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一話

「――システムエラー:世界の記述に深刻な整合性違反が検出されました」

頭の中に響いた無機質な声と同時に、修正巧(しゅうせい たくみ)の視界には見覚えのある画面が広がっていた。黒い背景に流れる緑色のテキスト。完全に仕事で吐くほど見てきたコンソール画面だ。

「おいおい……徹夜明けでついに幻覚までコード記述になったか……?」

巧がまぶたをこすりながら起き上がると、そこはオフィスではなく、見渡す限りの青々とした草原だった。そして目の前には、ファンタジー映画でしか見たことがないような巨大なぷにぷにの物体――スライムがいた。

ただし、普通のスライムではない。

「……ピチピチ? ぷしゅー?」

それは透明なゼリー状の体ではなく、ピンク色の練り物のような質感をしていた。地面の上で健気に跳ねているが、どう見ても「魚のすり身」である。

巧が思わず凝視すると、すり身の頭上に小さな青いウィンドウが浮かび上がった。

Plaintext

Target: [スライム]

Status: 誤字(バグ)検出

Description: 雑魚モンスター。本来は[Slime]だが、神の誤入力により[Surimi]として実体化中。

「いや、誤字のレベルが高すぎるだろ」

巧が思わず突っ込んだその時、草原の奥から甲高い悲鳴が響いた。

「誰かー! 助けてくださーい!」

木々の間から飛び出してきたのは、銀髪を振り乱した少女だった。革の胸当てと大きな杖を構えているが、その顔は絶望に染まっている。そして彼女を追いかけてきたのは、体長3メートルはあろうかとする巨大な二足歩行の熊――オーク……ではなく、全身が硬い岩で覆われた大熊だった。

「ひぃっ! 地元最強の魔物『ゴーレム・ベア』です! 逃げてください!」

少女――見習い魔法使いのシルフィが叫ぶ。巧の視界に、再び青いテキストが展開された。

Plaintext

Target: [ゴーレム・ベア]

Description: 狂暴な岩石の熊。

Active Buff: [硬化(Hardening)] ➔ 誤字により[好感(Heartening)]に変化中。

「……ん?」

巧は目を疑った。目の前で咆哮を上げる巨大な熊。シルフィは恐怖で泣き出しそうになりながら、必死に魔法の呪文を唱え始める。

「いでよ! 燃え盛る炎の球! 『爆炎魔法(Explosion)』――っ!」

シルフィの杖の先から放たれたのは、激しい爆炎……ではなく。

ザザザザザザザザッ!!!!

「きゃああっ!?」

杖の先から猛烈な勢いで噴出したのは、白い結晶の山だった。激しい勢いで飛散した塩が、巧の顔にパラパラと降りかかる。なめてみると、かなり美味い高級岩塩だ。

Plaintext

Skill: [爆炎魔法(Explosion)]

Status: 誤字検出 ➔ [爆塩魔法(Salt Explosion)]

「な、なんで!? また塩!? 私の魔力、毎回塩になっちゃうんですぅぅぅ!」

頭を抱えて泣き叫ぶシルフィ。その間にも、巨大なゴーレム・ベアが地響きを立てて迫ってくる。

(待てよ……『硬化』じゃなくて『好感』?)

巧は直感した。この世界のあらゆる不条理は、ただの「入力ミス」だ。そして自分の空中には、いつの間にか半透明のキーボードが浮かんでいる。

「よし……修正(デバッグ)に入る!」

巧はキーボードに手を伸ばすと、システムエンジニア時代に培ったブラインドタッチで高速タイピングを開始した。

カカカンッ! Enter!

Plaintext

Target: [ゴーレム・ベア]

Active Buff: [好感(Heartening)] ➔ 対象:[最初に塩をくれた者]

バグを直すのではなく、あえてバグのベクトルを書き換えたのだ。

ズシン……ズシン……。

迫り来る巨熊。シルフィは目を瞑り、「もうダメですー!」と叫んだ。

しかし、襲いかかってくるはずの爪は届かない。

代わりに、巨大な熊は巧の前で静かに膝をつくと、まるで甘える飼い犬のように、巧の肩をその巨体で「すりすり」と擦り付けてきた。

「……ふごっ(重い)」

「え……? えええぇぇぇ!? ご、ゴーレム・ベアが……懐いてる!?」

目を開けたシルフィが、口をぐうの音も出ないほど開けて固まっている。巨熊は巧に大量の高級岩塩をかけられたことで、「超・好感状態」になっていたのだ。

巧は熊の頭をなでながら、ふぅとため息をついた。

「ふう……なんとか仕様通り(?)に動いたか」

「あ、あなた……一体何者なんですか!? 魔法も使わずに、あの凶暴な魔物を一瞬で手懐けるなんて……!」

興奮気味に詰め寄ってくるシルフィ。巧は空中に出現していたキーボードを消し、自分の肩に擦り寄る巨熊と、足元でピチピチ跳ねている「すり身」を交互に見つめた。

「俺は修正巧。……どうやらこの世界の『誤字』を直す(あるいは悪用する)、ただのシステム管理者のようだ」

「ごじ……? しすてむ……?」

首をかしげるシルフィ。

こうして、世界のバグに苦しめられる異世界と、それをキーボード一つで修正する元SE巧の、理不尽で地味な冒険が始まったのだった。

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