、それも長くは続かなかった。

 稀有な能力。そしてそれ以上に、人を惹きつける無垢な愛らしさ。

 彼女はあっという間に学園に溶け込み、気づけば誰もがその存在を受け入れていた。


「おはようございます、アルベルト様!」

「ルクレツィア様、次の授業のことで聞きたいことがあるんですけど……」

「あ、ゼノくん。ゼノくんも一緒にお茶しよう!」


 学園の最高権力者である第一王子や公爵令嬢にも物怖じせず、平民であるその従者にすら分け隔てなく笑いかける。身分など関係ないと言わんばかりのその振る舞い、誰に対しても明るく、優しく接するその性格は、多くの者の警戒心を容易く解いた。

 とりわけ彼女は、アルベルトとルクレツィアによく懐いた。国の中枢を担う者として、国王に世話係を押し付けられたのがきっかけだろう。前の人生では数度小言を言ったことでアルベルトからその役を解任させられたが、今回はゼノに言われできるだけ説教の類は口にしないようにしていた。

 右も左もわからない貴族社会のことを教えてくれるルクレツィアを、親鳥だとでも思い込んだのだろう。リアはことあるごとに、アルベルトとルクレツィアの後ろをついて回った。それは、一度目の人生では考えられない光景であった。

 

 そして——まるで、最初から決まっていたことかのように。

 運命に導かれるように、アルベルトはまた、彼女に恋をした。

 そしてリアもまた、アルベルトのまっすぐさに触れるうちに、次第に想いを寄せていった。



「……いっそ、感心するわね」


 中庭のよく見えるテラスから見下ろして、ルクレツィアは呟いた。視線の先には、アルベルトとリアが何か笑い合っている。

 ここ最近の彼らは、いつもそうだった。放課後、授業の合間、果ては休みの日まで。示し合わせているのか偶然居合わせるのか、ふたりきりで過ごしては他愛のない会話をしている。

 この前など、偶然市井で居合わせそのまま二人で街を散策した、とリアから邪気のない笑顔で告げられた。それはデートというのでは、と誰もが心のどこかで思ったが、当のルクレツィアは「そんな時間があるのなら授業の予習をなさいな」と軽く流すだけだった。


「前回、殿下があの女に惹かれたのは、わたくしへの当てつけもあるのかと思っていたけれど……関係がこじれていない今でも惹かれるのなら、あれは本物の愛だった、ということかしら」


 他人事のような口調で、ルクレツィアは語る。

 恋敵について語るにはあまりに平坦な声色に、隣に侍るゼノの方が僅かに眉を顰めた。


「……いいのですか?」

「何が」

「リア嬢のことですよ。殿下が彼女を選ぶのなら、婚約破棄の未来は近づいてしまうのでは」

「わたくしに落ち度がないのに婚約を破棄するほど、殿下は愚かではないわ」


 ルクレツィアは迷いなく断言した。

 それは彼女なりの、アルベルトへの評価でもあった。

 婚約者を差し置いて他の女に入れ上げるなど、その時点でルクレツィアにとっては理解しがたい非合理ではあるが、それでもその恋に溺れ切って政略の婚約者を切り捨てるほど暗愚でもない。そうだとしたら、一度目の人生でだってそうしたはずだ。あの時、リアをいじめにいじめ抜いたルクレツィアにやっと破談を突きつけられたのは、殺害未遂という大きな罪があったからだ。


「ただ——」


 そこで言葉が止まる。

 視線の先には、楽しげに笑うリアの姿。その周りには、いつの間にかアルベルトの他に高位貴族の子息たちが集まっていた。

 その中心で、リアは楽しげに笑う。

 時には驚き目を見開き、拗ねたように頬を膨らませてはまた表情いっぱいで笑顔を作った。花が咲いたようなその笑顔に、そばにいた男子生徒たちは慈愛に満ちた表情を浮かべる。

 その光景に、ルクレツィアは鋭く目を細めた。


「あの女……やはり、見ていると腹が立つわ」


 胸のざらつきを吐き出すように、ルクレツィアはそう漏らした。


「今日の作法の授業だって、ひとりだけ課題をこなせなかったというのに。その復習をするでもなく、ああやって遊んで……」


 リアは平民出身だ。貴族の子女が幼少から叩き込まれてきた礼儀作法や教養に、遅れがあるのは当然といえば当然だった。結界魔法に関しても、覚醒したばかりでまだ使いこなせているとは言い難い。

 だというのに彼女は、その遅れを取り戻そうと努力するそぶりすら見せなかった。

 厳しい授業や訓練に根を上げては、アルベルトたちに頼り、教えを請う。そして、周囲の男たちは、そんな姿すら「健気で可愛らしい」と受け取るのだ。

 ——全く、腹立たしい。


「巫女として貴族に準ずる身分を得たというのなら、貴族と同等の義務を果たして然るべきだわ。殿下たちは甘すぎるのよ。『元は平民だから』『まだ慣れていないから』と、いつまでお客様気分でいさせる気かしら」


 苛立ちを押し殺すように、ルクレツィアは言う。一度目の人生から、そんな彼女が気に食わなかった。


 学園中の——とりわけ男子生徒の人気を集めていたリアに対して、反発する者も当然ながら存在した。婚約者や想い人の関心を奪われたと感じた女子生徒たちの中には、露骨な嫌がらせに走る者もいた。そしてその中には、ルクレツィアの取り巻きも含まれていた。

 

 リアへの嫌がらせが露見するたびに、アルベルトは彼女を責めた。

『友人の悪行を放っておく気か』

『女生徒間の問題だろう、お前から注意をしろ』

 自分がしたわけではない。それなのに、なぜ自分が責められるのか。理解できず、ただ苛立ちだけが募った。

 さらに、リアの貴族としての水準に満たない所作や、未熟な魔法に対し厳しく言葉を向ければ、

『元平民だからと差別するな』

 と、またアルベルトに咎められる。


 ——本当に、解せなかった。

 婚約者である自分よりもリアを優先するアルベルトも、それを当然のように受け入れるリアにも。

 吐き出すように、ルクレツィアは大きくため息をついた。


「思い出すだけで忌々しい……このままだとまた手が出てしまいそうだわ」


 苦々しく呟くルクレツィアに、ゼノは小さく笑顔だけで返した。


「なるほど。巫女としての責務、ですか」

「そうよ。それをあの娘、昨日の魔術の授業なんて、簡易結界すら失敗していたのよ!? 救世の巫女だというのなら、学園で悠々させるより魔術師団か聖騎士団にでも入れてその能力を伸ばすべきでしょうに——」


 テラスの上、ぶつぶつと愚痴を吐き始めたルクレツィアに、中庭にいたリアが気づいたように手を振り上げ、大きく声をかけた。


「ルクレツィア様ー! ゼノくーん! お二人も、こっちでお話しませんかー?」

  

 両手を頭上で大きく振るのも、大きく声を張り上げるのも、およそ貴族女性とは思えない仕草だった。案の定、ルクレツィアはぎょっとした表情で「淑女が、はしたない」と呟く。

 返事をしないでいると、「あれ、聞こえてませんかー?」などと、さらに声が大きくなっていくものだから、ついにルクレツィアが折れてリアの元へ向かう。「やったあ!」と笑うリアの顔を、アルベルトが眩しいものをみるような目で見ていたのをゼノは見逃さなかった。


「責務——……ねえ」


 中庭に向かうルクレツィアの背を追いながら、ゼノは小さく言葉を漏らす。


「……本当に、それだけが原因なんでしょうかね」


 冷酷だが冷静な己の主人が、ここまで心を乱すのは——

 そう呟いた言葉は、夏風に吹かれ誰の耳にも届かなかった。

 振り返ったルクレツィアが「何か言ったかしら?」と尋ねるのに、ゼノは笑顔を作って答える。

 

「いえ。もし、ご友人方が彼女に何かをしようとしているのであれば、それだけは止めた方がいいかと思いまして」

「ああ、それはそうね。気にかけておくわ」

 

 破滅の芽を摘むことだけは忘れず、二人は学園の廊下を歩く。

 彼女——リアがアルベルトの隣にいる限り、ルクレツィアの未来は未確定なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ