クリスマスのバイト
あれから、2週間ほどたった。
私の体調はだいぶ良くなっていた。突然心臓が動機を起こすことも、手足が震えて冷や汗が出ることも、呼吸がしづらくなることも、もう全くと言っていいほどなかった。
私はいま、3人の友達と大学で過ごしている。それはすごく嬉しくて、有り難くて、幸せで…
感謝しても、仕切れないくらいだ。
今日も、私の周りは楽しい笑い声で溢れている。居心地の良い、柔らかな時間が、私の間に流れていく。
だが今日は、いつにもましてみんなが楽しそうでキラキラしている。なんでかっていうと、それは…だって、今日は何といっても…
「クーリスマスが今年もやあってくるううううう♪」
「うわあ出たよ有紀の熱唱。相変わらずうるさいな」
絢は若干バカにしたように笑いながら有紀にそう言った。
「まあいいじゃないの?有紀も今日は彼氏に会えるんだからウキウキなんだって」
「ふううううううう」
「おい優梨愛!!お前は黙ってろ!!」
有紀をフォローしようとして言ったのに怒られてしまった。
「ごめんって有紀」
「優梨愛も笹野さんと会えるからって浮かれてるんじゃないの?」
「ふううううううう」
「もうみんなうるさいよ!!」
私は思わず有紀と同じようにツッコンでしまった。この4人はみんな、今日は大切な人に会うことになっている。
有紀は彼氏さん。絢は片思い中の堂谷くん、夢美は幼馴染で彼氏の翔平君、そして私は笹野さん…。
みんな今日は、いつもよりおしゃれをしてきている。
有紀はいつもは上下スポーツウエアなのに、今日はワンピースを着ている。絢はきれいなネックレスを耳につけている。夢美は、いつもは縛っている髪をおろしてきれいにアイロンしてきている。そして私は…
「優梨愛、お前今日は髪の毛巻いてきてるのな。あと口紅とグロス赤色に変えてるし。」
「なんか、人に言われるの恥ずかしいね。」
「でも似合ってるしかわいからいいと思う。」
「だから恥ずかしいんだけど!わざとだよね?」
私がツッコミを入れるとみんなあはははと笑った。もう、みんなしてあたしのことからかうんだから…
「さて、そろそろ帰るか!じゃあ今日はそれぞれに楽しんでくるんだぞ!バイバイ!」
「バイバーイ!」
有紀の一言で、私たちは別れた。でも、そうはいってもやっぱり緊張する。
バスに乗っている間に何回も鏡を見てしまう。ちゃんとしてるかな、あたし。大丈夫かな、お洒落で来てるかな…
あったら最初になんの話しよう、あ、教えてもらったバンドの曲の話とかでもいいな、それから就活の話もしたいな、あ、でも就活はちょっとデリケートな話題かな…ていうかうまく笹野さんとしゃべれるかな…
私の心の中を、楽しみな気持ちと不安な気持ちが交互に流れていく。本当に、会うのは1ヶ月ぶりくらいだった。
ずっと、笹野さんに会いたかった。会って顔が見たかった。あってたくさん話したかった。でも、いざそれが叶うとなると少し戸惑うし緊張する。
よし、とりあえずちゃんと話すことが目標かな!私はそう自分に言い聞かせながらバスを降りた。
「おはようございます!お久しぶりですね。」
「宮瀬さんおはよう。そうだね、久しぶり。俺、今月初出勤だしね。」
「そっか!だいぶ久しぶりの出勤なんですね!」
「まあねー。仕事忘れるってことはさすがにないと思うけど、ちょっと心配だわ。」
「確かに不安になりますよね…あたしも1週間ぶしくらいだし気を引き締めないと!」
「そうなの?宮瀬さんもっとたくさん入ってるイメージだったけど。」
「なんか、前半に固めて入れられてたので、後半はそんなに多くないんです。」
「ああ…そうなんだ。」
よし、意外と普通に話せてる!私は心の中でそっと胸を撫で下ろした。
久しぶりに見る笹野さんは、相変わらずかっこよかった。2人で会話していると、なんだか嬉しくて、幸せな楽しい気持ちになってくる。
さすがに一か月で顔を忘れることはないけど、久しぶりに顔を見れるのは特別に嬉しかったしドキドキした。
なに浮かれてるんだろあたし、気持ち悪いな…私は自分に嫌気がさして今日のバイトでの仕事のことに集中した。
今日はクリスマスだからか予約がたくさん入っている。中には花束やケーキを出してくるようあらかじめ頼んでいるお客様もいるんだから気を付けないと…
「あ!笹野さんお久しぶりでーす。」
裏から出てきた岡村さんが笹野さんにあいさつした。
「岡村さん、おはよう。」
「ねえねえ、笹野さんは就活どんな感じなんですか?」
うわあストレート…。私は思わずびっくりして岡村さんの方を見てしまった。でも、さすが岡村さんって感じだ。
岡村さんは美人で天然な反面、わりと物事をストレートに言うタイプの人だ。この前の店舗会議では、外部から来た威張った態度の課長さんに一人だけど堂々と反論したらしい。
真っ直ぐなところが岡村さんのいいところなんだろうけど…。
「就活って言っても、自分の就職したい方向をだいたい決めて、調べ物したりしてるだけだけどね。」
「へーどの分野ですか?」
「当ててみてよ。宮瀬さんもね。」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて思わずびくっとなってしまった。
「えーっと、普通に製品会社とかですか?」
「いや、違うよ。」
「じゃあ化学薬品?割とここのバイトに多いし。」
「違う。」
「建築!」
「あともう一個ない?」
「あーもうわかんない!優梨愛ちゃんも言ってみて!」
「え!っと…教育?」
「そんなわけ!」
「じゃあ正解言うわ。保険会社狙ってるんだ、俺。」
「えー意外!そうなんだ!」
岡村さんは声を出して驚いていた。私は、自分が教育分野に進もうと考えているものだから、正直どの会社を希望しているとかいう話には関心がなかった。
「何でまた…あ!裏に誰もいないのに出てきちゃった!戻ろっと。」
岡村さんはそう言って裏に戻っていった。再び笹野さんと私の二人きりになる。先に口を開いたのは私だった。
「就活、やっぱり大変ですか?ちゃんと休んでますか?」
「うん、大丈夫。でも、やっぱり焦りはあるかな。俺、東京狙てるし。」
「え…。」
私は驚いて心臓が飛び出そうになった。ちょっと待って、そしたら東京の会社に就職しちゃうってこと?
「東京で好きなバンドのライブがよくあってさ、それに行きやすくなるっていうのもあって、それだけじゃないんだけど。東京の会社で働きたいんだよね。」
「そうなんですか…。」
そう言いながら、私は笹野さんの横顔を見る。笹野さんは、どこか遠い目をしていた。
少し、彼の目に影が差しているように見えた。
私は少し驚いた。あんな表情の笹野さんは初めて見た。彼の目に差した影の部分が気になって、その影を遮りたくて、私は思わず咄嗟に口を開いた。
「東京には変な人たくさんいるから、気を付けてくださいね!詐欺とかに引っかからないでくださいね!」
いやおかしでしょバカ!私は心の中で自分に突っ込んだ。
笹野さんがそんなうっかりさんなわけないし、何歳だと思ってるの…バカだあたし。咄嗟過ぎてなにバカなこと言ってるんだろ…。
「ははは。大丈夫だよ。まあ、店長にもよく心配されるんだけどね。」
「え?店長さんもですか?」
「うん。店長と俺、付き合い長いから。」
「そうなんですか!いつからの…」
ウイーンとドアが開いて、お客さんがズラズラとお店の中に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
私はすぐに受付を始めた。予約していた村上様だ。15人はさすがに多いな…私は多少面喰いながらもいつものように受け付けを進行していった。
はあ、もっと笹野さんと話していたかったのに。私は思わずため息がこぼれそうになった。でもしょうがない。また今度シフトが被った時に話せばいっか。
だが、さっきの影の差した笹野さんの表情が私の脳裏を過る。笹野さん、何かあるのかな…あんな表情初めて見た…。
「宮瀬さん、村上様の案内お願いします。」
笹野さんに指示を出されて、私は思わずびくっとなった。ヤバい、考え事なんてしてる暇なかった。もっと仕事に集中しないと…
「お待たせいたしました!それではご案内します。」
私はいつものように威勢の声を出してお客様をご案内した。
今日は、本当に忙しかった。
予約客に一般のお客様も沢山きて、お店の中はてんやわんやだった。残業もさせられて、結局、笹野さんと私が上がれたのは1時過ぎだった。
「しまった、バスが…」
「そっか、宮瀬さんバスで来てるんだったよね?帰りはどうするの?」
「もしかしたらタクシーしかないかもしれないです。」
私は、あははーと笑いながらそう言った。正直ママには絶対迎えに来てなんて頼めないし、仕方ないよね…。
「そしたら俺送ってくよ。」
「え!?」
「俺車だし。タクシーって相当高いでしょ。」
「そうなんですけど…ほんとに大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。」
「そっか…そしたらお願いしてもいいですか?」
「ああ、いいよ。」
「ありがとうございます!」
「じゃあ俺着替え終わったらフロントの前らへんで待ってるから。」
「は、はい!お願いします。」
私は思わずかしこまった態度になってしまった。相変わらず笹野さんは笑ってくれるけど。
店長さんに挨拶をして更衣室に行くと、一気に緊張してきてしまった。
うそ、笹野さんに送ってもらうの?あたしが?え、えええ?状況が整理できずに頭の中がごちゃごちゃになる。
でも、送ってもらえるからには素直に感謝しなくちゃな。緊張した態度でずっといると、笹野さんまで気を使っちゃうし。
それにせっかくならたくさんおしゃべりもしよう。よし、笹野さん待たせたら申し訳ないから早く着替えないと!私はハンガーにかかった自分の服を勢いよく掴んだ。
「お待たせしました。」
「大丈夫だよ。」
私がフロントの前に行くと、店長さんと笹野さんが話しているところだった。
「宮瀬さんごめんねー、バスのこと忘れちゃってたよ。」
店長さんは、相変わらずの緩い口調でそう言った。忘れてたんだ、と思いながらも店長さんらしいなと思って笑顔で答えた。
「いえいえ、でも、笹野さんに送っていただけるので…お手数おかけします。」
「そんな気遣わなくていいから。」
笹野さんはすっと立ち上がりながらそう言った。
「店長、お疲れ様です。あとよろしくお願いします。」
「店長さんお疲れ様です。」
私と笹野さんは店長さんに挨拶して店を出た。外はすっかりクリスマスムードだ。
木々のイルミネーションは夜中だというのに相変わらず煌びやかだ。おしゃれをしたきれいな女の人と、男の人の2組が歩いて行く姿も多くみられる。
わー、今日クリスマスなんだな…私は改めてそう思った。そして、私はロントガラスに映る自分と笹野さんの姿を見て悲しくなった。
私の化粧は、ほとんど落ちてしまっている。髪もせっかく巻いてきたけれど取れかけている。バイトだったんだからしょうがないけど、少し落ち込んだ。
本当は、笹野さんの前では可愛くいたかった。少しでも、可愛く見せたかったのに…
それになにより、一番悲しいのは、笹野さんと私は恋人でも何でもない、ただのバイトの先輩後輩であるということだ。
当たり前のことなのに、と頭では分かっているけど、少し落ち込む。
やっぱり、そりゃクリスマスに、街並みを見ながら2人きりで居たら、一瞬でも夢見ちゃうよ…あり得ないことだけど…
いや、まず2人で一緒に居られるだけで十分なのに、なにわけわかんないこと考えてるんだろ…私は自分の妄想を慌ててかき消した。
「よし、行こうか。駐車場までちょっと歩くよ。」
「はい!大丈夫です。」
笹野さんと並んで歩く。あくまで先輩後輩としてだけど。でも、それでもちょっと嬉しかった。夢見るなんておこがましいけど、一瞬錯覚してしまうこの空間にいるのが、なんだか特別だった。
「実はさ、俺、宮瀬さんが居たから助かったよ。もし居てくれなかったら俺ずっと店長の相手しなきゃいけなかっただろうし。」
「え?そうなんですか」
「うん。」
「そうなんですね…店長さんと笹野さん、付き合い長いんですよね?」
「ああ、そっか、バイト中にその話とかもしてたよね。」
「はい。笹野さんが店長さんと付き合い長いって聞いていつからなのかなーっと思って。」
「俺、今年で3年目だからここで働くの。」
「そっか、だいぶ長いんですね!」
「もともと、姉の紹介でここでバイトすることになったんだけど、俺の姉、店長の奥さんと友達だからさ。」
「え!?そうなんですか!」
「それで店長、なんだかんだ言って付き合いも長いし、俺よく話し相手させられて。」
「そんなつながりがあって、付き合いも長いとそうなるのかもしれないですね。」
そうこうしている間にも、駐車場に到着した。
「俺の車こっちだから、助手席乗って。」
「は、はい。分かりました。」
男の人の車に乗るのは、夏以来だった。翔太さんと会ったとき以来だ…
ダメダメ。今は翔太さんのことは考えないようにしよう。私はお願いしますといって笹野さんの車に乗った。
笹野さんも隣に乗り込んでくる。背が高くて身をかがめながら乗りこんでくる姿や、ふーっと息をつきながら帽子を外して目を閉じる彼の姿とか、普段知らない彼の姿に思わずドキドキしてしまう。
エンジンをかけながら寒くない?と聞いてくる優しさに、思わず笑みがこぼれた。
「寒くないです、ありがとうございます」
「よかった。」
車が出ると同時に、ESTの曲が流れる。笹野さんの好きなバンドの曲だ。
「あたしも最近ESTの曲聴いてますよ!アルバムも借りたし!」
「そうなんだ。俺、周りにEST好きな人あんまりいなくて。」
「そうなんですか。みんな聞けば絶対良さが分かるのに…。私は聞けば聞くほど魅力に気づけるバンドだなって思うので、これからたくさん聞きたいです!」
「ははは、そっか。」
EST好きの笹野さんの前でこんなベラベラ語ってしまって少し恥ずかしくなったが、いつものように微笑んでくれたからいっか、と思って気にしなかった。
そして車は大通りに出る。あと10分くらいで家に着いちゃうな…
「そういえば、ESTってよく東京でライブするんですか?」
「そう。毎年してるよ。」
「そっか!すごいですね。」
やっぱり大きなバンドなんだな…と思うと同時に、笹野さんが東京で就職するつもりだということを思い出した。
「笹野さん、東京に行かれるんですね。」
「え?うん。ここにいてもつまんないし、なにもないしね。」
やっぱりだ。やっぱりこの話をする笹野さんの顔は少し影がある。どうしてかは分からないけど、少し心配だな…
あの、と口を開きかけたときには、もう車は私の自宅がある住宅街に入っていた。
「ここから先はナビにはうまく表示されないから、道案内よろしく。」
「はい、えっとこの家で右に曲がると…」
結局、あの後は道案内しただけで別れてしまった。ちゃんと話したかったな…次合えるのいつだろう…
「あ!大晦日!!」
私は思わず自分の部屋で大きな声を出してしまった。思ったよりすぐに会えることに驚いた。
そっか、よかった…そうだ、LINEしておこう。私はそう思って携帯を取り出した。
“笹野さん、改めて今日はありがとうございました。大晦日のバイト頑張りましょうね!”
既読無視でもいいから、そう伝えたかった。ありがとうございました。また、会いましょうねと。
そう送ることで、自分の中にある笹野さんを心配する気持ちを、和らげたかった。




