俺も仲良くなりたいから
晦日の夜、私は眠れないでいた。明日は大晦日で笹野さんとバイトの日だ。嬉しいし楽しみだけど、前回のことが少し気になってモヤモヤしていた。
「有紀、起きてるかな…」
私は迷ったけれど有紀に電話してみることにした。呼び出し音がなってすぐに有紀は電話に出てくれた。
「もしもし?」
「あ、もしもし有紀?ごめんね夜遅くに。寝てた?」
「おい、いま10時だぞ!小学生かお前は!まだ寝ないわ!」
「そうだよね、ごめんごめん」
「で、どうしたんだよ」
「あ、うん。実は…」
私は、この前のバイトでのことを全部話した。
笹野さんが東京に行ってしまうかもしれないこと、就活の話や東京に行く話をするときの彼の表情に影が差していたこと、
それが気になったけど車の中でもバイト中にも聞けなかったこと、なんだかモヤモヤすること…
「で、要するにクリスマスの夜に車で送ってもらって幸せだったと。」
「え、いや趣旨が違うよ!話聞いてた?」
「おう。聞いてたよ。だから自慢話だろ?」
「いやだから違うって!」
「ま、冗談はこのくらいにしておいて、」
有紀は一度咳ばらいをしてから言った。
「お前、自分のことがあったからだとは思うけどそういうのに敏感になりすぎんなよ。」
え?と私が言うと、有紀はだから、と言って強い口調で言った。
「笹野さんのこと好きなんだったら、まずは振り向いてもらえるように頑張れってこと!東京行っちゃうかもしれないんだろ?焦んないのかよ。しかも就活も始めてんだったらなおさら!」
私は有紀の言っていることが正論過ぎて圧倒されてしまった。
「そういうのに敏感になって、その面ばっか気にしてたら笹野さんほんとに遠くに行っちゃうぞ。
それに、触れられたくない部分だって人にはあるだろ?まだ距離も近くない優梨愛に心配されても笹野さん困っちゃうんじゃねえの?」
確かに…私は思わず納得した。そっか…そうだよね。どうかしちゃってた。あたしはまだ笹野さんに振り向いてすらもらってないのに、心配してもしょうがないよね。
「うん。そうだよね。私はまず笹野さんと居られる時間大切にする。東京に行っちゃう前にできることしてみるよ。」
「そーそー。そういうことだ。てことで明日ラブラブして来いよ!」
「いやバイトしてくるだけだってば!何だよラブラブって」
「ごめんごめん。あ、あと」
あと?と私が聞くと、有紀は改まった口調で言った。
「優梨愛はたぶん、本気で心配なときは咄嗟に動いちゃうタイプだと思うから、そん時は自分の思うようにしろよ。お前だからできることもあるかもしれねーし。」
「え?う、うん。分かった。」
「おう。じゃ、もう切るぞ。おやすみ」
「うん。ありがとね有紀!おやすみ」
プー、プー…電話が切れた後も、私は電話を耳から離すことすら忘れて考え込んだ。有紀の言っていた意味は分かるような分からないような、難しいものだった。
「とりあえず、私はまず笹野さんに振り向いてもらわなきゃ何も始まらないってことなんだよね。」
私は自分にそう言い聞かせて布団を頭まで被った。
「おはようございます!」
「おはよう」
この日の笹野さんは、風邪を引いているのかマスクを着けていた。声も少し元気がないようだった。
プルルルル、プルルルル…挨拶が済むや否や内線が鳴り、笹野さんが電話を取ってしまったので、私はある程度フロントでの仕事を終わらせると厨房に向かった。
年末だし、今日も忙しかったのかな…それなら洗い物も溜まってるだろうけど…
「おはようございます。」
「おはよー!」
厨房には夏妃ちゃんと竹田さんがいた。あれ、厨房の仕事もう終わっちゃってるんだ。私は少し手持無沙汰な気分になったが、入ってきたばかりですぐにフロントに戻る気にもなれなかった。
そうだ、まだあまり話したことがなかったし、新人の夏妃ちゃんとお話しでもしようかな…
「夏妃ちゃん、あたしのこと覚えてくれたかな?ここの仕事にはだいぶ慣れた?」
「もちろんです!優梨愛さんですよね?はい、だいぶ慣れました。今日は竹田先輩にたくさん教えていただいて。」
「お!夏妃ちゃん正解。そうだね。裏の仕事は大方教えられたと思うよ。」
「夏妃ちゃんありがとう。そっかそっか…今日は、2人とも厨房にずっといたんですか?」
「はい。表の仕事はほぼ笹野さんに任せてしまって。ていうか…」
「最近の笹野さん、なんか話しにくいんですよね。体調悪いのかもしれないけどずっと不機嫌というか、不愛想な感じだったし。
まあ、今日は休憩の時もずっと突っ伏してたしほんとに辛いのかもしれないけど。」
え…私が驚いていると、竹田さんも口を開いた。
「そうなんだよね…笹野さん、もともとたくさん話すタイプではないし、話しかけないと自分からはあんまり話さない人だけど、最近は特にひどくて。
むすっとしてるから絡みずらいんだよ。」
「そうなんですよね…」
うわあ、嫌だなこういの…私は思わず顔に出してしまいそうになった。
本人がいないところでそういう風に言うほうがよっぽどひどいし、どうかと思う。
確かに、笹野さんは口数が多い方ではない。会話するときも、話しかけるのはほとんど私の方からだし、普段はほとんど無表情というか、よく言えばクール、悪く言えば淡白な人だ。
でも、確かにそうなんだけど…
笹野さんは、話すときはちゃんと話してくれるし、真っ直ぐに目を見て会話をする人だ。
それに、私が入りたてで、緊張していたり、分からないことがあって困っているときは笹野さんの方から話しかけてくれた。
教育係の役目としての行動だったのだろうけど、私はそれが単純に嬉しかった。
最近は特に不愛想がひどいのかもしれないけど、そんなふうに言うのはどうなんだろう。竹田さんだって、夏妃ちゃんだって、笹野さんと一緒に働いてるなら知ってるでしょう。
体調が悪かったりで、余裕をもてていないのかもしれないけど、本当は笹野さんが優しい人だってこと。
「笹野さんよほど体調悪いんですね。大丈夫なのかな…」
私はそう言って厨房を出てしまった。これ以上、笹野さんが悪く言われるのを着ていたくなかったし、体調の悪いことを分かっていながらも全く気にかけていない2人にも腹がたった。
忙しくて余裕がないのかもしれないけど、まずは笹野さんのこと心配してあげたらいいのに…
「体調大丈夫ですか??」
フロントにいる笹野さんに、私は思わず真っ先にそう声をかけてしまった。2人の目が合って、一瞬の沈黙が流れる。
でも、笹野さんはすぐに、いつものように話し始めた。
「昨日はヤバかったけど、今日はまだ大丈夫だったよ。だいぶ楽になってさ…。」
嘘ついてる…と、私は思った。休憩のとき、ずっと突っ伏してたんでしょ?ずっと辛かったんじゃないのかな…私の心の中を、口には出せない言葉たちがぐるぐると回っている。
「だいぶ続いてるんですか?体調が悪い日」
「まあ…最近よく体調崩すんだけどね。鼻みずとくしゃみが止まんなくて。風邪ではないんだけど。」
「風邪じゃないなら…アレルギーとかですかね。あと疲れが溜まってるとか…」
「アレルギーも持ってるけど、疲れも確かにあるかな。」
「そっか…病院とかは行ってないんですか?薬とかあるだけでもだいぶ違うだろうし。」
「病院行きたくないんだよね。面倒だし…」
「何でですか!?病院行きましょうよ!病院!」
思わず声がでかくなってしまって、笹野さんが、はははっと笑った。
「なんかすみません…」
私はなんだか恥ずかしくなった。こんな風に笹野さんに意固地な態度で話すのも、ここまで気を遣うのも初めてだった。
どの立場で話してるんだあたし…と思うと恥ずかしさでいっぱいになった。でも、彼は、いつものように柔らかい笑い方をしていた。その笑顔が見れて、思わず安心した。
「俺、休みの日はずっと家にいるし、テレビ見たりしたいからさ。」
「そうなんですね。そういえば今日は大晦日だし、紅白もありますよね!録画してきました?」
「いや、してないわ。」
「ええ!見ないんですか?あ、ガキ使派とか?…」
こうして、笹野さんと私はしばらくたわいもない話をたくさんした。
確かに顔色は悪くて、声もいつもより元気がないけれど、それでも楽しそうに話してくれた。
笑顔を見せてくれた。久しぶりに、2人きりで会話することができた。
この日は、竹田さんと夏妃ちゃんが早上がりの日で、10時からは私と笹野さん、店長と島田さんの4人だった。なので、フロントはそのままの流れで笹野さんと私で回していたのだ。
予約でほぼ席がいっぱいだったので、フロントは来店されたお客さんをひたすら断り続けるだったので思ったより忙しくなかった。
そして、あっという間に11時近くになった。
「俺、今日4時入りしてるからそろそろ上がんなきゃいけないわ。休憩ほとんど取れなかったし。」
「そうだったんですか!そしたら、上がらないと大変ですね!」
「そうなんだよね…」
そういうと、笹野さんはすっとフロントから出て行った。このまま帰っちゃうのかな、少し寂しいな…そんなことを思っていると、笹野さんがまたフロントに戻ってきた。
「宮瀬さん、今日はありがとね。あと頑張って。」
何に対してお礼を言われたのか咄嗟には分からなかったが、はい、と答えた。
「今日はゆっくり休んでください。それと…」
少し迷ったが、思い切って言った。
「今年はたくさんお世話になりました。いろいろと教えていただいたし、たくさん話してもらえて嬉しかったです。来年もよろしくお願いします。あと、もっと仲良くなりたいです。」
あああ何言ってんだあたし…仲良くなりたいって…さらっと口に出してしまった自分への驚きと動揺で、顔が熱くなった。それを見られたくなくて下を向いた。
「こちらこそありがと。それと、俺も仲良くなりたいから。来年もよろしく。」
じゃ、おつかれーっと言ってフロントを出た笹野さんは下を向いていて、マスクもしていたから表情は分からなかった。でも、確かにそう言ってくれた。
―俺も仲良くなりたいからー
私はしばらく放心状態でその場に立ち尽くした。




