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自己否定する年上美少女の正体を知らずに全力で肯定していたら、いつの間にか外堀を埋められていた  作者: じゅうぜん


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第8話 妹とネガティブな小説家

 紗夜さんが企画にダメ出しされたと言われた後日。

 俺は……リビングで妹に睨まれていた。


「それで? また? 綺麗なバイト先の先輩のために? 夜帰るのが遅くなるかもしれない? お兄ちゃんが?」

「……そうなんです」


 俺の妹――浅海和希あさみかずき


 まっとうに青春を謳歌してる中学二年生。今は目が吊り上がってるけど、笑うと可愛い。音楽が好きで、軽音部に入っている。流行り物とドーナツが好きだ。


 クラスでは友達もけっこういるみたいで社交的だけど、俺に対してはちょっと当たりが強い。そのあたりを全てひっくるめて、可愛い妹だ。


 ちょうど今は、妹にまたバイト先の先輩――紗夜さんの手伝いで遅くなることがあるかも、ということを伝えたところだ。


 すると腕を組んだ妹にジト目で睨みつけられている。


「それ、なんかよくない勧誘受けてない?」


 たしかに話だけではそう見えてもおかしくない。

 でもやっているのはただ悩める作家の話を聞いているだけだ。

 勧誘というよりはカウンセリングに近い。


「受けてないよ」

「じゃあ何してるの」

「雑談とか……」


 紗夜さんが作家であることは許可を取ってないから伝えられない。

 だからどうしてもぼかした回答になってしまう。それが和希には何か隠してるように見えてしまうらしい。


 和希がむっつりと顔をしかめる。


「雑談の内容は?」

「好きな作家の話とか……」

「そういえばお兄ちゃんよく同じ人の本読んでるよね……」

「あ、ああ」


 その人と喋っています。


「…………」

「和希?」

「……別に、騙されてるんじゃないならいいけどさ……」


 拗ねているような表情。

 そういえばと思い出す。

 最近、紗夜さんと一緒にいるせいで和希と過ごす時間が減ってしまっていた。


「……最近は家にいれなくてごめんな。遅くなるかもだけど、前よりは多くないはずだから」

「は。別に寂しいとかじゃないから。呆れてるだけ」

「じゃあ呆れさせてごめん」

「なにもう……」


 我が家には父がいなくて、日中は母さんも働いている。高校に入ってからは俺もバイトを始めたから、必然的に和希を一人にしてしまうことが多いのだ。

 紗夜さんを手伝うにしても、頻度は考えた方がいいかもしれない。


 むすっと顔を背ける和希。

 けれどその頭が、ちょうど俺の手が届きやすい位置に置かれている。

 これは妹からの無視してはいけない合図である。


「いつも心配かけてごめんな」


 そう言って和希の頭に手を添え、髪を撫でた。


「ちょ……髪が崩れちゃうじゃん……」

「……今日はやめた方がいい?」


 和希がちらと目線だけ俺に向ける。


「……やめろとは言ってない」


 兄妹のいつものやり取り。

 和希には昔から何かとよく頭を撫でることをせがまれていた。

 昔みたいに『撫でて』と直接言われることは無くなったけど、こうして撫でろと暗に言われることはよくある。


 文句は言われても、やめろと言われたことは無い。

 やめたらやめたで不本意そうな顔をされるので、結局機会があればずっと撫でていた。


「……ハグは?」

「え? ハグも?」

「最近してないし。どうせ帰り遅いし。お兄ちゃんは他の女に腑抜けてるし」

「はいはい、そうだね」


 今日はハグも必要らしい。ハグはけっこう珍しい。言われた通りに座ってる和希の前に行くと、真顔で両手を差し出されるので希望通りハグをした。


「ほにいひゃんのばか……」


 俺のお腹あたりに顔を埋めて何かもごもご喋っている。


「なんですかー」

「ほにいひゃんはへんなほんなにふかまっへる……」

「顔を上げて言わないとお兄ちゃんわかんないですよー」

「ほにいひゃんのあほ……」


 なんとなく悪口だけ聞こえる。他のも文句の類だろうなとは思った。和希には迷惑をかけてしまっている。これからはもう少し面倒を見ないと。


 しばらくしておもむろに和希が顔を離したので、俺も先に戻って残った朝食を食べて二人分の食器を洗った。和希はまだむすーっとしているけど、何も言ってこないということは一応許しを得られたのだろう。


「じゃ、俺はそろそろ学校に行ってくるから。今日はちゃんと帰るつもりだけど、遅くなりそうだったらまた連絡するよ」

「……今度ドーナツ買ってきて」

「はいはい」


 俺が通う高校は少し遠いので、だいたい和希よりは先に出ることになる。

 マンションの部屋を出て階段を降りていく。


 ふと……郵便受けを見たら、隣の部屋番号の所に貼られていたテープが剝がされていた。


(誰か引っ越してくるのかな)


 うちの隣には今のところ誰も住んでいなかったはず。

 でもチラシなんかを止めるためのテープが剥がれているということは、誰かここに越してくるのかもしれない。


(……いい人だといいなぁ)


 そんなことをぼんやり思って、欠伸をしながら駅へと向かう。

 なんの変哲もないそんな朝であった。



 ◇



 夕方のバイト先。今日も紗夜さんと一緒に働く。

 俺たちが働くカフェは個人経営の小さいお店なので、雇っている人数も少ない。

 夕方以降で働く学生の数はもっと少ないので、俺と紗夜さんは必然的によくシフトが被ることになる。


 そしてそんな紗夜さんは……今日はなんだか挙動不審だった。


「……紗夜さん? なんか調子悪いんですか?」

「え! そ、そんなことないけどなぁ……」


 明らかに泳ぎまくっている目で否定してくる。

 どうしたんだろう。昨日と違って元気が無いわけではないけれど。


「……や、やっちゃった……どうしよう……」


 なんだか何かに怯えているようでもある。

 そんな様子を見て、一つの可能性に思い当たった。


「もしかして――お姉さんとまた何かあったんですか?」


 レジの傍にお客様がいないのを確認して、小さく問いかける。


 脳裏に浮かぶのは数日前の出来事。

 紗夜さんのお姉さんが、小説家を辞めさせるためにバイト先に乗り込んできた。

 あの時、迷惑だろうからここには来ないと言っていたけれど、自宅に突撃しないとは言っていない。


 でも紗夜さんはふるふると首を振った。


「ううん。平気だよ。姉さんからは今のところは何もない」

「そうなんですか」


 ほっと息を零す。

 でもそれなら紗夜さんは一体何に怯えているんだろう。


「……浅海くんさぁ」

「はい。なんでしょう」

「……すごくネガティブな小説家の人がお隣に住んでたらどう思う……?」

「は……?」


 それは一体、どういう想定の質問なのか。


「あっ、ご、ごめんね。別になんでもないんだけどさ」

「小説か何かのアイデアですか?」

「え、うん。そう、かも?」


 紗夜さんが前に編集さんに見せていた企画ではそんなキャラはいなかったと思うけど……。でも後から直す過程でまた生まれたアイデアなのかもしれない。


「つまり……紗夜さんみたいな人がお隣さんってことですよね?」

「うっ……そうだね。……あっ、でも料理はできるよ!」

「なるほど……」


 謎の補足があった。

 ネガティブな小説家だけど料理ができる。

 そんな人がお隣だったらどう思うか。


「特に何も……ですかね」

「え!? な、何もなし!?」

「だって他人ですから……。一応、ご近所としてある程度トラブルが無いくらいにはしたいですけど」


 紗夜さんが愕然と目を丸くしている。

 お隣さんにどんな方がいても、トラブルさえ起こらなければ別になんでもいい。

 ただし。


「でも……紗夜さんなら、ちょっと話は違いますけどね」

「……へ?」

「紗夜さんがお隣にいたら嬉しいと思います。……ま、そんなことはないでしょうけど」


 ネガティブな小説家だけど料理ができる人。そんな紗夜さんっぽい人が本当に紗夜さんだったならば、俺としてはとても嬉しい。


 だって紗夜さんは他人じゃない。

 俺の中では尊敬できる先輩で、大好きな作家なのだ。


「そっかぁ……!」


 紗夜さんがなぜか泣きそうなぐらいの笑顔を浮かべている。

 ……どうしたんだろう。まさか本当に引っ越してくるのかな。そんなわけないよな。


 なんとなく変な紗夜さんに疑問を覚えつつも、お客様がいらっしゃったのでまずはそちらに意識を向けるのであった。

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