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自己否定する年上美少女の正体を知らずに全力で肯定していたら、いつの間にか外堀を埋められていた  作者: じゅうぜん


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第13話 お隣さんがいる日々

 新しいお隣さんができてから数日が経った。


 その間の日々は何か劇的に変わったわけではない。

 けれど、前とはやっぱり違うこともあって。


 朝食をとっていると、スマホを眺めながら和希がふと呟く。


「お兄ちゃん、今度の休みに私出かけてくるから」

「ん? 何かあるのか?」


 次の休みは部活の日ではなかったはず。なんの用事だろうと思いながら尋ねる。


「紗夜さんと買い物してくる」

「え? おお……」


 和希は普段通りの口調だけど、ちょっと楽しそうなのが感覚でわかる。

 ここ数日で和希はずいぶんと紗夜さんに纏わりつくようになった。この前の態度が嘘のようである。

 

 紗夜さんはあれから何度かご飯を作りに来てくれて、一緒にいるうちに和希も段々自分から喋るようになった。そうして二人は連絡先も交換して、いつの間にかちょくちょくやり取りをする仲になっている。


「和希、ずいぶん紗夜さんと仲良くなったよな」

「は。違うし。なんか変な事しないか見張ってるの。あと頭いいし綺麗だし料理できるから仲良くしてた方が得ってだけ」


 すごい不愛想な言い方でめちゃくちゃ褒めている。

 この前バイト先で聞いたけど、紗夜さんも和希が声を掛けてくれて嬉しそうだった。

 もう既に絶対に俺より連絡回数は多い。同性だからというのはあるだろうけど。


「そういえばこの前、お母さんが野菜もっと差し上げたらって」

「あー。そうだな」


 うちの母も結局、紗夜さんのことは気に入ったようだった。


 顔合わせも何なら数分くらいで終わった。話を聞いた後に『そういう事……?』って俺に言って、それからめちゃくちゃ歓迎ムードになっていた。どういう事かは聞いてない。


 もう紗夜さんはずいぶん近しい関係になっている。


 最近も、ふとした瞬間に紗夜さんの名前を聞くことが増えた。

 バイトに行けば出会い、家にいれば夜に出会い、むしろ紗夜さんと会わない日の方が少ないかもしれない。これで紗夜さんって大学も行ってるんだよな。


 ……いつ小説書いてるんだろう?


 最近ずっと我が家関係のお世話ばかりしてるような……。


「そうだお兄ちゃん、紗夜さんが学校に行く前に部屋に寄ってほしいって」

「……ん? 学校行く前?」


 準備のために立ち上がると、和希が呼びかけてきた。


 なんの話だろう。今日は夕方からのバイトが一緒だけど、それ以前は何もないはず。首を捻っていたら和希が言った。


「なんか、お弁当作ってくれたみたい」

「え……?」



 ◇



「――紗夜さん、あの……」

『あっごめんね浅海くん、少しだけ待ってて!』


 インターホンを押すと、なんだか慌てているような紗夜さんの声が聞こえてくる。

 タイミングが良くなかっただろうか……と出直すか迷っていたら、少ししてドアががちゃりと開いた。


「お待たせ。登校前にごめんね」

「いえ、それより和希から聞いたんですけど……」

「そうなの……お弁当、受け取ってくれる?」


 紗夜さんは後ろで髪をくくったエプロン姿だ。両手に袋に包まれたお弁当箱を持っている。

 青の包みと、赤の包みの二つ。


「青い方が浅海くん。赤い方が和希ちゃん」

「その……いいんですか?」

「うん。普段は自分の分だけ作ってるんだけど、この際だから一緒に作ってもいいかなぁ~って」


 にこにこと笑っている。

 それを見て、俺は気になっていたことを尋ねた。


「紗夜さん……小説の方はどうなんですか?」

「んぐ」


 何か、クリティカルな攻撃が入ったような音がした。

 途端に紗夜さんのニコニコ顔がしなしなと泣き顔に変わっていく。


「あ……浅海くん……」

「だ、大丈夫ですか……?」


 そのままよろけだしたので慌てて肩を支えた。ほっそりした肩にびっくりしてちょっともたついてしまう。


「編集さんが……編集さんがぁ……」


 口元を抑える紗夜さんからの話を聞くとつまりこう言われたらしい。


『瀬名先生の作品はうんこっす』


「いやそんなわけなくないですか?」

「言ってたんだよぉ……!」


 企画を出した時、たまたま声を聞いただけの編集さん。

 あの時はあんなにテンション爆上げで褒めていたのに。


「……要するに、上手くいってないんですね?」


 こくりと頷かれる。

 あれから全く話を聞かないと思ったら、どうやら我が家の傍に来たのを理由に現実逃避していたらしい。


「引っ越しの言い訳が通るのもそろそろ無理があって……」

「……そんなギリギリを攻めてるならうちのご飯作ってる場合では」

「で、でもそれは作らせてほしい」

「なんでそんな」


 じっと真っすぐに見つめられる。


「……だって浅海くんに褒めてもらえなくなるし……」


 今度は俺がうっと呻く番だった。

 そうなのだ。紗夜さんがお隣に来てから変わったことはまだある。

 それが「褒める」というなんだか隠語みたいな行為。


「これが無いと、編集さんの指摘に耐えられないの」

「でも編集さんは善意でやってくれてるのでは……」

「浅海くん……新作、出なくてもいいの……?」


 ずるい。

 ずるすぎる。

 俺が紗夜さんのファンだというのがめちゃめちゃ利用されている。


「……だめです」

「じゃあ今日も……いい?」

「わ、わかりました」


 これでも別になんの対価もなく要求されてるわけじゃないのだ。

 新作がどうこうとは別に、今日はお弁当を作ってくれたからとか、昨日のご飯も作ってくれたからいうのが理由にあるわけで。


 腑に落ちない感じを受けながらも手を伸ばすと、紗夜さんが撫でやすいようにちょっとだけ頭を下げてくれる。


 犬みたいだ、とか思っていいんだろうか。


 ただ、頭を撫でるだけ。されど、頭を撫でるだけ。

 妹相手にやるのと、年上の美人な先輩にやるのとではまったく意味が違う。

 初めてではないのに、毎回初めての時ぐらい緊張する。


「……では、撫でます」

「うん」


 そっと髪に触れて、優しく撫でる。

 意味はまったくないけれど、とりあえず五回だけ撫でると決めていた。

 顔が熱を持ってくるのは気づかないフリをして、ゆっくり動かして、五回。


 手を放して、お互い顔を見合わせる。


「……えへへ」


 えへへと言われましても。

 こっちはなんとか平静を保とうとすごく頑張ってるんですが。


「浅海くん……その、そういえば今度和希ちゃんと一緒にお出かけすることになったんだけど」

「え? ああ、はい。聞きました」


 突然別の話題になった。

 出かけると言うのはさっき和希から聞いた話でもある。


「……今度、私ともお出かけしてくれない?」

「は、はい。それは大丈夫ですけど」

「……無理してたら断ってね」

「いえ全然、出かけるぐらいは余裕です」


 紗夜さんと違って、俺は忙しい予定なんて特にない。

 進学したら受験勉強が待っているけど、今はまだそこまで切羽詰まってるわけじゃない。


「よかった。最近、浅海くんと会った日は小説の方も調子いいから」


 安心したように紗夜さんが笑った。

 俺の存在がどうして小説の調子に影響するのかはわからないけど。


「じゃあ、また連絡するね」

「はい……では俺も……学校に行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」


 なんだか流れで約束を結んでしまった。

 紗夜さんの嬉しそうな表情を最後に、ドアが閉まるのを見送る。


(……撫でてるだけなのにな)


 頬を触るとすごく熱くなっている。


 ちょっとだけ外の空気で冷やしてから部屋に戻って、できるだけ目を合わせないようにして和希にもお弁当を渡すのだった。

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