第25話 やり過ぎ?
「というわけで、カナさんに体験授業をしてもらうことになりました」
その後のバイト終わり。
店内の片づけをしながら紗夜さんに家庭教師の話をする。
「……カナからも聞いたよ。よかったね」
「紗夜さんのおかげですごくスムーズでした。ありがとうございます!」
「…………」
頭を下げたが、紗夜さんは無言で店内の掃除を続ける。
「……あの紗夜さん。もしかして怒ってます?」
「……怒ってはない」
今日の紗夜さんはずっと変だ。
バイト中も仕事自体は完璧にこなしていたけど、なんだかむすっとした雰囲気があって声を掛けづらかった。
「俺が何か変なことをしてたら言ってください。できるだけ紗夜さんに迷惑を掛けたくないので」
なのでこうして人がいなくなってから声を掛けた。
紗夜さんは先輩というだけではない。隣人としての付き合いもある。雰囲気が悪くなるのは可能な限り避けるべきだ。
そんな風に言うと紗夜さんがぴたりと動きを止めて小さく言った。
「……カナと知り合いなんて聞いてなかった」
「……え? ああ、それは……」
だって知り合いではなかったから……。
俺は不審な動きをしてるカナさんを引っ張ってドーナツを渡しただけの関係なのだ。まさか不審者が家庭教師の候補だとは思わない。
「私に言わない方がいいと思ったの……?」
「いえ全然言えます!」
あの場では勢いに押されて話を合わせたけど、たぶんカナさんは恥ずかしいから言ってほしくなかっただけだ。そんなことで紗夜さんの心を煩わせるわけにはいかないのだ。
なので紗夜さんに全部話した。
不審者だと思ったらカナさんだったという話。
「そんなことがあったんだ」
「ええ。ほんとにたまたまで……」
なんて俺の台詞の隙間に、紗夜さんの小さな呟きが聞こえる。
「……でも仲良さそうだったね」
「え?」
「浅海くんは女の子なら誰とでも仲良くなるんだ」
「基本お世話になる人にはできるだけ丁寧に接しはしますけど……」
むす……っとした顔をしている。
それを見て、珍しいと思った。
紗夜さんは元々自分への評価が低い。何か良くないことが起こった時には、大体自分が悪いと考えがちなマイナスの思考回路をしている。
そんな紗夜さんが俺に対して、不機嫌ですというオーラを発している。
(これは――成長なのでは?)
紗夜さんの態度は俺に対しての不満の表れだろう。
でもそんな風にして見せるのも、前までは考えられないことだ。
これまでの日々で紗夜さんはある程度、自分に自信を持てるようになっているのではないか。
そんな風に思っていたら紗夜さんが急に眉根を寄せた。
「……浅海くん、どうして笑ってるの?」
「あれ? 笑ってました?」
「笑ってた」
「すみません。紗夜さんの態度が珍しいなと思って……」
「珍しいってなに? 私は怒ってるんだよ!」
さっき怒ってないって言ってたのに。
けれど紗夜さんがそう言うなら俺も弁解しないといけない。
この前、カナさんと出会った日、俺ももう少しきちんと紗夜さんへの気持ちを言葉にしないといけないと思ったばっかりなのだ。
「カナさんとはああして喋ってましたけど、誰とでも仲良くするわけじゃないです。紗夜さんの知り合いってわかったから気を緩めただけで。俺が今、一番仲良くしていたい人は紗夜さんですから」
そんな風に言ったら紗夜さんが「え」とか「そ、そうなんだ」とか呟いてうろうろ視線を泳がせ始めた。
「片付けしましょうか」
「え、あ、うん」
紗夜さんのさっきまでの不満げな態度が緩む。
やっぱり気持ちは伝えた方がいいのだな。
◇
後日。
紗夜さんが夕食を作ってくれて、和希と三人で食べ終わった後のこと。
食後にゆっくりしていたら、ぽろん、と俺のスマホが鳴った。
「あ、カナさんから……」
『ゆーたくん。好きなお菓子とかある?』
『休憩の時に一緒に食べようかなーって』
お菓子……お菓子?
ありがたいけど、パッと思いつくものはあまりない。
『ドーナツとか?』
そう言ったら、なぜか既読なのにしばらく返事が来ない。
おかしいな。いつもなら速攻で返ってくるのに。
どうしたんだと待っていたら、だいぶ経ってから返ってきた。
『そーいえばあたし、貰ったドーナツのお金払ってなくない!?』
(それはそう)
カナさんと初めて会った時、お腹が鳴ってたので持ってたドーナツを渡したのだ。
不審者だと思ってたので請求していなかった。
たしかにカナさんに渡してそれきりであった。
『やばぁ~~~~これじゃ面子が保てないよぉ~~~~』
『気にしないでいいですよ』
『うわぁ~~対応が大人でつらみ~~』
泣きながら笑ってる絵文字が付いている。
カナさんってけっこう情緒不安定だよな……。
なんて思ってたら、突然、耳元で声がした。
「……浅海くんって……カナとはよく連絡するの……?」
「おわ」
振り向くと、息が掛かるくらいの距離から紗夜さんが俺のスマホを覗いていた。
いつの間に?
というか、いつから見てました?
「……あの。いつから?」
「連絡するんだ」
「えっ、そうですね……家庭教師の準備があるので……」
カナさんは割と頻繁に連絡してくるタイプの人だ。
苦手な科目の話とか。直近の試験や小テストのプリントを送ってほしいとか。主な話題は家庭教師のためのもの。
あとは少しだけ雑談もしたりするけど……。
紗夜さんはなんだか口元をもにょもにょさせている。
「……私とはそんなにしないのに……」
「はい?」
「……ううん。なんでもない。ごめんね」
そっと離れてテーブルに座り、紗夜さんが自分で用意したお茶を啜った。
たしかに今まで紗夜さんとのメッセージのやり取りは少ない。
なぜならめちゃくちゃ会うので喋る機会が非常に多いからだ。
そもそも俺は自分からメッセージを送るタイプではない。バイト時代も何か用件がないとお互いやり取りはしていなかった。
そんな現実的な理由はさておき。
……これは、ちゃんと伝えた方がいいやつだな。
和希がソファから眺めているのにわかっているぞと頷いて見せつつ、俺は紗夜さんに向き直る。
「紗夜さん、最近は小説の調子とか大丈夫ですか?」
「へ? うん……おかげさまである程度は順調に進んでるけど……」
「もし時間があるのであれば、俺も紗夜さんとLINEしたいです」
「えっ」
ぴくっと紗夜さんが肩を跳ねさせた。
「ただ正直、もう紗夜さんとはそれ以上の仲なんですよね……」
「そ、それ以上?」
「はい。俺はメッセージでのやり取りより、対面で喋った方が気持ちが伝わると思ってます。そんな気がしないですか?」
「え、えっと」
「だから紗夜さんとはできればメッセージじゃなくて直接喋りたかったんです。そうしないと伝えたい気持ちにも抜けがあるかもしれないじゃないですか。紗夜さんには余すところなく伝わってほしいんです。これからもずっとこうして喋れたら嬉しいなって」
「へぁ」
紗夜さんがぽかぁんと口を開けて硬直した。
……あれ?
「お、お兄ちゃん! やり過ぎだって……!」
なぜか和希に止められて、気持ちを伝えるのは程々にという約束をさせられるのだった。




