二話
冒険者ギルドがある城下町『ベルガモット』。
活気あふれる中央市場には、色とりどりの野菜や果物、魔物の肉、怪しげな魔法具が所狭しと並び、行商人たちの威勢のいい声援が飛び交っていた。
「さあさあ、獲れたての『ポイズン・アップル』だよ! 毒消し草と一緒に煮込めば万病に効く高級ジャムになるよ!」
「こちらはドワーフ秘伝の頑丈な鉄鍋! どんな火炎魔法にも耐えるぞ!」
そんな賑やかな喧騒の中、俺――修正巧は、隣を歩く銀髪の少女、シルフィの言葉に思わず足を止めていた。
「えっ……たくみさん、これ全部売れたんですか!?」
「ああ。ギルドの素材買い取り窓口に持っていったら、受付嬢さんが目を丸くして金貨を積んでくれたよ」
俺が腰の革袋を軽く揺らすと、ジャラリと重厚な金属音が響く。
昨日、俺になついてしまった『ゴーレム・ベア』改め、ただの巨大な甘えん坊の熊(名前は『ベア吉』にした)が、森の奥から集めてきてくれた希少な鉱石や薬草。それに加えて、シルフィの『爆塩魔法』によって大量発生した、あの高品質な岩塩。
「あの岩塩、不純物が一切混ざっていない極上の料理塩だってさ。調理ギルドのギルドマスターが飛んできて、『これを定期的に卸してくれるなら金貨十枚出す』って拝み倒された」
「私の……塩が……? いつも『不発の役立たず魔法』ってバカにされてたのに……!」
シルフィは感極まったように小さな拳を握りしめ、目を潤ませている。
本来なら強力な攻撃魔法であるはずの『爆炎魔法(Explosion)』が、神様の入力ミスによって『爆塩魔法(Salt Explosion)』に書き換わっていただけの話なのだが、彼女にとっては長年のトラウマだったのだろう。
「バグも使いようってことだな。直すだけがデバッグじゃない。まあ、君が炎を出したいならいつでも元の仕様に戻すけど?」
「いいえ! 当面はこのままでお願いします! お塩で稼げるなら、魔法学院の学費も払えちゃいますから!」
シルフィのちゃっかりした答えに俺が苦笑していると、市場の奥から突如として、激しい怒号と金属の打ち合わさる甲高い音が響き渡った。
「なんだ!?」
「行ってみましょう!」
人混みをかき分けて騒ぎの中心へ向かうと、そこには円陣を作る野次馬たちと、その中央で立ち尽くす一人の青年剣士がいた。
黒髪を短く刈り込んだ青年は、背中に巨大な大剣を背負い、手に持った一本の剣を困惑した様子で見つめている。
「おいおい! 約束が違うぞ、新人!」
「そうだ! 俺たちは『伝説の聖剣(Holy Sword)』のありかを示す古文書を売ってやったんだ! なのに、お前が持ってきたのはなんだそのふざけた板切れは!」
青年に掴みかかっているのは、ガラと質の悪そうなベテラン冒険者風の男たちだった。
黒髪の青年は、冷汗を流しながら必死に弁明している。
「ち、違うんです! 俺はこの宝マップに書かれた通りの洞窟に行って、最奥の祭壇からこの剣を抜いてきたんです! だけど……」
青年が持ち上げているのは、どう見ても金属製の剣ではなかった。
薄ピンク色のプラスチックのような板状の物体に、赤字で大きく何か文字が刻まれている。
俺はそっと集中し、青いコンソール画面を青年の手元へと展開した。
Plaintext
Target: [伝説の生券]
Status: 誤字検出
Description: 洞窟の祭壇に封印されていた神器。
本来の記述: [Holy Sword(聖剣)]
神の誤入力: [Meat Coupon(生券)] ➔ 物理実体化:[極上カルビ1年分無料引換券(永久不滅属性)]
(……出たよ、また神様の誤字だ)
俺は心の中で激しく額をたたいた。
『Holy Sword』と打ちたかったのに、スペルを間違えて『Meat Coupon』にしてしまったのだろう。その結果、何千年も洞窟の祭壇に奉納されていた伝説の聖剣は、世界システムの解釈によって「絶対に破損しない、極上カルビ無料引換券」という謎の金属プレートとして実体化してしまったのだ。
「ふざけるな! そんなピンクの板切れで魔王軍と戦えるか!」
「金を返せ! なければお前の背中の大剣を寄越せ!」
悪徳冒険者たちが青年から大剣を奪おうと手を伸ばした、その時。
「待った。そこまでにしてもらおうか」
俺は人混みから一歩踏み出し、青年の前に立ちふさがった。
「たくみさん!?」
「なんだお前は! すっこんでろ素人が!」
怒り狂う冒険者たちを無視し、俺は青年に声をかけた。
「君、名前は?」
「あ……俺はライナ。流浪の剣士です……」
「ライナ君、その『板切れ』、ちょっと見せてくれないか?」
ライナは戸惑いながらも、素直にピンクのプレートを俺に手渡してくれた。手に取ってみると、ズシリとした重量感がある。不滅属性がついているだけあって、材質は硬度ダイヤモンド以上の超合金だ。
「おい、あんた! その古文書の解読をライナ君に頼んだんだな?」
「そうだ! 古文書には『聖なる力を秘めし不滅の刃』って書いてあったんだ! なのにコイツが持ってきたのは……」
「いや、古文書の記述は正しいよ」
俺は空中に半透明のシステムキーボードを出現させた。周りの人間には見えない、俺だけのデバッグツールだ。
「ただ……この世界を作った『設計者』が、盛大にタイピングミスをしただけだ」
カカカンッ!
俺は指先を滑らせ、キーボードを叩く。
Plaintext
Target: [Meat Coupon(生券)]
Action: テキスト修正(デバッグ実行)
Input: [Holy Sword(聖剣)]
『――エラー:概念の再定義には論理的整合性とエネルギーが必要です。置換を実行しますか?[Y/N]』
(Yを押す。ただし……ただ直すだけじゃ面白くないな)
俺はニヤリと笑うと、追加のコードを素早く打ち込んだ。
Plaintext
Option: [追加効果:不滅属性の保持] & [形状:大剣型]
ッシャアァァァン――!!
次の瞬間、俺の手の中でピンクのプレートが眩い黄金の光を放ち始めた。
市場全体が光に包まれ、野次馬たちが「うわっ!?」「な、なんだ!?」と目を覆う。
光が収まった時、俺の手には、刀身に神聖なルーン文字が刻まれた、圧倒的な存在感を放つ黄金の大剣が握られていた。
溢れ出る聖なるオーラだけで、周囲の悪徳冒険者たちが気圧されて数歩後ずさる。
「な……なん……だと……!?」
「ひ、光った……!? 聖剣……本物の聖剣なのか!?」
俺は大剣をライナの手に戻した。ライナは震える手でそれを受け取り、絶句している。
「はい、ライナ君。これが君の持ち帰った『伝説の聖剣(Holy Sword)』の本来の姿だ」
「たくみさん……あなた、一体何をしたんですか……!? 魔法の詠唱もなしに、ただの板を聖剣に変えるなんて……!」
シルフィが目を丸くして叫ぶ。俺は肩をすくめた。
「ただの文字修正(文字起こし)さ。『生券』になってたのを『聖剣』に戻しただけ」
青ざめた悪徳冒険者たちは、本物の聖剣のプレッシャーに耐えかねて、「ひ、ひえぇぇっ! 覚えてろよ!」と捨て台詞を残して蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「あ……ありがとうございます! 俺、どうしたらいいか分からなくて……!」
ライナは大剣を胸に抱き、何度も頭を下げた。
「気にしないでいいよ。……ただ、ライナ君」
「はい! 何でしょうか!?」
「ひとつだけ言っておくと、君が洞窟に行く前に読んだその古文書、かなり誤字だらけだったぞ。『聖剣』が『生券』になってたくらいだからな」
「え……? あ、実は俺、文字がうまく読めなくて……雰囲気で解読してました……」
「お前も誤読かい!」
俺とシルフィのハモリに、ライナは気まずそうに頭をかいた。
こうして、誤字のせいで『カルビ引換券』になっていた聖剣は無事に本来の姿を取り戻し、俺たちの仲間(兼、誤字被害者)に腕利きの剣士ライナが加わった。
「さて……聖剣も直したことだし、昼飯にしようか。シルフィ、美味しい肉料理の店を知ってるか?」
「はい! 中央広場の角にあるステーキハウスが絶品ですよ!」
「よし、行こう。……あ、待てよ」
俺はふと、ポケットの中に残った『修正データのログ』を見つめた。
「たくみさん? どうしました?」
「いや……さっきの『カルビ1年分無料』の属性、消さずに予備のテキストデータとして保存してあるんだよな」
「え?」
「今夜の夕飯、タダで高級肉が食べられるかもしれない」
「デバッグ能力の悪用、ダメ、絶対ですー!」
シルフィのツッコミ声が、賑やかな城下町の空にどこまでも響き渡っていった。




