第14話 だ、大丈夫ですか?
その後の土曜日。
紗夜さんと出かけることになった。
思えば、バイトのある日以外で紗夜さんと遊ぶのは初めてだ。
場所はまだ未定。一応、日付だけは日曜日に決まっている。
つまり明日。今日、場所を決めないといけない。
「和希は紗夜さんとどこに遊び行ったんだ?」
ソファーに向かって声を掛ける。
紗夜さんと出かける話は和希にもしてある。
なので一応、先人の知恵を借りようと思って聞いてみた。
「普通に渋谷のお店とか色々。行ってみたかったとこあったから」
「おお……」
「紗夜さんが美人だから舐められなくて楽しかった」
……そういうのもあるのか。
「紗夜さん、人がいっぱいいると目立ちそうだな」
「目立ってたよ。なんで見られてるんだろうって言ってたけど」
たしかに紗夜さんの性格なら自分の容姿のせいだとは思わないのかもしれない。
行くならあまり人がいない所の方がいいだろうか。それか、開けてる所とか。
「ちゃんと紗夜さんも楽しんでくれてた?」
「うん。だと思う。お揃いの服とか買ったし。私のお小遣いの範囲だけど」
それならよし。
なんて考えていると紗夜さんからメッセージが届いた。
『やっぱり、お出かけやめた方がいいかな……』
なんでやねん。
思わず心のツッコミをそのまま打ち込みそうになって、敬語に直した。
『どうしてですか?』
『誘った時の反応が微妙だったからやっぱり無理してないかなぁって……』
なぜかネガティブモードに入っているらしい。
昨日の夜、ご飯食べた時は元気だったのに。
『俺はぜひ一緒に行きたいです』
『本当?』
『本当です』
しばらくして続きが届く。
『じゃあ、行く!』
このやり取りも一体何度目か。
もっと俺も和希みたいにガンガンお誘いした方がいいんだろうか。
年上の異性相手に、そんなことするのはちょっと難しいけど。
『紗夜さんは行きたい所ってありますか?』
『すごくある』
『じゃあそこに行きましょう』
『いいの?』
『はい。俺、紗夜さんの行きたい所に行ってみたいです』
『神……』
小説家の語彙力、こんな感じでいいのか?
執筆してるのと日常とでは、使ってる頭が違うのかもしれないけど。
『浅海くんは朝でも平気?』
『大丈夫です』
『じゃあ十時に駅集合で』
了解しました、と返して画面を閉じる。
ふと顔をあげると和希がじっとこっちを見ていた。
「和希、どうした?」
「……ハグ」
「なんだ急に」
甘えたくなったのだろうか。最近はハグの回数が増えてる気がする。
背中に手を回すと、和希がぎゅうううとだいぶ強めに抱きしめてきた。
「和希?」
「ほつぎょうひないと……」
「卒業? ……ああ、和希も来年は受験だよな」
「…………」
「えっ、ちょっ! 腹をつねるな!」
そんないつもと違う兄妹のやり取りもありつつ、長めにハグをするのだった。
◇
翌朝の十時頃に待ち合わせ場所へ向かうと、既に見覚えのある人が立っていた。
「紗夜さん!」
「あっ! 浅海くん……!」
ぱっと振り返ってきた丸眼鏡の女性。今日はデニムにブラウスを着てその上からカジュアルなジャケットを羽織っている。お洒落で美人な紗夜さんは今日も周りの目線を集めているけど。
「えっ……だ、大丈夫ですか?」
ただ、その顔を見てびっくりして聞いてしまった。
隈がすごい。
顔だけはニコニコとしてるけど明らかに体調が整ってない。
「大丈夫だよ~、昨日楽しみで寝れなかっただけで~」
「……昨日だけですか?」
「えっ……一昨日もまあ夜は作業してたけど?」
気にしてなさそうに首を捻る紗夜さんを見て、俺は認識を改めた。
休日だから紗夜さんもゆっくりしてるはずだと思っていた。
けど考えてみると紗夜さんは抱えている仕事の量が多いのだ。
こんなので出かけてる場合ではない。
少し考えてから行先を変える事を提案した。
「……紗夜さん、先に俺の行きたい所に行ってもいいですか?」
「え? うん、いいけど」
じゃあ、と紗夜さんを引っ張って移動する。
そこそこの個室ならどこでもよかったけど、ひとまず駅の近くのネットカフェへ。
受付を終えて、移動中に紗夜さんが小声で話しかけてくる。
「あ、浅海くん、行きたいとこってここ?」
「…………」
「こ、こんな暗いとこ連れ込まれちゃうんだぁ……!」
何か言ってるけど、ひとまず個室に入るまでは置いておく。
部屋の番号を見つけて鍵で中に入った。
二人分入れるネットカフェの狭い空間。
そこに紗夜さんと二人で入って、「ちょっと待っててください」と伝えてブランケットを取ってきた。そしてドアを閉め、ブランケットを差し出した。
「紗夜さん。寝てください」
「……へ?」
「寝づらかったらすみません。でも流石に仮眠しないとその顔はヤバいです」
「や、ヤバい? 嘘ぉ……」
ぺたぺた顔を触っている。目元には隈があり、顔色はあまり良くない。薄暗くても調子が良くないのはわかる。
「もしかして寝てないから? ……でも大丈夫だよ。このぐらいは徹夜したことあるし……」
「俺が心配なので寝てほしいです」
「……心配?」
紗夜さんがぴくりと反応する。
「浅海くん……心配してくれてるの?」
「もちろんです。……倒れそうで怖いので、なんでもするから寝てください」
「そ、そこまで言うんだ……」
目を瞬かせて、「別に平気だけど……」とか「浅海くんはなんでもするを安売りしすぎだよ……」とかぽつぽつ言いながらも横になってくれる。
紗夜さんの体勢が落ち着いてから、その上にブランケットを掛けた。
「……じゃあ、浅海くんが言うなら、寝る」
「お願いします」
「……浅海くんは何してるの?」
「俺は紗夜さんの小説を読んでます」
「あ、あのそれは嬉しいけど羞恥プレイすぎるからやめてくれると……」
前まではバイト中めちゃくちゃ読んでるの見てたのに、作家だと気づかれてから紗夜さんはそんなことを言うようになった。
「……じゃあスマホでも見てます」
紗夜さんが寝てから読めばいいか。
それか、俺も少し一緒に目を閉じていてもいい。
なんと頭の隅で思っていると紗夜さんがそろそろと視線を俺の手元に滑らせた。
「浅海くん……」
「なんですか?」
「寝るまで……頭撫でてもらってもいい……?」
「は」
頭を撫でる。それは最近二人だけでやっていることではあるけど、こんな薄暗い個室でやるのは大丈夫なんだろうか。
「やっぱりだめかな……よく寝れそうな気がして……」
元々ダメもとだったのか、諦めるような弱い笑みを浮かべて手を引いた。
脳内で紗夜さんの睡眠と俺の恥ずかしさを天秤にかける。
凄まじい勢いで片方に傾いた。
「……いえ、大丈夫です」
「え、ほんと? ありがと……」
すると紗夜さんがよいしょよいしょと体を動かして俺の膝の上に頭を乗せてきた。
「あ、浅海くんの足の高さちょうどいいね」
「え」
「……あれ? こうした方が撫でやすいよね?」
撫でるなら当然こうするよね、みたいな目で見つめられて何も言えなくなった。
紗夜さんがそうしたいのならそうさせるべきか。
「撫でますね」
「わーい」
髪を撫でる。今日はいつもよりもゆっくりと手を動かす。小さい頃に和希を寝かしつける時、こんな感じで撫でていたのを思い出しながら。
「……あ。これすごい寝れそう」
紗夜さんが呟いて目を閉じる。足元の重みがわずかに深くなるのを感じる。紗夜さんが薄っすら目を開けて俺の顔を見て、ふふふと小さく笑った。
「おやすみ、浅海くん」
「はい。おやすみなさい」
静かになった室内で無心で手を動かしていく。スマホを見ようかとも言ったけど、薄暗いのでちょっと目が悪くなるかもしれない。紗夜さんは逆にこの小さい明かりが邪魔だろうか。
薄暗いとはいえ、もしかしたら目を何かで覆った方がいいかなと思ったら、既にすうすう寝息を立てていた。
「……やっぱ眠かったんじゃん……」
眼鏡すら掛けたまま寝ている。
邪魔だろうと思ってそっと眼鏡を外したら、口元がむずむずと動いた。
(なんか俺も眠たくなってきたな)
紗夜さんはどのぐらいで目覚めるのだろう。
俺も正直なところ、昨日は楽しみで寝つきは浅かった。本当はそこまで紗夜さんに寝ろと言えるほどじゃない。
(少しだけ寝るか)
どうせスマホも操作しづらいしと思って、目を閉じる事にした。




