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初めてのフェス

「ふあああ、眠いなー。」


「あともうちょっとで売り場まで行きますし、頑張りましょう!」


「高山さん、あと少しの辛抱ですよ!絢は大丈夫?疲れてない?」


「うん、ありがと優梨愛。でもここまで並ぶなんて思ってなかったよねー。」


私はそうだねーっと言いながら、前にも後ろにも果てしなく伸びている列を見渡してため息をついた。そして、改めて自分の現状に違和感を感じる。


―何であたし、高山さんと絢とフェスに来てるんだっけ?―


2月初めの寒空の中、私は高山さんと絢と一緒にフェスのグッズ販売の列に並んでいた。フェスは夕方の6時からだが、私たちは朝から会場に来て列に並んでいる。


ライブによく行く人たちにとっては当たり前のことかもしれないが、私にとっては違和感でしかなかった。そんなにグッズって買わなきゃいけないものなのかな…


そもそも、このメンバーで来ていることからしておかしな話だ。事の発端は、1月の最終週に来た高山さんからのLINE…


“みんなー!2月にあるフェス一緒に行かね?有名どころのバンド沢山来るよ!”


おお…私は正直バンドはあまり聞かないが、高山さんが送ってきたフェス参加バンド一覧のなかに、エストが入っているのが目に留まった。


―エストもくるんだ…てことは、笹野さんも来るのかな…―


だが、数日経った後、行くと返事したのが絢と堂谷君だけだった。


高山さんは3枚でチケットを応募したらしい。そっかー、まあ、笹野さん行かないみたいだし、あたしも行かないでいいよね…そう思っていると、また数日後にLINEがきた


“宮瀬さんごめん!フェス一緒に行ってもらうことってできないかな?実はゆうたが突然いけなくなっちゃって…”


高山さんと絢が2人で行くのもおかしな話だし、チケット代も半額にしてくれるということで結局私も行くことになった。まあ、それは別にいいのだが…


―まさかここまでフェスというものが大きなものだとは思ってなかった―


朝から並ばなきゃいけないし、正直絢と高山さんの話にはついていけないし、ちょっと疲れちゃった…


会場に来ている人の中には、自分の好きなバンドのメンバーの格好を真似している人や、頭から足の先までそのバンドのグッズでコーディネートしている人もいた。


本当にバンドのこと好きなんだな―この人たち。今日のフェスもどれだけ楽しみにしてたんだろう。


でも、こんなに夢中になれるものがあるって素敵なことだな。あたし、こんなに夢中になれるくらい好きなものってあるかな…


「あ、ほら!もう売り場が見えてきた!」


絢に言われて顔を上げると、前方にはグッズ一覧の看板が出ており、その下にはグッズを販売している係の人の姿も見えた。やっとここまで進んだかーっと高山さんは背伸びをしながら呟いた。


「で、君たちは何を買うかもう決めてあるの?」


「もちろんですよ!まずフェスで着るTシャツに首にかけるタオルでしょ?どのバンドのグッズも欲しいから迷っちゃいますね。」


「そうだよねーせっかくのフェスだしね!宮瀬さんはどうなの?」


「んー、あたしはそこまでバンドに詳しくはないんですけど、やっぱりエイトのグッズはほしいですね!せっかくならTシャツもタオルも欲しいし…


あ、笹野さんにお土産買って行ってあげようかな。笹野さんもエイト好きだし」


「いいね!買ってあげたらいいよ!」


「どうしよう何買ってあげたら喜んでくださるかな…タオルとかTシャツだと逆に遠慮させちゃうかな…」


「んんん…こういう時こそ俺が必要になるんじゃないのかな?」


咳ばらいをしながら高山さんがずいっと前に出てきた。


「さすが高山さん!男子の視点から見て何もらったら嬉しいですか?」


「んー、ごめんぶっちゃけなんでもいいんだよね」


「えええ!?」


私と絢は思わず同時に驚いてしまった。高山さんはごめんごめんっと言ってから話を続けた。


「まあでも、宮瀬さんが渡しやすいものならほんとに何でもいいと思うよ!遠慮されたくないんなら小物とかでもいいと思うし」


「そっか…どうしようかな」


「キャップとかいいんじゃない?笹野さん似合いそうだし」


「確かに…」


看板に載っている写真を見ると、キャップは黒地に白字でESTっと書いてあるだけのシンプルなデザインだった。でも、シンプルなほうが笹野さんに似合いそうだった。


でも、やっぱりおこがましかなお土産なんて。あたしなんて、ただのバイトの後輩だし…そして、その横には、キャップと同じデザインのリストバンドの写真が載っていた


「リストバンドか…いいかも」


「んー確かにかっこいいね!でもフェス中につけるならまだしも普段使わなくない?キャップなら普段使ってもらえるかもしれないのに」


「うん、いいの!リストバンドくらいがあたしがあげるのにちょうどいいし。これにする。デザインもカッコいいし、部屋に置いてもらえたら嬉しいな」


「いや~、宮瀬さんってほんとに奥手女子って感じだよね」


「ちょっと!高山さん!」


「でも、恋する片思いの女子ってこんな感じだよね。俺は健気でかわいいと思うよ。」


私が顔を真っ赤にしていると、絢がよしよしと背中を撫でてくれた。


最近絢は、ますますきれいになった。前まで真っ黒だった髪を、1月の終わりにこげ茶色に染めた。


最初はびっくりしたけど、良く似合ている。髪は相変わらずきれいなストレートのロングで、少し大人びた印象になったが、顔立ちが綺麗な絢にはこっちの方が似合うのかもしれない。


程よい赤色のリップが髪色と会っている。堂谷君は、どんな反応だったのかな?似合うねって言ってくれたのかな…


「そして俺はこの前の呑み会で俺の準備を手伝ってくれた宮瀬さんのことを褒めたたえたいね!あれはポイント高かったと思うよー」


「え、あたしそんなつもりじゃ…高山さん一人のやらせるわけにはいかないし…」


「いやいや、男にとってあれは気の利く女子だな~っていう好印象になるんだよ。特に笹野くんみたいな家で一人でいるような男には」


「え?それってどういう…」


「優梨愛、つぎだよ!」


買う順番が来て、私は慌てて前に進んだ。


「えっっと、全部エストのグッズ何ですけど、リストバンドが1つとTシャツのSサイズが1つ、それから…」



グッズを買い終わってからは、東京を3人で観光した。観光と言っても、会場の近くをプラプラしただけだったんだけど。


高山さんは途中でバンド仲間に会いに行ってしまったが、私と絢は、せっかくだからということで山手線に乗って原宿の竹下通りまで行ってみることにした。


原宿といえばクレープだよねといってクレープを買おうとしたが、クレープの店がたくさんありすぎてどの店が一番美味しいのかさっぱり分からなかった。まあ、どこの店も美味しそうなんだけど…。


「にしても人多いねー、クレープ買ったら一旦出る?」


「そうだねあたしも出たかった。でもいいの?せっかくここまで来たのにゆっくりしなくても」


「いいのいいの。一応1往復は出来たんだし、服も見れたしね。あんまり買い物とかゆっくりキャーキャー言いながらするタイプじゃないし」


「さすが絢!クールビューティーなだけあるね。あたしも買い物のんびりするの苦手で…


まあ、あたしの場合おしゃれに無頓着なだけだけど。」


「そんなことないよ。今日だって可愛くして来てるし」


「いやー、あたしそんな女子力ないし…」


「優梨愛、自分にもうちょっと自信持った方がいいよ!奥手なのはわかるけど、かわいいんだから否定的にならないで!」


「んー、ありがと」


私は困り笑いしながら絢にお礼を言った。そりゃ自信なんて持てないよ。絢みたいに美人じゃないし、恋愛経験だって…


あるっちゃあるけど、自分も相手も傷ついた恋だったし。もうそろそろ、翔太さんとちゃんと向き合わなきゃいけないかな。心から好きな人ができたんだから、ちゃんと終わらせなくちゃ…


「あ!ねえ見てあそこ!入口の方にあるクレープ屋さんやっぱり人気だったみたい。ここにしよう!買ったあとすぐ出られそうだし」


「うん。そうだね!とりあえず行ってみようか」


「ありがと…あ!!!」


絢がいきなり大喜な声を出すのでびっくりして立ち止まった。


「そういえば原宿にダースの本店があるんだって!たぶんそこまで歩かずに着くんじゃないかな?クレープ買った後行ってみる?」


「え!?行きたい!クレープ持ったままお店入れないし早く買って食べちゃおう」


クレープを食べながら絢について行くと、そこには本当にダースの本店があった。


中に入ってみると、フロントは赤一色のデザインで、バックに白字でDARSと書いてあった。まさにお菓子のダースそのままのつくりで思わず感動してしまった。


さらに店全体の壁は、よく見ると色とりどりのダースの箱がはめられているようなデザインになっていた。ピンクや黄色、水色やオレンジなど様々で、思わず見とれてしまった。


「いらっしゃいませ」


声をかけられて振り返ると、そこには赤いポンチョのような服を着た店員さんが立っていた。店員さんもとてもきれいな方で、この人にチョコ売られたら思わず買っちゃうだろうなーと思いながら会釈した。


「ここのお店初めて来たんですけど、お店の中とてもかわいいですね」


「ありがとうございます。この店は芸能人の方もよくいらっしゃって、壁にサインをかいて行かれる方もいらっしゃるんですよ。」


わーほんとだ!私が思わず探し回っていると、絢に目でやめるように言われた。子どもみたいで恥ずかしい…


「特に、今月は新商品の発売月となっておりまして、普段売られているものからさらに8種類ほど増えたんですよ」


「すごい!確かにたくさん並んでますね」


「はい。ここでしか売られていないオリジナル商品から新商品まで揃えております。」


定員さんの流れるようなきれいな説明を聞きながら、私は棚を端からゆっくり見ていった。


どのダースもかわいいな。せっかくだからお土産に買って行こうかな。イチゴのもおいしそうだし、ビターチョコも定番だよね。


オレンジ味もなかなかおしゃれだよね…見れば見るほど楽しくなってしまってついつい見入ってしまった。


「優梨愛、何してるのもうそろそろ帰んなきゃフェス始まっちゃうよ!」


「え?うそ!どうしよう」


普段ゆっくり買い物なんてしないけれど、商品があまりにも可愛すぎて思わず見いてしまった。


しょうがないから早めにぱぱっと決めてしまおう。大学のみんなにあげるのは定番のストロベリーでいいし、バイト先か家にも買って行かなくちゃ…食べやすそうでおしゃれだしこれとこれにしよう


「すみません、メリーストロベリーとビターチョコレート、スマイル・ディアーズ一つずつください!」



フェスにはなんとか間に合ったけど、この日帰ったのは12時を回ったころだった。フェス終わりの電車の混雑がひどくてなかなか帰れなかったのだ。


途中でご飯も食べにいったけど、正直ご飯なんて食べなくていいから早く帰りたかった。まあ、久しぶりに遊べたし、フェスも楽しかったからいいか。


でも、あたしなんで家にまでお土産買っちゃったんだろう…一つだけ、どの袋にも入れずにとってあるダースのは箱を見てため息をついた。


店にいたときは、すっかりママとパパ、お兄ちゃん2人が家にいるところを想定して買ってしまったけど、今はママしかいないんじゃん。


お兄ちゃん2人は家にたまになら帰ってくるけど、パパは帰って来ないのに…そう思うと、胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。


捨てるのももったいないし、ママとあたしで食べようかな。私はダースの箱を手にとると、スカスカの冷蔵庫の中にそっとしまった。


お母さん、最近ちゃんとご飯食べてるのかな。あたしはコンビニとか食堂のごはんで食べるようにしてるよ。今度会った時にダースあげるから食べてね。





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