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第20話 「石のパン」

 森を抜けると、

 小さな村が見えてきた。


 低い木の柵。


 古びた家が数軒建ち並んでいる。


 畑はあるが、

 全体的に元気がない。


「ここが私の村!モルト村だよ!」


 リナが胸を張る。


「……思ったより寂れた村だな」


「正直に言うね!?」


 だがシンはすぐに気づいた。


 畑の土が痩せている。


 保存庫も小さい。


 煙突から漂う匂いも薄い。


(……食料事情、

 かなり厳しいな)


 その時。


「やっと見つけた!リナー!」


 村の入口から、

 恰幅のいい女性が駆け寄ってきた。


「また森まで行ってたのかい!

 危ないって言っただろ!」


「ご、ごめんなさい!」


「まったく……」


 そこで女性は、

 シンを見た。


「……で、あんた誰だい?」


「シンだ。

 流れ者ってとこかな?」


「怪しい」


「即答!?」


 リナが慌てて間へ入る。


「ち、違うの!

 シンが魔物から助けてくれて!」


「魔物?」


「しかもスープ作れるんだよ!」


「……スープ?」


 女性は目を細めた。


 そして腕を組む。


「私はこのモルト村の村長、

 マルタだ」


  恰幅のいい女性は、

 じろりと頭からつま先まで舐めるようにシンを見た。


「リナを助けてくれたのは感謝する。

 でも怪しいもんは怪しいからね」


「まぁそうだよな……」


 その瞬間。


 マルタの顔色が少し変わる。


「……ところで、あんた本当に美味い飯が作れるのかい?」


「え?」


「この村で“美味い飯”は重要なんだよ」


 妙に真剣だった。


 シンは少しだけ嫌な予感がした。


◇ ◇ ◇


 数分後。


 シンは村の集会所にいた。


 長テーブル。


 硬そうなパン。


 薄いスープ。


(どうしてこうなった……)


 見ただけで分かる。


 栄養も味も足りていない。


 子供たちも静かだった。


 飯へ勢いがない。


「……気まずい」


 思わず呟く。


「今年は不作続きでね。麦もろくに採れやしない」


 マルタが腕を組む。


「今ある保存食もギリギリさ」


 シンは硬いパンを手に取った。


 カチカチだった。


「これ、石か?」


「パンだよ」


 当たり前のようにリナは答える。


「嘘だろ」


 軽く机へ落としてみる。


 ゴッ。


 重い音がした。


「これ鈍器になるな……」


「それでも食べないと生きていけないからねぇ」


 シンはスープも飲む。


 薄い。


 というか、

 ほぼ塩水だった。


 リナは不安そうにシンを見る。


「……やっぱ変かな?」


「いや」


 一拍。


「よくこれで皆生きてんな」


 全員が静かになった。


「あっ」


 失言だった。


 だが。


 村人たちは怒らなかった。


 代わりに、

 苦笑した。


「まぁ事実だしな」


「最近はこんなもんだよ」


「贅沢なんて言ってられないしねぇ」


 その空気が、

 妙に重かった。


 シンは黙って立ち上がる。


「台所借りるぞ」


「……は?」


「このままだと飯が可哀想だ」


 村人たちがぽかんとする。


「リナ、マルタさん手伝ってくれ」


◇ ◇ ◇


 数十分後。


「な、なんだこの匂い……」


 集会所がざわついていた。


 鍋から立ち上る湯気。


 焼かれるパン。


 香ばしい匂い。


 シンは黙々と作業していた。


「その硬いパン、

 一回蒸してから焼けば食える」


「む、蒸す……?」


「あとこの保存豆、

 軽く発酵進んでるな」


 シンは鼻を鳴らす。


「使い方次第で化けるな」


 《発酵Lv5》。


 その力で、

 食材の状態が手に取るように分かる。


「塩だけじゃなく、

 酸味を少し入れるか」


 《発酵樽庫バレル・ストレージ》から、

 小瓶を取り出す。


「うわっ!?

 何もないとこから出た!?」


「魔術か!?」


「便利……!」


 村人たちがざわつく。


 だがシンは気にしない。


 気づけば、

 身体が勝手に動いていた。


 仕込み。


 調整。


 火加減。


 全部、

 昔と同じだった。


 そして。


「……よし」


 シンは皿を並べた。


 湯気の立つ豆スープ。


 蒸して焼き直したパン。


 ほんの少し香草を散らしてある。


「できたぞ」


 だが。


 誰もすぐには手をつけなかった。


 村人たちは顔を見合わせる。


「……本当に大丈夫なのか?」


「嗅いだことない匂いだぞ……」


「変な薬とか入ってないよな?」


 当然だった。


 さっき会ったばかりの、

 得体の知れない男。


 しかも妙なスキル持ち。


 警戒しない方がおかしい。


 シンは少しだけ目を丸くし――


 そして苦笑した。


「まぁ、

 普通そうなるか」


 一拍。


 シンはスープを自分でひと口飲む。


「毒なんか入れてねぇよ」


 さらに、

 子供たちを見る。


「むしろ子供にちゃんと食わせろ」


 その声は、

 少しだけ真面目だった。


「腹減ってる時期に、

 変な飯食う方が身体壊す」


 村人たちが静かになる。


 シンはパンを持ち上げた。


「これは“蒸し焼きパン”。

 硬くなったパンを戻してる」


 次にスープ。


「こっちは発酵豆の塩スープ。

 胃に優しい」


「は、発酵……?」


「簡単に言えば、

 保存食を美味く食えるようにしてるだけだ」


 マルタがゆっくり皿を持つ。


「……まず私が食べるよ」


 周囲が固唾を呑む。


 マルタは静かにスープを口へ運び――


 そして。


「……え?」


 空気が止まった。


「な、なんだこれ……」


 次にパンを食べる。


「パンが柔らかい……!?」


 ざわっ。


 空気が変わる。


「ほ、本当に食えるぞ!」


「スープに味がある!!」


 子供が思わず叫ぶ。


 子供たちまで夢中で食べ始めた。


 リナは満面の笑みだった。


「でしょ!?

 シンすごいんだよ!」


 シンは少しだけ照れ臭そうに頭をかく。


 だがその時。


==========


《発酵Lv5》


村単位の食文化改善を確認


熟成経験値を大量取得しました


==========


「……は?」


 また変なの出た。


 しかも今度は、

 “大量取得”だった。


 シンが困惑していると。


 マルタが静かに口を開く。


「……シン」


「ん?」


「あんた、

 しばらくこの村にいないか?」


 一拍。


「この村の飯事情、

 本気でなんとかしてほしい」


 シンは目を瞬かせた。


 そして。


「……いや俺、

 戦って自由に生きたかったんだけど」


「私からもお願い!」


 リナとマルタに改めて頼まれる。


「……俺、

 異世界でまで店やることになるのか?」


◇ ◇ ◇


 一方その頃――


 異世界転生管理会社エリュシオン・ゲート


「……あれ?」


 アルスは報告端末を見ながら首を傾げた。


「どうしたのー?」


 リシアが書類を抱えながら聞く。


「発酵スキルのシンさんなんですけど、経験値取得量、

 なんかおかしくないですか?」


「どれどれ?」


 画面には、

 大量のログが流れていた。


==========


《発酵Lv5》


村単位食文化改善を確認


徳ポイント上昇


文明貢献値上昇


==========


「……なんじゃこりゃ」


 リシアが引く。


「勇者候補でもないのに、

 なんで文明スコア伸びてんの?」


「食事改善って、

 結構世界への影響大きいんですね……」


 アルスは苦笑した。


 すると。


 後ろからガルドがニヤリと笑う。


「だから言っただろォ?」


「“食”を握る奴ァ強ぇってなァ」


 一拍。


 ガルドは端末を見ながら笑った。


「……コイツァ、

 国自体変えるかもなァ」

第20話ここまで読んで頂きありがとうございました!


ついにシンがモルト村へ到着。

そして始まりました、

異世界“食文化改善”編です。


シン本人は村でスープ作ってるだけなのに、

裏では「文明貢献値」が上がり始めてます。


この作品、

地味な行動ほど後々ヤバいことになるので、

今後の発酵職人編も楽しんでもらえたら嬉しいです!


面白かったら、

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