第2話「悪役令嬢は“完璧なざまぁ”を設計したい」
「アルス!!次、“悪役令嬢に転生してざまぁしたい”って客!!」
「ジャンルが渋滞してる!!」
カウンターには、すでに令嬢然とした女が立っていた。
流れるような金髪、隙のない所作、非の打ち所がない美貌。
「いらっしゃいませ。本日はどのような転生をご希望でしょうか?」
女神が、いつもの営業スマイルで応対を始める。
「はじめまして。わたくし、悪役令嬢として転生を希望しております」
(丁寧な受け答え……今回は平和に終わるか?)
俺がそっとバックヤードに引っ込もうとした、その瞬間。
「アルス」
低い声。
「逃げようとしないで。こういうタイプが一番長引くから」
「もうフラグ回収しないでください!!」
女神は引きつった笑顔のまま、俺の肩をがっちり掴んだ。
離す気はないらしい。
「どうかなさいましたか?」
令嬢は、わずかに困惑した表情を見せる。
「失礼しました。要件承りました。差し支えなければ、転生理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ざまぁを成功させるためです」
即答だった。
一切の迷いもない。
――やっぱり女神様の言う通りだ。
「もう少し具体的なご要望をお聞かせください」
女神は笑顔のまま、さらっと地雷原に踏み込む。
「婚約破棄からの断罪イベントを希望します」
「かしこまりました」
「タイミングは卒業式終盤。観客は最低でも二百名、できれば貴族中心で──」
客に向けた笑顔はそのままに、客に聞こえないよう女神が唇だけを動かす。
「ちょっとアルス……」
「はい」
「この規模、今期のリソースじゃ無理」
「急に社内会議始めないでください」
こちらの様子など意に介さず、令嬢は淡々と続けた。
「演出は三段構成。“静寂”から入り、“ざわめき”、そして“絶望”で締めます」
「演出家なんですか!?」
「断罪される側のセリフは三行以内で。長いとテンポが悪いので」
「テンポ気にするなら人数減らしません!?」
「観客のざわめきは段階的にお願いします。最初は控えめで」
「音響まで指定してきた!?もう制作側の人間じゃないですか!」
横で、女神がこめかみを押さえた。
あの顔は“長期戦確定”の合図だ。
「……お客様」
女神が、にこりと微笑む。
「恐れ入りますが、当窓口では“完全指定型シナリオ”の保証はいたしかねます」
「では成功率は?」
「条件に応じて変動いたします」
「成功前提ではないのですね?」
空気が一瞬だけ張り詰めた。
女神の笑顔が、ほんのわずかに硬くなる。
「……それで、本当に満足できるのか?」
気づけば、俺は口を挟んでいた。
令嬢の視線が、初めてこちらを向く。
「何か問題でも?」
「用意された“ざまぁ”で満足できますか?」
「当然です。完璧であるべきですから」
「では失敗したら?」
「ありえません」
「成功しても、何も残らなかったら?」
一瞬の沈黙。
言葉が、止まった。
ほんのわずかに、彼女の表情が揺れる。
「ちょっと!アルス!余計なこと言ってないで下がって」
「……はい」
「うちの従業員が申し訳ございません。改めてご提案いたします」
女神が一枚の書類を差し出す。
「“人間・令嬢型+因果補正(弱)”でございます」
「因果補正?」
「はい、努力次第で“それらしい展開”が発生しやすくなります」
「確定ではないのですか?」
「保証はいたしかねます」
営業スマイル、完全固定。
令嬢はしばらく思案し――
「……それで結構です」
静かに頷いた。
「ただし」
まだあるのか。
「ドレスは赤でお願いします。映えますので」
「そこ最優先なんですか!?」
光が彼女を包む。
「それでは、良きざまぁライフを」
「その送り出し方どうなんですか!?」
令嬢は消えた。
静寂。
――の、次の瞬間。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
女神がカウンターに突っ伏した。
「なにあれ……制作会議じゃないのよ……」
「お疲れ様です……」
「“成功前提ですよね?”って何よ。じゃあこっちは何の仕事なのよ」
「知りませんよ……」
「アルス……」
「はい?」
「徳、増えてると思う?」
「……いや、たぶん増えてないです」
「むしろマイナスね」
「減るんですか!?」
女神は、ゆっくりと顔だけこちらに向けた。
嫌な予感しかしない。
「あとね、アルス」
「……はい?」
「さっきの案件、“要監視フラグ”立ってるから」
「要監視フラグ?」
「現地でシナリオ逸脱が起きた場合、即時対応。担当者付き」
一拍。
「担当、お前ね」
「は?」
「なにかあったら降りるから。現地に」
「ちょっと待ってください!?転生先って現場対応あるんですか!?」
「クレームになったら評価に響くでしょ」
「ブラック企業すぎません!?」
女神はため息をつきながら、書類の山を一枚引き抜いた。
「しかもこれ、“優先案件”扱いになってるから」
「え」
「今期のリソース、だいぶ持ってかれたわね」
「さっきの会話の裏で何が決定してたんですか!?」
「あなたの徳ポイントも、この案件で相殺」
「減るどころじゃない!!?」
女神は、にっこりと微笑んだ。
「頑張って。元勇者様」
「いや今ただの雑用係なんですけど!?」
「……あ、言い忘れてたけど、その世界、“婚約破棄イベント”自然発生しないから」
「はぁぁぁぁ!!?」
一瞬、思考が止まる。
嫌な予感だけが、ゆっくりと形になる。
「だから――発生させて♪」
「俺が!?無からイベント作るんですか!?」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
イベントが存在しない世界で、
イベントを“発生させる側”になった元勇者。
……どうしてこうなった。
次回、現地対応編。
貴族社会に放り込まれたアルスの運命やいかに。
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