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四話

学術都市から少し離れた『火竜の山谷(バルカン・バレー)』。

ゴツゴツとした赤茶色の岩肌が続くその渓谷は、普段なら立ち入る者などいない危険地帯だ。しかし今日、その静寂は猛烈な怒号と地響きによって破られていた。

「ハァ……ハァ……っ! くそっ、なんて頑丈なんだ……!」

黄金の大剣を構えたライナの額から、油汗が滲み出る。

彼の目線の先、切り立った断崖の上に鎮座しているのは、体長十五メートルを超える一頭の巨竜だった。真っ赤な鱗に覆われ、巨大な翼を広げて空を覆い尽くすその姿は、まさにこの地域の生態系の頂点――『火竜(レッド・ドラゴン)』。

「ライナさん、無理は禁物です! 私が牽制します! 『爆塩(ばくえん)魔法』――っ!」

シルフィが杖を掲げ、気合一閃叫ぶ。

杖の先端から放たれたのは、もはや彼女の代名詞となった猛烈な白い濁流――大量の高級岩塩だ。

ズザザザザザザザッ!!

バズーカ砲のような勢いで噴射された塩の塊が、火竜の巨体へ直撃する。

普通なら大ダメージ……とはいかないものの、凄まじい塩の圧力と目潰し効果で、火竜は「グルアアァァ!?」と煩わしそうに巨大な前足で顔を覆った。

「よしっ! 目眩まし成功です! ライナさん、今です!」

「おうっ!」

ライナが地を蹴り、聖剣の威力を乗せた一撃を火竜の足元へ叩き込む。

ドカァァン! と眩い光とともに岩煙が舞い上がった。

……しかし。

「グオォォォォォンッ!!」

煙の中から現れた火竜の鱗には、かすり傷一つついていなかった。

むしろ、邪魔なハエを払うかのように振り下ろされた巨大な尻尾が空気を引き裂き、ライナの体を直撃する。

「がはっ!?」

「ライナさん!?」

吹き飛ばされたライナは岩壁に激突し、ガラガラと崩れ落ちる瓦礫の中に倒れ込んだ。

「く……ダメだ。攻撃が通らない……! 聖剣の威力は本物のはずなのに、皮一筋も斬れないなんて……!」

「そんな……! どうしてですか!?」

絶望する二人から少し離れた安全な岩陰で、俺――修正巧は、優雅に携帯用の水筒からお茶を飲みながら、視界に浮かぶ青いコンソール画面を凝視していた。

「そりゃあ斬れないよ。あの火竜、文字通り『無敵』のバグ属性がついてるもん」

「たくみさん!? 水飲んでる場合じゃないですよぉ! たすけてくださいー!」

シルフィが泣きつきながら俺の背中に隠れる。

俺はため息をつき、空中に浮かぶシステムウィンドウの該当部分を二人に見えるように拡大表示してやった。

Plaintext

Target: [火竜(Red Dragon)]

Status: 誤字(バグ)検出

Description: 火竜の山谷を統べる主。

Active Buff: [完全耐性(Immunity)] ➔ 神の誤入力により[完全貸出(Immunity? ➔ Lease)]として解釈中。

Note: 現在、[神様との賃貸契約]が結ばれているため、契約上の「器物破損防止条約」により、物理・魔法攻撃によるダメージを一切受け付けない(無敵状態)。

「な……『完全貸出』!?」

ライナが岩の隙間から這い出しながら、目と口を限界まで見開いた。

「そう。『完全耐性(Immunity)』って打ちたかった神様が、なぜか『Lease(貸出)』と間違えて入力したらしい。その結果、この火竜は『神様から土地と一緒に借りている備品』扱いになっててさ。借り物を壊しちゃいけないっていう世界のシステムルールが働いて、どんな攻撃も無効化(器物破損無効)されてるんだよ」

「そんな不条理な理由で無敵なんですか!?? 世界のシステム雑すぎませんか!?」

シルフィが頭を抱えて叫ぶ。

「グオォォォ……ッ!」

火竜が重厚な足音を立ててこちらへ近づいてくる。

巨躯から漏れ出る圧倒的な圧迫感。口からは今にも灼熱の炎が溢れ出そうになっていた。

「たくみさん! どうするんですか!? 誤字を直して『完全耐性』に戻したら、それはそれで倒せなくなっちゃいますよ!」

「落ち着けって。バグの修正(デバッグ)にはな、『正常な状態に戻す』だけじゃなく、『システム利用規約の隙を突く』っていうやり方もあるんだよ」

俺は口元を歪めると、空中キーボードを呼び出した。

十本の指を構え、深く息を吐き出す。

「相手が『賃貸契約された備品』なら……話は簡単だ」

カカカカカカカカカカカカカンッ!!

爆音のようなタイピング音が渓谷に響き渡る。

俺の指先が残像を描き、青いシステムウィンドウに膨大なコードが高速で流れていく。

Plaintext

Target: [火竜の賃貸契約書]

Action: 利用規約の書き換え&契約更新手続き

Input:

・特約条項第4条:[騒音および近隣迷惑行為の禁止]を追加。

・違反時のペナルティ:[強制立ち退き]および[賃料(契約魔力)の即時全額返還]。

「なにをやってるんだ、人間ぇぇぇ!!」

突如、火竜の口から地響きのような『言葉』が漏れ出た。

知性を持つ火竜自身も、己の頭の中に直接インストールされた「更新された契約テキスト」を認識したのだ。

「な、なんだこの圧迫感は……!? 我の魂に……身に覚えのない『立ち退き勧告』が叩き込まれてくる……!?」

「おい火竜! お前、この山谷でギャーギャー叫んで近隣(近くの村)に騒音被害を出してるだろ! 契約違反だ!」

「な、なんだと!? 我は竜だぞ!? 咆哮を上げるのは当たり前――」

「特約条項第4条に基づき、即時立ち退きを命じる! ……それがいやなら!」

俺はニヤリと笑い、最後のキーを強く叩き込んだ。

カツーンッ![Enter]!

Plaintext

Option: [立ち退き料の免除条件]

Input: [修正巧との雇用契約(ペット兼・空飛ぶ移動手段)の締結]

ッシャアァァァン――!!

火竜の身体を、眩い契約の光陣が包み込む。

火竜は「グオ……!? ガ、体が……勝手に……!?」と動揺しながら、その巨躯をぐにゃぐにゃと折り曲げ――次の瞬間。

ストン。

光が収まったあとにいたのは、身長三十センチほどに小さくなった、まるで真っ赤なトカゲのような可愛らしい「ミニ火竜」だった。

「グ……グオ……?(声が甲高い)」

「よし、契約成立。『備品』から『我が家のペット』へステータス書き換え完了」

俺はちょこんと地面に座り込むミニ火竜に近づき、ひょいと持ち上げた。

手のひらの上で「きゅう……」と力なく鳴くミニ火竜。

「「ええええええええええぇぇぇぇぇぇ(゜Д゜)!!?」」

ライナとシルフィの絶叫が、火竜の山谷に木霊した。

「た、たくみさん……!? あの最強の火竜が……手のひらサイズに……!?」

「ああ。契約内容をいじって『騒音防止規定』に同意させたんだ。あの巨体のままだと声がデカすぎて規約違反になるから、システムが自動で『周辺環境に配慮したサイズ』に圧縮したんだよ」

「圧縮!? 生物を圧縮できるんですか!?」

「テキストデータの圧縮なんて、エンジニアにとっては基本中の基本だろ?」

「絶対違いますー! 異世界の法則がメチャクチャですー!」

頭を抱えて叫ぶシルフィ。

一方で、手のひらの上のミニ火竜(名前は『ポチ』にした)は、俺の指先にすりすりと顎を擦り寄せていた。どうやらシステム的に「雇主(マスター)」として認識されたため、すっかり毒気が抜けてしまったらしい。

「ふぅ……まあ、これで移動手段も確保できたし、火竜の脅威もなくなった。完璧なデバッグだな」

「たくみさん……俺、あんたについていけば、いつか魔王だって『賃貸契約の書類不備』で退治できる気がしてきました……」

ライナが引きつった笑みを浮かべながら言った。

「まさか。魔王ともなればもっと複雑なスパゲッティコード(ぐちゃぐちゃなプログラム)になってるはずだ。手強いぞ」

「本気でコードを解読する気でいるのが一番怖いです……」

こうして、山谷を脅かしていた恐ろしい火竜は、手のひらサイズの可愛らしいマスコット(兼、将来の空飛ぶ乗り物)となり、巧たちのパーティに加わったのだった。


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