表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/13

第5話 「対立発生イベント、試験運用につき」

 ――逃げ道なんて最初からなかった。


「観念なさい。あなた、もう共犯ですわよ?」


 ヴィオレッタの宣告に、アルスは天を仰いだ。


「……俺、まだ同意してないですよね?」


「状況が同意しておりますもの」


「その理論ブラック企業でしか聞いたことないんですけど」


 返事はない。代わりに、赤いドレスがくるりと翻った。


「早速始めますわ」


「何をですか!?」


「決まっております」


 すっと指が一本立つ。


「“対立”の創出」


「雑ぅ!」


「現状の問題は明確ですわ」


 二本目。


「好感度が高すぎる」


「それはいいことでは?」


「ざまぁにおいては致命的です」


 バッサリだった。


「嫌われていない悪役など、ただの人気者ですもの」


「言い方がひどい」


「よって」


 三本目。


「“誤解”を設計します」


「設計って言った今」


 ヴィオレッタは足を止め、廊下の先へと視線を向けた。


「あの方を使いますわ」


「“使う”って言い方やめてもらっていいですか」


 ヴィオレッタの手が指す先にいたのは――


「マリア……」


 本を抱えた、あの少女。


 相変わらず目立たないが、真面目そうに歩いている。


「都合がいいですわね」


「何がですか」


「“誤解が生まれても、誰も確信できない立ち位置”」


「分析が的確すぎて怖い」


 ヴィオレッタは一歩踏み出す。


「基本は単純」


「聞きたくないけどどうするんです?」


「“親切”と“圧力”を同時に与えます」


「アウト寄りの発想」


「大丈夫ですわ」


 微笑む。


「判断は、見る側に委ねますから」


 ◇ ◇ ◇


「――あっ」


 とん、と軽くぶつかる。


 途端にマリアの手から、本が床に散らばった。


「す、すみません!」


 慌てて拾おうとするその前に、赤い影が差し込んだ。


「……あら」


 ヴィオレッタが、ゆっくりとしゃがみ込んだ。


「こちらこそ、失礼いたしましたわ」


 一冊、本を拾い上げる。


 優雅な所作。


 完璧な微笑み。


 ――だが。


「……っ」


 マリアの肩が、わずかにこわばる。


「お怪我は?」


「だ、大丈夫です……!」


 周囲の空気が、ほんの少しだけ揺れた。


「今の……」


「わざと?」


「でも謝ってたよな……」


 小さなざわめき。


 まだ“確信”にはならない、曖昧な違和感。


 ヴィオレッタは、そのまま静かに言葉を重ねる。


「今回の課題は順調でして?」


「え……あ、その……まだで……」


「そう」


 一拍。


 笑みは崩さないまま、視線だけがわずかに温度を失う。


「では、今日中に終わらせなさい」


「えっ」


 周囲が、ぴたりと静まる。


 だが次の瞬間――


「あなたならできますもの」


 声音が、柔らかく落ちた。


「……!」


 マリアの目が見開かれる。


「は、はい……!頑張ります!」


 その場で本を抱え直す。


 決意のこもった顔。


 そしてその様子を見ていた周囲が、再びざわめいた。


「厳しい……のか?」


「いや、でもちゃんと見てる感じするぞ」


「優しさでは……?」


「でもちょっと怖くない?」


 評価が、割れる。


 明確な善でも悪でもない、曖昧な印象が広がっていく。


 ヴィオレッタはそれ以上何も言わず、背を向けた。


 去り際。


 ほんの一瞬だけ――


 口元が、わずかに上がる。


 ◇ ◇ ◇


「……あの、今の……」


 人気のない廊下に入った瞬間、アルスが口を開いた。


「完全にアウトでは?」


「全然セーフですわ」


「どこが!?」


「接触は偶発」


「押してましたよね?」


「いいえ?支えようとしただけです」


「言い逃れが完成されてる!」


 ヴィオレッタは気にした様子もなく続ける。


「重要なのは結果です」


「結果?」


「はい」


 すっと指を立てる。


「“解釈が割れた”」


 アルスは一瞬、言葉を失う。


「優しいと感じた者」


「はい」


「怖いと感じた者」


「……はい」


「どちらも否定できない状況」


 静かに言い切る。


「それが“誤解の起点”です」


「……」


 不安になりながらアルスは振り返る。


 先ほどの場所。


 まだ、生徒たちが小声で話しているのが見えた。


「ねえ、さっきの――」


「どう思う?」


 その声は、確かに“広がっている”。


「これが“種”」


 ヴィオレッタは微笑んだ――その顔は、完全に“仕掛けた側”のそれだった。


「やがて、勝手に膨らみますわ」


 アルスは頭を掻いた。


(……マジかよ)


 ゼロだったはずの状況に、


 “変化”が生まれている。


「……これ」


 ぽつりと呟く。


「仕事としては……」


 一拍。


「成功、なんですかね」


ヴィオレッタは、迷いなく言った。


「第一段階としては、上々ですわ」


「うわぁ……」


 思わず顔を覆う。


「ちゃんと進んでるのが一番怖い」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒めてないです」


 遠くで、またざわめきが起きる。


 小さな違和感は、確実に形を持ち始めていた。


「では、次ですわ」


「もう次!?」


「当然です」


 くるり、と振り返る。


「“誤解”を“確信”へと育てます」


「育てるなそんなもん!!」


 ヴィオレッタは、楽しげに微笑んだ。


「物語は、積み重ねですもの」


 その横顔は、完全に“作り手”だった。


 アルスは天井を仰ぐ。


「……俺、ほんと何してんだろ」


「共犯ですわ」


「それ確定なんですね、はい」


 再び歩き出す赤い背中を追いながら、


 アルスは小さく呟いた。


「……でもまあ」


 一瞬だけ、笑う。


「ゼロよりはマシ、か」


 その言葉を聞いていたのかいないのか、


 ヴィオレッタはただ一言だけ返した。


「ええ」


 振り返らずに。


「――始まりましたわね」


 その瞬間。


 廊下の向こうで、新たなざわめきが広がる。


 それはまだ、小さな“誤解”。


 だが確実に――


また面倒な仕事が、増えた。

今回もお読みいただきありがとうございます。

ついに始まりました、“対立の発生”。

平和すぎる世界に、無理やりイベントをねじ込むお仕事です。

正直、作者の私的にも

「これ本当に成立するのか?」と思いながら書いてますが、

ヴィオレッタがめちゃくちゃ楽しそうなのでたぶん大丈夫です。

そしてアルスは今日も元気に巻き込まれています。

次回は、この“誤解の種”がどう転がっていくのか。

ちゃんと“ざまぁ”に繋がるのか、それとも別の方向に爆発するのか――

もし少しでも「続き気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや評価で応援いただけると嬉しいです。


それでは、また次回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ