第三話 はじめての野宿
少し道っぽくなっていたところから逸れて、木々の間の開けたところにやってきた。
『さあ、シラホ。野宿よ、と行きたいところだけれども、その前にやらなきゃいけないことが一つあるわ、なんだと思う?』
なんだろうか。特にこれといったものを思いつかないけれども……。
『今日一ミリも体を動かしていないわよね』
言われてみれば確かにそうだ。いや、違う。歩いてきた、ずっとここまで歩いてきた。
『いっとくけど、歩くことは体を動かした範囲に入んないわよ』
そりゃヴァインタは地面から少しだけ浮いたところをふよふよと浮いているだけだし、脚を動かしているようにも見えなかった。
『まあ、ともかく、体を動かすわよ。はい、これ持って』
ヴァインタはそう言って、木の棒……いや、木剣を渡してきた。
『じゃあ、それをワタシに当てられるまでとりあえず休憩はなしで』
いきなり実践形式の訓練だ。もっとこう、剣術の型とか、足捌きとかまず初めにやることがあるだろう。ユー⚪︎ューブがそう言ってた。
『まあ、何してもいいし、適当にワタシに当てられたらそれで終わりだから』
ふっ。
『うーん、もう少し奇襲をするなら気を隠しなさい。そして狙っている箇所ばっかり見ていたら躱すのは容易よ。でも、体の芯に近い方を狙ったのはいいわね』
じゃあ、ヴァインタの目を見ながら、右手を切りつけてやる、ぞっ。
『体の芯を狙うのは、比較的躱しにくいからいいのであって、別に右手の真ん中を狙っても何にもないわよ。どちらかというと、重心と言った方がいいのかしらね』
とりあえず、ヴァインタの左膝目掛けて蹴りを放ってみる。
『おっ、いいわね。そうよ、いま胴体を切ろうと思わせて、右足で蹴り込もうとしたのはグットだけれどそのあとバランスを崩して次に繋がっていないのがいけないわね』
比較的体がよく動く。前世でもこんな感じに動かなかったと思う。【万武の才】の加護のおかげかもしれない。
『乱れているわよ。考え事するよりも、まず体を動かす。そうじゃないといつまで経っても終わらないわよ』
右肩目掛けて、切り込んで、その返しで左脇腹辺りを狙い、その勢いで二歩前に進む。
『うーん、なかなか繋がるようになってきているじゃない。その調子で行ってほしいけれども、その先が見えているわね』
ヴァインタはそう言って私の左前下からするりを躱していって、無理やり当てるっ。
『へぇ、体勢を崩して、当てに来たのね。実践だったら次の手がないからダメだけれども、今回のワタシに当てるという目的だけを考えたら合理的な選択ね』
頭を柔軟にしていかなきゃいけない。
『そうそう、とりあえず手を動かすのがいいわね。その合間合間で少しずつ考えていく。それがちょっとずつ出来ているわね』
ワンテンポ、いやツーテンポほど遅れているから、攻撃が当たらない。
『そうね、攻撃が小ぶりで、早く正確になってきているわね』
少しずつ動きが洗練されているが、ヴァインタの動きに対してずっと後手だからこのままだといつまでも終わらない。
『そう、降る瞬間に少しだけ重心を前にずらしてやると、剣速が速くなるわ』
一瞬だけヴァインタを止める手段があれば……。
『しっかりと息を吸い込むタイミングを見極めなさい。剣を振っている最中に息を吸うと重心が急に上がって、剣がぶれているわ』
ヴァインタを止める、止める、止める…………。
『少し動きが遅くなっているわ。しっかりと目の前の敵を見なさい』
……あっ、そうだ。
「……ヴァインタ、…大好き」
『えっ、今なんて言った?』
好機っ。
『ちょっと、ねえ、今なんて言ったの。ワタシの聞き間違えじゃなければ『好き』って聞こえたんだけど』
追い詰められない。ワンテンポ遅らせられたのに…。いや、砂っ。
『わっ、ととと、砂を蹴り上がるのはいい手ね』
いま、掠った。剣先が少しだけ掠った。
「……掠っ、た」
『ん?あ、ほんとだ。巻き上がった髪の部分に剣先がが少し触れているわね』
これで終わりだ。
『あーもう少し粘る予定だったのに……』
まだやるつもりだったのか……。もう息が切れて、かなり限界に近い。3分間ほどぶっ通しで動き続けたから体がかなりきつい。
『急に体を止めると、体を止めようとするのにかなり体力を使っちゃうからしばらく歩きなさい。ほら、立ち上がって』
一歩も動きたくない……。
『ほら、歩くわよ』
その声に嫌々従って、私は前に進んだ。
◇◇◇◇
しばらく歩いていると、例の水源にやってきた。
水が湧き上がっているのか、水面がモコモコしているところがある。ちょっと可愛い感じがする。
水が透き通っていて、水底は泥がなく、砂や岩がゴツゴツしていた。
『はい、ここでさっきの運動で書いた汗を流しなさい。あと、ここみたいに湧いている水は地中で綺麗になっているから飲んでも問題ないわ。あと、たまに窪んでいたりすることがあるから注意しなさい』
水浴びか。体が先ほどの運動で火照っていたからちょうどいい。
『集団で旅をしているときは警戒と水浴びとを交代でやったりするけど、今は私が水浴びしながら周囲を警戒するから問題ないわ』
やっぱ精霊はチートっすわ。さすがヴァインタ様様です。
『それじゃあ、先に浴びているわね』
そう言ってヴァインタはふよふよと水面へと向かいそのまま沈んでいった。なんかしゃぶしゃぶの肉みたいな動きをしている。
顔まで浸かり、そこで止まるかと思いきや、どんどん沈んでいく……。ってどこまで沈んでいくんだ?
あっ。戻ってきた。
また沈んだ。そして再び浮いてきた。
……どうやらヴァインタの水浴びは私には真似できそうもない。
とりあえず私も胸当てや服を脱いで、水浴びするか。
────
私が水浴びを始めてもまだヴァインタは浮き沈みを繰り返していた。
……何か楽しいのだろうか。それとも、異世界の水浴びはあんな感じなのか。
浮き沈みのスパンもだんだんと伸びていき、今は大体五分に一回浮上してくる感じだ。
次出てきた時になぜか聞いてみよう。
そう思って、水面をみると深みのある緑の双眸がこちらを覗き込んでいた。
あれ? これが私だっけ。髪型や顔の形、母親譲りの鼻立ちなどは変わっていないが、目の輝きが違う。
カラコンを目に入れた記憶もないし、私の祖先は純日本人で全員黒目または茶目だったはずだ。
こんな深緑色の目をした人はいるはずがないけれど……。
まあ、異世界の転生チートと思えばいいか。
ザパーンという音と共にヴァインタが浮き上がってきた。
「……あの、ヴァインタ、なんで浮いたり沈んだり、しているんですか?」
私の問いかけにヴァインタはすぐに返してくれた。
『それは、ワタシの食事みたいなものよ。ここの湧水、マナが多くて、気持ちがいいのよ。そこの方がマナの濃度が高いから潜っているのだわ。だけど潜りすぎていると、どこが地上か分からなくなるから定期的に戻ってきているのよ』
「……この周辺の、水底は、そんなに深くないのでは」
『シラホ。ワタシをなんだと思っているの? 精霊よ。水の中にずっといることができるし、土の中に潜ることなんて造作もないわ。あ、でも火の中はちょっと気分的に嫌かも』
精霊、ちょっと意味わかんない。たとえ火の中水の中でも存在するってか?
『まあ、こんなところで、そろそろ上がって、野宿の準備をしましょうか』
「……はい」
◇◇◇◇
先ほどの少し開けたところに戻ってきた。
『それじゃあ、まず大体のものの使い方を教えるわね』
そう言ってヴァインタは色々なものを体の中から取り出していく。というか、ヴァインタの体内はどうなっているのだろうか。私の衣服や今取り出しているものを含めて、その大きさで全て入り切るとは思えない。四次元⚪︎ケット状態なのだろうか。
『ふう、こんなところね。まずこれは鍋、野宿では基本的に直火か煮るかの調理方法があるわ。あとこれは毛布ね。この地域は夜でも比較的暖かいからあまり必要がないかもしれないわね。あと、これは水筒。さっきの水場で汲んでおいたわ。これからの旅路は汲むタイミングをしっかり計画しながら進まないといけないわね』
情報が多い。まあ、この世界の野宿はあんまり変わっていることもないだろう。コテージのない林間学校みたいなものだと思えば気が楽だ。
『とりあえず、まず薪を周辺から集めるわ。落ちている乾燥している木を拾うのよ。じゃないと煙が出て仕方がないわ。とりあえず両手がいっぱいに抱えるぐらいの量があれば十分かしら』
私は頷くと、森の中に乾燥した木を探しに出た。
◇◇◇◇
『シラホ、それくらいあれば十分よ。そしたら、大体こんな感じで木を組むのよ』
ヴァインタは手際良く薪を組んでいく。中心にちょっとだけ空洞を作っている。
『それじゃあ杖を持って、【火種を起こす魔法】と唱えてみなさい』
あの時から受け取っていた杖を手に持って詠唱する。
「……【火種を、起こす魔法】」
魔法を唱えると、先ほどの空洞のところが赤くなったと思いきやすぐに火がついた。
『一応、魔法が使えないときは火打石でやるのだけれど、やっておく?』
めんどくさそう。
『そんな顔されたら明日は火打石でつけてもらおうかしら』
……訊いてきてきてそれはあんまりじゃないか。
『じゃあ、食べるものを適当に煮込んでいくわよ』
ヴァインタは何かわからないがおそらく穀物っぽい何かと干し肉などを例によって体の中から取り出した。
『煮込んでいる間、そこら辺からハーブやらなんやらを探すわよ。あまり遠くへ行かないわ。スープを獣が奪っていくかもしれないから』
そうして森をちょっと進んだところでの採集が始まった。
木の根元に、色々なキノコが生えていた。
『あっ、それは食べられないわよ。そのヒップルダケは薬の原料になったりもするけど、収穫してからすぐに加工しないと溜め込んだマナが抜けてあまり効果が得られなくなるわ』
私は掴もうとしたキノコから隣のキノコへ手を伸ばした。
『それはハルバルダケね。滅多に見つからないキノコの割にすごく苦い味をしているのよ。あまりおすすめはしないわ』
そしてさらに隣のキノコへ手を伸ばそうとした。
『それは危ないわ。触れるだけで皮膚の部分が気触れる危険なやつよ。名前はヘップルダケ。毒矢の先につけておくのに使われたりもするわね』
ここには食べられるものはないのか……。
『その隣の隣の奴が食べられるわよ。ボッチルダケ。孤高のキノコにしてキノコ界の皇帝よ』
いかにも毒ですって見た目をしているのに? これ本当にいけるのかなぁ。ちょっと怖い。
『ここら辺にハーブが生えているわ。偽物も混じっているから丁寧に採っていきなさい。葉っぱの先がギザギザしていて、裏から見ると白っぽい奴が食べられるやつよ。一応名前はシリニアって言うわ』
一本一本葉っぱの裏をめくってから白いことを確認してから採っていく。確かにその中に葉っぱの裏が濃い緑だったり、葉っぱが丸っこいものがいくつか生えていた。
『間違えたら三日三晩腹痛に苦しむことになるわよ』
……。本当に間違えがないように丁寧に採っていく。
『よし。こんなところでいいかしらね。早速戻って鍋に入れましょう』
────
素材を鍋に入れてから待っている間、ヴァインタはゆらゆらとそこら辺を漂っており、私はすることがなかったのでヴァインタに先ほどの組み手で出してもらった木剣を色々振ってみた。
私は杖を後ろに下げており、水筒を持っている。でも、剣はまだ持してもらっていない。おそらくまだ持つのは危険だと思われているのだろう。
この木剣を色々と振ってわかってきたことだが、上から下に向かって振り下ろす方が、下から上に突き上げたり、横に薙いだりするよりも圧倒的に力を必要としないが、なかなか次の動作に繋がらない。
突くと言う動作も何回か繰り返してみたが、あまり次の動作に繋がってこない。
もちろん、細かく振れば次に繋がりやすいが、威力も勢いも格段に落ちる。
どのように動作を繋げていくのかを考えながら振っているとあっという間に時間が過ぎて、鍋が出来上がっていた。
『ほら、見なさい。これが野宿の時のご飯よ。美味しそうでしょ』
ヴァインタが鍋の蓋を開けた瞬間にキノコの独特のいい香りが辺りに広がった。
『じゃあ、早速よそっちゃうわ』
そう言ってヴァインタは体の中から器を取り出して、鍋の中身を器によそり分けた。
『熱いうちに食べるわよ』
私は地面に器を置き、手を合わせてから、食べていく。
最初に入れた穀物は何かよくわからないが、少しつぶつぶした感じが残っていて、噛むとプチッと弾ける感じがした。
キノコの皇帝とハーブが味を整えていて、干し肉がしっかりと具材の中で存在感を放っている。
味わって食べていると、すぐに器の中が空になってしまい、三度おかわりをした。
食事を終え、食器を洗ったり、鍋を洗ったりして、片付けているうちに日が暮れたので、その日は寝ることとなった。
日本にいた時よりもかなり早く眠ることになったが、その日はすっかり寝付くことができた。
【悲報】この三話中の主人公の発言数(魔法、スキル除く)、両手で数えられてしまう
【簡単に注意】(''◇'')ゞ
そこらへんに生えているものは自己判断で食べないように。毎年、誤食で亡くなってしまう人がいます。去年食べていたからでは安心してはいけません。




