第4話 「婚約破棄イベント、発生条件ゼロにつき」
光が弾ける。
「――うわっ、まぶしっ!?」
着地と同時に、石畳の感触。
見上げれば、青空。
周囲には――見覚えのない校舎。
「……ここが学園か」
制服姿の生徒たちが行き交い、ざわめきが流れる。
完全に“現地”だ。
「はぁ……ホントに来ちゃったよ……」
元勇者、現・雑用係アルス。
本日も元気に強制出張である。
「で、俺は何をすればいいんだっけ……」
ポケットを探ると、一枚の紙。
【任務:婚約破棄イベントの発生補助】
「ざっくりしすぎだろ!!」
思わず叫ぶ。
通りすがりの生徒に見られた。
終わった……
「……落ち着け。まず状況整理だ」
深呼吸。
・対立なし
・悪評なし
・ヒロイン地味
・王子めっちゃいい人
「これ無理ゲーじゃね?」
結論が早い。
「いやいや、元勇者だぞ俺……?」
自分に言い聞かせる。
「まぁ、魔王に負けたけど…」
一拍。
「いやだからってなんで恋愛イベント補助なんだよ!!」
誰にも届かない正論が、空に消えた。
「……はぁ」
頭を掻く。
(戦う相手も、守るべきものも、間違えたら――)
(あっさり終わるんだよな)
一瞬だけ、思考が沈む。
――が。
「……って今はそれどころじゃない!」
両頬をたたき強引に切り替える。
「仕事!仕事だ!」
その時だった。
ざわり、と空気が揺れた。
「……あ」
人の流れが、わずかに割れる。
赤。
鮮やかな、赤。
「ヴィオレッタ=ローゼンベルク……」
思わず名前が漏れる。
そこにいたのは、完璧な“舞台の中心”。
背筋を伸ばし、迷いなく歩く姿。
視線を集めるのが当然の存在。
(……でも)
違和感。
誰も、彼女を恐れていない。
むしろ――
「おはようございます、ヴィオレッタ様!」
「今日も素敵ですわ!」
「なんとお美しい」
自然な笑顔。
自然な会話。
「……めちゃめちゃ好かれてるじゃねえか」
やはり設定が死んでいる。
「 これ、もう詰んでないか?」
呟いた、その瞬間。
「――聞こえましてよ」
「え」
真横。
いつの間にか、真横に立っていた。
「ずいぶんと失礼な評価ですこと」
赤いドレスが、わずかに揺れる。
「あなた、どなたですの?」
距離が近い。
視線が鋭い。
逃げ場はなし。
(やばい、初手で詰んだ)
「いやその、通りすがりの――」
「通りすがりが、私の名前を?」
「いやほら、その……知らない方がおかしいレベルで……!」
急ごしらえの作り笑顔で誤魔化せるわけがない。
「……正直にお答えなさい」
静かな圧。
逃げられない。
(どうする……)
一秒。
二秒。
――諦めよう。
「……仕事です」
「……は?」
「あなたに、“婚約破棄イベント”を起こしてもらう仕事で来ました」
沈黙。
風が吹く。
時間が止まる。
「……は?」
二度目。
「いやほんとすみません俺も意味わかってないんですけど」
「ちょっと待ちなさい」
ヴィオレッタが、こめかみを押さえる。
「整理しますわ」
指を一本立てる。
「あなたは」
二本目。
「私に」
三本目。
「婚約破棄されろと?」
「違います!それを“起こせ”って言われてます!」
「どちらにせよ意味がわかりませんわ」
ごもっとも。
「でもやらないといけないんです」
「なぜ?」
「クレームになるので」(小声)
「知りませんわよ」
これまた正論。
ヴィオレッタは一度、目を閉じ――
ゆっくりと息を吐いた。
「……なるほど」
開かれた瞳は、冷静だった。
「つまり」
一歩、近づく。
「今のままだと“前提が足りない”のですわね?」
「……え?」
「対立も、悪意も、理由もない」
淡々と。
「だから成立しない」
「……否定はできませんね」
口元が、わずかに歪む。
「つまり――」
一歩、踏み込む。
「足りないのであれば、作ればよろしい」
「……はい?」
「舞台は整っているのですもの」
赤が揺れる。
「最も欠けているのは、ただ一つ」
視線が、アルスを射抜く。
「“きっかけ”ですわ」
その瞬間。
アルスは理解した。
(あ、これ……止まらないタイプだ)
「……協力、していただけますの?」
微笑み。
完璧な、悪役令嬢の顔で。
アルスは、ゆっくりと顔を覆った。
「……お断りしても?」
「観念なさい。あなた、もう共犯ですわよ?」
――逃げ道は、最初からなかった。
今回もお読みいただきありがとうございます!
ついにアルス、現地投入。
そして判明する「婚約破棄イベント未実装」という絶望的な状況。
なのにヴィオレッタはやる気満々。
この時点で嫌な予感しかしません。
次回、対立を“作る側”に回った二人が何をやらかすのか。
多分まともにはいきません。
あと、現在新作も仕込み中です。
ちょっと熱めの成り上がり系にしようかな?と思ってみたり。
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