鴨と男
男は毎晩の悪夢に辟易していた。悪夢を見るようになったのはこの仕事に就いてからまもなくのことだったと記憶している。
男は飼育員をしており鴨に強制給餌を行うのだが、悪夢では立場が変わって自分が強制給餌をされる側になっていた。鴨が人間である自分に強制給餌を行うのだ。自分が鴨にするように鉄パイプを口に入れられ、蒸したトウモロコシが流し込まれる。
鴨は自身が抗うことのできない現実の復讐を悪夢という形で果たす。男は悪夢に対する意趣返しを現実で行う。すると鴨はすかさず反撃してくる。悪循環だった。
男は鴨の飼育員をやめることにした。次の勤務が最後になるので十二分に仕返しをして逃げてやろうと決め込んでいた。男は実際にそうして万事うまくいったように思えた。
しかし、悪夢は終わらなかった。屠殺を迎えずに飼育員をやめてしまったので、悪夢の中の鴨が頃合いを逸してしまったのだろうか。あるいは、やり逃げの仕打ちを恨み、それを何倍返しにもして晴らそうとしているのだろうか。
気が滅入る毎日だったが、ある日、悪夢の中の鴨はただ一匹であって最初から同じ鴨だったことに気付いた。それは今まで悪夢だと思っていた自分の考えを覆した。鴨が自分の口に鉄パイプを入れるときの挙動は、自分がするよりもずっと丁寧で、思い返せば口腔が傷ついたことは一度もない。それに、どうもトウモロコシの流し込み方がおかしい。一気に済ませればいいものを、何故かおかしなリズムを刻んでいる。そこまで思考が至ったときリズムが語り始めた。
「誇りを与えてくれてありがとう」
リズムは繰り返す。何度も繰り返す。
「誇りを与えてくれてありがとう」
それから悪夢を見ることはなくなった。
そして、男は再び飼育員となりすぐに揺らぐことのない誇りを得た。




