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二度目の悪役令嬢は自ら破滅の道を選ぶ  作者: ウミノリリオ


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 ——それから、ゼノは宣言通り、ルクレツィアと距離を置き始めた。

 朝、彼が起こしに来ることはなくなり、紅茶を淹れる役目も侍女へ戻された。姿を見せぬだけで護衛としての任は変わらず果たしているのだろうが、実際に顔を合わせる機会は目に見えて減っていた。

 たまに言葉を交わしても、以前より明確に一線を引いた態度を取られる。そこにあるのは、従者と主人という関係だけだった。


 それは、当然の距離だった。二人は元より、そういう関係だったのだから。

 『主人と従者』それ以上でも、以下でもない。実際、ルクレツィアが断罪された未来から回帰する以前は、ゼノとは護衛以外の関わりなどほとんどなかった。


 学園では、アルベルトと共に過ごす時間が増えた。

 もとより接点がなかったわけではないが、アルベルトの側が意識してルクレツィアとの時間を作っているようだった。

 「輿入れを目前に控えた婚約者と、親交を深めたいと思うのは当然であろう?」そう口にしたアルベルトの表情は、どこか別の方向を向いているように見えた。


 教室で、中庭で、サロンで開かれる茶会で。アルベルトと二人で過ごしていても、リアが近づいてくることはなかった。

 顔を合わせればきちんと礼を取り、高位貴族に相応しい敬意を示す。それは『守護の巫女』として申し分のない、模範的な振る舞いだった。


 理想的な日常だった。

 婚約者との関係は良好。かつてアルベルトへ横恋慕していた平民の女も、ようやく身の程を弁えた。従者は本来の役目へ戻り、あと数か月もすれば自分もアルベルトの妻として王宮へ輿入れするのだろう。


 完璧な未来だった。

 一度目の自分が喉から手が出るほど求め続けた、完璧で、正しい結末だった。


 ——なのに。


 どうして、こんなにも胸が痛むのだろう。

 朝、誰にも声をかけられることなく目を覚ます。胸が空虚に晒された。

 侍女の淹れる紅茶は、ゼノのそれよりも遥かに上等だった。なのに喉の渇きは消えなかった。

 何度も騒がしいと断じたリアが、淑女らしく距離を取る。得体の知れぬ苛立ちを覚えた。

 そんなリアをアルベルトは、どこか心苦しそうな瞳で追った。胸が痛んだ。

 胸が痛んだ。






 

 ある日のことだった。

 ルクレツィアが自室で休んでいると、珍しくクラウディオが訪ねてきた。何の用かと首を傾げる妹に、兄はどこか言いづらそうに口を開く。


「父上が、君に会いたがっている。……今度、一度顔を見せてやってくれないか」


 思いもよらぬ名に、目を瞬かせる。ルクレツィアは、父公爵とはもう長らくまともに顔を合わせた記憶がなかった。

 幼い頃は違った。父は多忙な身でありながら時間を作っては屋敷へ戻り、ルクレツィアの教育に目を光らせていた。

 だが、いつからか父は、その多忙を理由に屋敷へ寄りつかなくなった。ルクレツィアはずっと、自分が嫌われているのだと思っていたが——


「父上が幼い君に厳しくしたのは、母上を失ったことが原因なんだ。突然の喪失に心を壊して……その悲しみが、生まれたばかりの君に向かってしまった。——父上も随分と歳を取った。君への仕打ちを、後悔しているそうだ。殿下との婚姻が決まり、王宮へ移る前に、一度きちんと話がしたいらしい」


 しかしクラウディオは、静かに首を振りそう語った。

 ルクレツィアは言葉を返せなかった。父が、自分に対して、そんな感情を抱いているなど考えたこともなかったからだ。

 にわかには信じられず黙り込んでしまったルクレツィアに、クラウディオは続けた。


「父上と母上は、貴族にしては珍しい恋愛結婚でね。本当に、互いを愛していたんだ。被害を受けた君には知ったことではないかもしれないが、我を忘れるほどの恋だったんだよ」

「……恋?」


 思わず聞き返すと、クラウディオは少しだけ目を細め「君も、そういうことが気になる年頃になったか」と微笑んだ。

 子ども相手にするようなその表情に、ルクレツィアは小さく口を尖らせる。


「……父上のしたことは、許されることじゃない。生涯許せぬと言うなら、その気持ちを尊重しよう。だが、その根底にあったのは——ルチア、君への嫌悪じゃない。母上への深い愛からだったと、それだけは覚えておいてほしい」

「——……」


 それだけ言い残すと、クラウディオはルクレツィアの部屋を後にした。

 ひとり残されたルクレツィアは、静寂の落ちる部屋でぼんやりと考える。

 恋とはいったい、なんなのだろうと。


 婚約者がいながら、リアへ惹かれていったアルベルト。

 身分違いと知りながら、王子へ恋をしたリア。

 そして最愛を失った果てに、実の娘を壊すほど狂ってしまった父。


 一時の熱病にうかされるなんて貴族として二流だと、かつての自分なら言えた。

 なのに何度もそう断じてきたはずのその言葉が、なぜだか今は喉を焼いて外には出てくれなかった。


 ルクレツィアはゆっくり立ち上がり、自室に続くバルコニーへ足を向けた。

 外はもう夜の帳が下り、空には月が浮かんでいた。

 いつかと同じ、美しい満月の夜だった。


「……ゼノ」


 名前を呼んだ。返事はない。夜の風が吹き抜ける。


「ゼノ」


 もう一度呼んだ。少し前までなら、名など呼ばずともそばにいて声をかけてくれていたのに。

 今も影からルクレツィアを見守っているのか、それすらわからなかった。目頭が熱い。焦燥が胸を焼く。


『ルクレツィア様。助けに参りました』

 そう言って差し出された、大きな手を思い出す。

『本当に、人の心がわからないお人ですね』

 血を吐きながら、苦しげに倒れたときのことを。そして、

『どうか、お幸せに。ルクレツィア様』

 ——どこか寂しそうに微笑んだ、あの表情を。


「っ……」


 喉が熱く引き攣った。握り込んだ手すりをさらに強く握り込む。

 胸の奥に滾る熱は、夜風でさえ冷ましてくれない。

 ひとつ、深く息を吐いた。


 そして、ゆっくりと顔を上げる。

 月明かりに照らされたその表情、黄金の瞳には——たしかな炎だけが燃えていた。

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