五話
冒険者ギルドからの緊急依頼を受け、俺たちが向かったのは学術都市の南に広がる地下遺跡『無限の試練の迷宮』だった。
「たくみさん、ここが噂の『絶対に出られない迷宮』です……!」
松明の炎が壁面を仄暗く照らす中、シルフィが怯えたように俺の袖をつかんだ。
俺たちの前には、どこまでも続く無機質な石造りの通路。そして、俺の肩の上では手のひらサイズのミニ火竜『ポチ』が「きゅー」と小さく鳴いている。
「出られない、か。まあ迷宮なんてものは入り組んでるのがお約束だからな」
「いや、たくみさん。そういう意味じゃないんだ」
ライナが黄金の聖剣に手をかけながら、神妙な面持ちで振り返った。
「この迷宮、入った冒険者が口を揃えて言うんだ。『どれだけ真っ直ぐ進んでも、必ずさっき通ったはずの角に戻ってくる』って。まるで空間そのものが捻じ曲がってるみたいだって……」
「ほう?」
俺は歩みを止めると、試しに目の前の角を曲がってみた。
十歩進む。角を曲がる。さらに十歩進む――。
「……あ」
目の前には、さっき俺たちが立ち止まっていた場所とまったく同じ、壁の傷まで一致する空間が広がっていた。俺の後ろから歩いてくるシルフィとライナとバッチリ目が合う。
「ね? 言ったでしょう!? まったく同じ場所に戻っちゃうんです!」
「ワープゾーンでもあるのか……? いや、それなら空間が揺れる感覚があるはずだが……」
俺は静かに集中し、空中に青いコンソール画面を展開させた。
Plaintext
Target: [無限の試練の迷宮(Floor 1)]
Status: 致命的なプログラムエラー(無限ループ)検出
Description: ダンジョンの構造生成処理。
本来のコード: [For i = 1 To 100 (100階層まで生成)]
神の誤入力: [While True (終了条件なしの永久ループ)]
Note: 神がコードの書き換え途中に「まあ後で直せばいいか」と放置したため、ダンジョン全体が永久ループ処理に突入中。
「……『後で直せばいいか』で放置された未完成コード(技術的負債)かよ!!」
俺は思わず壁を叩いた。エンジニア時代、最も忌み嫌っていた「後で直す(直さない)」のコメントアウトが、この異世界でも俺を苦しめてくるとは!
「た、たくみさん!? 急に大声を上げてどうしたんですか!?」
「シルフィ、ライナ……この迷宮、空間が曲がってるわけでも何でもない。ただの『処理のバグで永久に同じ階層をぐるぐる回されてるだけ』だ!」
「ええええっ!? じゃあ、私たちは一生ここから出られないんですか!?」
「まさか。無限ループの対処法なんて、エンジニアにとっては初歩の初歩だ」
俺はニヤリと笑うと、空中キーボードを呼び出した。指先が空中を舞い、高速のブラインドタッチが炸裂する。
カカカカカカカカカカカカンッ!!
「ループ処理を強制割り込み(Break)! さらに、未実装の2階層目以降をすべてスキップ(Skip)して……直接『最下層のボス部屋』へハイパーリンク接続する!」
カツーンッ![Enter]!
ズズズズズズズ……!!
空間全体が激しく揺れ動いた。石壁がまるでノイズが走った画面のように揺らぎ、次の瞬間、俺たちの足元の床がすっぽりと消失した。
「「「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!!?」」」
浮遊感。そして一秒後、俺たちはフワリと静かに「広大な大理石のホール」へと着地した。
見上げれば巨大なドーム状の天井。壁には豪華な金箔の装飾。
「たたたたたくみさん!? 今何が起きたんですか!?」
「ループを叩き割って、一気に最深部まで飛んだんだよ。1階から100階まで真面目に攻略してたら日が暮れるからな」
「スキップ機能なんてダンジョンにあっちゃいけませんー!」
「ぐおぉぉ……?」と目を丸くするライナの横で、ホールの奥から重厚な地響きが響き渡った。
『――よくぞ……我が……迷宮の……最深部へ……』
ホールの中心、禍々しい黒いオーラが渦巻き、巨大な影が姿を現した。
漆黒の鎧を纏い、背中には黒い翼、手には巨大な死神の鎌を携えた異形の魔王級モンスター――『迷宮主』だ。
「な、なんて禍々しい気圧だ……! こいつがこの迷宮のラスボス……!」
ライナが聖剣を構え、全身の筋肉を緊張させる。
……しかし、ボスはそれ以上動かない。
巨大な鎌を振り上げたポーズのまま、完全に静止しているのだ。
『……我が……名は……えーっと……』
「……ん?」
『我が……名は……[Name Not Found]……!』
ボスの頭上に、巨大なエラーメッセージが点滅していた。
Plaintext
Target: [迷宮主(Dungeon Master)]
Status: 未定義(NullPointer)エラー
Description: 100階層の最奥に配置されたボス。
Error: 神がグラフィックとステータスだけ作って、名前と行動AIを書き忘れたため、現在「自分が何者で何をすればいいのか」分からずにフリーズ中。
「……おいおいおい」
俺は思わず額を押さえた。
神様、ボスのかっこいい見た目だけ作って、動かすためのロジック(プログラム)を1行も書いてないのだ。
「たくみさん……あいつ、固まってますよ……?」
シルフィが恐る恐る尋ねる。
『……我は……人間を……滅ぼす者……? いや……何をすればいいのだ……? 我の存在意義とは……??』
見た目は凄惨極まりない巨大な死神なのに、声には明らかな困惑と迷いが滲み出ている。可哀想に、思考回路が空回りしてプチフリーズを起こしているのだ。
「かわいそうに……仕様書もないまま現場に投げ出された新人みたいな状態になってるな……」
元SEとして、俺の胸に激しい同情が込み上げてきた。親切な設計図もなしに「とりあえず動かせ」と現場に放置される恐怖。俺は痛いほど知っている。
「たくみさん、倒すなら今です! 聖剣の一撃で――」
「待てライナ。あいつは悪気があって固まってるんじゃない。ただの『仕様未定義』だ」
「はい!?」
俺はキーボードに向かい、素早く新たなコードを打ち込み始めた。
「よし……動かないなら、こちらで適切な『役割』を与えてやろう!」
カカカカカンッ!
Plaintext
Target: [Dungeon Master]
Action: 行動AIの定義
Input:
・基本行動:[接客および案内業務]
・特殊効果:[笑顔(物理)による威圧感の除去]
・装備変更:[死神の鎌 ➔ 案内用プラカード]
シュヴァアァァン!!
黒いオーラが弾け飛び、ボスの手に握られていた凶悪な鎌が、いつの間にか『案内板:出口はこちら ➔』と書かれた可愛らしい木製看板に変わっていた。
『――ハッ!? 我の頭の中に……明確な『タスク』が流れ込んでくる……!』
固まっていたボスが滑らかに動き出し、胸を張って深々と一礼した。
『いらっしゃいませお客様! 本日は「無限の試練の迷宮」をご利用いただき誠にありがとうございます! 脱出ゲートはあちらの扉となっております! またのご利用を心よりお待ちしております!』
威圧感あふれる重低音ボイスで、完璧なテーマパークのスタッフのような接客スマイル(鎧の隙間から眩しい光が漏れている)を披露するボス。
「「「……は???」」」
ライナとシルフィ、さらにはポチまでもがポカンと口を開けて固まった。
「よし、これで迷宮の出口までの案内係(チュートリアルBot)として再定義完了だ。迷子になる冒険者もいなくなるし、彼も存在意義を得られて万々歳だな」
「たくみさん……あんた、ついにダンジョンのラスボスまで改心(再起動)させちゃいましたよ……」
ライナが聖剣を脱力したように下げる。
「改心じゃなくて『仕様の定義』だよ。動かないプログラムには正しく仕様を与えてやるのがエンジニアの優しさだ」
『お客様、出口へ向かわれる前にアンケートへのご協力をお願いできますでしょうか!』
「あ、はい。アンケート書きます……」
シルフィが困惑しながら、ボスから渡された羊皮紙と羽ペンを受け取っていた。
こうして、永久ループで冒険者を苦しめていた恐ろしい地下迷宮は、世界一親切な『案内人つき観光アトラクション』へと生まれ変わったのだった。




