第16話 ヒモになってしまう
それから数日が経った。
ずっと変わらず我が家と紗夜さんの関係は続いている。
今日も朝から呼び出されてお弁当を受け取りに部屋の前までやってきた。
「はい浅海くん。これお弁当」
「……ありがとうございます」
毎日というわけではないのだけど、結構な頻度でこうしてお弁当も作ってもらっている。
これはいいんだろうか。
「浅海くん……今日も、いい?」
「……はい」
そしてお弁当を作ってもらった時には頭を撫でている。
紗夜さんの髪はさらさらとしている。
この前、和希に聞いて知ったけど、紗夜さんは俺と会う前にはちゃんと身支度を整えているらしい。
本当にいいんだろうか、と思う。
えへへと紗夜さんが嬉しそうなのは俺も嬉しいのだけど、最近頭の中にどうしても一つの言葉が浮かんできてしまう。
ヒモだ。
俺は今、順調にヒモへの道を進んでいるような気がしてならない。
「あ、浅海くん。今度食べたい物ある?」
「そういえば和希が前に作ってくれたチキンステーキが食べたいって」
「そっかぁ。じゃあ、それ作ろうかなぁ」
俺、紗夜さんにダメ人間にされてしまってはいないだろうか。
◇
学校でも授業を受けながら同じことを考えていた。
(このままじゃまずい)
四時間目の授業中。古文の時間。
黒板に書かれたことを惰性で書き写すだけの自分を客観的に見て、ふと思った。
(紗夜さんがいないとダメな体になってしまう)
ぼんやりと日々を過ごし、美味しい料理を貰って食べる。学校では反射で黒板をノートに書き写し、ふわふわした頭のまま時間が過ぎるのを待つ。
とんでもなく幸せな立場にいることはわかっているけど、これを受け取っているだけの人間になってはいけないという危機感もあった。
チャイムが鳴って、お昼休みになる。
前の席の奴が振り返って、俺の顔を見て笑ってきた。
「あはは、遊太なんでそんな眉間に皺寄せてんの? 古文嫌いだっけ?」
センターパートで髪を分けてる爽やかな雰囲気の男子。
顔立ちは整っていて、いつもへらりと口元が笑顔の形に緩んでいる。
サッカーに青春を注いでいて、持っているアイテムが大体サッカー関係な俺の友人。
花房蓮司。
たまたま席が近くなることが多くて喋るようになった、高校で出来た友人だ。
「別に古文が嫌いになったわけじゃない」
「じゃあ何?」
「俺が、俺自身を嫌いになりそうなんだ」
「え、なに急に。こわ」
ドン引きの顔をしながら、椅子を回転させて俺の机に弁当箱を乗せてくる。
この友人は他にも沢山友達がいる割に、なぜか俺と一緒に過ごしていることが多い。理由まで特に聞いたことはないが、こっちは友達が多い方ではないので一人にならず助かっている。
「そういえば最近、お弁当多いよね」
蓮司が俺のリュックを勝手に覗いてそんなことを言ってくる。
たしかに言われた通り、少し前まではお弁当よりもコンビニとかで買うことが多かった。お弁当が多いのは紗夜さんのおかげである。
「……お弁当って作るの大変だよな?」
「え、そうじゃない? 早起きしたりするもんね」
そんな大変なことの対価が本当に頭を撫でるだけでいいのか。
青い包みを取りだし、ほどく。
すると、お弁当の上に綺麗な文字で書かれたメモが乗せられていた。
『授業がんばってね』
なんて、気遣い。
最近そっと添えられるようになった一言メモ。
めちゃくちゃ嬉しいけど、こんな事を言ってもらう程俺は貢献できているのか。
蓮司がメモを反対から覗いて首を捻る。
「なんかメモもたまに入ってるよね。妹さん?」
「……いや」
「違うの? もしかして――彼女とかできた?」
「それも違うんだ……」
むしろ彼女だったらよかったのかもしれない。
俺にとって紗夜さんは隣人であり先輩であり尊敬する作家である。
ネガティブモードに入るとちょっとポンコツではあるけど、基本は尊敬できる人なのだ。
そして中身もやっぱり綺麗だ。
蓮司が覗いてきて驚いた様子で声をあげる。
「うわー今日も丁寧なお弁当だねー」
からあげがメインのお弁当。半分になった卵焼きや、串を通したミニトマト。下にはレタスが敷かれていて、残りは胡麻のかかった白ご飯。
「美味しそうだ……」
「さっきからなんかショック受けてない? なんで?」
「このお弁当を作ってくれてる人を俺は尊敬してて、だから不甲斐ない俺がこんな素晴らしい物を食べていいのか悩んでるんだ」
「へーなんかどうでもいいことで悩んでるね。次の授業の話していい?」
興味無さそうな顔でスマホをいじりだした。
蓮司はけっこうドライだ。
「次の授業……総合か」
後ろの黒板を振り返って時間割を見る。総合の授業。
どんなことをするのか、今朝のホームルームで言っていたような気がする。たしか……。
「そう。大学見学、遊太は行くところ決めた?」
そうだ。そろそろ受験のことも考えないといけない時期だ。今度、三グループほどに別れて大学見学に行くのだと聞いた。
「決めてないけど……どこ行けるんだっけ?」
「この辺の三つ。これと、これと、これ」
蓮司がさっきまでいじっていたスマホをスワイプしながら見せてくれる。
載っている大学はそれぞれ偏差値の高い大学だ。
その中で一つ、気になった名前があった。
「東央大があるんだ」
「あるねー」
東央大学は偏差値トップの大学。
ここに入れたらいいね、と母さんが前に冗談のように言っていたことを覚えている。
けれど俺が気になった理由はそこじゃなくて。
(紗夜さん……たしかここだったような?)
前に尋ねたら、東央大に通っているんだと言っていた気がする。
「……東央大がいいな」
何か、目標が欲しかった。
俺は今、紗夜さんに良くしてもらっていて、すごく幸せに過ごさせてもらっている。
けれどこのままでいたら停滞してぼんやりしたまま時だけが過ぎてしまう。
(今の俺の学力じゃ……正直だいぶキツイけど)
でも、見ておくことにも意味があるかもしれない。
「へー。遊太も行くなら俺も行こうかな。たぶんじゃんけんになるけど」
「そんな人気かな」
「面白そうだから行きたい人多いんじゃない? 別に受験ここに決まるわけじゃないし」
「……絶対、勝つ」
「すごい気合」
チャイムが鳴って、五時間目。
凄まじい気合を込めた俺のグーにより、なんとか見学先の東央大学を勝ち取ることに成功した。




